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スカウトされる

 始まらない職員会議は諦めて、私は自分の教室に参りました。サルヴァはもう来ていまして、その後にワラワラとシャールからイルゼさんが連れて来た方々も集まります。

 でも、オロ部長だけは地中から現れます。その方が速く移動できるのでしょうか。もしかしたら、穴掘りが趣味の部長なので、このナーシェルにも自分用通路を構築し始めているのかもしれません。


 さて、最後にアデリーナ様が入室されて今日の朝の会が始まります。瞬間、私の手に抱かれていたふーみゃんが飛び出し、アデリーナ様の手元に収まりました。


「まぁ、ふーみゃん。お利口でちゅねぇ。よちよちよち」


 フロンに対する口調とは全く逆、と言うか、いつも酷薄なアデリーナ様とは違う様子が見られました。


 あぁ、ふーみゃん。どうして、そっちに行ってしまうのですか。もっと柔らかい毛をフサフサ触りたかったです。

 腕に残ったふーみゃんの体温が寂しいですよ。


「メリナさんの手の脂が付いてまちぇんかねぇ。心配事でちゅねぇ。ばっちぃばっちぃですよぉ」


 あ? そんな汚いものがこの世に存在するとでも思っているのか。私の手の汗は、まごうことなき聖水ですよ!



「さて、皆さん、今日もおはようございます」


 ふーみゃんと戯れ尽くしたアデリーナ様は、いつも通りに戻りまして、始まりの挨拶をしました。このクラスの担任である私は、その横で立っております。


「メリナさん、そこは邪魔だから座ってください」


「えっ、私はこっち側ですよ。アデリーナ様こそ、私が礼儀という物を教えて差し上げますから、生徒側に座ってください」


「私があなたから学ぶべきことは御座いませんよ、一切。一片たりとも」


 キー! そんな事ないもん!

 群れた野犬のボスを探す方法とか、狩った魔物の血抜きの方法とか、色々教えられるもん! あと、アデリーナ様がハレンチな下着を愛用していることも!



 とは言え、立っているよりも座っている方が楽なので、私は空席であるマリールの横を目指します。


 マリールと目が合いまして、アデリーナ様が巫女長の精神魔法で錯乱した日に私は早々に学校を退散してしまったことを思い出しました。マリールはあの日も校庭で実験を繰り返していましたが、爆発で死んでなくて良かったと思いました。フランジェスカさんも無事です。


 なお、ガランガドーさんもちゃっかり自分の席に座っていて、涼しげな顔がとても演技派だと思いました。これではショーメ先生も、学長襲撃容疑で私を更に疑うことはないでしょう。


 シェラの横も通り、互いに軽く会釈します。横から見たシェラの胸は相変わらずはちきんばかりでして、うん、そういう性癖の人には刺さるんだろうなと改めて思いました。



 アデリーナ様はクラスを見渡した後、出席簿に記入していきます。名前を呼ぶこともせず淡々と進んでいきました。そして、イルゼさんに連れられて、大半の人が神殿に戻っていきました。今日は薬師処の2人も戻るみたいです。私も聖竜様のお側に行きたいです。


 残ったのはいつものメンバーです。巫女長、2人の部長とヤナンカ、サルヴァです。


 出席も取り終えたし、私もそろそろ帰ろうかなと思った時、扉が開かれます。誰かが忘れ物をしたのかなと見ていると、廊下側からショーメ先生が顔だけ出してきました。



「メリナさんを少しお借りしたいのですが」


 小声でアデリーナ様に許可を求めます。


「どうぞ。貸しで御座いますね」


「お安くでお願い致します」


 ショーメ先生、アデリーナ様相手でも軽口はそのままですね。


 しかし、授業直前に呼び出されるとは思いませんでした。まだ私を疑っているのでしょうか? これ以上に首を突っ込むなら、死人に口無しという言葉をその身で実感することになりますよ。



 不穏な展開を予想しながら、教室の外に呼び出された私は少し離れに連れて行かれました。

 そこで、ショーメ先生は頭を下げます。それから、用件を口に出しました。


「メリナ様、うちのクラスの生徒になりませんか? 優遇しますよ」


「えー。どうしたんですか?」


 ほっとした私は笑顔です。


「クラス対抗戦に絶対勝ちたいのです。だから、メリナ様をスカウトしに来ました」


 確かに私は教師であり用務員でもありますが、更にはこの学校の生徒でもあるので、ショーメ先生のクラスに入ることも可能なのかもしれません。


「クラス対抗戦って何をするんですか?」


「種目については当日発表らしくて、私も存じ上げておりません。学院設立国であるナーシェル王国が準備するのが恒例のようです。後でレジスさんに確認します。で、どうですか、メリナ様?」


「えー。どうしよー。優遇の中身が知りたいなぁと思うんですけど」


「はい、分かりました。優勝した際には、私のクラスのシャール分室を作り、メリナ様はそこの生徒とします。しかも、毎日、自習をお約束します」


 ……それ、もう私を卒業させるだけで良いんじゃないかな。


「それでは、明日に返事を聞かせてもらいますから。宜しくお願いしますね、メリナ様」


 再び頭を深く下げてから、ショーメ先生は去っていきました。私はその場で見送ります。



 ふむふむ、さすがはショーメ先生ですね。私の優秀な頭脳が勝負の行方を左右すると予想している訳です。素晴らしい。クラス対抗戦で我がクラスを一位にしてやろうと思った時期も有りましたが、頼りにされると気持ちも揺らぎます。そもそも、うちのクラスは頭のおかしい奴らしかいませんものね。

 いや、ショーメ先生も頭がおかしいから、どこも一緒ですか。



「なんだ、メリナ? お前、こんな所で何をしているんだ?」


 レジス教官です。近くの階段を下りてきて、偶々私が目に入ったみたいです。


「いえ。考え中でした」


「そうか……お前もか。俺もなんだ」


「どうしたんですか?」


「いやな、ショーメ先生はデンジャラスに弱みを握られて、言うことを聞かされていると思うんだ。おかしいだろ? あの可憐なショーメ先生が俺に『許しません』なんて言うなんて」


 いつものレジス教官でしたね。


「ショーメ先生は困っていると思うんだ。だから、俺はデンジャラスを打ち負かし、その上で、解放されたショーメ先生とお付き合いするために、本気で優勝を目指すことにした」


「そうですか。頑張ってください」


「そこでだ、メリナ! 俺のクラスに来てくれないか。何、大丈夫だ。クラス名簿を適当に改竄して『最初からうちのクラスでしたよ』って説明するからな」


 ……絶対にバレるだろ、それ。


「ショーメ先生にも自分のクラスに来ないかと誘われましたよ、私」


「メリナは人気者だな。ハハハ、それじゃ、ダメだ」


 納得してくれました。素直さはレジス教官の美徳です。


「それじゃ、俺とショーメ先生が付き合えないからダメだな」


 エゴの塊でしたか。笑顔から豹変して真顔で言われると怖いです。


「また考えておきますね」


「あぁ、サブリナも待っている。宜しく頼むぞ」


 レジス教官は職員室の方へと去っていきました。彼は私を誘ったものの、見返りは提示して来ませんでした。大変に驚きますね。無能です。私にただ働きを要求しやがったのです。



 さて、もう帰りたいところでしたが、残念ながら私はお弁当箱を教室に忘れておりまして、姿勢を低くして入ります。


 良し! 誰にも気付かれませんでした。



「――を顕現するにはどうしたら良いか、ヤナンカの意見は参考になりました」


「うん。良かったー」


「次にガランガドーさん。今もそうですが、どういった条件で、この世に現れているのか教えてください」


 ふーん、何かの授業をしているみたいですね。


『……条件は宿主の精神との同調。それから、魔力量であろう。何度も挑戦したが、我が最初に主の体を奪ったのは、主が戦闘で(たかぶ)り、魔力量も成長していた時であった』


 ガランガドーさん、いつの間にか巫女長の胸元でがっしりと両腕で固定されてますね。捕獲されてます。


「それは私どもの仮説とも合致しているかもしれません。ご覧ください」


 記憶石の映像が浮かびます。


「こちら、メリナさんが剣王に負けそうになった時の邪神です。で、もう一つは私が2回目に戦った時の邪神です」


「まぁ、竜さんが二匹。とても素敵ね。白黒の柄もおしゃれだと思うわ」


 巫女長の声が部屋に響きます。それをアデリーナ様は無視して続けます。


「違いは一目瞭然。そのまま死ねば良かったのにと思わなくもないですが、死が近付いたメリナさんに反応した時は顔無し。本人が帰ってきてしまったので詳細は申し上げられませんが、メリナさんにとって大切な物が失われた時は、メリナさんの顔でした。これは大変に重要な事実を含んでいると私は考えます」


「なるほどねー。あそこで挑発したのは、そんな確認があったんだー。でも、ヤナンカはー、エルバ・レギアンスの意見も聞きたいなー」


「うーん、どっちかって言うと、邪神の意思というよりも、メリナが呼び出したのかな。信じられないよね。神呼びできる本当の巫女って、私の昔の記憶にも少ないよ。他に二人くらい」


「メリナさんは聖衣の巫女ですからね。いつでも私の後釜に指名したいくらいですよ」


 いやだなー、巫女長。

 お褒め頂き光栄です。でも、聖衣の巫女云々は苦い思い出です。


「うむ、俺も巫女の素晴らしさはよく知っている。しかし、シャールの竜神殿という場所は、ここまで有能な人材が集まる場所なのか……。兄者にも伝え、決して王国との関係を悪くしないように進言したい」


 サルヴァの竜の巫女に関する印象が何に基づくのかは不明ですが、その通りで神殿の人達は皆、何か一芸に秀でていると思います。



「メリナさん、用件は済みましたか?」


「えっ。はい。お弁当箱の回収は終わりましたので、いつでも帰れます」


「相変わらずの自分勝手さで御座いますね。まだ朝ですよ。私が言ったのは、ショーメとの用件の話だったのですが」


「そうですか。では、また明日ですね。あっ、ふーみゃんは返して貰えますか?」


「…………良いですよ。しかし、苦渋の判断であることは覚えておいて下さい。ふーみゃんも嫌でちゅね。うーん、よちよち。けど、狂犬のしょばに行ってくれりゅるかな? うんうん、変な病気をもりゃったらダメでちゅよ。メリナさん、エルバ部長も付けるので、例の件、きちんとするんですよ」


 ……まさか、ふーみゃんを手放すとは……。嬉しさの反面、それに隠された意図が何なのか、私は戸惑います。背中に冷や汗が流れるくらいにです。

メリナの日報


 川で取ってきた小魚を乾かした物をふーみゃんにあげると、カリカリと食べてくれました。エルバ部長にも残り物を与えましたが、妙に憤慨していました。そんな事では背が縮んでばかりだというのに、愚かなヤツです。

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