試験を受ける、ちゃんと
(この世界の一刻は、現実世界の一時間くらいのイメージです)
紙の束を前にして、フロンはパッパッと手早く一枚一枚見ていきます。2種類に分けているみたいですね。
「何をやってるんですか?」
「1枚に10問ずつあるのよ。それが40枚。一刻の時間で解くには多過ぎだから、解けるのとそうじゃないヤツを分けてるの。賢いでしょ、私」
いや、お前が全部解答しろよと思いましたよ。マイアさんなら絶対そうします。フロンは賢いってゆーか、小賢しいです。
「それじゃ、私がこっちを解くから、あんた達はそっちね」
「えっ、明らかに私たちのノルマが多いじゃないですか。お前が解くの、6枚くらいですよ」
「それでも60問もあるってんのよ。ほら、筆を寄越して。時間が勿体無い!」
くそ。ちょっと頭が良いからって舐めた口を叩きやがって。
「サルヴァ、貸してやりなさい」
「了解し――あっ、すまぬ、巫女よ。今日は使うことはないと思って、持ってきていない」
チッ。マジでお前は自分の存在価値について深く考えるべきですよ。
「ガランガドーさん、筆」
「我は持たぬ。貴公子であるからな」
「どんな理屈ですか。貴公子だからこそ、クソ高価な筆を胸ポケットに入れておくものだと思いますよ。ちなみに私も持ってないです。無駄だから」
「……えっ、マジ? 化け物、どうすんのよ!」
うん、終わりましたね。始まる前に終わりました。
「元手ゼロからどう儲けるかを考えましょうか?」
「バッカじゃない! 増やせと言ってるんだから、最初からゼロだと全部不正とかにされるかもしれないじゃない! 私は勝たないといけないんだから!」
それは私も理解しています。しかし、どうしたものか……。
「では、フロン。お前は爪を伸ばす事が出来ましたよね? それを折ってペンとしましょう。インクはお前の血です」
「喧嘩している暇も勿体無いわ、化け物。誰かの机の中に忘れ物ない?」
サルヴァが即座に動き、体の構造的に使用は難しいにも関わらずオロ部長に割り当てられていた席から一塊の炭を見つけます。
これは喋れない部長が他人と筆談でコミニュケーションするためのものですね。忘れた時に備えて、ご自分の席に準備していたのでしょう。助かりました、部長!
「良し! じゃ、私は解いていくから。化け物達は、そっちをお願い。期待はしてないから、正解したらラッキーくらいの気持ちで適当に埋めておいて」
ふん、偉そうです。
軽い殺意を込めて炭を握り潰しめ、欠片にしてやりました。そして、各々、書きやすそうな物を手に取って、解答用紙に向かうのです。
無論、私もです。
では、進めましょう。間違っても良いと考えると気が楽です。フロンは量が多いと言っていました。つまり、学力を測るのではなく情報処理能力が問われているのです。私をバカかどうか判別するものではないのです。
一枚目の紙を見ます。
"英雄侯カールトンがブラナン王国に宣戦布告を上げた理由を答えよ"
誰だよ……。
しかし、悩んでいる時間は有りません。答えは……んー……「女と肉に飢えていたから」。戦争の理由なんて大体こんなものでしょう。
他の問いも同じ答えを書いておきましょう。太古の昔、誰かがデュランの聖女を助けた理由も、どっかの王族が誰かに求愛した理由も、諸国連邦の一地方の地名の由来も、全て「女と肉に飢えていたから」です。
それにしてもオロ部長の炭はとても滑らかに字が書けます。只の炭じゃないですね。流石だと思いました。
よし、二枚目です。
"魔法体系理論の一つ、6大元素根本論において、フロギストンを司る大精霊の名前は?"
分かんねーな。私はそっとガランガドーさんに渡します。精霊である彼なら正解を知っているはずでしょう。
「……主よ、何であるか?」
「お前、目を瞑って何もしてないからですよ」
「竜たる者、威厳をもってデンと構えるべきだと思っておる」
「私はそう思わないので、はい、よろしくお願いします」
「フッ。我に掛かればこんなもの……」
数撃ちゃ当たるの精神です。ガランガドーさんには期待していませんが、ドンドンやりなさい。
「巫女よ、ハサミを持っておらぬか?」
「は? 分からないから切り刻むんですか?」
「いや、昔、この様な問題が出され、皆が切っていたのを思い出したのだ」
サルヴァが見せてきたのは土地の面積を求めるヤツでした。うふふ、よく覚えています。サブリナがハサミで切って天秤に載せる謎の動きをしたのです。
私、大変に得意ですよ、これ。
「この基準の土地に対して何倍かを求めるんですね。……んー、1.358倍、5.08916532倍、3.856495倍――最後は12.968533276その後ずっと6が続く倍です」
「……なんと!」
「無駄口は終わってから! はい、化け物、これをやっておいて! 得意そうだから」
フロンが渡して来たのは、算数の単純な計算問題でした。五桁の数字3つの掛け算です。
ちょいちょいと答えを書いていきます。
「っ! 巫女よ、実は頭が良かったのか……」
「ぐふふ、これくらい淑女だったら簡単で御座いますよー」
村にいた頃、雨の日は余りにも暇だったのでよく計算遊びをしていました。その成果が出ましたね。
「黒竜、化け物に算数と数学の問題を全部渡して」
「う、うむ……」
楽しい! うわっ、これ、スッゴい優越感! カーーッ! 算術の授業だけは受けていれば良かったなぁ。しまった。
"平行四辺形ABCDにおいて、辺ADの中点をM、DCの三等分点をDの側からPとQとする。更に、BMとAQの交点をS、AQとBCの延長交点をRとするとき、AS、SQ、QRの比率を求めよ"
…………。
平行四辺形からして意味が分からぬ……。出題者よ、死ねって感じ。
この紙はサルヴァに譲ります。
次の紙に行こうかと思った時、フロンがひたすら炭を持つ手を動かしているのが見えました。
「お前、適当に書いているだけじゃないんですか?」
「は? メジャーな歴史と文学は行けるわよ。何年生きてると思うの?」
ふーん。クズでも一つくらいは長所があるものですね。こっちのバカも見習って欲しいところですよ。と、サルヴァを見ます。無駄にさっきの問題を読みながら、図形を描いていました。
"次の古代語を翻訳し、その深意を答えよ。แม่น้ำลึกไหลอย่างเงียบ ๆ"
…………びよんびよーんに丸って、模様ですかね? これ、本当に文字?
まぁ、良いです。翻訳は「君といると何かを思い出す。運命かな」で、深意は、えーと、「お前の吐息、バッタ臭くて悶える」にしておきましょう。
ふぅ、疲れました。
もう何枚も熱心に文字を書いたのです。少し休憩したいです。
あと、フロンはスラスラと書いていますが、あいつ、簡単な問題だけを選んじゃないでしょうか。強い疑念がもたげました。
「ちょっとフロン。お前の解いてる問題を見せて下さい」
「邪魔すんな」
酷い拒絶を受けまして、仕方なく、ヤツの回答済みの紙を見ます。
"統治において、他者に対して加害行為を実行するに至っては迅速に行わなければならない。また、逆に恩を施す場合は小出しにしなければならない。その理由の違いについて説明しろ"
気に食わないヤツは瞬殺で、何かをあげるのは勿体無いっていう、我が儘な暴れん坊の思考でしょうか。アデリーナ様ですね。全く……この学校は悪徳領主を養成していたのですか。エナリース先輩なんてズレてはいましたが、ほんわかしていて良い人だったのに。
で、フロンの答えは……「苦痛は快楽に繋がるので、苛虐こそゆっくりと。優しく愛撫するのは激しさを求めさせる呼び水」。
……絶対にこれ、不正解と思います。そもそも求められている理由の違いを書いてないし。
「早く書きな、化け物」
微塵も自分の間違いに気付いていないのですか!? えー、大丈夫ですか、これ?
フロンを信じたのは気の迷い過ぎました。後悔、先に立たずですよ。
"竜の胴を持つ人面獣のうち、頭に3つ、背中に6つの目を持つことを特徴とする精霊の名前と司る魔力は?"
これも分からないなぁ。これ、精霊の専門家だと答えられるんですかね。ガランガドーさんはまだ前に渡した問題を見て……ないな、寝てやがる。なので、サルヴァに渡します。
「おぉ、これなら分かるぞ」
「お前、初めて役に立ちましたね」
「この母からの本に載っていたからな!」
ふーん。期待はしていませんよ。フロンという悪例が有りますからね。
サルヴァは地母竜ハーシュナランと書きました。汚い字です。
「我が母の魔法詠唱では白澤と呼ばれておった」
「嬉しそうにするのは良いですが、手を止めないように。その紙にはまだ9問残っているんですよ」
「おうよ!」
やがて鐘が鳴り、私たちの解答用紙は回収されました。次の鐘が鳴るまでは自由時間でして、その間に運営の方々が採点してくれるみたいです。
私は突っ伏して、疲れた頭を冷たい机の天板で冷やすのでした。




