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着々と

 学校へ向かう馬車の中でも眠っているエルバ部長の頬を叩いて起こします。この人、目覚めが悪いんですよね。


「学校に着きましたよ」


「うー、寝かせてくれー」


 その怠惰な願いを叶える人間はいつの世にもいませんよ。

 私はふーみゃんを片手に抱き、もう片手でエルバ部長の首をがっしり掴んで馬車を降ります。大切なお弁当箱は頭の上で運んでいます。バランス感覚が重要ですね。降りた時の段差でグラッとしましたので、私は首を小刻みに振って弁当箱の揺れを収めます。


「お嬢様、行ってらっしゃいませ」


「えぇ、ベセリンの今日1日にも幸が有りますように」


 振り向くことは出来ませんでしたが、優雅な挨拶をして、私は教室へと向かうのでした。



 さて、今、私は咳き込むエルバ部長の背中を擦ってあげています。そろそろ落ち着かれましたかね。

 安心して手を止めた私に対し、エルバ部長はキッと睨んできました。


「メリナ、お前、この私を殺す気か!? マジで!!」


 涙も湛えながらでしたので、どんな感謝の念を伝えられるのかと思っていたら罵倒でしたよ。礼儀がなってないです。


「眠りたいって言うから運んであげたのですよ」


「首が絞まってんだよ! こう、キューって完全に襟元で絞まってたんだよ!」


「そういう時は、魔法で肺に空気を送れば楽になれますよ」


「バカヤロー、出来るかっ!?」


 無能なヤツです。不可能を可能にするのが魔法です。



「大体、早朝から叩き起こされてだな、私の教えを遂に懇願するから、言われた場所に行ったんだぞ、私は!」


「はい。それがどうかしましたか?」


「どうしただと!? 呼んだお前が来ないって、どう考えてもおかしいだろ!」


「ヤル気に満ちていたんですよ、私は。でも、部屋に戻ったらベッドが『ここで寝てほしいな。ダメかな?』と語り掛けて来たんで、優しい私はそのお願いを聞いてですね、ぐっすりと――」


「ほら、それっ! それ、マジでおかしいだろっ!? 私は眠いのを我慢して薄寒い中、庭で待っていたんだぞ!」


 細かくて、うるさいヤツです。


 部屋に戻るまでは、すっごい気力に満ちていたのは本当なのですよ。でも、テーブルの上に着替えを置こうとしたら何かが乗っていて邪魔だから動かして、そしたら、それがサブリナに貰った不気味な絵だったんです。心を掻き乱す不安感を与える画風なのですが、今朝はそれを見たら急に私は冷静になれたんです。


 別にエルバ部長に教わる必要はないな、って思いました。邪神も別に実害は無いし。だから、寝ました。

 二度寝は大変に気持ち良かったです。極楽です。



 しかし、いくら私でもそのまま正直に気持ち良さを伝えるのは気が引けます。エルバ部長、顔を真っ赤にして怒っていらっしゃるんですから。刺激をして、無駄な時間を長引かせるのは宜しく有りません。

 サルヴァなんか、明らかにこっちの様子を見ています。彼の勘違いで、子供を苛める悪い女だとか噂を立てられるのも癪です。


「すみませんでした、部長。次こそは教えを乞いたいと思います」


「あぁ? どの口で言ってんだよ、マジで!」


「嫌だなぁ、部長。私を弟子にしたいって、事ある毎に分相応な願いを言っていたじゃないですか」


「お前、私を舐めているだろ?」


「いいえ。そんな事は有りませんよ。王都ではお世話になりました。大変に世話になったと実は思っております」


「……だろ? ったく、素直に最初からそういう態度を取れよ」


「我はエルバ・レギアンス。生死を超越した永遠の存在である。神をも凌ぐ天才である。人は我を天才と呼ぶ。我の力と美貌に全ての男が跪く。人は我を絶世の――」


「わっ! わっ! 止めろよ! メリナ、マジで止めろっ!」


 私が言い綴った言葉はエルバ部長のトラウマらしく、正確に申せば、エルバ部長が若くてノリノリだった時代に口走った恥ずかしい言葉集です。王都で知りました。



 そんな感じで、朝の会が始まるまで楽しく明るく過ごします。

 なお、登校してきたマリールに「その人、結構偉い人だよ」と呟かれまして、私は「知ってますよ」と答えています。また、サルヴァがエルバ部長にパンを与えて宥めようとしていました。部長は断りきれず、それを貰っていましたね。恥ずかしそうでした。



 さて、アデリーナ様による出席も取り終わり、マリールやシェラを始め、多くの巫女さん達はお帰りになられます。



「では、メリナさん、今日は帰ってはいけませんからね」


 既に弁当箱を片手にしていた私は驚愕の表情でアデリーナ様を見ます。


「どうしてですか!」


「昨日ですね、あなたの願い、ふーみゃんを連れて帰りたいという不遜で傲慢で許しがたい要請を私は受け入れました。なので、今日は私の(ささ)やかな要望をメリナさんが聞き入れるので御座いますよ。それが友人同士というものでしょう」


 絶対に、その関係は友達じゃなくて、むしろ敵対者との交渉みたいだと思います!


「マジ、ドン引き発言ですよ」


「はい。授業を始めます」


 くそっ! この流れを止めてやりたいです!


「えー、私、ショーメ先生のクラスに移動します。そして、明日のクラス対抗戦で優勝するんですよ。忙しいなー、私」


「いい加減にお黙りくださいね。ヤナンカ、宿題の発表をお願い致します。お題は願った夢ですね」


 話を反らすことに失敗し、始まってしまいました。初授業です。恐ろしいです……。席に座らされた私は身震いします。


 幸い、筆記用具を持ってきていないのでテストは拒否できますが、油断は出来ないですね。

 教壇で偉そうにしている鬼に貸してやるとか言われそうです。機先を取り、ペンを持てないように自分の両腕の骨を折っておくべきか……。



「おい、腕を組んで何を難しい顔をしているんだ?」


 エルバ部長が私の顔を覗き込んで来ました。


「骨折にすべきか、切断にすべきか熟考しています」


「ん? マジで意味が分からん」


 調査部長に分からない事だらけですね。うふふと、私は笑みが溢れました。微笑ましいからではありません。現実逃避です。

 アデリーナ様ならば、「ペンは口に咥えたらよござんしょ?」って、極めて非道な言動をするのではと思い至ったのです!


「あらあら、メリナさんは深くお考えなんですよね?」


「フローレンス、お前が甘やかすからメリナも調子に乗っているんじゃないか」


「まぁ、そうなのかしら。昔のエルバさんよりは、何でしたっけ、我は絶世の――」


「あー、あー! 聞こえない。マジで聞こえない!」


 騒がしい人達ですね。見てください。オロ部長なんて獲物を狙っているみたいに、隅っこで大人しくしていますよ。

 ……あれはあれで怖いですね。食べられそうです。どうして私を見ているんですか。



「ヤナンカはー、魔法のない世界を実現したいと思いましたー」


 全身の色素がないヤナンカが前に出て、何かを発表しています。

 はっ!? 発表!! つまり、私はそれを聞くだけで授業は終わるのですね! テストはないのですね!


「魔法があるからー人は争うんだよねー。それにー、余分な魔力が出来るから魔物が現れ、魔族が誕生するーと考えたのー」


 よく魔法の発展の逆説で使われる論法ですね。だから魔法は発展しすぎてはならないという主張に続けるのです。

 余裕が復活した私は冷静に聞けています。


「諸国連邦の地でー、地の魔力を吸い取る魔法陣を試したのー。その魔法陣を防御するシステムとしてー、産み出されたのが私ー」


 そうでした。このヤナンカはコピーなんですよね。


「でもー、実験は失敗ー。富の分配が悪くなったしー、小国も乱立するしー。不幸が連鎖してーヤナンカの本体は諦めたのー」


 少し分かります。私のように魔法が使える人間は、貧しくても、また賎しい身分でもお金の貰える職業に付けるからです。良い暮らしができます。剣技でも良いですね。それが富の分配なのでしょう。

 小国の所は分かりませんが、魔法をたくさん使えると便利だから、国も大きく発展するのかな。



「なのでー、絶対的な王を作りー、それとそれ以外のヤツらに区別することを思い付きましたー。ほぼ皆が平等に弱い世界ー」


 ヤナンカは続けます。

 それに向けて幾つかの手段を計画します。1つはブラナンに力を集中させる方法。でも、そちらは上手く行きませんでした。ブラナンの力は王都周辺に縛られていたのと、聖竜様への敵意が強すぎて制御できなかったと言います。

 一番期待していたのは強制的に多数の精霊を憑かせて、膨大な魔力を持つ人間を誕生させることでした。しかし、その実験では、いつも最終的には精神を破壊された物しか生まれなかったと言います。



「ヤナンカの本体は疲れてたんだよねー。何をしても争いは続くしー、悪い人も魔物も出るしー。色んな人が悲しみ続けるんだよねー」


「だから?」


 アデリーナ様が尋ねます。なお、ふーみゃんは既に彼女の胸の前で抱かれています。


「大魔王は全ての命を奪っていたんだー。それが正しかったかなーとかー、ヤナンカもーあのまま死んでたら良かったなーとかー。で、もー一回、大魔王を作ることにしたー」


 最後のセリフは繋がっていないと思いました。しかも、もう一回って――


「それが、メリナさん?」


 ちょっと! アデリーナ様の質問も意味不明です!


「そーだねー。本体の記憶はそーなってるー」


 ヤナンカは各地に自分のコピーを作っていて、本体が消えても、そのコピーに記憶が移るように仕組んでいました。当人はどう思っているのか分かりませんが、第三者から見ると不死身の存在です。

 しかし、私は大魔王なのですか。大という文字が付いているのに、魔王よりも小物に聞こえるのですが。



「おおよそ、そんな所だとは思っておりました。ねぇ、メリナさん?」


 思うなよ……。そして、こっちに振るんじゃありません。


「えー、アデリーナ様。私、大魔王じゃないですよ」


 既成事実にされそうだったので、抗議です。


「存じております。あなたではなく、あなたの中に大魔王がいるのですよ、メリナさん」


「その邪神ってヤツ、寄生虫みたいで不快です」


「えぇ。私もです。なので、ここにいる皆さんで対処したいと集まっていたのです。ヤナンカの記憶もようやく修復されて来た様子なので、背景を確認しておりました。メリナさんが邪神の件と向き合わないものですから、難儀致しましたよ。今日は、ふーみゃんのお陰でちゅかね」


 ふーみゃん……つまり、フロンか……。あいつ、やはり私に何かをしたなっ!



「巫女よ、俺も世界を守る一助となりたい!」


 黙っていたサルヴァが立ち上がり、拳を上げます。


「その気持ち、好ましいですね。では、クリスラとショーメを連れて来て頂けますか?」


「了解した! アデリーナ先生! クリスラとはデンジャラスの事であるな!」


 彼は猛スピードで教室を出て行きました。凄く気合いが入っていますね。ただのパシリですよ、それ。



「それで、どうやって邪神を倒すんですか? まずは出現させていけませんよね」


「エルバ部長、宜しくお願い致します」


 えー、そいつ、部長って肩書きがあるだけのダメ人間ですよ。頼りないなぁ。


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