革命の決意
今日も教室の一番乗りはサルヴァでした。どれだけ暇なのでしょうか。
「巫女よ、体は治ったのか?」
「勿論です」
「呆気なく邪神をも倒してしまうのだな……」
「あれ、本当に邪神だったんですかね」
「どういうことだ? 教えてくれ、巫女よ」
シャール組が誰も来ないので、私はサルヴァと話をして時間を潰します。
「昨日のヤツは確かに姿は似ていました。でも、戦場で現れた邪神は兵士達を失神させていましたよね。お前自身も気を失っていました。あれ、強大な魔力を放出させてるんだと思います。昨日のは、それをしなかったんですよね」
「代わりに蜘蛛やらムカデやらを出していたと思うのだが」
「んー、でも弱かったんですよね」
ガランガドーさんが長年勝てなかった相手が、あんなに簡単に倒れるとは思えないとも感じます。
ただ、回復魔法の効力は復活しまして、私は完全に治癒しましたし、ショーメ先生の足も生えました。そこからすると、私の精霊だったのは違いないのかもしれません。
「そう言えば、サルヴァ、お前、時間があれば、いつも本を読んでいますね?」
「おお、巫女よ! 気付いていたか!」
「ええ。お前、バカだから読んでも無駄ですよ」
「しかし、母の形見でな、よく母が寝る前に読んでくれたものなのだ。無邪気な思い出に浸るのは男として情けなくもあるか。笑ってくれ」
……えー、朝っぱらから湿った話を聞かされましたよ。私、読んでも無駄とか発言してるんですけど。なので、聞かなかったことにしましょう。別の話題にするのです。
「お前が仲良くしていたバカが2人いたでしょ。あいつら、今は何をしているのですか?」
「ジョアンとカークスか……。まだ体を壊しているそうだ。巫女よ、そろそろ許して貰えないだろうか」
えー、もう二ヵ月前くらいの話ですよ。氷の檻で体が冷えたにしろ回復しないのはおかしいです。虚弱体質なんでしょうかね。
「機会があれば見に行きますね」
「おぉ、巫女よ! その慈悲に感謝する!」
あいつら、お前を裏切った、というか、誰かの差し金でお前の立場を弱くするように仕出かしていたのを忘れているんじゃないですかね。全くサルヴァは頭が弱いです。
「……来ないですね」
もうそろそろ始業の鐘が鳴る頃だというのに誰もやってこないのです。今日はクラス対抗戦です。なのに、私のクラスは私を含めて二名しかいないのです。整然と並ぶ空席が尋常でない寂しさを醸し出しています。
「お邪魔しますね」
やっと来たかと期待したのに開いた扉の先にいたのはショーメ先生でした。
「メリナさん、まだお返事を頂いておりませんので」
何の?と疑問が浮かんだのですが、思い出せました。今日のクラス対抗戦で必勝を願うショーメ先生は私というとても優秀な人間をスカウトしに来たのです。
彼女のクラスに私が移籍して優勝した暁には、シャール分室が出来て全ての授業が自習になるとのことでした。
久しくお会いしていない聖竜様が恋しいのは事実ですので、大変に素晴らしい提案です。しかし、私は気付いています。
別にショーメ先生のクラスに入らずに、自分のクラスで優勝して、同じ願いをすれば良いだけだと。
「レジス教官にも誘われているんですよねぇ」
あくまで追加報酬のための交渉材料として言及したレジス教官なのですが、嬉しそうに彼がショーメ先生とは別の後ろの扉から現れます。
「ほら、ショーメ先生、僕が言った通りでしょう。メリナは僕の教え子なんですから。行くぞ、メリナ」
自信満々です。こいつは私に何も褒美を提示していないので論外です。
「レジスさん、ここは譲って頂けますかぁ?」
演技臭いですね、ショーメ先生。そこまでして、レジス教官をたらしこみたいのですか。
「ハハハ、メリナは内戦の時に一人で最前線に駆けたんですよ。もう尖ったナイフみたいなヤツですから、ショーメ先生を傷付けるかもしれません。ここは、僕が責任を持って手綱を――」
っ!?
レジス教官が失礼なことを言っている最中に、扉とは反対の校庭側から並々ならぬ殺気を感じ取ったのです。
急ぎ、私は背後を振り向きます。
鶏冠が見えて、即座にデンジャラスさんだと判別できました。敵でなくて良かったです。
澄まし顔ではありますが、窓を乱暴に開けて教室に飛び入ったデンジャラスさんの声には怒りが含まれていました。
「2人とも不平は許しません。本気で戦うという意味を履き違えていますね。神聖なるクラス対抗戦で、徹底的にその性根を叩き直してあげます。覚悟なさい。さぁ、お戻りするのです。メリナさんも決して2人の申し出を受けないように!」
うわぁ、デンジャラスさん、どれだけクラス対抗戦に熱意を持っているんですか。何をするのかも分かっていないんですよ。そもそもクラス対抗戦なんて絶対に神聖じゃないです。
「レジス、特に教師である貴方が女性の尻を追い掛けるとはみっともない。こちらに来なさい。説教を致します」
耳を引っ張られて連れていかれたレジス教官が可哀想でした。ショーメ先生はデュランの街からのスパイでして、その為に多くの男性を騙す格好をしていて、言わば、レジス教官も犠牲者なのです。でも、私には全く関係ないので放置ですね。
「ショーメ先生、残念でしたね。私のクラス移動はできないみたいです」
「そうですね」
ショーメ先生は、しかし、淡々とした様子でした。
「メリナさんが別のクラスに移らなければ、それで構いませんでした。計画通りです」
ん?
「男性教師のクラスが優勝しなければ良いんです。勿論、メリナさんがうちに来てくれれば万々歳ですが、そこまでの贅沢は望みませんよ。あっ、これ、対抗戦の詳細です。今朝の職員会議で配布されました」
ニッコリ笑顔のショーメ先生。深くお辞儀をしてから、手近な机の上に紙を置いて、去って行かれました。
「巫女よ、また何かに巻き込まれているのか?」
「クラス対抗戦で優勝したいらしいんですよ」
「なるほど。巫女は死竜も邪神も打ち倒す人間であるものな。さすがは我が師匠である」
気持ち悪い発言です。特に師匠とかの部分でして、何回否定しても修正されることはなく狂気を感じますね。なので、無視です。
また扉が開きました。ようやくシャールからの生徒達がやって来たのですね。
「……おはよーさん」
期待外れにフロンだけが入ってきて、そのまま自席に座ります。突っ伏して元気がなさそうで、私はそのまま、ふーみゃんに戻れと願いました。
「他の人は?」
「……もう来ないって。アディちゃん、もう目的は達したってさ」
あー、邪神の件が解決したって意味かな。
「お前はどうして来たんですか?」
「アシュリンがさ、『お前の仕事だっ!』って言うからよ。あと、これ。アディちゃんから」
封書を片手で差し出して、ピラピラとします。それを私はわざわざ近付いて取りに行かないとなりませんでした。
ビリッと破る必要はありませんでした。既に開封されていたからです。手癖の悪いフロンが先に読んだのだと思われます。全く、倫理観を早く身に付けろってんですよ。
さて、手紙を読みます。縁には金の装飾もしてある豪華な紙です。相当に高価な物だと一目で分かります。アデリーナ様は贅沢ですね。
親愛なるメリナ・デル・ノノニル・ラッセン・バロ卿と、普段のアデリーナ様からは想像が付かない礼儀正しさで始まる手紙でして、私は不穏な雰囲気をそこから感じ取りました。
そして、その直感は当たっておりました。
要約すると、諸国連邦の中心国であるナーシェルの王補佐官として勤務すること、シャールへの帰還は不要、年に一度報告書を書けば好きにして良いけど別に無くても良い、フロンを私の秘書官に付けるので宜しく、私の任期は死ぬまでみたいなことが書かれていました。
「……これ、私に対する悪質な挑発ですよね?」
「この内容は我が王を通しているのだろうか……。一方的に補佐官を指名するとは、露骨な内政干渉! ブラナン王国の支配欲が現れ出たものではないか! あの理知的なアデリーナ女王の命令にしては一方的だと思うぞ!」
しかし、押印は完全にアデリーナ様のものだと思います。インクに秘められた魔力の質も本物です。
「私さぁ、捨てられてたんだよね。なんか、すぐに人間になるからかな。今は猫じゃないのに捨て猫だよ。笑えるね」
フロンが呟きます。余りのことに私が黙考していたら、更に続けます。
「化け物、あんたもさ、アディに捨てられたね。シャールから追い出されたんだし」
フロンの嘆きはどうでも良いです。
でも、私と永遠に会えないとなれば、聖竜様が嘆き悲しむことになるでしょう。それは許されることでは有りません。アデリーナは明確に世界の敵となりました。
「復讐です! こんな怒りに満ち溢れるのは初めてですよっ!」
怒りが弾け飛び、私は体を震わせて叫びます。
「しかし、巫女よ! どうするのだ!?」
「デュランをけしかけて戦争です! シャールにいるアデリーナを叩きます!」
死の苦しみは一瞬で終わります。しかし、生き恥はずっと続くのです。アデリーナは諸国連邦の支配権をデュランから奪い、我が物にしようとしていると感じています。だから、逆に、それらの街や国が一団となってアデリーナに逆らう事態になればメンツが汚され、うふふ、面白いです。
「それこそ、どうやってよ……? 私の為にそこまでしてくれるのは意外だけどさ」
は? 何を勘違い――いや、めんどーだから、そのまま思い違いしてなさい。
しかし、問題はイルゼに戦争の覚悟が出来るかですね。
いや、きっと大丈夫です!
「クラス対抗戦で優勝すれば、デンジャラスさんの権限で可能な限りの願いを叶えてくれるらしいです! その権限でデュランを操りましょう!」
「分かったわ! アディちゃんを追い詰めて、最後に私が化け物を討って有能さをアピールするのね! 行ける気がするわ!」
しない、しない。私を止めなかったお前は重犯罪者の仲間入りですよ。アデリーナを排除するしかないのです。
「サルヴァ、お前は?」
「う、うむ。拳王の伝説に名を残せるのであれば、我も共に進もう」
よし! 決まりです。
クラス対抗戦が何なのか、開催間近の今になっても全く無知の状態ですが、我々は一致団結したのです。勝てないわけが御座いません。革命です。
私はショーメ先生が残していったクラス対抗戦に関する書類を取りに動きました。
そして、また不意に扉が開くのです。
現れたのは、背の高い肌が褐色の男でした。切れ長の目や薄い唇が冷酷な印象を与えます。あと、頭や体に紺色の布を巻いている服装でして、全く見覚えのない人でした。
「サルヴァ、この人、誰ですか?」
「いや、俺も知らぬぞ……」
「フロンは?」
「知らない。でも、良い男ね。今晩、相手をしてあげよっか?」
転入生ですかね。
「くくくく、ふはは」
突然の高笑いに私は驚きます。怖すぎです。
「我である、我。ガランガドーである」
「はぁ!?」
「邪神の魔力を食うことにより、遂に! 遂にっ! 人化に成功したのである!」
衝撃的です。昨日、オロ部長に羽が生えていましたが、 まさか、ガランガドーさんまで変化するとは思ってもいませんでした。
いや、こいつは偽物かもしれない! 油断してはなりませんよ、メリナ!




