メリナ、調子に乗る
今日はクラス替えの日だと思っていました。
もう2ヶ月くらい一緒に勉学を共にした方々と離れ離れになることはとても侘しく、そして、寂しいと感じましたが、よくよく考えたら、サブリナとサルヴァ以外に名前を知っている人が居ないという事実に愕然とします。
さて、現在、私は授業を受けています。まだクラス替えの結果は発表されておらず、と言うか、レジス教官が言うには私の学力が不明でどこのクラスに入れるか教員の間で紛糾したらしくて決まっていないのです。
どの先生も私のように完璧で優秀な人間を自分の生徒に持ちたいのでしょうからね。
やれやれ、人気者は辛いですよ。
なお、場所は普段の教室ではありません。残り香が獣臭いし、そもそも使える机も有りませんから、朝の会が始まる前に近くの空き部屋に移動したのです。
授業は算数。複数の地図が書かれた紙が配られまして、それを面積の広い順に並べていくという問題です。地図は諸国連邦に存在する実際の土地のようでして、私の知らない伯爵領だとか子爵領、それに川に挟まれた荒れ地などの面積を算出しなさいと有ります。
私、四角形の面積の出し方は知っていますよ。縦と横の長さを掛けたら良いのです。シャールを訪れて竜の巫女になる前、まだ実家に住んでいた頃に、お父さんが持っていた本で勉強したことがあります。
しかし、実際の土地の面積はそんな簡単に計算できません。凡人には難問でしょうね。
うふふ、しっかり者のサブリナさんでさえ、奇行に走っておられます。なんと、ハサミで地図を切り出して、天秤に乗せているんですよ。頭、おかしいです。呪術の類いですかね。
誰かー、誰かー、サブリナさんを保健室に連れていって上げてくださいー。
しかし、ここはオリアスさん曰く、落ちこぼれクラス。サブリナの愚かな行為でさえ真似をする者、多数でして、どこからか持ってきたハサミと天秤を駆使しております。
賢そうな髪型をした、あの男子生徒はまだ見込みがありますね。何とか計算で出そうと筆を走らせています。でも、無駄な努力です。こんなグネグネした形の面積なんてものが算出できるのなら、神業ですよ。マイアさんの叡知に匹敵すると私は断言致しましょう。
ハサミの音が響く中、私は優越感に浸っております。うふふ、鼻息も若干荒くなりますね。
「出来ました」
私は手を上げます。
少しクラスがどよめきましたが、私からの声だと分かると押し黙りました。私だからです。私であれば、これくらい朝飯前だと彼らも理解しているからです。
「メリナ、諦めるな。もう少し努力しろよ」
心無い言葉はレジス教官のものです。
地理を教えているって言っていたくせに、今回の算数まで担当しています。
「いえ、出来たと申し上げております」
私は立ち上がり、紙をピラピラ見せながらレジス教官に近付いて行きます。アピールです。
「ふぅ、まぁ、こうなる展開も予想していた。まずは授業を受けたことを誉めてやるか。白紙だったら、やり直しな」
気に障る発言ですが許してやりましょう。私は心が広いからです。
「朝の会の出席を取る前に、騙し討ち的に紙を配ってアンケートだからと読ませた恨みは忘れませんよ」
「お前が朝のホームルーム後に窓から飛び降りて帰宅しないようにする対策だ。うまく行っただろ」
「死をも恐れぬ胆力に感心致しました。でも、ご安心ください。自分が優秀だと再認識できた私は非常に気分が良いです。生きていて良いですよ」
「大袈裟なヤツだなぁ」
「では、採点をよろしくあそばせ」
ペラっと紙を教官の机に置き、私は自分の椅子へと戻ります。華麗にです。出来るだけ、わたしに注目が浴びるようにゆっくりと歩きました。
一心不乱にハサミを扱うサブリナをお手伝いしましょうかと思いましたが、うふふ、そんなズルはダメですよね。心を鬼にして通り過ぎました。笑みが止まりません。
「なっ! 全問正解だとっ!?」
レジス教官が絶叫しました。心地好いです。
「メリナ! 新しい問題を配る。そっちも解いてみろ。まさか問題用紙を盗まれていたとは思わなかったぞ」
くくく、そんな訳ないじゃないですか。問題用紙を盗むくらいなら、問題用紙が配られる事を察した段階で、私は謎の腹痛を発症して自宅で寝るだけです。問題を把握しても解答付きでなければ、ほとんど意味を為さないのですよ。
私は新たに手渡された紙を見て、即座に面積の大小を記入していきます。今回はなんと一番狭い土地を基準にして比率まで書いて上げました。
「ま、また全問正解だ……。メリナ、お前、実は賢かったのか……?」
「おほほほほ、おほほほほ、気付かれましたぁ? あー、ちょっと照れますねー。ぐふふ」
「ブラナン王国女王の推薦だったのを忘れていた……。只のバカを留学させるなんて有り得ないものな……」
お前、今まで私を只のバカだと思っていたのですか……。心からの本音にビックリしました。
「しかし、どうして瞬時で答えが分かるんだ?」
「レジス教官、まだ試験中ですよ。ヒントになるので良くないんじゃないですか。でも、それでも言えって言うならば、仕方ありませんが、ね!」
嘘です。本当はとても喋りたいです。
まず魔力を体内から放出します。そして、それをシート状に均一に伸ばして紙に張り付けます。次に、地図に合わせて余分な部分を吸収します。あとは簡単。残った魔力の量を調べて割り算すれば、各々の比率が出るのです。
うふふ、天才ですね。応用すれば立体物の体積も出せます。
「そうだな。歴史の試験も受けるか?」
「諸国連邦の歴史には一切興味は御座いません。何の役に立つんですか?」
「お前……留学生にあるまじき発言だと思わないのか?」
チッ。ブラナン王国の歴史も興味ないから留学生云々は関係ないのです。
「あー、メリナ。もうお前は終わったから外に出て良いぞ」
「じゃあ、帰りますね」
「何でだよ! まだ一限目も終わっていないんだぞ」
レジスのよく分からない反論は脇に置きまして、私はお昼ごはんを片手に廊下へ出ました。
すると、そこにはショーメが立っていたのです。不遜にも微笑みを私に向けています。魔力を感じさせなかったのはそういう技を使っていたのでしょう。こいつ、本当に難敵です。
「……死を覚悟しての登場ですよね、ショーメ?」
「まさか。そんな怖いお顔をされると、お漏らししてしまいそうですよ。さて、メリナさん、朗報ですよ」
お詫びのお酒様を持って来たのでしょうか。私はジロリと彼女の全身を見ます。今日はお臍が見えるかもしれないくらいに丈が足りない上着です。おつむも足りないのでしょう。私の前に立つのであれば鉄板を仕込んでおくべきです。
しかし、まぁ、アデリーナ様にお願いした手前、今日は見逃してやりましょう。
それにしても、お酒様を隠し持つ場所もないようですね。失望ですよ。
「アデリーナ女王にメリナさんにお酒を与えるなと厳命されていまして。昨晩は本当にすみませんでした」
「笑止千万です。今からでも、こっそと飲まして頂ければ、ヤツにはバレませんよ。ショーメ先生なら、それくらいの融通が利くと思いますが」
「メリナさん、あなたがお酒を飲むと暴れると思うんです。後始末が大変なんですよ」
そんな事はないです。私は酒乱では御座いません。過去もそんな失態をした記憶は御座いません! そうです、記憶は御座いません!!
目が覚めたら少し物が壊れているかなと知って、可能性を検討したくらいしかないです!
「朗報の件です。メリナさんの教員試験を本日実施することになりました」
ん? 突然ですね。
もうテストを受けなくて良いとデンジャラスに言われたので、生徒のままで過ごそうかと思っていましたが、今日のように不意打ちがあるならば、話は別です。喜んで受けて立ちましょう。
「では、案内を宜しくお願い致します」
「レジスさんに言わなくて良いですか? まだ授業中ですからね」
そうでしたね。ここはショーメ先生のご助言に従っておきましょう。
私は扉をガラガラと開けまして、少しお時間を頂きますと丁寧に伝えて去りました。
何やらまた私を責める雰囲気になりましたが、後ろに控えるショーメ先生を見て、レジス教官に笑顔で送り出して頂きました。
ふむ。彼の期待に応えて、私は教員への道を進みましょう。




