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教師同士の確執

 数台の机を並べて簡易のベッドを作りまして、その上で横になっていましたが、寝飽きました。お昼ごはんも食べ終えましたし、何もする事が御座いません。


 快適です。生徒が誰もいないクラスが私の担当だと知った時は無性に腹が立ちましたが、よくよく考えたら、むしろ何もしなくて良いという絶対的な幸せ環境をゲットしていたのです。

 強いて不満を申し上げれば、ここは一階に位置しますのでお外が近くて、走ったり、ボールを投げたりしている生徒達の笑い声が不愉快なことくらいですね。



 ふむ。しかし、教師たる者、職員室に陣取るのも良いでしょう。そして、訪問してくる他クラスの生徒さん達が粗相しないか見張るのです。「何をしに来た、貴様ぁ!? あぁ、ショーメ先生だと? クソ虫が色気付くには8000年早いぞ! 精神を鍛え直してやる! 裸だ! 下半身だけ裸になって授業を受けろ!」って叫び、人生の厳しさを味わわせるのも教育の一環として認められるでしょう。早速、行きましょう。



 職員室まで近いですので迷うこともなく、私は扉に手を掛けます。しかし、扉を開くのを途中で止めました。私に関する会話を知らない教員がしていたからです。他人からの評価を聞くのは自己の成長のために必須です。少しだけ開けた扉の隙間から覗き、聞き耳も立てます。



「拳王は無事に隔離できたみたいだな」


「えぇ。助かりましたよ。良いアイデアでした」


「誰もあいつの面倒を見たくなかったものな」


「レジスみたいに背骨を折られたら堪ったもんじゃないですからね」


「どうせ授業に出ないんだから、あいつだけのクラスにしても問題ないしな」


「えぇ。惜しむらくはデンジャラスも同じ様に一人クラスにしてやれなかったことですね」


「ショーメ先生が強硬に反対したからな。あれは仕方ない。ショーメ先生が言うなら仕方ない」


「まぁ、そうですね。ところで、メリナのクラス名は何になりますかね?」


「何だろうなぁ。どうせ低俗な名前だろうさ」


「ハハハ、ブラナン王国組とかですかね」


「おれたちを苦しめる悪い国だからな。その名前は下劣を極めている。品のない拳王に相応しい」


 私はそっと扉を閉じ、自分の教室に戻ります。彼らの会話に最初は体が震える程の怒りを覚えましたが、私は淑女ですので、それを鎮めて冷静に分析できるのです。でも、アデリーナ様の国なのでお下劣なのは納得していますよ。



 さて、彼らは私が教師になったことに恐れを抱いていますね。「無事に隔離」という台詞、これは自分達の地位が脅かされる前提の言葉ですから。

 私が極めて短時間で優れたクラスを作り上げてしまい、全生徒が私のクラスに入りたいとなると、彼らの立場がなくなりますからね。その辛い気持ちが予想できます。


 次に「誰もあいつの面倒を見たくない」。新人教師である私に教師の心得を教えたくないと言っているのです。これも先に推定できた理由と同じです。小さな意地悪です。


 また、「レジスのように背骨を折られたら堪ったもんじゃない」。これも分かります。言い掛かりを付けているのです。砕いたことはありますが、痛みもなく全快させたのでノー問題のはずですから。私に関する酷い風説の流布をしているのでしょう。


 デンジャラスさんに対する悪意も同様の理由で、彼らの保身でしょう。全く、新人を虐めるのがこの学院の伝統なのでしょうか。思い返せば、レジス教官も同僚から軽んじられていると思っておりました。


 デンジャラスさんについてはショーメ先生が庇ったみたいです。しかし、私は放置されていますので、ショーメは絞める必要があります。昨日のお酒様の悲劇の件も御座いますし。まさかお酒様を水死させるとは、なんて非道な女なのでしょうか。



 繰り返しますが、冷静な私は合理的な判断を下せます。結論は『この学校を支配して二度とそんな口を叩けなくしてやる』です。

 全員ぶっ殺してやるのも手ですが、死人には口がなくて「ははぁ、メリナ様。どうして、そんなに素晴らしいのですか」や「素晴らしい教師だ! それに引き換え、俺はクズだ! 生きても死んでも価値のないゴミ以下の存在だ!」などという反省の言葉が得られません。

 サルヴァのバカが口走っていた妄言と同じなのが気に食いませんが、意気込みと実現性が違います。だから、オッケーてす。



 さて、私は再び職員室に舞い戻ります。今度は中に足を踏み入れました。先程まで私を罵っていた中年教師と視線が合うと、目を反らされました。私から滲み出る高邁過ぎる雰囲気に自分が恥ずかしくなったのでしょう。

 私は優しいので、そんな彼に喋り掛けます。


「うちのクラス名、何になったと思います?」


「お、俺に聞いているのか?」


 立ち止まって、がっつり正面から見て差し上げているじゃないですか。あなた以外に誰がいると言うのですか。


「……メリナ組かな」


「うふふ、そのままじゃないですか、いやだなー。……あと二回当てるチャンスをあげますよ。はい、次」


「外れたらどうなるのですか……?」


「ブッブー。外れたらどうなるのですか組でも御座いません。さぁ、運命の分かれ道、人生を賭けたラストチャンスです。はい、答えをどうぞ」


 ぶるぶる震えだしました。汗も吹き上がっております。


「……プ、プリティービューティフルメリナ様

組」


 はぁ? そんな名前を付けるとセンスの持ち主だと私は思われていたのですか。

 中年教師は喉の奥からヒューヒューと音を発し始めました。極度の緊張のなかにいるのでしょう。

 もう少し沈黙を楽しみましょう。



「メリナさん、もうからかっちゃダメですよぉ」


 ショーメが後ろから宥めにやって来ました。なので、私も遊ぶのを止めます。充分に反省されたでしょうので。



「あら、これはこれは同僚のショーメ先生。相も変わらず、寒そうな服装ですね。デンジャラスさんが貧しいのかしらと心配していましたよ」


「そうですか、意外に評判が良いのですが」


「花の淫乱組の担任には相応しいと思いますね」


「……私に対する誤解が甚だしいですね。仕事ですよ」


 お前、もうデュランの暗部から抜けているだろ。そもそも、その組織は無くなったんだから、メイド服でも着て、レジスどもに新たな性癖を植え付けてやりなさい。


 ここでショーメ先生が場所を譲ります。元上司であるデンジャラスさんが近寄って来たからです。


「メリナさん、あなたのクラスはどんな雰囲気ですか?」


 友好的な笑顔が憎い。私の状況を知らないのか?


「えぇ。元気の良さが取り柄のクラスですから」


 私は平気な顔をして答えました。見栄です。


「そうですか。羨ましいです。私のクラスは皆、物静かでして」


 そりゃ、先生が鎖ジャラジャラで路地裏に(たむろ)していそうな髪型ですからね。貴族の子弟は思考停止するでしょうよ。


「来週には新クラスの団結を促す為にクラス対抗戦があるらしいんですよ。早速、走り込みをさせています」


 クラス対抗戦?

 ショーメに尋ねます。すると、どうでしょう。クラス別に様々な競技を行い、クラスメイトの交流を深めるイベントが予定されていると聞きました。今朝の教員会議で決まったそうです。私はまだ教師になっていなかったので、そんな大切なことを知りませんでした。



 個人競技なら、私一人で十分です。この学校の生徒くらいなら瞬時に絶命させることも可能です。しかし、団体競技となるとルール的に不戦敗確定。聖女決定戦のようにルールのグレーゾーンを衝くのは最終手段として、まずはクラスメイトを増やさないといけないか。


 しかし、どうする?

 あっ! 良いアイデアが涌き出てきました!

 やはり私は天才です!



 一度、屋敷に帰ってベセリン爺に今日は遅くなると告げ、そこからアバビア公邸に向かいます。そして、地下室の転移魔法陣を使ってデュランへ。

 イルゼさんの住まう廃墟で彼女を発見し、シャールに飛びました。


 そうです。生徒がいないのなら作れば良い。私は友人の多いシャールで生徒勧誘を始めるのでした。

メリナの日報


 遂に私の才能が認められて教師になりました。明日からビシバシ鍛え抜いて、どこに出しても恥ずかしくない紳士淑女を作り出す予定です。

 クラスの学級目標は「退くは地獄への一歩。全員突撃」にしようと思います。



――――――――


(お正月に向けて鯛を焼きました。私の実家周りの風習でして、コロナ禍で迷いましたが帰省しております。皆様も年末年始の過ごし方に悩まれたとは思いますが、良くなることを祈りつつ、来年も宜しくお願い致します)

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