詐術
朝方、私はベッドから落ちて目覚めます。こういう時って、夢の中でもどこかから転落していることが多くて、不思議ですよね。夢と現実は繋がっているのでしょうか。
まだ薄暗い中、軽く打った腰を擦りつつ、私は恋しいフカフカベッドに戻――あ? そこにはフロンが丸まって寝ていました。しかも、何も着ていない様子で全裸と予想されます。
頭を粉砕したくなるくらいに不愉快さを感じる中、寝息を立てていたはずのフロンと目が合います。
「寝相が悪い女は嫌われるわよ、化け物」
「性的に手の早い女はどうなんでしょうね。私は手を出されなくて良かったです」
フロンの腹を目掛けて振り落とした私の踵は、残念ながら体を捩って避けられました。ベッドを破壊しないようにと加減したのが間違いでしたね。
「落ち着きなよ、化け物。起き抜けに暴れたら血管が切れるよ。切れて死ぬのは、あんたの自由だけどさ」
「ナタリアに重ね重ね感謝なさい。あなたの命を何度も救って貰ってますよ」
「猫に戻してもらった返礼をしてやろっつーてんのよ、こっちは。良いわよ。ベッドは譲ってやるから」
「どうして、その不浄な姿に戻っているんですか?」
「寝ている間にあんたに吸い取られた魔力が戻ったみたいね。近かったし」
「くぅ、ルッカさんに吸って貰わないと、私はふーみゃんと寝れないのか!」
「別室で寝かせなさいよ」
フロンはそう言うとベッドから下り、扉へと歩いて行きます。
「どこに行くつもりですか?」
「お茶でも貰おってね」
「私の館を全裸でほっつき歩かないでください」
「本当の肉体美ってヤツを皆に見せてやりたいのにね。ほんと、生きにくいわ」
ぶつくさ言いながらも私の言い分を素直に聞き入れたようで、フロンは魔力を纏い、それを服に変換しました。淡い色のワンピースで落ち着いた感じですが、よく見れば腰の括れや胸の形が分かります。ルッカさんやショーメ先生はもっと露で直接的なエロい格好を好みますが、フロンは肌を隠す部分は多いのに、彼女らの服装より上を行く扇情さだと思いました。ただ、何にしろ、3人とも風紀を乱す奴らだと言うことには変わりは有りません。
「化け物さ、あんた、何をしたいのよ?」
私の分のお茶まで淹れつつ、フロンは聞いてきました。
「何のことですか? お前の始末の事ですか?」
「違うわよっ! 最近のあんた、主体性がないのよ」
「自由に生きてますよ?」
「それを履き違えてるって、私は言ってんの」
「お前に説教を受けるとは思いませんでした」
「すぐに突っかかって来るわね。ラナイ村では悪かったって、前に謝ったんだから、水に流しても良いんじゃない?」
えぇ、私の腕を切った剣王だとか、心臓まで突こうとしたパウスだとかは許しているんですよ。でも、目の前のフロンは別格です。喋るだけで不快感が増すのです。
が、私は先入観を抱いているかもしれません。肩の力を抜きますかね。
「何が言いたいんですか?」
「あんたは何でも出来てしまうから、人生の目標を持っていない。他人の意見から取捨選択するだけの生き方で良いの? このままじゃ、アディちゃんの駒で終わるわよ」
人生の目標? しっかり有ります。
淑女として生きる。あっ、でも、もう公爵ですから誰も否定しないか。
竜の巫女として立派に――もう、立派です。
聖竜様と結婚――婚約状態ですから、時間の問題ですね。聖竜様が雄化するのを待つのみです。私が竜になるのは余裕だと思います。根拠ないけど。
もう終わりか、他にやりたいこと――――
無いですね。今の生活に満足しています。
「あんた、学校にも行ってるだけで何もしてないみたいだし、このままじゃ、大人になってもクズのままじゃん」
まるで、今の私もクズだと言われた気分ですが、我慢して聞いてやりましょう。
「化け物、今のあんた、熱が入ってないのよ。ゾクゾクするくらいの熱気が感じられないヤツは飽きられるよ」
「早く結論を言いなさい」
「今の化け物は能力の無駄遣い。熱意と欲望がないヤツはモテない」
「偉そうですね。殺意を抑えるのが大変です」
「年長者としてのアドバイスは有り難く素直に聞くもんよ」
くそ! 悔しすぎて歯ぎしりしちゃいます! 私はしたい事をし尽くしたから、何も答えられないだけです!
「ちょっと外に出て、殴り合いをしましょう。無性に腹が立ってきました」
「あなたの大切な聖竜様? それもあなたを見限るかもしれないわよ」
っ!?
「ど、どういう事ですか!? そんな事は有り得ないです!」
「動揺しているんだから、有り得るって感じているんでしょ?」
ニヤリと笑ったフロンを私は睨み付けます。
「あんたの顔をした邪神の映像があったよね。あの戦いの場に、私も猫の姿だったけど、一緒にいた。聖竜様、変化したあんたを見て気持ち悪そうな表情をしてたわよ」
「そ、そうなんですか!? せめて、気持ち悪いじゃなくて気の毒な様子だったんじゃないんですか! えぇ!? 最悪です! 私は逆に竜の体に私の顔が付いているから、聖竜様は最高に興奮されたのかと思っていました! 私の竜化の理想形だとさえ感じていたのに!」
「はあ? その考えはおかしいでしょ。人間の身体に竜の頭が付いているヤツがいたら、私でも欲情しないわよ」
…………確かにっ! それは別の生き物です!
「お前に感謝の言葉を伝えるのは大変に腹立たしいですが、貴重なご意見、ありがとうございました」
「それでさ、私が思うに、あんたが竜になったとしたら、魔力も今より増えるじゃん」
「そうでしょうね」
私はフロンの話術に嵌まっている感覚を持っています。しかし、抗えず、話の続きが聞きたくなっています。
「そしたら、また、あの邪神があんたを乗っ取って、化け物の顔をした化け物が出てくるよね?」
「私の顔は化け物じゃないですが、そうかもしれません」
「聖竜様はまたキモって思うよね?」
「それは許しません! 邪神は分離します!」
フロンは笑いました。いつもなら邪悪にしか見えないのに、今は柔らかく微笑んだように見えました。
私は今までフロンを誤解していたのかもしれません。いや、しかし、どうしてもヤツの顔を見ていると不快感が凄いです。でも、それでも、我慢して尋ねます。
「でも、どうして私にそんな話を?」
「アディちゃんは邪神を倒す決意をした。その時の戦力にあんたがいれば、アディちゃんが負ける確率が減るじゃない? それに、逆の事態、化け物二匹と同時に戦うとか最悪じゃん」
ふむ、私への完全な善意でなくて良かったです。そんな回答なら私はフロンの言葉を疑っていたでしょう。
「聖竜様を煩わせる邪神は、天才である私に任せない」
「それで良いのよ。ったく、気付くのが遅いバカなんだから」
「一言多いですね」
そう言って、私は指をフロンの腹に突き刺して魔力を吸い取り、猫に戻しました。
ニャーニャー泣くふーみゃんを抱いて、私はエルバ部長がお泊まりの部屋へと突撃します。鍵が掛かっていたので、足で叩き潰しての入室です。急いでいるので仕方有りません。
「な、なんだ!?」
「おはようございます! とっととベッドから出て賢いモードになってください!」
私はアデリーナ様がエルバ部長に相談なさいと言っていたのを思い出したのです。だから来ました。
「さぁ、寝巻きを着替えてください。部長だからって遅くまで寝ていたら部下に示しが付かないですよ」
「いや、メリナ、お前も寝巻き姿じゃないか」
「細かいヤツですね。じゃあ、着替えたらお庭に集合ですよ。分かりましたか?」
「メリナ、お前、あの魔族に何か唆されているんじゃないか、マジで」
「それは後から考えますから」
私は颯爽と窓から飛び降り、それから寝巻きであることを思い出して、自分の部屋に戻りました。




