乱戦
ダーティビースト組とにこやか純潔組の戦いはまだ続いていました。戦闘力で生徒達を圧倒的に凌駕するデンジャラスさんとショーメ先生は互いのクラスの最後方で見守っております。
「潰し合いを待ちますか?」
「それも良いけど、どっちかを引き込んで3対1に持ち込むわよ」
失礼にはなりますが、私達の計算に小競り合いを続けている生徒達は入っておりません。この戦場では私、フロン、デンジャラスさん、ショーメ先生が絶対的強者なのです。
「そうなると、デンジャラスさんを先に叩きましょう。ショーメ先生に関してはデンジャラスさんとレジス教官の優勝がなくなれば、自ずと負けてくれますよ」
彼女の望みはレジスとの交際を防ぐことですからね。むしろ私が勝つことに協力するまで予想できますよ。
「巫女よ! ダーティビーストを攻めるのであれば、俺に先陣を任せて欲しい!」
サルヴァが熱い目で私を見ます。妹と対決したいのでしょうか。
「宜しい。では、任せました」
戦うのに理由は要りません。やってきなさい。
「おぉ! 快諾、嬉しく思うぞ」
サルヴァは大きく息を吸って胸を張り、それから、土を強く蹴って一直線に走り出しました。
「無意味よ?」
「横槍を入れることで、ショーメ先生の味方をすることをはっきり伝えられますよね。あと、罠かもしれません」
「罠?」
私は遠くで戦う2クラスの動きを目視と魔力の動きで観察していました。そして、結論としてそれぞれの教師に隙が有り過ぎるのです。特にデンジャラスさんの付近には誰も居なくて誘われている感じがします。それを危惧したのです。
「タフトさん、学生とは思えない程に揃った隊列ですね」
「えぇ。ダーティビースト組に指示を出しているのはブリセイダ王女です。彼女は学生ながらナーシェル軍の指揮官でも有るのですよ。私が仕えるメンディス殿下からの信頼もお厚い方です」
3列横隊を前面に出し、にこやか純潔組を圧迫しています。また、体格の良い人を選んだ少人数の別動隊が横隊の側面に回り込もうとするにこやか純潔組を防いでいました。
「対するにこやか純潔組も負けていませんね。組織力では1学年上のダーティビースト組に分がありますが、よく助け合っていますね。倒れそうになったら、誰かが支えに言っていますよ」
「そうですね。男女関係なく、よく動いています。たまに、担任教師が指示を出して、綻びそうになっている箇所を修正したりしています。よく戦況が見えていますね」
「にこやか純潔組で行きますと、特にあの男子生徒が目立ちますね。ダーティビースト組の横陣を突き破ろうとしているんでしょうか」
「あー、あれはオリアス殿下ですね。パットさんはご存じないかもしれませんが、ケーナ王国の王位継承予定者でして、諸国連邦の将来を担う方です」
司会と解説の2人は高いところから見ているので全体がよく見えるのでしょう。
エナリース先輩とかアンリファ先輩も頑張っているかな。怪我していなければ良いんだけど。魔力感知的にはまだご無事ですね。
「いやー、しかし、見応えのある肉弾戦ですね。どちらも一歩も退こうとしません。あっ、にこやか純潔組に動きが出そうです。教師が一人の男子生徒に指示を出しています」
「ん? あっ、あれはラインカウ殿ですね。彼はまだ前線に出ていませんでした。体力は十分ですよ」
「本当ですね。膠着状態を打ち破る一手となるのでしょうか。タフトさん、狙いは何だと思われますか?」
「何でしょうね。さっぱり分かりません。若干、ダーティビースト組が押していますので焦りが生じたのでしょうか。おや? シュライドのトッド殿ですかね。彼もおかしな動きをしています。敵に背を向けて、ラインカウ殿を正面に捉えましたね」
その時、ズンダカダン、ズンダカダンと太鼓の音が鳴り響きます。
「リズミカルな音に乗って、ラインカウがダッシュ! しかし、向かう先はトッド! あっ、なんと! その組んだ手に飛び乗り、トッドがラインカウを放り投げたっ!! 宙を舞うラインカウがダーティビースト組の隊列を飛び越えたぞ!」
私にも空高くジャンプしたラインカウさんが見えました。
「狙いは後ろに控えるブリセイダ王女ですね! 十分に引き付けたところで、奇襲をもって指揮官を潰す作戦です! 見事ですね、ショーメ殿!」
「ブリセイダの腕を掴み、押し倒す! いや、王女も負けじと掴む! 女性になんて真似をと思いますが、非情な戦場に紳士も淑女もないと言うことなのか!」
「いえ、ブリセイダ王女は軍人です。幾ら男性でも素人には簡単に行きませんよ」
「踏ん張った! ブリセイダ、何とか転倒を免れる! ダーティビースト組の生徒も救援に寄せています! 逆にラインカウ、危ないぞ! 囲まれた! ブリセイダは後ろに下がる! 奇襲失敗!」
しかし、ラインカウさんのピンチに太鼓の音は更に大きく、速くなります。
「ヌォーーー!!」
ラインカウさんの雄叫びが聞こえました。
そして、吹き飛ぶダーティビースト組の人達。
「何だ!? 不可思議に激しく上下するラインカウの腕はまるで魔物の触手のようです! 次々と男を打ち上げる! 不規則にして予想外、奇想天外! そのステップは何者も寄せ付けない! タフトさん、これは諸国連邦の秘技なのでしょうか!」
「いや。全く見たことがありません。開始前の踊りと同じだと思うのですが、野性味を感じますね」
「竜の巫女メリナより伝授された、竜神殿の秘術、魂のダンスを見るが良い!!」
ラインカウさんの叫びがまたもや草原に轟きました。謂われなき私への誹謗に、殺してやろうかなと思ったのは秘密です。
「舐めるなっ、下級生が!! 私を失っても我ら……ダ、ダーティ……ビースト組は負けん! 隊列変更! 蛇尾の陣!」
女性の声が響きます。ちょっと恥ずかしそうでした。照れますよね、そんな変なクラス名だと。
声を聞いたことがあるなと思って魔力感知を使いましたら、知っている人でした。内乱の時に、はっちゃけて数々の街を陥としたガランガドーさんを迎え撃ったハッシュカで、ナーシェル側の兵隊に演説していた女将軍です。若い声だとあの時も思った訳ですが、私とそう変わらない年頃だったのですね。
「横陣が乱れる! いや、縦列に変更ですね! 三列それそれがにこやか純潔組の生徒を囲もうとします!」
「よく訓練されていますね。うまく分断しましたよ。これはダーティビーストの勝利は間違いないでしょう」
個々の魔力量では、にこやか純潔組の方が勝っているんですよね。でも、ダーティビーストはうまく多数対少数に持ち込んでいます。
「ったく、サルヴァは足が遅いわね。やっと戦場に着いたわよ」
「普通の人間ですから」
それが却って、より良いタイミングに参戦できる幸運となりました。
乱戦が始まろうとした、その瞬間にサルヴァが突撃します。
「貴様っ! 一番弟子である俺に先んじて、巫女より伝授されたとの話、許される事ではないっ!」
妙な怒りはラインカウさんに向いていたようで、彼の渾身のタックルがラインカウさんを囲む生徒達も巻き込んで吹き飛ばします。
「おぉ! 見事な攻撃でした。サルヴァ殿下も本当に成長されていますね。メンディス殿下も見直されるでしょう」
「あの巨体の彼も王家の方なのですか?」
「そうです。そして、歴代で学院生活が最も長い生徒です」
「おお! ベテランの生徒なんですね! メリナ様にとっては頼もしい限りでしょう」
パットよ、それ、落第を続けているだけで全く自慢にならないんですよ。
「止まったサルヴァがブリセイダを睨みます! いよいよ、兄弟の因縁に決着か!?」
因縁って……。盛り上げるための台詞でしょうが、ブリセイダさんにとっては気持ちの悪い身内を避けていただけですからね。
「ブリセイダ! 済まなかった! 未熟だった俺を殴ってくれ!」
ブリセイダさんの返答は聞こえません。
「しかし、俺は生まれ変わった! お前を倒して、それを証明しよう!」
全く前後の繋がりが感じられず、どう証明が為されるのでしょう。私がブリセイダさんの立場なら、その狂気に恐怖を感じるでしょう。残念ながら分かり合えません。
「サルヴァの肩からの突進は、軽くブリセイダに避けられる! しかも、足を引っ掛けられた!」
「さすがに冷静ですね、ブリセイダ王女は」
「えぇ。サルヴァの煽りに全く返していませんでしたね」
「ぬあー!!」
サルヴァが高くジャンプしたのが見えます。しかし、完全にバランスを崩していて、着地の際は手を付かざるを得ないでしょう。
つまり、負けました。
「師匠の師匠より授けられし奥義! 拳王大衝肩鬼咆っ!!」
サルヴァの右肩が輝きます。魔力です。弱い彼が頑張って身に付けたのでしょう。しかし、ブリセイダさんまでの距離は遠い。体をぶつけるには少し無理があります。
私の見立ての通り、サルヴァは普通に落下して見えなくなりました。
奥義は不発――だと思いましたが、突然、砂煙が立ち込め、もの凄い風圧が発生します! 思わず、私も顔を手でガードせざるを得ないくらいでした。
「肩に溜めた魔力を爆発させた訳ね」
「なるほど、自爆技ですか」
「喰らった方は堪ったものじゃないわね」
「サルヴァにしては上出来だと思いますよ」
視界が戻った時には大半の生徒が倒れていました。そして、副学長の「サルヴァくーーん!」っていう悲痛な叫びが響きます。ビーチャが思っきり、それに驚いていました。




