対抗戦開幕
ナーシェルの郊外、だだっ広い草原に設けられた場所に、私達はクラス毎に布陣しました。元々は家畜のための牧草地になっていたのか、背の高い草は少なく、地面が見えるところも有るくらいです。
なので、敵の姿は丸見えとなっておりました。正面にデンジャラス、右手にショーメです。距離はかなり離れています。
「行けますか、皆さん?」
私は4人しかいないクラスメイトに確認します。
「転ばすだけでしょ、余裕」
「おうよ! 師匠の師匠による修行の成果を出せる時が来たな!」
「ククク、我に挑むとは弱い上に愚か。主よ、我の力をこの地に轟かせようぞ」
気合い十分です。
それぞれで集まっている4クラスの周囲は剣王と戦った時のように階段上のステージが拵えて有ります。ただ、あの時は私と剣王とのタイマンでしたのでグルリと闘技場を囲むように設置されていましたが、今回は多人数で戦う為のスペースを確保するためでしょう、学院の校庭よりも広い四辺のそれぞれに置かれた形になっております。
観客は学院の生徒や教師だけでなく、家族も来ているようでした。ラインカウさんの家の執事なんかも遠くて小さくですが、姿が見えます。
まだ始まりの時間まで有るようでして、各クラスは作戦会議的な集まりをしていました。無駄なのに。
「おぉ、ボス! 今から何かの大会ですか!?」
野太い声に振り向くと、デュランでパン職人をやっているビーチャがいました。あの街からの徒歩での距離は知りませんが、ここは異国の地です。こいつがここにいるはずもなく、でも、幻だとすると、大変に不愉快なものです。何故、聖竜様でなくお前の幻覚を見ないといけないのかと。
そんな疑問は隣にイルゼさんが見えたことで解消されました。転移魔法でしたか。
「ボス! メリナパンが完成したんです!」
嬉しそうな顔でビーチャは近付いてきて、鉄板の上のパンを私に捧げました。
ふむ。確かに長い黒髪、ぱっちりお目々と私の特徴を捉えています。
「いやー、俺はもっとリアルに作りたかったんですが、ハンナのやつが『店先に生首が並んでいるみたいで怖い!』って言うもんだから困りましたよ」
だから、私が描く絵みたいになっているのですね。サブリナにそういう絵の事をデフォルメと言うと教わりました。
「一口目はボスに食って貰おうと、聖女様に連れてきてもらったんです!」
「そうですか。ご苦労様です」
ビーチャが持つパンからとても美味しそうな芳香が漂ってきます。
「いいじゃん、私が頂こうか」
「いや、やっぱりダメですよね。今から戦うなら、お腹が膨れると不利ですもんね。いやー、久々にボスの勇姿が見れますね。あっ、パン工房の連中も呼んできて良いですよね。聖女様、すみませんが、もう一回、転移をお願いします!」
図々しいという言葉はビーチャにはないようで、彼が住んでいるデュランで一番偉い人間であるイルゼさんに軽い感じで依頼しました。そして、イルゼさんもあっさりと承諾するのです。
「あの男、妙に巫女に懐いているな。気持ちは分かるが、巫女への畏敬の念が足りないのではないか」
サルヴァの言葉です。
「あら? 化け物にジェラシー?」
「なっ! 俺には心に決めた女がいる!」
「いいじゃん。一人の女に拘るなんてバカだけよ」
多くの老若男女と関係を持ってきたフロンがサルヴァをからかいます。両方とも気持ち悪い奴等ですが、私としてはやはりサルヴァの肩を持ちますね。恋とは一途であるべきなのです。ねぇ、愛しい聖竜様。
すぐにパン工房の人達が揃いまして、私達に一番近い観覧席に座ります。でも、そこはガラガラでして、非常に寂しい感じです。ハンナさんやその甥のペーター君、ビーチャの妻であるチェイナさんなんかもいました。手を振ってくるので私も返します。
あと、端っこに副学長も座っていまして、小さくサルヴァに合図を出していました。サルヴァもさりげなく反応しているのが見えて、私は顔をしかめます。
些細な私の悪戯心が巻き起こした、取り返しの付かない事態を思い出したのです。本人たちが幸せなら良いとはいえ、微かな罪悪感さえ持ってしまいました。
さて、なので目を逸らしましょう。
ショーメ先生のにこやか純潔組の方々は戦意を向上させる目的なのか、ズンダカダンズンダカダンと太鼓を打ち鳴らしていました。聞き覚えがあるなと思ったら、アバビア公邸でラインカウさんにお教えした魔物のダンスでした。
あの時も思いましたが、すっごい蛮族感ですね。エナリース先輩やアンリファ先輩もノリノリで踊っていますし、オリアスさんやトッドさんが戸惑いながら手足を上げているのも確認できました。
うふふ、ショーメ先生は恥ずかしがって参加していないですね。代わりに、こちらを睨んでいました。コワイコワイ。
デンジャラスさんのダーティビースト組は整列しています。そして、目立つ鶏冠頭のデンジャラスさんの隣に知らない女の人が立って、何だか演説をしています。
「あの人がお前の妹のブリセイダさんですか?」
「あぁ……。もう何年も口を聞いていない」
「そりゃ、そうですよ」
「いまの俺なら分かる。謝らないといけないのだろうな」
「もう遅いんじゃないですか」
「それでもだ!」
迷惑だと思うなぁ。
そして、レジス教官の気高き桃組です。何故に「気高き」なんて形容詞を加えたのでしょう。私とサルヴァ、あと取り巻きの2人が居なくなったから気高くなったのかと邪推してしまいますよ。
この桃組、大変に弱そうです。諸国連邦の人達しかいないので、魔力的に貧弱なんですよね。注意が必要だとしたらサブリナの毒くらいですが、毒が来ると分かっているのに引っ掛かる愚者は居ないですよ。
「さぁ、始まりますよ! 司会は私、デュランのパトリキウス、パットがさせて頂きます!」
うん? パットさん? パン工房の人達と一緒にやって来ていたのか? 突然の拡声魔法での声に私は驚きました。
「僭越ながら、ナーシェルのメンディス王子に許可を頂きまして、聖女イルゼ様のご指名で司会を勤めさせて頂きます。本日は、皆さん、宜しくお願い致します」
慣れてるなぁ。聖女決定戦でも喋ってましたものね。
「なお、解説はナーシェルが誇る王子付き近衛騎士長タフトさんです」
「王族の方が2名もおられる中で、大変に畏れ多いですが、今日は精一杯頑張りますので、宜しくお願い致します」
ドォーンと銅鑼の音が大きく響きます。
「始まりました! 私としては元聖女の2名に着目してしまいますが、タフトさんはどうですか?」
「そうですね。王族の2名は兄妹なのですが、会話があるのかを個人的には楽しみにしています。あと、メリナ殿を止める人間が存在するのかも知りたいですね」
「なるほど! 様々な縁が絡み合った、この戦い! 最後まで立っているのは誰なのでしょうか!」
さてさて、私も動き始めますかね。
ぐるりと敵を見ますと、既ににこやか純潔組とダーティビースト組で小競り合いが発生しています。足以外の部分が地面に付いたら負けというルールですので、殴り合いよりも取っ組み合いが多い印象です。
「化け物! 私達も行くわよ!」
「巫女よ! レジスから倒すぞ!」
ですね。まずは雑魚連中からが良いでしょう。
サブリナを先頭にする気高き桃組の連中を私は睨みます。
「なっ!?」
そして、驚きました。なんとサブリナがとてつもなく大きな骨付き肉を持っていたからでした。
「諸国連邦の武器ですか?」
「いや、知らぬ」
「主よ……我は辛抱たまらぬ……。喰らいたいのだが……」
「は? 黒竜、何言ってんのよ?」
全く同感です。所詮はガランガドーさんも竜。欲望に忠実で、こんな戦闘中でも食い意地が張っているとは、やはり獣に近い種族です。あっ、でも、もちろん、聖竜様は違いますからね。
なんて、思った私の口の中も涎が止まりませんでした。
「巫女よ、どうしたのだ?」
「無性にあれが食べたくなりました!」
「はあ? 化け物も何言ってんのよ! 罠に決まってるじゃん!」
私達が立ち止まったままのを見て取り、サブリナは友好的な顔付きでゆっくりと私達に歩み寄って来るのでした。




