紹介を頑張る
今日は誰よりも早く登校して、私の生徒の皆さんの机を整え、しかも雑巾できれいに拭き上げました。生徒の方々に気持ち良く授業を受けて貰うためです。あと、今の私は用務員さんでもあるらしいので、その仕事もしていますよとのアピールに使う予定です。
私は教壇に立ち、今か今かと生徒を待ちます。
「おお、巫女よ! 今日は早いな!」
一人目はサルヴァでした。大柄な彼には学校の机は窮屈でしょうが、早い者順で席を決めていくつもりでしたので、窓側の一番前を指定致しました。
「師匠の師匠に教わった修行の成果を見て欲しい」
「サルヴァ君、元気いっぱいで先生は嬉しいですが、私も忙しいので兄のメンディスさんにお見せなさい」
サルヴァは目を開いて驚きました。それを見て、意表を突かれた私も驚きます。
「お、お、おぉ、遂に巫女が俺に敬称を……。俺はやはり成長しているのか……」
あぁ、頭の病気ですね。安心しました。放置です。
「おはよー、メリナー。まだ元気ー?」
微妙に意味不明な挨拶をしながら入ってきたのはヤナンカです。マイアさん曰く、彼女は本体の意識が入り込んでいる疑惑のある状態です。
「元気モリモリですよ。ところで、ヤナンカさんは春夏秋冬、どれが好きですか?」
「春だねー。ずっと花畑に住んでいたくらいだよー。やっぱり花は綺麗だよねー」
そうですね。このヤナンカのコピーさんは死竜の魔法陣を守る役目を与えられ、お花が咲き乱れる異空間に一人住んでいたのです。だから、春が好きなのだろうと思っていました。
「冬にも咲く花がありますよ?」
「それも綺麗だよねー」
対して、同じコピーの暗部の頭領だった雅客は雪や冬が好きだとショーメ先生に語っていました。だから、自分の名前も雪に因んだ名前にしていたとかどうとか。
「……雅客とか、ですよね」
どんな花か知りませんが、ヤナンカが反応するか試してみました。
「それって雪中花のことだよねー。きれいだよねー」
ヤナンカの表情は変わらずで、にっこり笑顔のままでした。ふむぅ、分かりませんね。
そもそも、ヤナンカは王都でもデュランでも諜報活動を行う組織のトップにいた人と同じ素質を持つのでしょうから、素人の私が探りを入れるのは少し荷が重いのかもしれません。
まぁ、良いです。いざとなれば、拳をもって吐かせましょう。
開けていた窓から突風が吹き込んで来まして、ガランガドーさんも到着したことを知ります。
ガランガドーさん、小さい体を用意しておりますので、こちらに乗り換えて下さいね。
『ハァハァ、主よ……ちょっと待って……。全力で飛んだか、ら……』
精霊でも疲れる。私、一つ賢くなりました。
『バーダさえ、ハァハァ、同行しておらねば、主の中への意識、転移で、こんな……苦労も――』
これこれ、子供のせいにしてはなりませんよ。さっさっとこっちに来なさいな。あっ、バーダは眠っているみたいですから、そのまま寝かせてあげましょう。
ガランガドーさんの机はヤナンカの後ろですよ。
さて、しばらくすると、ぞろぞろと他の生徒達も教室に入って来ます。
先頭はアバビア公爵の三男であるラインカウさんでした。彼は私のクラスの生徒ではありません。彼の家にシャールで集めた人達を泊めましたので、集団登校という形になり、案内役をかって出てくれたのでしょう。
ん? そうなると、ヤナンカは一人ボッチで学校に来たのでしょうか。これは問題ですね。初日からイジメ問題が発生している予感です。
そして、あれですね。昨日はいっぱい連れて来たのに、教室に来た人は半分以下になっています。初日から遅刻とは良い度胸ですよ。
私は生徒達を入ってきた順に机を指定します。ラインカウさんには礼を述べて、ご自分のクラスに向かってもらいました。
アデリーナ様もいない? ふむ、あいつはプライドが高いので私に教えを乞うなど出来なかったのかもしれませんね。哀れなヤツです。
サボりの罰は愛のビンタです。憎しみがたっぷりと篭った全力のヤツをお見舞いですね。
「さて、皆様。おはようございます」
私は挨拶のあとに溜めを作ったのですが、生徒の方々はノーリアクションでした。
恥ずかしいのでしょうか。
あと、やはりオロ部長は目立ちますね。白い大蛇が教室の奥でトグロを巻いておらまして、そこだけダンジョンの最奥みたいです。ボスっぽい威圧感が有ります。
でも、机の上にノートを広げ、太い胴体から生えた人間型の腕でペンを握っています。私の一言一言をメモろうとする、そのヤル気マンマンな態度は大変に好印象です。さすが、オロ部長です。もう百点満点を差し上げましょう。
「それでは、初めての方もいらっしゃるかと思いますので、私からの他己紹介をしていきますね」
マリールやフロンから非難の声が上がりましたが、無視です。
「では、最初に。ほら、サルヴァ、立ちなさい。お前からです」
「ぬっ。そうか。では頼むぞ、巫女」
実はこのクラス、彼以外は王国の人です。ここは彼の母国のナーシェルなのに、異国からの留学生みたいになっています。
「サルヴァ君です。ここ、ナーシェルの王子ですが、長らく学校を卒業できていないバカです。口癖は『お前の乳を揉ませろ、見せろ』なので、お気を付け下さいね。死んでいる彼の母親も空で泣いていることでしょう」
一気に室内が冷え込みました。
うふふ、この教壇からは皆様の様子がよく分かります。シェラは顔を赤らめてうつ向きましたし、マリールと副神殿長は正しくゴミクズを見る感じの冷酷な眼差しです。
オロ部長はチロチロと真っ赤な舌を出していますが、サルヴァは、すみません、食べ応えがありそうな良い体格ですけれども、ご飯では御座いませんのでご勘弁を。
「良し! サルヴァ、座って良し!」
「待って欲しい、巫女よ。皆、巫女の言ったことは真実だ! しかし、愛を知った俺は二度とそんな事は言わぬ! ベッドの上のあの人以外にはな!」
……止めなさい。想像してしまったじゃないですか……。今の言葉に喜んでいるのは、そういう話が好きなフロンだけですよ。
「はいはい。次はヤナンカですよ。立ってくださいね」
「いいよー」
「ヤナンカさんは見ての通り、全身が真っ白ですが魔族です。あれ? 魔族じゃないね? 魔法で作られた存在で、なんと、王都の情報局を率いていた魔族ヤナンカのコピーなんですよ。更に、実はデュランの裏組織を操っていたのも、そのヤナンカのコピーだったんです。だから、このヤナンカさんも実は凄い人なんですよ。簡単に人を殺せますよ。パチパチパチ」
「なっ! そんな大物だったのか!?」
驚いたのはサルヴァだけでした。他の人はふーんって感じで、芳しい反応を頂けませんでした。マリールくらいは驚いて欲しかったです。
「付け加えたらー、メリナの中にすんごい精霊を入れたのは私だったんだよー。最近、知ったのー」
……私にとっては爆弾発言ですね。いえ、その情報自体は知っています。私は幼い頃にガランガドーさんじゃない精霊を埋め込まれたらしく、その事を言っているのでしょう。
このヤナンカコピーはやはり本体の意識を引き継いでいる。それがはっきりしました。ヤナンカの意図は分かりませんが、敢えてのオープンで攻めて来たのですね。
「ごめんねー、メリナー」
「いえ、お気になさらず。では、次に行きますね。その後ろに座っているのはガランガドーさんです。立ってくださいね、後ろ足で」
おぉ、注文通りに出来ましたよ。今の体は小さいためか、皆に見えるように机の上で立つ配慮付きです。プルプルしています。
「死を運ぶ者という自称を持つ痛い性格の竜です。最近は恋をしていまして、アデリーナ様を射止めたいようです。なのに、子供を作った――」
「はぁ!? 私のアディちゃんが何だって!?」
私を遮って叫んだのはフロンです。全く……出来の悪い生徒を持つ身としては大変ですよ。
『ふむ、主よ。滅ぼして良いか? そこの愚かに過ぎる三下を』
お外でお願いしますね。
二度と舐めた口を吐かないように叩きのめしてやって下さい。
前足でチョイチョイと挑発してから、ガランガドーさんは窓からパタパタと外へ飛んでいきました。フロンも窓へと向かい、そのまま死闘が始まるのかと思いきや、なんと、窓を閉めたのです!
何たる知略!!
これではガランガドーさんが逃げ去ったみたいですよ!
「化け物、さっさっと私の紹介を――ガッ!!」
腕をクロスして頭部をギリギリで防御していましたが、オロ部長の寸分違わない強靭な尾の一撃がフロンを襲いました。
"授業中に歩いてはいけませんよ"
喋れないオロ部長は几帳面な文字で私に教えてくれます。でも、それを読むべき魔族は床下にめり込んだまま動きません。
さすがにこれには、サルヴァだけでなくマリールから悲鳴が上がりました。逆に言えば、神殿組はマリールしか動じていません。
カトリーヌ・アンディオロ。それが私の部署の長であるオロ部長の本名でして、蛇の獣人です。魔物みたいな姿ですが、ベースが人間らしいので獣人です。でも、人間の要素は二本の腕だけなのです。不思議です。
とても強くて、私が尊敬する少ない人物です。
「それでは続けますね。そこの蛇はオロ部長です。何でも食べられる優れた顎と胃袋をお持ちです。たぶん、過去には人間も食べていますので怒らせないように――」
私が喋っている中、ガランガドーさんが、コツンコツンと窓ガラスを叩きまして、サルヴァが中へと招き入れます。
『ククク、愚昧な魔族め。良い気味であ――』
「気を付けてくださいっ!」
教師がお話し中なのに無駄口を叩くガランガドーさんに愛の拳骨をお見舞いしながら、続けます。
「この列の一番後ろにいる人はフローレンス巫女長です。ここだけの話、関わらない方が良い人ですよ。笑顔でめちゃくちゃしてきます」
「あらあら、メリナさんは冗談が上手ねぇ」
しわくちゃの顔で素敵な笑顔を見せておられますが、あれに騙されてはいけません。王都での小麦強奪、王城での宝物漁り、どれもニコニコしながらでして、悪意のない悪意の塊だと断言しましょう。
誘った覚えがないのにここにいる。それだけで、私は恐怖ですよ。
「メリナさぁ、もう時間が惜しいのよ。早くしてくれない?」
マリールの言葉です。分かりました。私も紹介するのに飽きていた頃です。
「はい。急ぎます。今、発言したのはマリール・ゾビアスさんでして、普段は何だか難しいことを実験しています。で、その後ろにいるのは、フランジェスカさんで、マリールの優しい先輩です。両方とも平たい胸族です」
すんごい勢いで金属製の筆が飛んできましたので、手掴みしてマリールに投げ返します。狙い通りに机に刺さって良かったです。手元が狂っていたら大惨事でした。
「冗談ですよ」
「あ?」
まぁ、少し本気で怒りすぎじゃないですかね。
あと、サラッと流しましたが、マリールだけでなくフランジェスカさんも来たのですね。彼女は心優しいのでウェルカムです。巫女さん相談室の相談員役として助っ人を頼まれるだけは有ります。
さて、残りを片付けましょう。シェラの紹介として恒例の胸の話をした後に、調査部のエルバ部長に移ります。
彼女は逆行成長の術に掛かっておりまして、見た目はミーナちゃんくらいの幼さですが、中身はおばさんです。そんな彼女の若かりし頃の名言『我はエルバ・レギアンス。神をも凌ぐ天才である。人は我を天才と呼ぶ』を添えつつ、どれだけ天才という言葉に憧れていたかを説明致しました。あと、副神殿長もいらっしゃったのですが、ブラナンに欲望を解放された口にするにも悍ましいエピソードしか印象にないので、無難にメガネで終わらせました。
最後は聖女イルゼさんでして、悪意を込めて私の足を踏んでいた懐かしい昔話を語って終わりです。
「帰りたくなったらイルゼさんに頼んで下さいね。二刻に一回、こことシャールを転移魔法で往復して貰いますので」
「分かりました、メリナ様。お任せください」
うんうん、イルゼさん、ヤル気に満ちていて素晴らしいですよ。もう目が死んでいません。
「それでは授業をしますよ。なんと喜んで下さい。今日は自習です」
自習、サイコーです。教師も何もしなくてよくて、とても楽チンだからです。
「はぁ? 寝惚けるのは夜だけにしなさい、化け物。来た意味ないじゃないのよ」
憎たらしい生命力を誇るフロンが体を再構築を終えていたみたいで、私に文句を言ってきます。
「黙りなさい、雌猫。ナタリアが悲しむから生かしてやっているだけなのですよ。私の深い慈悲に感謝なさい」
ナタリアとは私が奴隷から解放した子供です。家族がいないということで、今は私の実家で面倒を見て貰っています。
可哀相に、人間を装ったフロンと共に働いていた経緯があるために、未だフロンを姉さんと慕ってしまっているのです。
「ナタリアは私の眷族にするんだから! 絶対に幸せにしてあげるんだからね!」
「お前の眷族になった時点で、人間として最大の汚点ですよ。絶対に阻止します」
私達が睨み合っている間に、誰かが教室に入ってきました。
「ご機嫌いかがですか、メリナさん?」
ヤツです。アデリーナ様です。
「最悪です。雌猫の次に真っ黒な自称白薔薇が話し掛けて来ましたので」
「うふふ、照れ隠しはお止めくださいね。皆さん、私は副担任のアデリーナ・ブラナンです。初めての方はいらっしゃいませんが、宜しくお願い致します。手続きに時間が掛かり、遅れて申し訳御座いませんでした」
…………んだよ、それ。私の楽園が奪われました。




