学友達との一時
南方からデュランの街を目指して進軍していたナドナムの軍はイルゼさんが配備した陣を警戒して、膠着状態に有るそうです。
それはナドナムの指導者と聖女イルゼさんの交渉の結果なのかもしれません。味方に引き込むことまでは出来ませんでしたが、諸国連邦の人達は後方からの追撃を気にすることなく、シャールの位置する王国北部へと進軍を続けているそうです。
シャールからデュランの距離は、川下りの船旅で一ヶ月程だったと記憶しています。それは商業船での速度ですので、軍隊はそれ以上のスピードで向かっていると思います。
もちろん、その間には各貴族の治める土地がありまして、それに属する街や村が存在します。彼らの抵抗があるのならば、それをねじ伏せる必要が御座います。サルヴァやブリセイダが率いる軍が手荒な事をしていなければ良いのですが。
諸国連邦からは連日、各国の軍隊がデュランに到着し、2日の休憩を終えると順繰りに出発していきます。メンディスさんは彼らに指示を与える仕事をしていました。
そんな中、本日になって貴族学院の方々もデュランに到着したと聞きました。国境の狭い街道を正規軍に譲っていたため、彼らの到着は遅れ、今となったのです。
「メリナか。久々だな。元気にしていたか?」
聖女の宮殿の庭に立つ私は、後ろからレジス教官に声を掛けられました。彼はいつもより立派な服を着せられておりまして、襟や袖口に銀色の刺繍、胸には何かのワッペンが付いています。
元々、がっしりとした長身ですので、下手な軍人よりもそれらしく見えました。
「はい。レジス教官はどうしたんですか? 立派な姿ですね」
「これか? あぁ、改めて言われると、恥ずかしいんだがな。クラス対抗戦の決勝に残ったことが評価されて指揮官になっている。今もお偉いさんに到着の挨拶をしたところだ」
なるほど。大役に抜擢されましたねぇ。お偉いさんはタフトさんかな。
「メリナは何をしている?」
「大したことではないのですが、周りを見てください。壊れた宮殿を復旧させようと皆が大きな石とかを運んでいますよね」
「そうだな」
「蟻さんみたいで健気だな、って観察していました」
「本当に大したことでなくて驚いた。メリナ、暇なら皆に挨拶していけ」
と言うことで、私はレジス教官に付いて行き、街中を歩きます。
「俺はブラナン王国に来たことなんてないんだが、どこの街もこんなに大きいのか?」
「デュランは大きい方の街ですよ。王都とかシャールは、ここより大きいですけど」
「……建築物を見ても技術レベルが違うし、市場の食材も豊富。ナーシェルなんて比較にもならないくらいに綺麗だ。なのに、ここよりも大きな街がある。戦争じゃない時に訪れたかったぞ」
「デュランには大学も有るそうですよ」
「良い街だ。何の不満があって、諸国連邦と一緒になって母国に逆らうんだろうな」
「学院の人達も戦うんですか?」
「子供だから物見遊山ってところだろうさ。ブラナン王国を見る機会なんて、殆ど無いしな」
「内戦では勇敢でしたけどね」
「若いから失う怖さを知らないのさ。お前みたいなバトルジャンキーは滅多にいないぞ」
「その暴言、聞き逃してあげます」
さて、街の外の野原で貴族学院の人達は休憩しておりまして、見知った方々も多く見えました。
「よう、メリナ。来てやったぞ」
トッドさんです。銀色の鎧が重そうです。戦場ではないので脱げば良いと思いました。私はペコリと頭を下げます。
「戦争など愚者の選択だと思っていたのに、この昂りは何であろうな」
その横には友人のオリアスさんもいまして、誰かに聞いて貰いたげに大きな独り言を言っていました。
めんどくさいので無視ですね。
「おぉ! メリナ閣下。お久しぶりで御座います」
更にその横で、丁重に跪いてくれたのはラインカウさんです。こちらも大袈裟でめんどくさいので、手で立ち上がるように指示するだけです。
あれ? あの2人も来てるんだ。私が気付いた時にはエナリース先輩は既に草原を駆け出していました。
「メリナ! 無事だったんだね」
可愛らしく笑う彼女はジャンプして飛び込んできて、私は受け止めざるを得ませんでした。互いに腕を背中に回して抱き合う形になりました。エナリース先輩の花の香りと共に柔らかい髪が私に触れます。
「先輩も来られたんですか? 危ないですよ」
「そんな事、言わないでよ。もぉ、リナリナコンビは先輩を何だと思っているのかしら」
「そうよ。私もエナリースも連邦の一大事に立ち上がったんだから」
「そうだよね、アンリファ」
「そうだよ、エナリース! この太鼓で皆を奮い立たせるんだからね!」
その意気込みは分かりますが、戦場では蹂躙対象です。いえ、そこで武装を整えている男子生徒でさえ、ルッカさんやオロ部長の餌でしか有りません。アデリーナ様が光る矢を連射したら屍が量産されますし、アシュリンさんが少し本気で蹴ったら腸が飛び散ります。
場違いな陽気さを持つ彼女らや、それに苦笑いの表情になっていた男3人組と一通りの会話を交わした後、私はサブリナを探します。彼女は余り友人がいないので、一人ぼっちになられていることでしょう。
そして、私は予想通り、皆から離れたところの木の下で彼女を発見します。
「サブリナも来ていましたか?」
「はい。メリナのお陰で諸国連邦はブラナン王国の軛から解き放たれようとしているのです。私も協力したいと志願しました」
「感慨深いですか?」
「……そうかもしれません。でも、シャールにはマリールやフランジェスカさんもいるのですね。彼女達と戦うのは気が退けます」
あぁ、あの爆発実験で仲良くされていましたものね。
「でも、私は解放戦線の為にクラスメイトを傷付けました。感傷に浸る資格はないかな」
寂しそうにサブリナは笑います。
「……サルヴァの取り巻きだった2人ですね。私が予想するに、ナーシェルの王家であるサルヴァの悪態を貴族学院中に広め、ナーシェル王家全体への反感に繋げようとした。そのための解放戦線の駒があの2人」
「…………そんな感じかな」
「サルヴァが正気を取り戻し、彼らの煽りが効かなくなったと判断したサブリナは、毒を飲ませて彼らを排除した」
「そうだね。そう命じられていたんだ」
「それがトッドさん?」
「正確には、そのお父様よ。私の国シュライドはブラナン王国を嫌ってる。昔、王家の誰かがブラナン王国で惨殺されたのに犯人探しも行われなかった。調査官を派遣したら、物乞いとして扱われた。抗議の使者は胴体だけで帰ってきた。私の生まれる前だけど、シュライドは屈辱を覚えてる」
サブリナは遠くに見えるデュランの街並みに目をやりながら淡々と答えます。それから、私に視線を戻します。
「メリナは、友と戦うことが怖くないの? 殺し合うことに抵抗はないの?」
「怖くはないかな。負ける気はしないし。戦争が終わったら、また仲良くしたら良いかなと思ってる。でも、殺し合いが前提なら受けて立つよ。必要なら殺す。それが戦場」
「メリナは戦士ね」
「いや、私は戦士じゃないからね。巫女だから」
「でも……メリナは何にも祈ってないよね?」
っ!?
「えっ、嫌だなぁ。毎日、祈ってますよ。見えないところで……。えー、やだなぁ」
「うふふ、嘘だよ。メリナは竜の巫女。ガランガドーとバーダ、2匹の竜を引き連れて世界平和を祈ってた。そんな感じで歴史に残るかも」
「そこは聖竜様についても記載してほしいなぁ」
「そう言えば、マリールから聞いたのだけど、その聖竜様はシャールの守護神なんだって? 今更だけど、逆らって良かったのかな」
えっ!! それは考えていませんでしたよ!
そうですね! 聖竜様のご許可とご承諾が必要だったかもしれません!
サブリナ、ありがとう!
「急用を思い出しました! 皆さん、それではごきげんよう!」
私はダッシュで聖女の宮殿跡地に向かいます! そして、魔力感知でイルゼさんの位置を探しだし、腕輪を借りるべく頭を下げて頼みます。
あっさりと貸してくれました。
私の鬼気迫る様子にデンジャラスさんも寄って来ていまして、事情を尋ねて来られましたが、時間が勿体無いので、彼女も連れて転移します。
もちろん、聖竜様のご居室で御座います。香ばしい薫りが漂っている、真っ暗な懐かしい空間です。




