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対竜トラップ

 サブリナが両手で支えているのは、巨大な鶏の骨付き腿肉でして、大きな花束みたいになっております。


 でも、花なんて物より魅力的でして、私は駆け寄りたい衝動を何とか我慢できている状態です。後ろの席で幼いペーター君が見ていて、みっともない姿は見せられないという思いがあったからです。


「化け物、あれは罠よ」


「フロン! 罠とは何だ!? 俺には普通のデカイ肉にしか見えないぞ!」


「おかしな魔力が放たれてる」


 魔力? くっ、明らかに異常! こんなにも抗えにくいのですか!! 私の両眼は釘付けですよ!



 あぁ!! サブリナがニッコリしてから、そのお肉を地面に落としました。

 なんてことを! 勿体無い! 早く土を払って食べたいです!



「主よ! 我が先に向かおうぞ! 断じて抜け駆けではないっ!」


 ガランガドーさんが駆けます!

 昨日まではドラゴンだった彼は、それまで四つん這いで歩いたり、羽で翔んだりしていたりばかりだったのに、器用にダッシュしました。


「化け物、あんたは行っちゃダメだよ」


 フロンに腕を捕まれ、その邪魔な手を叩き折りたいという衝動に耐えます。



 ガランガドーさん、落ちた肉を食べてました。膝を付きながら完食へ向けての構えです。あいつ、ルールを理解していなかったのでしょうか。

 なお、彼の体に隠れて肉が見え無くなると、私は謎の食欲から解放されました。


 ガランガドーさん、抜け駆けではないって叫んでいましたが、攻撃しなければ許されると思っていたのか不思議です。



「おおっと! メリナ様のクラスメイトが早速脱落です! ちなみに、タフトさん。あの男の人は誰なんですか?」


「誰なんでしょうね。私も初めて見ました。黒竜と呼ばれていましたから、もしかしたら、あれですか。メリナ殿と常に行動を共にしているガランガドーさん? だとしたら、今の奇行は納得の行動ですよ」


「おぉ! と、言いますと?」


「水色の髪の少女が持っていたのは、特殊な物で、竜まっしぐらのお肉なんです。本当は死竜の進路を調整するのに使うんですが、よく思い付きましたね」


 なんだとっ!?

 実は、私は獣人で頭の中が竜だと教わった事があります! だから、竜特化魔法にも引っ掛かるし、魔力の扱いも上手なんだと思っていました。


「しかし、あの効力は私が知っている竜まっしぐらより強いように見えました。何らかの改良か工夫がされているのかもしれません」


「所詮はドラゴンですね。好物を見て理性が飛ぶのは致し方ないということでしょうか?」


「そうかもしれませんね」


 ……私はちゃんと理性を保ったので大丈夫です。



 さて、キッと気高き桃組を、前のクラスメイト達を睨みます。


「メリナの分もあるよ?」


 しかし、サブリナは動じません。優しい声で私に語り掛けてきます。でも、勝敗の前では悪魔の囁きです。四つん這いになって肉を喰らい、醜態と敗北を皆に見られることになるのですから。


「遠慮しないで、メリナ。これ、私達からのプレゼントだよ」


 くぅ! 顔しか知らない元クラスメイトが2本目の肉をサブリナに渡しました。


 彼らは完全に私を嵌めに来ています。


 はっ! あれか! 解放戦線が学院を襲った時、私は竜特化捕縛魔法で麻痺状態にされました。サブリナも解放戦線の一員でありましたから、私への対処方法をよくご存じだった訳ですね! そして、今回、私に勝つために練った作戦が竜まっしぐらのお肉を使用することだったのか!



「良しっ! メリナの動きを封じたぞ! 全員、突撃! 全てはショーメ先生の為に!」


 レジスの合図に、元クラスメイト達が雄叫びを上げます。若干の地響きもあり、数に任せて私達を蹂躙するようですね。

 しかし、痺れるような甘い衝動が頭の中で暴れていて、迎撃体勢に入ることも能わずです。涎が凄くて飲み込むだけで私は精一杯なのでした。



「チッ! 化け物、目を瞑っていなよ!」


 ん? 視界から肉を消せば、このどうしようもない衝動から逃れられるのか? 試してやりましょう。

 私はフロンに従います。


「サルヴァは化け物を見てて」


「なっ! ここは俺の出番ではないのか!」


「私のよ」


 フロンは魔族です。巫女見習いだった私と、ヒリヒリと命を削るような闘いをしたこともあります。

 まだ未熟な私は足を切断されたんですよね。痛かったし腹立たしかったです。

 そんな彼女が頼もしく感じる日が来るなんて、思ってもいませんでした。



 瞬間、フロンの気配が遠くなります。魔力の動きからすると、疾風のように飛び出して、気高き桃組の方々を襲う意向の様ですね。


「おおっと! 迅い! しかし、対する気高き桃組も勢いよく突進中です!」


「あの線の細い娘さんでは厳しいかもしれませんね。サルヴァ王子が行くべきかと思いました」


「しかし、サルヴァ王子はメリナ様の隣に――あっ! なんと!? 本当に速い! 先程までメリナ様の横にいた女性が、素早い動きで気高き桃組の生徒の間を駆け抜けます! しなやかに流れるモーションは女豹の如く! そして、鋭い一閃! 顎を打ち抜いて倒していきます!」


「……素晴らしい動きです。まだ私が知らない達人が存在するのですね。パット殿、あの人もメリナ殿のお仲間ですか?」


「いやー、私も記憶にない人ですねぇ。あんな可愛らしいお嬢さんですから、一度見たら忘れないと思います。さて、気高き桃組は2名を残して全滅です」


 何? フロンは手を抜いたのか? ちゃんと全員を仕留めなさいよ。

 


「サルヴァ、もう目を開けても良いですか?」


「あぁ、巫女よ。レジスが両手を上げている。降参するようだな」


「お肉は?」


「もう一本もサブリナがガランガドーに与えた」


 あの肉、大変に食欲をそそるものでしたので惜しい気持ちが強いです。ガランガドーめ、覚えておきなさいよ。脱落と抜け駆けの罪は重いんですからね!



 私はゆっくりと残った2人、レジス教官とサブリナに寄りました。敵意は一切感じません。


「メリナ、共闘しよう」


「は?」


 敗けを認めたと思っていたレジスが私に提案してきました。


「俺はどうしても優勝したいんだ。頼む!」


「いや、私に一切メリットないですよ。それに、私にもデンジャラスさんにお願いしたい事があるんで勝ちたいんです」


「メリナ! お前の下らない願いなんて叶わない方が良いんだ!」


 私の願いが何かを知らないくせに下らないとか言うんじゃありません。アデリーナを倒して世界と私に平穏を戻すという大きな夢が有るのですよ。


「いいじゃん、化け物。そいつでも盾にはなるわよ」


「私一人でも勝てると思っているんですが?」


「あっちの2人相手に? そりゃ、生き残った方が勝ちってルールなら、頑丈で異常な回復力を持つあんたに敵う人はいないけどさ。味方が多いことに越したことないわよ。不測の事態には備えるべき」


 そっか、攻撃を避けるために地面を転がっても負けなんですね。真っ向正面からの殴り合いに持ち込みたいところですが、相手はそれを許してくれないか。

 でも、レジス教官とサブリナが役に立つ展開が頭に浮かばないですよ。



「メリナ、私もあなたと戦いたい」


 うーん、サブリナからそう言われると辛いですね。


「……分かりました。旧桃組として頑張りましょう」


「ありがとう。嬉しい」


「おぉ! よくやった、サブリナ! 先生は嬉しいぞ! 俺たちの勝利にまた一歩近付いたな」


 レジスよ、喜び過ぎです。お前は何もしていないじゃないですか。生徒の手柄は自分の物ですか。社会な嫌な仕組みを見ましたよ。


「レジス先生の適切なアドバイスがあって、完成した肉でした。さすがドラゴンの研究に携わっていた方ですね」


 ん? そう言えば、レジス教官は竜に詳しかったんですよね。バーダが雑食性だということも教えてくれました。



 レジス教官とサブリナが作ったというスペシャルなお肉を食べ続けているガランガドーさんは、運営の方に連れられて、会場の外へと出ていきました。フロンが倒した桃組の方々も同様です。

 背中を押されながらもガランガドーさんは幸せそうな顔でお肉を口にされていましたので、彼的には満足のいく結果なのでしょう。



 さて、気合いを引き締めなおして、私とフロンはダーティビースト組とにこやか純潔組の方へと向きます。サブリナとレジス教官は後方で待機とさせて頂きました。


「化け物、あの後ろの2人は最後に倒すわよ」


 後ろの2人とはレジス教官とサブリナのことです。私も理解しております。


「えぇ、勿論です。完全優勝を目指していますので」


「ほんと、化け物は油断ならないわね」


「お前ほどではないです。でも、レジス教官も共闘って言いながら、いつまでかも決めないなんておバカですね」


 私とフロンは横に並び、それから、下げた拳をお互いに軽くコツンとぶつけ合いました。今からデンジャラスとショーメを倒すための気合い入れです。

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