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巫女長の魔法

 大変につまらない授業を受けております。

 爆発音が聞こえたら、即座にマリールの救援と(かこ)つけて、教室の外へ逃亡する予定です。



「マイアか……。伝説の偉人だな。この世にまだ生きていたとはマジで未だに信じられん」


 エルバ部長の呟きが聞こえます。


「そうで御座いますね。さて、ではマイアは邪神の認識がなかったのでしょうか」


「異空間で何百万年も生きていたから記憶も薄れてたんじゃないですか?」


 アデリーナ様の問いに私は的確な答えを申しました。めんどいながらも答える私、良い子です。


「いいえ、違います」


 チッ。偉そうです。何だか、私の片足がストレスでカタカタ鳴ってしまいますよ。


「マイアだけでなく聖竜スードワットさえも気付かなかった。見た目だけでなく魔力の質さえも変化していると考えております」


 様、様、様っ! スードワット様だって!

 呼び捨て、良くないです!



「ガランガドーさんをお呼びください、メリナさん」


「へーい」


 不敬の点は見逃してやりましょう。私を拘束する授業という悪魔の所業を、サッサッと終わらすことの方が優先です。ストレスで血を吐いて死んでしまいますよ。そうすると、聖竜様が悲しまれ、死んだ私も悲しくなります。



 アデリーナ様がお呼びだと聞いて、勢いよく飛んで駆け付けたガランガドーさん。彼にもさっきの竜型の怪物の映像を見せた上で、私のもう一つの精霊についてアデリーナ様は尋ねます。


『ぬっ、主のもう一匹の精霊であるか……』


 ガランガドーさんはアデリーナ様に問われ、少し考えている様子です。


『我は知らぬな』


 これは嘘を言っていますね。答える前に少し目が泳ぎました。そして、アデリーナ様がそんな挙動を見逃す訳がないのです。


「ガランガドーさん、皆の学習に寄与するなら褒美を与えましょう。なんと、私の腰痛を和らげるためのマッサージが出来る権利です」


 刑罰じゃないですか。私なら背骨を粉砕してやりますよ。


「はいはいはい! アディちゃん、私が答える!」


 急に元気になったフロンが手を上げます。


『ふん、下がっておれ、三下。アディは我に腰を揉んで欲しいのである』


 アデリーナ様は相変わらずの冷たい目でフロンを見ました。フロンが猫の時のふーみゃんに対する眼差しとは完璧なる真逆でして、さながら、私がお酒を無心した時のような感じです。つまり、いつものアデリーナ様なので安心ですね。


「……ルッカを連れてくるべきでしたね。仕方が御座いません。カトリーヌさん、フロンを黙らせて頂けませんか」


 そんな訳で、フロンはオロ部長のとぐろの中へと消えました。巻いた胴体の間からフロンの体の一部は見えまして、転移魔法で逃げることはしていないみたいです。たぶん、締められる事を楽しんでいるのだと思いますが、気持ち悪いので考えないようにします。


「今一度問いましょう。ガランガドーさん、何かを知っていますね?」


『いいや、知らぬ。見たこともない』


 アデリーナ様は微笑みます。とてもダメな冷酷な笑いです。


「さて、今、ガランガドーさんは繰り返し、嘘を申しました。どういうつもりなのでしょうか。私の腰を揉める光栄をも捨てて、何かを庇いました?」


『えっ? えぇ……嘘なんて付いてはおらぬのだが……』


「いえ。私、ルッカ、マイア、クリスラ、スードワット、そして、ガランガドーさん。このメンバーに覚えはありますよね? 共に、あれと対峙しましたよね。そう、ブラナンの赤い雪の日で御座います」


 あっ、あの日か!

 触れたら聖竜様を忘れる赤い粉が空から舞い降り、私も聖竜様の存在が記憶から失われて、ご無礼を働いたのです。

 でも、聖竜様は許してくれて、雨降って地固まる的に、愛を確かめたんですよね。


「さぁ、言いなさい。何を隠されているのですか? 褒美も有るのですよ。楽になりなさい」


 アデリーナ様は後ろを向いて、腰をクネックネッと動かしました。恐らく、褒美だと勘違いしている自分の腰をアピールしたのでしょう。

 しかし、フロンやルッカさんと違って色気を出すのには慣れていないご様子で、目撃した私が恥ずかしい気分になりました。

 是非、記憶石で残したい光景です。今は余りの衝撃に驚きが勝ちましたが、後からなら大笑いできます。



「まあまあ、アデリーナさん、若いのに大変ね。私が何とかして差し上げますね」


 ここで不意に巫女長が立ち上がります。ピンチ、アデリーナ! ピーンチッ!

 巫女長の秘めた力により、悲劇が訪れるかもしれません。例えば、転送魔法でごっそり肉ごと腰だけ持っていかれるとか。信じられない事をしてきますよ、巫女長は。


 しかし、その期待はガランガドーが口を開くことにより実現しませんでした。


『あがが……が……』


 苦しそうに呻いておりますね。不思議です。アデリーナ様の呪いでしょうか。恐ろしい女ですよ、全く。


「ダメよ、若い女の子を焦らしたら。でも、大丈夫ですよ。恥ずかしい事でも、私が魔法で喋らせて差し上げますからね」


 なんと巫女長はガランガドーさんに対して、精神魔法をノーアクションで掛けたのです。

 本当に怖いです、この人。いつも躊躇いもなく突飛な行動をしますし、精神とか意識を操るって、物語とかだと悪役側の得意技だと思うんです。


 しかし、授業の進行が早まりました。巫女長、素晴らしいですと思っておきましょう。



『……我はスードワットより生まれし者にして、彼奴よりも永くを生きし者……。冥界の支配者にして、死を運ぶ者なり……』


 うっは。この期に及んでも痛々しい自己紹介が始まりましたよ。アデリーナ様の奇行と同じくらい面白いです。


『……お、思い返せば、幾星霜の昔……』


 おぉ、これは、ガランガドーさん、長い語りをしそうですよ。エナリース先輩、今こそ、幸運の耳栓を私にも授けて頂きたく存じます。本当にお願いします。


 しかし、残念ながら耳にガランガドーさんの声が入ってきますので、仕方ありません、聞いてやりましょう。



 ガランガドーさんは、聖竜様の秘技により、幼い私を救うために私の中に入ったと切り出します。


 そうですね。当時の私は病弱でして、毎晩激しい咳と高熱に襲われ、聖竜様と初めてお会いしたあの日は幼いながらに死ぬのかなと思った程でした。

 詳細は分かりませんが、ベッドで寝ていた私は気付いたら聖竜様のお住まいに居ました。そして、気紛れだったのかもしれませんが、聖竜様にご慈愛を頂き、私の健康はその日を境に回復を始めたのです。私が聖竜様をお慕い、そして心から愛する一番の理由です。



 ガランガドーさんが言うには、ヤナンカに仕込まれた邪神が毒のように私を侵食し、それを中和するために入れられたのがガランガドーさんなのだそうです。毒をもって毒を制する的な印象を抱きました。聖竜様自身が私の中に来られたら良かったのに。



 そして、ガランガドーさんと邪神は私という依代を巡り争います。私の体に影響を与える彼らでしたが、普通に考えて、私の体内に彼らが住まう場所があるわけでは御座いません。

 体内を循環する魔力は体内の一点から溢れ出て、戻って行きます。その一点の先には異空間が広がっているらしく、ガランガドーさんも邪神もそこに存在していたと言います。

 そして、そこはマイアさんが閉じ込められていたあの異空間と同じく、時の流れがこちらの世界よりも遥かに速い場所でした。


 ガランガドーさんは数百年、数千年の間、邪神と戦い続けます。相手の存在を消し去る、または飲み込もうとする死闘だったとガランガドーさんは大袈裟に言います。


 認識できるものは互いと私へ通じる穴だけという中、争いは拮抗を続けました。そして、遂には双方ともに相手の魔力を取り込みすぎ、体に異変が起こります。ガランガドーさんは白かった体が黒くなり、邪神の黒い体は逆に白黒のチェック柄になったのでした。また、ガランガドーさんの体のフォルムも変化しました。爪が鋭くなるなど、全体的にトゲトゲ感が増したのです。


 そう聞くと、ガランガドーさん、負けてますね。相手のカラーに完全に染められているじゃないですか。



 最終的に、これ以上に戦うとお互いに別の物になってしまうと考えた彼らは共存することにしました。そして、今に至ります。



 言い終えたガランガドーさんは、まだ巫女長の魔法の影響下にあるのか、間抜けに口を半開きにしたまま、動かなくなりました。



「今の話で御座いますが、マイアとスードワットが邪神に気付かなかった理由は分かりました。やはり魔力も姿も変化していたからでしょう。しかし、気になる点が多いで御座いますね」


「そうですね。聖竜様に関する情報が少ないです。ガランガドーさんの事でなく、聖竜様の事を話すべきだと思いました」


「アデリーナ、気になる事とは何だ?」


 私の発言を無視してエルバ部長がアデリーナ様に尋ねます。


「今の話ではガランガドーが邪神を秘匿する理由が御座いません。また、ガランガドーという名は古語に由来するはずです。意味は破滅の闇、もしくは邪悪なる瞑目。聖竜スードワットの手の内にあった者にしては、おかしな名前です」


「そんな事ないですよ。ガランガドーさんっぽいじゃないですか。それに、確かに聖竜様が私に与えてくれたんです。聖竜様が言ってましたもん。嘘じゃないですよ」


「まあ、メリナさんは羨ましいわね。私も一度は、聖竜様にお目に掛かるくらいはしたいものです」


 巫女長なら、その内に自力で辿り着くのではないでしょうか。だから、私は「今度一緒に行きましょうか」とは言いませんでした。何より身近にいるのが危険な人物だからです。

 


「しかし、そこは他愛のない論点で御座います。私が危惧したのは、メリナさんを依代と表現したことです」


 依代。はい、私も引っ掛かりました。

 常に私を主と崇めるガランガドーさんがそんな物みたいな表現を私に当て嵌めるとは思えません。半殺しにされる可能性があるためです。


「ここにヒントが隠されているのです。そして、ガランガドーが私の魅力に負けずに、秘匿しようとした何かが分かると私は考えます」


 そんなに知りたいことなんですかね。腰をクネクネさせてまで。



「アデリーナさん、私がお助けしますね。うふふ、簡単です。さっきより効果を高めますからね。……我が御霊は聖竜とともに有り。我は願う。黄昏の海に堕ちし赤烏の囀りは闇夜を誘う。月映えする鱗を持ちしその竜が立つは真砂、憂れたし契りの地。思うのままに人は戯れて戦くは煌めく竜の眼差し」


 巫女長! 巫女長、魔法詠唱が出来たんですか!? 私と同じで難しいことは苦手な方だと思っていました! 私は裏切られた気分ですよ!



 巫女長から発せられた魔力は無防備なガランガドーさんを貫きます。


「黒い竜さん、どうぞメリナさんのもう一つの精霊について教えてくださいな」


『……ゴ、グォグォー……オォオォ』


 何だか涙を流し始めました。


『我は、我は謝らなければならぬ……。我は負けたのである。ヤツに負けて……。オォ……思い出す…………あの日より、死竜として、生きることを……オォぉぉん』


 …………器用に前足で顔の涙を拭こうとした姿が面白かったです。しかし、なんで泣いているのかしら。


『……ガ、ガ、ガランガドーの名を与えられ、永劫を漂い、冥界に封され、訪れる者を食い……メリナを見つつ、人の世に憧れ……』


 困惑する私はエルバ部長を見ます。同じく困惑しているであろう人を見て安心するためです。



「告解の魔法だよね。とびっきりの」


 あっ、賢いモードに入ってる! ずるい!

 エルバ部長は年齢に相応しい喋り方になると、何故か賢くなる特異体質だったのを忘れていました!


「……エルバ・レギアンスー? もしかして、本物だったー?」


 ヤナンカがエルバ部長の変化に食い付きました。


「そうだよ。でも、昔の知り合いだったらごめんね。代替わりしているから、記憶を引っ張って来ないといけないんだよね」


「そっかー……。うん、そっかー! アデリーナはやっぱりブラナンの記憶をー、そっかー」


 ヤナンカも何故か涙を一筋流しました。でも、こちらは微笑みでの涙です。

 訳が分からないので、もう退室したいです。



「あぁぁ、ごめんなさい! ごめんなじゃい。あぁ、謝罪しても、謝罪しゅても、し、し尽くしぇないで御じぇいます……」


 私は戦慄しました。教壇に立つアデリーナ様が顔を手で覆いつつ泣き出したからです。しかも、やつにはあり得ないセリフです!


 ……巫女長か!? 巫女長の魔法がガランガドーさんを貫通してアデリーナ様にも当たったのか!?


「も、申し訳御じゃいましぇん……。わ、私は私より、偉い者を、み、認めたくない余りゅに、しゃまじゃまなゃ、悪とぎゅをちゅんで――」


 私はこれ幸いと教室をダッシュで去りました。

 ふぅ、今日は精神的に疲れましたよ。皆、何を言っているのか分からないし。早く寝ましょう。




メリナの日報


 ガランガドーさんが夜に喋り掛けて来ました。

 彼は私を乗っ取り、この世で魔力を貯め、そして、邪神がガランガドーさんを乗っ取る計画であったと申しました。

 今日、思い出したそうです。

 彼から、日報に書いていて欲しいと言われたので書きますね、アデリーナ様。あと、普段からあれくらいの誠意で謝ってくれたら友達が一人くらいは出来るかもしれませんよ。


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― 新着の感想 ―
[一言] ガーちゃん悪くないやん!
[一言] こっわw  竜に効くレベルの範囲指定広範囲魔法自白剤とか、使い方次第一発で国が再起不能だわw
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