魔族及び竜との会話
さて、流れで解散となりまして、私は自宅に戻って参りました。
湯浴みを終えて食堂に行きますと、食器を並べているベセリン爺がいます。
「お疲れ様です、お嬢様」
「いつも有り難う御座います」
普通の普段の会話です。でも、今日のベセリンは手を止め、姿勢を改めて私に向かいます。
「お嬢様の決意、お聞きしました。戦争に向かわれるので御座いましたら、この館とも、爺ともしばらくはお別れで御座いましょうな」
そう言われると寂しくなりますね。
「また戻ってきますよ」
それは嘘かもしれません。私はシャールに戻りたいのが本音なのでして、そうなると、やはりお別れになってしまいますね。
「爺も女中もお嬢様をお待ちしておりますので、いつでも遊びに来て頂ければ嬉しく思います」
……ベセリン爺はやはり優秀で、私の本心を見抜いておりました。この人、執事ではなく官吏になっていたとしても良い仕事をされたでしょう。
「えぇ、勿論ですよ」
「良い主人を持つということは幸せな事で御座いますな」
そう言ってから爺は部屋の外へと出ていきました。入れ違いで、バーダを胸に抱いたガランガドーさんがやって来ます。
クラス対抗戦で何も役に立たなかった人型の姿のままで。
私はとりあえず着席を勧めます。
「主よ、アディに逆らうとは本気であるか?」
無駄に渋くて良い声なのが、無性に腹立ちます。こいつ、そう言えば、邪神と戦っていた時も、間に合わない大失態を犯しているんですよね。
「無論です。もしや、主人である私でなくアデリーナに付くおつもりですか?」
「そうではないが、今であれば謝罪すれば許されると思うのである」
「はぁ? 謝るのはあっちでしょ! 大体、お前はいつまでそんな情けない人間の姿でいるんです! さっさっと竜に戻りなさい!」
「いや、それであるが、戻れないのである」
「ん?」
「竜に戻れなくて少し困惑しているのである、我」
……一大事じゃないですか。竜だからこそ役に立っていたんですよ。神殿だってお前が竜だから置いてくれていたんですよ! 無職の野郎を飼う余裕は私にも神殿にもありません!
「ふふふ、黒竜も邪神の呪いに掛かっている訳ね」
私の次に湯浴みを終えたフロンが髪をタオルで拭きながらやって来ました。
「私もよ」
お前は生まれて来たときから、変な呪いに掛かっているだろ!って私は心の中で叫びました。
が、一応尋ねてやりましょう。
「……見た目は変わりませんが?」
「猫に戻れない。戻る必要はないと思っていたんだけどさ」
「大変な事じゃないですか!? お前、唯一の長所を失ったんですよ! そりゃ、アデリーナ様もお前を追放しますよ!」
「やられたわ。あの邪神の肉、魔力が豊富だったから食べたけど、こんな副作用があるなんてね」
フロンは言いながら、着席します。かなり重要な情報を口にしやがったのに平気な顔なのがムカつきます。
「何ですか、その副作用って!? 私も食べましたよ! ……ガランガドーさんは人間になって、お前は猫を辞めて、オロ部長には羽が生えました。となると、私も何がしかの影響が出るんですか!?」
「知らない。化け物は元から化け物だから関係ないんじゃない?」
「主には変化がない。我が保証しようぞ」
うわぁ、全く安心できないなぁ。私は自分の全身をチェックしました。三本目の腕とか生えてませんよね。
「他の人も食べてましたよね。どうなっているんでしょうか?」
「さぁ、くそババアと魔族紛いにも聞けば?」
くそババアはデンジャラスさんでしょうが、魔族紛いはショーメ先生かな。魔族から魔族っぽいと言われるショーメ先生、ヤバイですね。
「それよりも戦争の話が先よ」
そうでした! 忘れてしまうところでしたよ。
「ふむ、何か策があるのなら申しなさい」
「えらっそー。あんたの策を先に言いなよ」
「ないです! イルゼに見事に破壊されました。私は電撃戦でシャールまで攻め込むつもりだったんです。でも、今や防衛ラインが敷かれていると思います」
「は? 防衛ライン? 甘いわね。デュランに対する包囲網が築かれて、逆に攻められるだけよ」
くそぉ、イルゼめ! 考えなしにアデリーナに此方の動きを伝えやがって!
無能なのに自発的な味方は敵以上に害がありますね。心底、思い知りましたよ。
「しかし、思いの外、主は落ち着き払っておるな。秘策があるのではないだろうか」
「そうね。聖女の腕輪を奪って単騎で奇襲するのかとも思ったのだけど」
まぁ、そうですよね。最悪の展開であれば、その選択肢も御座いました。
「いえ、アデリーナは伝言通りに私を待つと判断しましたので」
「戦場で会いましょうなんて言葉を信じるんだ? 甘いわね」
「そうですか? アデリーナが本気ならイルゼを逃がしませんよ。こちらの動きを知っているなんて感知させません。例えば、イルゼが襲われて死に物狂いで逃げてきたならば、私もアデリーナを殺しに行きました。でも、伝言を頼むほどですから…………きっと、私を精神的に追い詰めて楽しんでいるんです!」
「なるほどね。アディちゃんはまだ何かを隠してるわね。ホンと私が教育しただけに優秀だわ」
「アデリーナが這いつくばって助命を懇願したら、今回は許してやるつもりです」
「それは無理があるわね。それに、アディちゃんに反旗を翻した段階で、もう化け物の希望は果たされたんじゃない? 恥搔かせるのが目的なんでしょ」
「その予定でした。しかし、残念ながら、ヤツはまだ焦っていませんでした。更に踏み込むしか有りません!」
「ふぅ。いい? 最後は私が化け物を倒して終わりにするのよ。分かった?」
「嫌です。よくよく考えたら納得できる終わりではないですね」
「はぁ!?」
フロンは醜く顔を歪めて、私への敵意を露にしました。しかし、私が動じる訳が御座いません。
「代役を立てます。良いですか? 今から言う事は大変に大切な事ですよ。私は利用されただけで、首謀者ではないし、アデリーナ様に楯突いた訳でもない。なので、フロン、あなたとともに私も最終段階で真の首謀者を倒すのです」
「……で、代役は誰よ?」
私はジッとガランガドーさんを見ます。遅れて、フロンも彼を見詰めます。
「わ、我?」
「三下よ、こいつ」
「何だとっ!? 我は冥界の支配者にして――」
「ガランガドーさん、すみません。冗談です。一晩考えます」
ガランガドーさんではダメです。こいつは最終段階でアデリーナに靡く可能性が排除できません。いや、その光景が目に浮かびます。ウッキウッキで戦争をしたがるヤツが好ましいですね。
ハァ、いるかなぁ。そんな頭のおかしい人。
ここでベセリン爺がお食事を運んで下さいまして、3人で食べます。甲斐甲斐しくコップが空になる度に飲み物を注いでくれる彼は本当に優秀な執事です。
アデリーナの伝言に関して、私は自分の都合の良い方向へと解釈している可能性を自覚しております。その不安によるストレスもあって、私はムシャムシャガツガツと皿を平らげて行きました。美味しいです。
食後のお茶も頂きます。
「とは言え、シャールまで来るのをアディちゃんが待つはずがないわ」
「そうですよね」
見逃せば他の街に示しが付かなくて、反乱に同調する街が出てくるかもしれませんから。前王からの政権移行の時から、アデリーナの強引な政策に反感を抱いている貴族も多いですし。
「ガランガドーさんが竜の呻き、嘆きか、呟きか、そんな感じのブレスを吐けば、軍隊なんて壊滅できると思うんです。ほら、諸国連邦の街を破壊していったみたいに」
「あれは我ではなく死竜の仕業であったのだが……」
「そうなると、バーダが大きく成長すれば、あれが出来るのですね」
円らな眼をした子竜を見ます。ガランガドーさんの前でテーブルに座り、細切れのお肉を食べておられました。
私の視線に気付いて、可愛らしい小顔を少し斜めに傾けます。うふふ、愛らしいです。
「バーダが成長したら、死竜みたいに骨だけ竜になったりしませんよね?」
「それは黒竜の方が詳しいかもね」
「どうですか、ガランガドーさん?」
「魔力不足で顕現するから骨だけであったのである。思い返すに、主の魔力を吸った時は肉を持った姿であったな」
なるほど、そうでした。ショーメ先生とともにガランガドーさんに乗って殴りに行ったのを思い出します。
「もう一度聞きます。ガランガドーさん、竜に戻れませんか?」
「うむ。それにアディに一度、この姿を見てほしいところである」
「……無駄だと思うけど?」
冷たい目でフロンが返します。私も同意です。
「くくく、我にアディを取られることを恐れるか、弱き者よ」
「虫の糞ほども思わないわよ」
「竜の叡知を集結させた、この我の姿を見て惚れぬ者などおらぬわ」
その謎自信は何でしょうね。今日だって誰一人、ガランガドーさんに眺め入る人は皆無でしたし、そもそも、お前に叡知なんてないでしょうに。昨日のテストでもお前は寝ていただけですよ。
「明日は聖女が迎えに来るのね」
「はい。デュランで作戦会議です。諸国連邦もとりあえず、そこまでは軍を出すと言ってました」
「分かった。私の部屋ある? 寝床が欲しいんだけど」
図々しいですね。しかし、紳士なベセリン爺が用意すると申し出てきました。
その好意を否定する必要まではないので、ベセリンと女中さんに「今晩は鍵を閉め忘れないようにお願いします」とフロンの夜這い対策をして、私は部屋へと戻りました。
メリナの日報
許せないです! イルゼのヤツ、アデリーナ様に宣戦布告するなんて、何を考えているのでしょうか!!
私、もう激怒ですよ! 激怒!
アデリーナ様も怒っておられますよね。いやー、誰が後ろで糸を弾いているのでしょう。安心してください。私、そいつを探し出しますから!




