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新 読まれる日報

 私は優雅に夕食後のお茶を頂いております。お茶請けにはビーチャから差し入れに貰ったメリナパンです。自分の顔を食べるみたいで気持ち悪くて、ビーチャが考え無しであることを改めて実感しました。しかし、味はまぁ行けますね。彼もパン職人として成長していると実感しました。


 カップに目を戻し湯気と共に立つ香りを楽しみつつ、雨音に気付いて窓の外を見ます。もう夜の(とばり)が下りていて真っ暗ですね。

 ズズッとカップを啜りますと、カツカツと音を立ててやって来る人がいました。


「メリナ閣下、本日の戦況を報告します」


 赤毛のコリーさんです。

 あれから半月くらい経ったでしょうか。

 何なく王都の軍勢を蹴散らして、彼女はデュランの街に入っておられまして、私の秘書的なポジションに就いています。


「と言っても大きな動きは御座いません」


「そうですか。特にシャール方面の動きを知りたいのですが」


「情報がうまく入ってきておりません。何とかしたいとは思ってはいるのですが」


 あっちはルッカさんが監視している可能性もあると言うのに、なんて格差でしょう。


「コリーさんが軍隊を指揮してシャールまで突撃されてはどうですか?」


「お戯れを。私ではなくアントン様にご依頼ください」


 やんわりとした笑顔で断られました。聖女の腕輪を使えば、パパッと転移して攻撃できると思うんですが、皆は了解してくれません。勝つ気は有るのでしょうかね。まぁ、良いです。アデリーナもそれくらいは読んで対策しているとも思いますし。



 さて、王都から北に行ったところにあるらしいラッセンの街から私の代官であるコリーさんとアントンは出兵されました。イルゼさんの要請だったそうです。

 千人にも満たない少数の軍だったのですが、それが却って機動力に富む結果になりました。


 ラッセンとデュランの間には王都がありまして、王都はもちろん、女王アデリーナの味方です。そのため、デュランを攻めるための兵が出立していたのですが、深い森を通る際に部隊ごとに分散したこともあって、追い付いたコリーさん達によって各個撃破で無効化されたのです。

 しかも両軍に死人無しという奇跡まで起こしておられます。


「王都の人達、大人しくしていますか?」


「はい。ラッセンからの第二陣が王都を占拠しております。また、メリナ閣下が鎮座されるデュランの街へ戦いを挑むはずも御座いません。ですので、あの森に留まっていると聞いております」


 ふむ、私の人徳の為せる業だと思っておきますか。アデリーナにこき使われるよりも、優しい私に付いた方が彼らも幸せでしょう。



 さて、私は日記を付けないことを思い出しておりまして、デュランに来てからの事を記そうと、冊子を開きペンを持ちます。


「閣下、それは何でしょうか?」


「日記です。アデリーナに毎日書くように言われているんです。迷惑ですよね」


「よぉ、陛下。下々の者が死を覚悟して戦おうって時に茶とは良い身分だな」


 チッ。こいつも来たか。


「アントン様。陛下ではなく閣下です」


 そうです。神聖メリナ王国誕生は私の断固拒否で、世界平和後としたのです。そんな名前で歴史書に載ってしまったら恥ずかし過ぎますから。必要であれば、それまでに良い国名を考えます。


「おい、コリー、このクソ巫女閣下を女王の前に蹴り飛ばして良いぞ」


「出来ません。上司ですし、そうでなくても私では勝てません」


「アントン、お前を空高く蹴り飛ばして、お星様にして上げますよ。汚い尻を出しなさい」


 本当は見たく御座いませんので、そんな素振りをした瞬間にぶっ飛ばします。


「ふん。口だけは達者だな。ん、なんだ? 読ませてみろ」


「このバカ野郎! 人様の日記を手に取るんじゃありません!」


「表紙に日報とあるだろ。ここに至るまで何があったか理解するのに必要だ。読ませろ。コリー、お前からも依頼しろ」


「アントン様……分かりました。メリナ閣下、大変に失礼ですが、今回の事態を我々はよく把握しておりません。イルゼ様から説明は受けましたが端的でして理解し難く、クリスラ様もおかしな感じになっております。何が起きているのか私も知りたく、僭越至極ですが、お願いさせて頂いて宜しいでしょうか?」


 アントンめ、コリーさんを使うとは卑怯な!


「……口外無用ですよ」


 私はアントンが手にする日記帳を奪って、コリーさんに渡します。それをコリーさんが開いて、普通にアントンへ手渡します。

 コリーさんは早速私を裏切ったようですね。ペコリと頭を下げたら、私が許すとでも思っているのでしょうか。



「駄文のオンパレードだな。女王のパンツがスケスケだとか、蟻を食べたら酸っぱかったとか……。これを書いたヤツの顔を見てみたいものだ。愚かにも過ぎると言うものだな、コリーよ」


「いえ、そうはっきり言われますと、大変に答えにくく……」


「それ、貴女もはっきり言っていますよ、コリーさん」


「えっ、すみません、閣下」


「しかし、女王に酸を飲ませようとしたとか、邪神だとか気になる単語は出てきている。気が重いが、先を見るか」



64日目


 今日、遠くで火事が起きたみたいで、煙が見えました。怖いです。

 私の勘でしかありませんが、学校の休みを削ったヤツが天罰を受けたんじゃないかなと思いました。



「不穏ですね。これがアデリーナ陛下の仕業だったとか?」


「ふむ。どうも前日まで諸国連邦を訪れていたみたいだからな。しかし、こいつが勘として記した箇所は怪しい」


「どうしましたか?」


「普通ならば書く必要のない文章だ。あとは分かるだろ、コリー?」


「……はい」


 おい、含みのある会話をするんじゃありません。って、おい! お前ら、上司である私をなんて目で見ているんですか!?


「……メリナ閣下がおやりになられましたか?」


「えっ、ええ? 怖いです。そういう行間を詮索する行為は止めてください」



65日目


 川で取ってきた小魚を乾かした物をふーみゃんにあげると、カリカリと食べてくれました。エルバ部長にも残り物を与えましたが、妙に憤慨していました。そんな事では背が縮んでばかりだというのに、愚かなヤツです。



「あっ、ふーみゃんですか。懐かしい。可愛い猫でしたね、閣下」


「ふっ。コリー、お前の方が可愛いぞ」


「アントン様……」


 止めろ。見つめ合うな。うせろ。私だけの優雅で少しアンニュイな時間を返しなさい。



66日目


 とても美味しかったです。ドラゴンのステーキはどうしてあんなに私を満足させてくれるのでしょうか。もうガランガドーさんも食料に思えてきます。

 あと、たくさん食べていたオロ部長が成長しまして、背中に羽が生えました。魔物レベルが一段上がったんですかね。



「誰だか分かるか?」


「はい。ガランガドーさんは閣下が使役している竜で、オロ部長は竜神殿における閣下の上司の蛇です」


 あれ? コリーさんはオロ部長を獣人と認識していなかったんですか? 短い期間でしたが、コッテン村で一緒に暮らしたというのに。


「この日は魔物どもが共食いをしていたのか」


「そうでしょう」


「オロ部長は頼りになりますよ?」


「えぇ。屈強な男を数人纏めて食い千切った姿を覚えています」


 あぁ、コッテン村での殺戮の話ですね。


「人も食うのか。早く退治しろよ。部長っておかしいだろう」


 それはアントンの感想とはいえ、確かに正論ですね。オロ部長、優しいんですけどね。




67日目


 ボケが勝手に私の転職を決めていました。極悪です。

 この私を怒らせたらどうなるか、身をもって後悔させてやります。


 なお、もしもアデリーナ様がこれを読む事があれば、冗談ですよ。冗談。上に書いていることは嘘です。フロンに書かされたのです。それは本当です。



「ん? バカが怒っているな。これか……」


「ボケと呼ばれているのが誰かですね」


「女王への予防線を張っているのだから女王だろう」


「これが原因ですか?」


「恐らくな。どうだ、クソ巫女よ?」


「それよりもお前がクソクソ言うのに激怒なんですけど」


「はん? 無能な上官が偉そうにしているからだ」


 ラッセンの統治とかいう面倒事がなければ、お前なんかクビにして道端で物乞い生活に落としてやりたいです!



68日目


 許せないです! イルゼのヤツ、アデリーナ様に宣戦布告するなんて、何を考えているのでしょうか!!

 私、もう激怒ですよ! 激怒!

 アデリーナ様も怒っておられますよね。いやー、誰が後ろで糸を弾いているのでしょう。安心してください。私、そいつを探し出しますから!



「宣戦布告は聖女か。本当に愚かだな」


「アントン様、クリスラ様ではないとは言え、聖女を悪く言うのは許しません」


「コリー、お前が聖女になっていれば、俺も従ったぞ。どうだ? 次の聖女にならないか?」


「アントン様……。いえ、私は聖女決定戦で敗北した身でして……」


「そうだったな……。俺は聖女代理であったのに皮肉なものだ」


 っ!?

 覚えていたか、アントニーナ!!!

 コリーさんも凄く困った顔になってしまいましたよ!


「そうだ、巫女よ。俺を聖女にしろ。戦争を止めてやる」


 またもや、あの悍ましき生物を誕生させてなるものですか!


「コリーさん、次の頁をお願いします」


「畏まりました」



69日目


 急転直下で真犯人が分かりました。

 アデリーナ様に逆らった首謀者はサルヴァでしたよ。

 ほら、アデリーナ様が学校で教師の真似事をしている時に何か反感をかったんですよ、きっと。

 何だか妙に偉そうとか、薄く笑う癖が気持ち悪いとか、私をいじめ過ぎとか。

 安心してください。そんなアデリーナ様でも謝ったら許して上げるって、サルヴァが言ってましたよ。私も謝りますから、ね。



「アントン様! このサルヴァという者が犯人らしいです」


「いや、それはもう良い。たまには、なんだ、アントニーナに戻るのも良かろう」


「アントン様!」


「分かっている。美し過ぎる俺が道を歩くのは他の女が立場をなくすと言うのであろう?」


 そんな訳あるか。そんな顎と肩がしっかりした女性が存在するとでも思っているのか。何より、先ほどお前に可愛いと言われたコリーさんの立場がないでしょ!


「アントン様はお疲れのようです。すみません、失礼致します」


「待て、コリー。重要な事が――」


「いえ、今日はもう寝ましょう。次の頁からは白紙ですし」


 えぇ、今から纏めて書こうと思っていたんです。

 さあ、早く、そのバカを連れて行きなさい。

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