教師初日の続き
復活して着替えも終えたマリールが戻ってきました。その間、レジス教官だとかショーメ先生が爆音の原因を確かめにやって来ましたが、私の姿を認めると、すぐに帰って行きました。両人ともに、私が居るから大丈夫と判断なされたのですね。分かります。全幅の信頼を頂いております。
「フランジェスカ先輩、やっぱり爆発しました」
「えぇ。いきなり、その量で試すなんて危ないって言ったのに」
2人は至って普通の会話をしているのですが、マリールは瀕死だったんですよね。例えば、これが神殿での出来事なら、私がいなくて片腕は失くなっていたと思います。アシュリンさんも回復魔法が使えますが、あの傷を癒す程では有りませんし。
「何が起きたんですか?」
「透明な炎の研究よ。ほら、自習なんでしょ? 丁度良いわ。あと、メリナ、ありがとう」
透明な炎。昨日にデンジャラスさんに協力してもらってマリールにお見せしました。何だか興奮していたのは分かりましたが、そのワードが何故、この場で出てきたのでしょう。
あっ、魔法の自習ですね!
うんうん、マリールもフランジェスカさんも魔力は余り感じませんが、魔法を使いたい想いをやはり胸に秘められていたのでしょう。魔法って万能で便利ですからね。
うんうん、私もご協力致しましょう。
「マリール、爆発のときの炎の色は見えた?」
「いえ、分かりませんでした」
「もう一度やってみる?」
「はい。そのつもりでした。メリナ、私が死なないように魔法を頼んだわよ」
「はい。分かりました」
私は軽く返事をします。マリールの魔力は少ないです。王国の人間なのにレジス教官くらいしか持っていません。だから、魔法が暴走したとしても大した事は起きないと、私は判断したのです。先程レベルの怪我であれば、すぐに魔法で治して差し上げます。
マリールは横を向いて転がっていた金属製の箱を起こしました。膝くらいの高さを持つ真四角の箱でして、蓋は無いです。
いや、だいぶ向こうに転がっていましたね。そちらはフランジェスカさんが拾いに行ってくれました。
「メリナ様、何が始まるんですか?」
「魔法の練習だと思います」
「なるほど。では、あの箱の中に何かを出すのですね」
「きっとそうですよ。デンジャラスさんの透明な火炎魔法を真似たいと言ってましたから」
「……あの方の魔法となると、かなりの難度ですね。常人には厳しいかと存じます」
「目標は高い方が良いと思いますよ」
イルゼさんと会話している間にも薬師処の2人の準備は着々と進んでいきました。
いよいよ始まるみたいで、興味津々な私はワクワクしながら近寄ります。金属の箱には何かが内張りされていて、特殊な道具のようです。一部の魔法では魔力増幅の触媒を用いると聞いたことがあります。転移の腕輪もそんな物だと思うのですが、この箱も同種なのかもしれません。
箱の中に黒い粉――訊くと鉄の粉らしいです――を沢山入れて、そこにガラス瓶からドボドボと透明な液体を垂らします。
すると、ブシュブシュと音を立てながら、無数の泡が湧き出しました。その泡が割れる勢いで、中の液体の飛沫が箱の外へと飛び散ります。少しの熱気も感じました。
「メリナ、この酸に触れると火傷するから離れて」
「えっ、はい」
なるほど、酸なのですね。よく分からないけど、怖い響きを持つ言葉です。
離れてと言ったマリールは箱の傍のままでして、ちょっと慣れていてカッコいいと思いました。
何かのタイミングを見計らっていたフランジェスカさんが箱に蓋をします。
「メリナ、この棒の先に魔法で火を付けて」
言われるがままに、私は協力します。その後、更に距離を取れと言うので、マリールを置いて、皆で20歩くらい離れました。
「点火します!」
マリールの真剣な声が響き、フランジェスカさんが「了解!」と答えます。
マリールが蓋を開け、火の付いた棒の先を近付けると――大爆発が起こりました。
鼓膜が破れるのではと思うほどの勢いでして、思わず目を瞑ってしまいましたが、すぐにマリールへ回復魔法を唱えます。彼女の髪とかも焦げていたのでしょう。マリールは勿論無事ですが、その良くない臭いが鼻を刺激しました。
爆発で跳ねた箱が体に当たったのか、服の腹のところに大きな穴と血痕が見えました。
ですが、何事も無かったかの如く、マリールは平気な顔でフランジェスカさんと確認します。
「どうでしたか、先輩?」
「点火棒の材質は鉄だった?」
「はい。鉄です」
「次は、水で洗った銅の棒でお願い」
「分かりました。メリナ、もう一度だから」
……へ? 今の爆発をもう一度繰り返すんですか……? 私、舐めてました。これ、下手したら死にますよ。それが怖くないのでしょうか……。
校舎で授業を受けておられる生徒の方々も、さっきの大音響で悲鳴をあげられていましたよ。迷惑じゃないかなぁ。
あと、一階の教室から視線を感じまして、間違いなくアデリーナ様がこちらを観察していると感じます。凄く嫌です。
でも、マリールに撤回を申し入れるのも気が引けて、そのまま二度目の大爆発を目にしました。今度はマリール、真横に吹っ飛んでましたよ。
「どうでしたか、先輩」
「うん。透明だと思う。一回目は立ち上がった炎が黄色く見えたけど、二回目は棒より上は銅の炎色と同じだったよ」
「つまり、その下は透明だったと?」
「そう。使える可能性が出て来たわ。興奮するわね」
「はい! 先輩!」
マリール、服がボロボロなんですけど。控えめなお胸が露になってしまいますよ。そこは彼女も理解しておりまして、お着替えを致します。
あと、レジス教官が再びやって来て、うるさいと注意されました。私は平謝りですよ。
ガランガドーさんは音でバーダが起きると苦情を行ってきますし、オロ部長も地上に出てきて遠くからこちらを見ています。
「爆発を抑えないといけないですね」
「そうね。でも、今はメリナさんがいるから、いつもより冒険できるわよ。それに資材も聖女様が取りに行ってくれるから。遠慮なく進めましょう」
「はい!」
いやー、テキパキと次の準備をしていますね。道具を使う魔法っていうのは、詠唱が全く要りませんが、発動まで時間が掛かるのが難点だと思いました。
「メリナ様……こんな魔法があるんですね」
「わたしも初めて見ました。勉強になりますね」
「えぇ。自爆魔法でしょうか」
「たぶん違うと思うんですが、自信はないですね。ところで、イルゼさんが転移と一緒に持ってきたのは実験の道具だったんですか?」
「みたいです」
薬師処の2人は新しい箱を用意して、それに管を取り付けます。そして、更にその先にバーナーを設置されました。これは見たことが有ります。あれから出てくる炎に塩を入れたら炎の色が変わったんです。凄かったです。
「空気弁は閉から始めます」
「オッケー。まずはガスの流れチェックから行くわね。……酸、投入」
「バーナー先からの気流、確認。先輩、離れてください。引火棒、行きます」
「マリール、下から近付けて。そのガス、上に向かうみたいだから」
「了解です」
最初はやはり爆発音がしましたが、直接、箱に火を入れた時と違い、マリールが吹き飛ぶ程では御座いませんでした。
一安心です。回復魔法でどうにでもなるとはいえ、友人が傷付くのは見るに耐えませんからね。
でも、マリールがバーナーの下の方をイジっていたら、また爆発しました。油断できないです。マリールの顔面に跳ねたバーナーが突き刺さる大惨事が発生したんです。
すぐに暴走する魔法ですね。薬師処の2人の魔力量では制御できないのではないでしょうか。
復活したマリールは新しいバーナーを用いて、懲りずに火炎魔法の修練に入ります。その不屈の精神は戦場に立ち続ける戦士の様でした。
そうこうしている内にお腹が空き始めて、イルゼさんがパンを持ってきてくれまして、モグモグと頂きます。美味しいです。
いつの間にか、他のクラスの生徒も集まって、ギャラリー化していますね。
レジス教官のクラスもいまして、うるさくて授業にならないから、見学に切り替えたと言います。その中にサブリナもいまして、私はペコリとあたまを下げました。
「空気弁は開け過ぎてはいけないことが分かりました」
「そうみたいね。いつもの燃料ガスと違うのは分かっていたけど、ここまでとは思わなかったわ。手こずったね、マリール」
「はい。でも、今は安定して燃えていますね」
「そうね。少し炎に色が付いているのは――」
「バーナーの管体に用いている金属が反応しているのかもしれません」
「そうよね。私もそう思う」
2人は楽しそうに話していますが、私にはよく分からなくて魔法の真髄を話されているのでしょうか。
しばらく見ていると、バーナーの筒の部分が赤くなってきました。私が火炎魔法で鉄剣とか鎧を焼いた時によく見る赤熱色です。
「熱負けしているわね」
「いつもの燃料ガスより熱いのかもしれません」
「でも、あの部分で燃焼しているのはおかしいわね。あっ、燃焼速度が速いから、いつもより根本に火が来ているのね」
「なるほど、さすが先輩です。だとしたら、空気との混合位置を変えて――」
「あの気体の流速も増やした方がいいね。マリール、細いチューブは有ったかしら?」
「はい。大丈夫です。あっ、バーナーの構造からすると、燃料ガスとよく混合するように空気配管が斜めになっていましたが、変えた方が良いですか?」
「たぶん、そうよね。できるだけ筒先より離して燃やさないと、バーナーが持たなくなる。いっそのこと、ガスと空気を平行流にしましょう」
うんうん、よく分かりませんが、自習っぽいですよ。私、満足です。
サブリナも興味深げに見ていまして、私は透明な炎の魔法の練習だと伝えました。サブリナは自分もやりたいと呟いていました。
もう大丈夫かなと思ったところで、また爆発音がしました。薬師処の2人がガソゴソ復旧を試みているところに寄って、サブリナが仲間に入っていきます。何かを提案したみたいで、受け入れられていますね。
うんうん、先生、嬉しいですよ。サブリナも友達少ないご様子でしたから。
メリナの日報
フランジェスカさんにお願いして、酸を貰いました。アデリーナ様に「お疲れさまでした」と言いながらコップに入れて出したのですが、飲んでくれませんでした。勘が鋭いヤツですよ。




