事情聴取される
目付きを鋭くしたメンディスさんに「付いて来い!」と言われて、素直に私は大股で急ぐ彼の後ろを追い掛けます。そして、大きな天幕へと案内されました。
その中は魔道具の照明が設置されており、日光が遮られてはいますが、外と同じ様に明るかったです。ど真ん中に木製の机とその両脇に長椅子が置かれておりまして、メンディスさんは最奥の独立した立派な椅子に、どかっと座りました。一番偉い人用の椅子なのでしょう。
遅れて、タフトさん、デンジャラスさん、ショーメ先生が入って来ます。天幕の入り口にいた兵士さんが遮るのをサルヴァが制して、彼とフロンも続きます。
ガランガドーさんがいませんが、彼は未だお肉を食されているようでして、全く役に立ちませんね。
皆が椅子に着いたところで、メンディスさんが深く溜め息を吐きました。でも、顔は怒り心頭な感じで真っ赤なのを抑えられていません。
「嵌められたな。まさか戦争を、しかも負け戦を扇動されるとは思わなかったぞ」
メンディスさんは私を睨み、続いてショーメ先生を憎しみを込めた眼で見ます。
「フェリス・ショーメ! アデリーナ女王の命を受けて、そのバカの手綱を締めるのではなかったのか!」
ん? そんな役目を負っていたのですか、ショーメ先生。初耳です。
「すみません。私も状況が把握できておりません。メリナさんに詳しく聞いた方が良いかと思います」
彼女の柔らかい表情はいつも通りでした。私への殺気もなく、ショーメ先生の落ち着きは大変に好ましいです。メンディスさんも見習うべきですね。
「メリナさん、アデリーナさんを討つとは物騒な話です。訳を話して頂けますか?」
これはデンジャラスさんの発言です。戦闘での荒々しさはもう消えていて、風貌以外は元聖女に相応しい柔和さでした。
「その前に。デンジャラスと申したか? その奇抜な格好ながら元聖女。程度が知れるぞ」
心が乱れているメンディスさんは冷静さを欠いております。私以外にも刺々しい態度を取ってしまっていますね。
「メンディス殿下……? 此方の方を誹謗するならば、私も立場を改めないといけませんよ」
ほら、デンジャラスさんを慕っているショーメ先生も敵愾心を持ってしまったではないですか。ここは一つ、世界平和の為にブラナン王国を攻めると決心すべきなのですよ。
「なんだと……。いや、そうだな、タフト。場の仕切りを頼みたい」
「お任せください、殿下」
ギリギリのところでメンディスさんの判断は適切でして、自分の気持ちが抑えられないことを自覚して側近のタフトさんに代理を頼みました。
「早速ですが、メリナ殿、突拍子もない願いでしたが、経緯をお教え頂けませんか?」
「宜しいですよ。昨日になりますが、大変に無礼な手紙をアデリーナのヤツから受けまして、天罰を下してやろうと思ったまでです」
「手紙ですか……? どのような?」
「これよ」
フロンが懐から取り出し、タフトさんに渡しました。なかなか気の利くヤツだと今はフロンを誉めてやりましょう。
紙を預かったタフトさんは素早く目を遠し、丁寧に畳んでから、メンディスさんにお渡しします。また、デンジャラスさんも「拝見したい」と申されまして、メンディスさんの次にショーメ先生とともにあの悪辣な挑発文章を確認します。
「……なるほど。そういうことで御座いますか」
ショーメ先生が合点が言ったとばかりに呟かれました。先生もアデリーナの非道さを改めて認識したことでしょう。さぁ、殺りに行きましょう! いえ、殺すのではなかったですね。生き恥を掻かせに進軍しましょう!
「その手紙を読んで、一つ安心した。アデリーナ女王は諸国連邦を罠に嵌めた訳ではなく、そこのバカが暴走しただけだな」
メンディスさんが座ったまま背を伸ばし後ろ手で、後方の台からコップと水差しを取りました。そして、自分の喉を潤します。
「タフト、外の連中はそこのバカの言葉に乗るだろうか?」
…………なんか、さっきから私のことをバカ呼ばわりして、大変に気に入りません。
「どうでしょうか。ただ、密かに旧解放戦線に賛同する方々も多かったです。野を焼く炎も小さな火種から始まりますから、メリナ殿の発言も大きな波紋を生じさせたとは思います。デュランのお2人はどう思いますか?」
その問いに答えたのはデンジャラスさんでした。ショーメ先生は黙っています。
「アデリーナさんは賢い方です。そして、冷酷な面も御座います」
そうですよね! 冷酷なんです、あいつ! 私と聖竜様の仲を切り裂くみたいに、私をシャールから遠い諸国連邦に住めと言うんですから! さっすが、デンジャラスさん! よくお分かりです。
「分かる。しかし、それがどうした?」
「ここに書かれている事項をメンディス殿下は栄転と取られていませんか?」
「ナーシェル王の補佐官だぞ。ブラナン王国と比べれば小国であろうが、諸国連邦を率いる国のナンバーツーに成れるのだ。慶ばしい出世で間違いあるまい」
「いいえ、メリナさんにとってはシャール及び竜神殿からの追放です。つまり、メリナさんを怒らせようとする内容になります。逆に言えば、アデリーナさんはメリナさんを怒らせる必要があった」
「……何のために?」
メンディスさんの問いにデンジャラスさんは眼を瞑られ、熟考している様子でした。代わりに口を開いたのはフロンでした。
「知りたい?」
「お前は誰だ? フェリス・ショーメと互角であったが、お前もブラナン王国の人間か?」
「そう。アディちゃんと最も近い仲、だった者よ」
「……では、この手紙の意図を答えよ」
「化け物を怒らせた場合に邪神が顕現するかの確認」
少し沈黙が発生します。
「邪神だと……? クーリルで現れたあの凶悪な魔物か!? もしも再び顕現したら諸国連邦が滅びかねんぞ!」
「あはは、あんたもバカね。滅んでも良いからよ。タブラナルやシャールと辺境の他国が比較になるわきゃないわよ。おまけに、デュランにも被害が出たら恩も売れる」
またもや沈黙が続きます。
それを破るのは私です。願いを叶えるためには押しが必要ですからね。アデリーナの非道を知ったこのタイミングは絶好のチャンスです。
「アデリーナを討つと言っても殺すんじゃないですよ。ちょっと気概を見せるだけだからご安心下さい」
「可能ならば、お前を殺したいところだな。それで全てが解決する気がする。世界平和の為に死んでくれないか?」
まぁ! なんて言い種でしょう。面白くないジョークですが、私は微笑みで返します。
私の余裕の態度がプレッシャーになればとの思いです。
「サルヴァ、お前はどう思うのだ? そこのバカと行動を共にしていただろ。止めなかった弁解を聞いてやる」
「兄者、弁解はしない。ただ、俺一人であっても巫女と共に戦おうと思う。ブラナン王国が諸国連邦を舐めることがなくなるのなら、俺の身を犠牲としたい」
「……本当にご立派になられましたね、サルヴァ殿下」
タフトさんが感慨深げに感心されました。
メンディスさんが悩み続けている中、天幕の外が騒がしくなりました。誰かがこの中に入ろうとしているのを、兵隊さんが断っているのです。
「現聖女のイルゼです。彼女からも話があるのでしょう。入室の許可をお願いします」
魔力感知を使ったであろうデンジャラスさんがメンディスさんに求めました。すぐに彼は大声を出して、訪問者を中に入れるように命じました。
「何だ? デュランとしても頭が痛い事態だろうが、このバカは一歩も退かぬ状況だぞ」
「頭が痛い? よく分かりませんね」
イルゼさんはいつもより笑顔で答えます。
「先ほど、アデリーナ様の下に転移しまして、デュランと諸国連邦を代表して宣戦布告して参りました。楽しみですね、メリナ様」
っ!? このバカ!! 相手に応戦の準備をさせてどうするんですか!!
「アデリーナ様からメリナ様に伝言も預かっております。戦場でお会いすることを楽しみにしていますとのことです。それまでに死なないようにと。私の方からご心配無用ですとお答えしました」
アデリーナ!! その余裕が憎たらしい!
あー、お仕置きか!? お仕置きが待っているんですか!?




