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教師達のヤル気

「おい、メリナ。職員室に猫を持ってくるな」


 レジス教官です。ずっと思っていましたが、私は教師になって彼とは同僚のはずなんですが、まだ生徒だった時のように、偉そうに話してきます。


「うちの生徒なんで問題は全くないです」


「メリナ……。確かにな、俺もお前のクラスに生徒がいない事態は可哀想だと思ったぞ。でもな、だからと言って、勝手に生徒を増やすのはどうかと思うんだ。200歩くらい譲っても、竜とか蛇とか、明らかな人外を生徒と言い張るのもおかしいと思わないか? 今日は猫だしな」


 まぁ! 驚きです。


「すみません、その蛇ですが、彼女は獣人ですよ。レジス教官は獣人差別をするんですか?」


「獣人? 蛇に手が生えているだけじゃないか。どう見ても魔物だろうが」


 いや、まぁね、私もそう思う時が多々ですが、他人にはっきりと言われると何だかオロ部長が哀れです。それに、オロ部長は強いんですよ。食い殺されますよ。


「無知って怖いですよねぇ、ふーみゃん」


「にゃー」


 柔らかいふーみゃんをなでなでしながら、私はどうでも良い話を打ち切りました。



「ところで、メリナ、聞いたか? 学長が襲われたらしいぞ。解放戦線かもしれんから気を付けろよ」


 ほぅ。耳が早いですね、レジス教官。私は大袈裟に驚く様子を見せます。口と目を大きく開けて言うのです。


「っ! まぁ! あら、まあ! 一体、何竜の仕業なんですか!」


 くくく、知ってます。死竜ガランガドーの悪行です。私の命令です。


「メリナさん、あれ、竜がやったんですか?」


 ショーメ先生の声でした。早朝に来て門で生徒を向かえるという刑罰に等しい挨拶運動を終えて、彼女は職員室に戻ってきたようです。


「おぉ、ショーメ先生。今日もお美しいですね。それに、今日の服も素敵ですよ」


 レジス教官は相も変わらずで、微笑ましいですね。さて、私はショーメ先生に返答しなくてはなりません。


「えっ? どうしたんですか、いきなり……。新人イビリだなんて酷いです」


「建物が全壊、逃げ出た家の者達も意識不明。瓦礫の中に学長のみがポツンと立っておられました。幸い、死者は出なかったようです。さて、どこの大犯罪者の仕業かと思ったのですが、何竜がしたんでしょうね? あと、私は何もイビってないですよ。質問しただけですから」


 何故だっ!? 何故、ショーメは私を冷たい目で見ているのですか!?


「……大地の曜日の休みが削られた腹いせでしょうね、メリナさん」


 私はふーみゃんをなでなでしつつ、口笛を吹いて外を見ます。すると、どうでしょう。視界に、こちらを見ているデンジャラスさんが入ったのです。


 今日もピンと立てた髪型で、それを揺らしながら寄ってきます。毎日磨いているのか、側頭部も光ってます。



「メリナさん、その猫……女王陛下がいつも抱いておられる猫では有りませんか?」


「そうなんですよ。もう私に馴れちゃって、困ったなぁ」


 うふふ、良い感じに話を逸らせる事が出来て嬉しいです。ショーメ先生は諜報機関にいたスペシャリストですから、勘が鋭くて困りますね。さっきも学長を襲わせたのが私だと疑ってきてました。油断なりませんよ。


「メリナ、お前は女王陛下から愛猫を御下賜される程の仲なのか? いや、その若さで公爵なのだから分からんことはないが……」


 レジス教官が私に驚きます。


「まぁ、私ほどの人格者ともなりますとね。アデリーナ様も私を敬うのですよ、おほほほ」


 調子に乗らせて頂きました。


「……アデリーナ……ついこの間、新しい教師の連絡が来たが、その名がアデリーナだったな……。いや、そんなまさかな……」


 そのまさかなんですよ。あいつ、教師をして遊ぶくらいの暇はあるんですよね。王様なら王様らしく王座に座って、細々と背を曲げて書類に目を通せと思いますよ。



「ところで、ショーメ先生、明後日からクラス対抗戦ですよね。準備はどうですか? 僕はショーメ先生ならやってくれると信じてます」


「えぇ、ありがとうございます。そこそこですよ。優勝を目指している訳では御座いませんから、生徒達も楽しく過ごしてもらえればと思ってますよ」


「フェリス、それはいけません。若き子達は崖から落として、そこから這い上がるような教育をしないとなりません。そうでなければ、全力を出す方法も知らずに命を失う事態になりかねないのです。良いですか、フェリス。今からでも遅くありません。生徒を鍛えなさい。優勝を私のクラスと競うつもりで来なさい」


 デンジャラスさんが強い口調でショーメ先生を叱責しました。昔からそんな考えで教育してきたのでしょうか。教え子のコリーさんとか、よくもグレずに成長しましたね。


「はい。畏まりました」


 元上司には逆らえず、ショーメ先生は素直に従いました。でも、ショーメ先生の事だから言葉だけの返事かもしれませんね。


「デンジャラス先生、失礼じゃないですか。ショーメ先生はいつも頑張っているんですよ。そんな言い方はないと僕は思いますね」


「レジスさん、そんな甘い考えでは子を無駄死にさせます。戦場では何が起きるか分からないのですから、常に力を発揮できるようにしないとなりません」


 ここは貴族学院ですので、戦場に立つとしても本陣とか――あっ、この間の内戦では皆で突撃してましまたね。意外に勇敢な部類の人達の集まりでした。そうであれば、デンジャラスさんの言うことも一理あります。


「僕はショーメ先生への侮辱を撤回して欲しいと言ってるんです!」


 おぉ、レジス教官、頑張りましたね。その人、うちの王国では多分、10本の指に入るくらいに偉かった人ですよ。


「私に逆らうのですか……。ふむ、宜しい。ならば、あなたの覚悟をお見せください。次のクラス対抗戦、あなたのクラスが優勝しなければフェリスとのお付き合いは許しません!」


 デンジャラスの言葉は意外に職員室全体に響きまして、ガタガタと男性教師達の椅子が鳴ります。


「……デ、デンジャラス先生、何を仰っているのか……。えっ、優勝したらショーメ先生とお付き合い出来るのですか……?」


 それは凄い拡大解釈です。


「ん? しらばっくれるんじゃありません! フェリスを庇う恋心、このデンジャラス・クリスラが見抜けぬはずがないのです! その深き愛は結婚間近と推定できます!」


 こっちも拡大解釈してますね。


「いえ、付き合ってませんから。私は仕事一筋ですよ」


 しかし、ショーメ先生の抗議はデンジャラスさんに受け入れられません。


「良いのですよ、フェリス。いまだ未婚の私に気を遣っているのでしょう」


「とんでもない誤解ですから。クリ――デンジャラス様、もうこの辺りで」


 ショーメ先生は穏便にこの場を収めたい意思が有り有りです。当惑の表情が見ていて楽しいです。うふふ、何の根拠もなく無垢な私を学長襲撃犯ではないかと疑った天罰なのかもしれませんね。


「認めませんか。ふむ、では、こうしましょう。クラス対抗戦で優勝したクラスの担任は、このデンジャラス・クリスラが前職の権限を用い、その者とフェリス・ショーメに交際を命じます!」


「「おぉー!!」」


 呼応して、男どもが叫びました。全くどうしようもない奴らです。ここは学校なのですよ。


「ちなみに、デンジャラスさん、担任が女性の場合はどうなりますか?」


「メリナさん、その場合も有りましたね。では、優勝時の祝いを変更しましょう。望む物をくれてやる、に致しましょう」


「えっ、何でも買って貰えるんですか?」


 知らない若い女性教師が果敢に質問しました。


「勿論です」


「「やったー」」


 女性陣も喜びます。そして、私もです。


 ククク、つまりは学校の休みを元に戻せるどころか、永遠に一週間丸ごとお休みの日にしてやることも可能なのですね!

 俄然、ヤル気に満ちて参りましたよ!



「……承知しました、デンジャラス様。私も本気で行かせて頂きます」


 ショーメ先生、気合いを入れましたね。少しばかり魔力が増えてます。


「し、しかし、デンジャラス先生……。そんな約束をされてもどんな権限で達成するのですか? 僕は踊らされないですよ」


 この部屋で私の次に冷静なレジス教官がデンジャラスさんに問います。でも、私はそれだけの権限をデンジャラスさんが有していることを知っています。彼女は元聖女ですし、現聖女のイルゼさんも彼女の願いを聞き入れるでしょう。そして、聖女の街デュランは長年諸国連邦を影から操ってきており、暗部が崩壊しているとはいえ、その影響力はまだ健在でしょう。

 あと、ショーメ先生とのお付き合いに関しては、デンジャラスさんが仕事として命令すれば何とかなるだろうと思います。


「レジスさん、デンジャラス様を疑うならば容赦しません」


 ショーメ先生は微笑みながら、気合いを通り越して殺気を出します。しかし、魔力感知を使える者ならば兎も角、レジス教官はそれを察することなく普通の表情でした。


「なるほど。ショーメ先生が仰る通りでしたね。デンジャラス先生、すみませんでした。」


 ショーメ先生の鋭い殺気を軽く受け流したのです。


「よぉし! ちょっと生徒の気合いを入れてきます!」


 職員会議が始まってもいないのに、レジス教官は部屋を出ていきました。そして、それを見た他の教員の人達も遅れまいと、バタバタお外へ行かれるのです。

 入れ替りで入ってきた副学長も驚いておりました。

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