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邪神との戦い

 例の如く、床しかない空間に出ます。

 もう何度目なんでしょうね。似たような異空間を幾度も訪れていますので慣れてきました。


 私たちはそれぞれ適度な距離を取って周囲を見張らします。邪神はまだ現れません。


 ここにいるメンバーは私の国の女王であるアデリーナ様、最初は尊敬していた巫女長、腕の生えた大蛇オロ部長、いつも偉そうなエルバ部長、純白の魔族ヤナンカ、鶏冠頭デンジャラスさん、学校の風紀を乱す教師ショーメ先生、何故か付いてきてしまったナーシェル王子サルヴァ、そして、高貴な淑女で竜の巫女の私です。あと、可愛らしい黒猫ふーみゃんもいましたね。



「メリナさん、ガランガドーは?」


 あっ、忘れていました。確かにいません。

 アデリーナ様に尋ねられて、私はいつものように思念で彼に問い掛けます。


 どこに行きましたか? 敵前逃亡なら死刑ですよ?


『主よ、すまぬ。暫し待たれよ。現世でない、この空間ならば、我は真の姿を維持できるであろうぞ』


 真の姿って。邪神に侵される前の?


『……そうではない。そうではないが、冥界より駆けつけるべく急いでおる』


 ふむ。まぁ、良いです。



「冥界とかに行ってるらしいです。無断戦線離脱の罪で殴っておきます」


「殺さない程度でお願い致しますね」


 目が笑っていなかったので、瀕死まで持っていけとのご命令です。アデリーナ様、密かに怒っていますね。その思い、了解致しました。同意します。



 しかし、ガランガドーさんがいないにしろ、エルバ部長とサルヴァ以外は強力な戦力ですので、何とかなると思います。


 ガランガドーさんがいなくなったので、最前線を任せられるのは、オロ部長くらいでしょうか。相手の魔法発動を許さないように執拗に攻撃し、また、狙いを引き寄せて前線を維持し後方を守る役目です。

 ただ一体では不安で、やはり不死身のルッカさんか、野人アシュリンさんが欲しかったです。



 ルッカさんと同じ魔族でも、ヤナンカはひょろっとしていて頼り無さそうですし、姿を消して奇襲するショーメ先生と役割が被りそうな印象が有ります。


 アデリーナ様は得意の光る矢を連発するでしょうし、巫女長も魔法攻撃でしょう。


 私とデンジャラスさんは魔法も肉弾戦も行ける口なので、オロ部長の後ろかな。状況を見て攻撃も補助もするみたいな。



「来ないなー」


「ヤナンカさん、焦らなくても大丈夫ですよ。もうすぐお逢いできますからね。私も楽しみにしているんですよ」


 巫女長は穏和な表情でして、そのお言葉には竜マニアとしての本領が乗っていました。



 しばらく待つと、魔力の歪みが遠くに発生します。何もない空間なので距離感が掴み難いですが、千歩は向こうだと感じました。



「魔力が切れそうだから代わったよ」


 賢いモードの口調にエルバ部長が切り替えました。生意気な方のエルバ部長は頼りにならないので、少し嬉しいです。


「精霊は人間の心を読めるから気を付けてね」


「ご安心ください。私には通用しません」


 アデリーナ様がそう断言しました。

 これは本当だと思います。ガランガドーさんも同じ様にアデリーナ様の心内は読めないと発言したことがあったから。

 その原因は手元にいるふーみゃんの効果らしいです。さすが、ふーみゃん。賢いです。もう絶対にフロンになってはいけませんよ。



 ぼんやりと白い、大きな物が浮かびます。それは段々と太い胴体や分厚い羽へと変化し、黒い部分も見えてきて、やはり、首の先に(くび)れがない白黒柄のドラゴンが登場しました。剣王の記憶石で見たミミズみたいに先が丸い顔です。


 やがて視野いっぱいに姿を現した、それは聖竜様に匹敵するくらいのサイズとなりました。長い首をうねうねさせています。



「大きいですね……」


「臆することはありません。リンシャル様の御加護を信じるのです」


 ショーメ先生の呟きにデンジャラスさんが強気に反応します。


「今だけはメリナ教に入信したいですね」


「それは悪い冗談です、フェリス」


 私も同感でしたが、他人から言われると良い気もしませんでした。



「最初は交渉から行くよ」


 エルバ部長が一歩前に進んだところで、いきなり彼女は後ろへと吹き飛ばされました。

 攻撃は何も見えませんでした。でも、これは明確な敵意!


 お腹に一目で分かる致命傷を食らったエルバ部長に私は回復魔法を唱えます。間に合ったかな、生きてるかな?



「ヤナンカとサルヴァは負傷者の護衛!」


 さてさて、我が指揮官様のご命令です。


「カトリーヌ――」


 敵から目を放さずにオロ部長へ指示を出そうとしていたアデリーナ様は言い換えます。


「メリナが突撃! クリスラとショーメはその援護! カトリーヌさんは二人の背後で!!」


 何故なら、例の頭の先端が縦横4つに開き、無数の魔物が吹き出して来たからです。状況が急変したのです。

 オロ部長から私に指示を変えた理由は不明ですが、恐らく、アデリーナ様は対邪神の秘策をオロ部長に託すのでしょう。私は部長の露払い役ですね。



 ムカデや蜘蛛、ヒル。人間が忌み嫌う種類の生物をベースとした物達でして、産み出されてすぐだと言うのに、私達を敵と認識しているようでした。我先にと一直線に私達へ向かってきており、突進の中で互いにぶつかり合ったり、押し潰されたり、挙げ句には体液さえ流してしまう個体もいました。



「了解です!」


 迷いなく、私は床を強く蹴って敵へと向かいました。それから気付いて、走りながら尋ねます。


「アデリーナ様! アデリーナ様は行かないんですかー!?」


「任せました! 邪神への道を切り開きなさい!」


 ふむ。では、遠慮なく殺りますかね。あとで、「私の獲物がいなかった」とかぼやかないで下さいよ。


 また、アデリーナ様の指示で、巫女長が入っていないのが気掛りでしたが、遅れて「巫女長は……適当な魔法!」って声が聞こえました。アデリーナ様でも巫女長を御すのは困難なのでしよう。

 


 疾走する私の前に、最も足の速かったムカデの凶暴な顎が迫ってきます。左右から挟まれる寸前のタイミングで私は真正面から強打。

 虫ごときに私が負けるはずが御座いません。


 突進する力を私に跳ね返され、ムカデの長い胴体が波打ち、浮かびます。そのまま腕を振るいきると、巨体が吹き飛び、後方の虫どもを猛スピードでなぎ倒していきました。

 くくく、弱い!



 しかし、邪神が生んだ魔物は多く、また、心を持たないのか、後退(あとず)さることもなく味方の亡骸を踏みつけて、変わらぬ速度で私へ接近してきます。


 それに対し、私も全速力で向かいます。

 拳で頭を潰し、蹴りで胴を切断し、肘と膝で宙に打ち上げます。

 獅子奮迅。本来、淑女の私ですが、今ばかりはそんな言葉が似合うかもしれません。


 しかし、敵は無限に湧くみたいで、その勢いを削げません。やがて四方八方を囲まれ、私は高くジャンプして上空へ逃れ、魔物達はそれぞれが私に食らい付こうとして次々と集まります。私がまだ空中にいるのに、奴等は塔を伸ばす様に他の個体に乗って私の高さまで到達しようとしました。


 でも、無駄です。


 死ねぃ!!


 私は真上から魔法で氷の槍を出し、纏めて串刺しにします。そして、周りにも槍を放出。密集させた多数の敵を葬っていくのです。


 デンジャラスさんも見えない炎の魔法を使います。でも、魔物達は体が燃えても関係なく、動き続けており大変に危ないなと思いました。大火事になりますよ。



 うふふ、ガランガドーさんが来るまでに終わるかもしれませんね。

 と、邪神に向けて走りながら敵を殲滅し続けていた私は油断していたのでしょう。


 突然、ショーメ先生にタックルを食らいました。


「何をするんですか!?」


「危険を感じましたので」


 そういうショーメ先生の片方の足首は消失して血が止めなく流れています。

 直ぐ様に回復魔法。


「邪神の技でしょう。エルバ部長という方がヤられたのと同じです」


「助かりました」


 この会話の間に襲ってきた蜘蛛の腹を拳で割りながら、私は答えます。



「フェリス! 下がりなさい!」


 追い付いたデンジャラスが叫びます。


「その足では無理です!」


 圧縮空気の魔法で魔物を遠ざけながら、デンジャラスさんは指摘しました。

 私はそれに反感を覚えました。


 私の魔法なら、瞬時に完全回復出来ます! 何たる過保護と憤慨に近い感情を懐きましたが、流血はなくなったものの、ショーメ先生の(くるぶし)から先が生えてきていませんでした。


「邪神がメリナさんの精霊ならば、敵対している今は、あれがメリナさんに協力するはずがありません! そういうことです! 分かりますか、メリナさん!」


 つまり、私の回復魔法は威力が弱くなっている。

 ……怖い。私自身も、傷付いたら戦えなくなって、死ぬかもしれないのか。


 途端に、敵を打つ手が緩む。


「メリナさん!?」


 驚いたデンジャラスさんの声は耳には入りましたが、私の足は動きませんでした。



『主よ! 悩むでない! 主はアディに任されたのである!』


 ガランガドーさんの声が脳内に響きます。


 そうです。私は立ち止まれない。この場にいる皆が死んでしまいます。



 私が怯んでいた隙に敵は迫り、倒れたままのショーメ先生の脚を切りました。


 苦痛に歪むショーメ先生と、我慢しても漏れ出た彼女の悲痛。デンジャラスさんも腕にムカデの脚が突き刺さりました。


 自分の不甲斐なさが憎い。


『思い出せ! 王都で見せた弟達を愚弄された時の怒りに満ちた技を!』


 言われなくても!!

 私は大きく息を吸って、それから激しく咆哮。自分への怒りを爆発させるかのように。


 地平の彼方へ全ての雑魚どもを吹き飛ばしてやる!


 実際に、そんな風圧が空間に生じて、魔物達の蠢く音は無くなり、しばらくの静寂が訪れるのでした。


 命令口調をしやがったガランガドーにはお仕置きだと思いました。

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