教師初日の午前
自習開始と共にイルゼさんがシャールに戻りたい人を募りまして、なんと半分以上が神殿に戻ってしまいました。親友のシェラとマリールまでいなくなったのですが、来てくれただけでも有りがたいと思っていますので恨み言は無しです。皆さん、お忙しいですものね。
私は巫女長とアデリーナ様とフロン、ヤナンカしかいない部屋で無駄に緊張しております。
ガランガドーさんはバーダの傍に、サルヴァはどこかで武芸の修行をすると言って居なくなったのです。オロ部長もフロンごと押し潰して開けた床下から地面の下に行かれたのだと思います。
「あらあら、メリナさん。私、メリナさんから何を学べるか楽しみにしていたのよ。ほら、聖竜様について教えて欲しいわね」
巫女長がニッコニッコで要望してきます。
心苦しいのですが、私は返答せざるを得ませんでした。
「すみません。自習なんですよ。私は職員室に戻りますので。それでは、副担任のアデリーナ、ちゃんと宜しくお願い致しますね。あなたでも、それくらいできるでしょ?」
今はあいつは私の部下ですから、これくらいの口調は許してくれないと困ります。
「……呼び捨てにした上で、その態度? この私を? 良い度胸です」
「アディちゃん、この化け物を始末するなら、私、加勢するわよ」
フロンが横から口を挟みますが、アデリーナの視線は鋭くて、私はそれどころでは御座いません。
「う、うふふ、嫌だなぁ。アデリーナ様、聞き間違えですよ。私はちゃんと、敬意を込めてアデリーナ様と呼びました」
「……そうでしたか、失礼致しました」
ふぅ、油断できないヤツですねぇ。器が小さいです。お前、陰ではブリュブリュ大王ってまだ言われているんですよ。
「皆、仲良くて嬉しいわ。羨ましいくらいだわ。メリナさんもアデリーナさんを呼び捨てにするくらいの信頼感なのですね」
おいっ! 巫女長、おいぃっ!
たった今解決したことを掘り返すんじゃなりません!
「ですって、メリナさん? 私を呼び捨てにしました?」
「巫女長はご老人なので耳が遠いんです」
「そんな事ないわよ。もうメリナさんは意地悪ねぇ。ねぇ、フロンさん。メリナさんはアデリーナって言いましたよね。仲良しですものね。アデリーナさんもお友達がいないから、嬉しかったですよね。ねぇ、アデリーナさんも、ねぇ?」
全方位に敵を作る方針ですか、巫女長。もうお止めください。
急ぎ私は職員室に行くのです。このままでは、またトラブルに巻き込まれます。去り際に教室を覗くと、アデリーナ様はヤナンカの方に歩いて行くところでした。良かったです。光る矢を打ち込まれませんでした。
追手もなく安心して、ガラガラと教師陣の憩いの場である職員室に入ります。この時間は授業を行っている人も多いのでしょう。空席が目立つ感じです。
おっ。昨日、私を悪く言っていた中年教師は居ますね。もはや喧嘩を売るつもりはなく、むしろ良い話し相手になって頂ければと思います。
「おはようございます」
「ん? あっ。メリナ先生!」
おぉ、姿勢を正しましたね。これは、早速、私の有能さに気付いた証でしょう。
「お、お茶でも淹れましょうか?」
「えぇ、宜しくお願いします」
どこかに行く彼を見ながら、私は椅子に座ります。彼の席の隣です。誰の机かは分かりませんが、私の机がどれなのかも分からないのです。ご容赦ください。
お茶が来るまで私は暇でして、机の端に積まれた書類をパラパラと見ていきます。
大概が授業で使うテキストっぽくて、全然面白くないです。ショーメ先生への恋文とか、デンジャラス先生への誹謗などのメモが欲しかったのに存在しませんでした。
次に、机の引き出しを開けます。私は用務員さんですので、備品である机の引き出しに故障がないか確かめているだけです。正当な業務をしているだけです。
さてさて、面白い物が無いかなぁ。
おっ。これは何でしょうね。
私は一枚の紙を見ます。隠されていただけに濃い情報が期待できます。
生徒たちの何かの成績でした。
期待外れです。元に戻して、下の段の引き出しに移ります。
おぉっ。クラス対抗戦に関する紙が出てきましたよ。
読ませて頂きましょう。
まぁ、気合いが入っておりますね。
「絶対に優勝だ! 頑張れ、紅蓮の炎組」って書いてあります。うふふ、可愛らしいです。よし、私も負けずに「お前たちをぶっ潰してやる! メリナ先生のクラス一同」と追記してあげましょう。
ここで、私のクラス名を決めるのを忘れていることに気付きました。しまったなぁ。うっかりでしたよ。うーん、フランジェスカさんですね。あの人が一番常識人です。次点でシェラかな。シェラは異常性癖者ですが、常識人を装うのが上手なので、素敵な組名を提案してくれるでしょう。
さて、ここでお茶が到着します。お皿に載ったカップがカタカタ震えています。なので、溢れない様に私は両手で受け取りました。
「うん、美味しいですよ」
「ありがとうございます!」
「どうしたんですか? お座りになられて良いですよ」
「いえ、結構です!」
ふむぅ、ここまで恐縮されると怖いですね。私の気品が。
とは言え、初志貫徹です。私は彼とお話をするのです。
「メリナ先生、大きな竜と白い大蛇が学院に来ておりますが、あれらは先生のお仲間ですか?」
汗をダラダラ掻きながら訊かれました。
「えっ、ガランガドーさんとオロ部長ですね。仲間って言うか、うちのクラスの生徒ですよ」
「そ、そうなんですか! ……人を襲ったりしませんか?」
「襲わないですよ、ヤだなぁ。あはは」
「は、ははは」
「いえね、うちのクラス、生徒が私しかいなかったんですよ。先生と生徒、合わせて一人っておかしいですものね?」
「…………は、はい」
「だから集めました。精鋭ですよ」
「せ、先日は無礼な事を申しまして、すみませんでした!」
「いえいえ、何の事だか分かりませんよ」
「そ、そうですか……」
ゴクリと彼の喉が鳴るのを見つつ、私はお茶を飲み干します。それから、また他愛もない話の続きに戻ります。
鐘が何回か鳴り、教師の出入りも激しいですが、私と中年教師との会話は止まりません。
神殿で魔物駆除殲滅部にいた頃は、こんな風に同僚とゆっくり談笑する機会はなかったです。朝から洗濯して、小屋の中を掃除して、その後は一人静かに暇潰しでした。奴隷のようです。
アシュリンさんは書類を書いたり、読んだりばかりなクセに、異様な威圧感で私を圧迫していました。
「えっ、デンジャラス先生もメリナ先生に殴られた事があるんですか?」
「そうなんですよ。顎を粉々に砕いたんですよ」
「……メリナ先生も荒くれ者だったんですか?」
「はぁ? そんな訳ないです。全く、何を聞いていたんですか」
「あははは」
とても仲良しになっております。気分が良いです。やはり人は話すことで分かり合えるのです。
「笑い事じゃないですよ」
「ひっ、あっ、はい……」
その後、中年教師も授業へと向かわれました。
さてと、次は誰と交流を深めようかしらと立ち上がったところで、突然の轟音とともに窓のガラスが震えました!
また解放戦線の連中かっ!?
私は急ぎ窓から校庭へと飛び出します。
そこには片腕が肘から千切れそうになっているマリールが無惨に転がっていまして、すぐに私は回復魔法を唱えます。
そして、沸き立つ怒りに震えながら、私は校庭全体を眺めるのでした。敵を殲滅するためです。
ガランガドーか!?
マリールの向こうにはヤツの巨体が見えました。いや、しかし、あれの意識はミニチュア版の方に入っているはず。
それに、ガランガドーであれば、マリールを傷付けたら私の激怒によりヤツの命など一万個有っても足りないと、充分に理解しているはずです。疑わしいですが、とりあえずの推定無罪です!
次に魔力が多いのは、地中に潜っているオロ部長です。マリールをご飯だと認識したのかっ!?
いや、しかし、マリールには火炎による攻撃を受けた様に、肌や服に焦げも見えましたし、煙さえ出ていました。オロ部長はゴブリンさえも生で美味しく頂く人なので、調理は不要なはず!
ならば、誰だっ!?
デュランの暗部の残党か! それとも、デンジャラスさんがよりデンジャラスになったのか!? いや、フロンか!?
まだ立ち上がらないマリールを守りながら、周辺の警戒を続けます。親友を魔法で完全回復させなかったのは、下手にマリールが動くと危険が増す可能性があったためです。彼女を襲ったのが遠距離攻撃だとすると厄介ですが、狙いを絞らせれば、少なくとも防御は簡単になります。
私が完全戦闘モードで待機していると、しばらくして、魔力の澱みが発生します。
……敵の転移ならば、一撃でぶっ殺します。
来たっ!
胸が裂けるのではないかという程に後ろへ引いた拳で、全力をもって殴りに行きます!
死ねーーェェ!!
しかし、現れた人物はイルゼさんでして、その澄ました顔面の寸前ギリギリで拳を止めることが出来ました。
私の気合いだけが鼻から抜けます。
「メ、メリナ様……?」
「すみません。マリールを殺害しようとした犯人かと思いまして」
「マリール? メリナ様のご友人――」
「あっ、マリール。先に実験開始していたのね。危ないって言ったのに」
イルゼさんとその横にある大量の鉄管とかに隠れて見えていませんでしたが、フランジェスカさんも転移で戻って来ていたみたいで、いまだに転がるマリールを見て、暢気に喋りました。
「さぁ、メリナさん。今日は忙しくなるわよ。一緒に実験をしましょう」
朗らかに言われましたが、マリール、死んだ様に転がったままなんですけど。
もしかして、薬師処も魔物駆除殲滅部と同じように修羅場馴れしているのですか……。




