レッツダンス
部屋の端っこにいる楽団の方が色んな楽器で音を奏でます。その中、私は優雅にお食事でして、今はパンの間に煮込んだ肉を挟んだ物を頂いております。感動的な美味しさです。ビーチャ達が完成させた肉包みパンとは違ってパサパサ系の生地ですが、これはこれで良いです。
なお、会場の係の人が私を外に追い出そうとしますが、それは無駄な行為でして、私は常に舞い戻ってきております。何回もです。
この諸国連邦の人々では、本気になった私を防ぐことは出来ません。言葉通りに彼らの目には止まらぬ速さで動けますので。
「メリナ、マールデルグ様を見付けないと。私、探しに行くね」
「お願いします、サブリナ。私は悪辣な給仕どもに邪魔されてお食事がしにくい状態ですので」
「うん。頑張って。メリナに注意が行っているから、私も招待されていない人間なのに、全然咎められない」
「良かったです。計算通りです。本当なのです」
うまく分担できたようです。サブリナは調査係で、私は食事係です。お互いに大切な役目です。
しかし、お肉料理も飽きましたね。執事の人も遅いし、何をやっているのでしょう。
ここは果物でも食べて水分補給といきますか。
ダンスも始まっていて、壇に近い方で男女が手を取り合ってくるくる回ったりしながら踊っています。腰に手をやったり、互いに見詰め合ったり、女性が胸を男性に当てたり、不純異性交際ですね。
「おい、お前」
ラインカウさんです。出来るだけ甘そうな果物を求めて彷徨う私に語り掛けてきました。
「どうも初めまして、メリナです。本日は楽しいパーティですね」
「お前は招待していない。何者だ? タダ飯ならくれてやる。外で食え」
んまぁ、レディーになんて口の聞き方をするんでしょう。私の教育を受ける価値もないですね。エナリース先輩、こいつ、ぶっ殺して良いですか?
……いえ、短気は良くありません。言葉で分かって貰うのが今日の趣旨です。それに美味しいお肉を用意してくれた恩も有りますし。
「そうも行きませんよ。このメリナは、あなたがエナリース先輩に相応しいかどうかを見極めるために来たのです」
「……何様だ?」
「えっ……言うならばメリナ様でしょうか」
うーん、意外な質問に対して反射的に返してしまいましたが、我ながら恥ずかしいセリフです。
「俺をアバビア公爵の直系だと知った上での言葉か? 謝れ。後悔するぞ」
あん? 生意気です。乙女の純血占いを使えば、お前の死体など永久に封印できるのですよ。
「これはこれは、ラインカウ坊っちゃん。メリナ様とご親交を深めておられるのですね。結構な事で御座います。さぞや父君もお喜びされるでしょう」
あっ、執事の方が来てくれました! ちゃんと、たっぷりの氷に埋もれたお酒様の瓶入りバケツを持っておられます。
「ヒューバート!? 親父専属のお前が、何故、こんな所に!?」
「ラインカウ坊っちゃん、そちらのメリナ様は父君の大切なお客様で御座います。決して粗相はなりませんよ」
「どういうことだ?」
「ブラナン王国女王の名代と閣下より仰せつかっております」
「っ!? そんな大物が俺の誕生パーティに!?」
「坊っちゃん、アバビア家の名誉のため、先程の身分を履き違えた暴言に関しまして、我が主人であるアバビア公爵ユーグレット・テラス閣下に代わり、メリナ閣下への謝罪を要求致します」
「す、すまなかった」
ラインカウさんは私に深く頭を下げました。
「良いですよ。お詫びに竜のステーキを下さい」
「なっ……。傲慢極まる女だ……。何人もの命を代償にして得る食材が欲しいとは……」
何を渋るのです。デュランではショーメ先生が願うだけくれましたよ。
「承知致しました。ご用意致します」
「待て、ヒューバート。調達できるのか?」
「出来なければ、死です。我が主人よりそう命じられております。なぁに、少々くらいは貯蔵している家も御座いましょう。私の命に代えてもメリナ様に献上致します」
なんて大袈裟なんでしょう。
「……お前は死が怖くないのか?」
「死よりもアバビア公爵家の家格を穢す事を恐れております」
執事の方は即答しました。なんと立派な心持ちの紳士なのかと、私は感動致しました。大変に好ましいです。
もしも、この家を襲撃したあの日にこの執事の人に遭遇していたならば、私は知らずに急所をぶっ壊しているところでした。大変に失礼なことをするところで危なかったですね。
「俺は怖い。戦場に立ち、何も出来ぬまま倒れた……。突如降り立った邪神と呼ばれる何かを見て、俺は気絶したのだ。……失禁さえしていた」
「その様な話を、おめでたい場で仰る必要は御座いません」
執事の人はラインカウさんに対して若干厳しいです。公爵はラインカウさんを名前でなく三男と呼んでいましたし、今日が誕生パーティではあることも知っていなかったところから考えるに、余り大切にされていないのかもしれません。
「俺よりもヒューバート、お前の方が立派だな……。何をやっているんだろう、俺は」
誕生パーティですよ。私にお肉を与える会です。
「それでは失礼致します」
執事の人は踵を返して去られまして、私は背後から手を振って、無事に竜のお肉を入手されることを応援します。
しかし、お酒様まで退席させることはなかったのです。竜の肉を所望することを取り下げれば良かったと後悔しました。
「すまなかった、メリナ。いや、大変に失礼しました、メリナ閣下」
ラインカウさんは私に頭を下げました。
私は手頃な葡萄を食べながら、それを受けます。うーん、あんまり甘くない。外れでした。
「別に敬語は要りませんよ」
「そ、そうか。では、詫びと言ってはなんだが、私とダンスを踊らないか?」
「はあ? この世から消え去りたいのですか?」
何のつもりでしょうか。冗談だとは思いますが、かつてなく不愉快です。アデリーナ様が突然に我が家を訪問してきた時と同じくらいに気分が悪いです。
「……俺と踊ることに抵抗があるのか? エスコートには自信がある。心配しなくて良い」
「ノコノコ誘いに乗る女だと思われた屈辱を言っているのです。見てください! 完全に下心のある男女が肌を触れ合わせているんですよ。不潔です。あんなものに私を誘うなんて、有り得ないです。あなたには一般常識の勉強が必要ですね。エナリース先輩もそう思っているんじゃないですか」
私の言葉にラインカウさんは床を見ます。
肩がプルプルしていて怖いので、テーブルに私は戻りました。
ふぅ。ラインカウさんは全くダメな男ですね。財力しか人間的な魅力がないですよ。
私はあんな汚らわしいダンスの反対派です。王国でも貴族様のパーティに参加した時に見ていましたが、何が楽しいのか分かりませんでした。
気持ちを落ち着かせるためにお肉を頂いていると、サブリナが戻ってきました。
「お疲れ様。マールデルグさんは居ましたか?」
「まだ会場にお見えになられていないそうです。エナリース先輩も遅いし、来賓挨拶のオリアス殿下もいらっしゃっておられませんね」
「ラインカウのやつ、人望ないんでしょうね。勘違い強引野郎だし」
「……メリナ、そのラインカウ様がこちらに向かってこられましたよ」
なぬぅ。命が欲しくないと言うのですね。拳が鳴ります。
「メリナ閣下、重ね重ね申し訳ない。俺に教えて欲しい。閣下が言う、常識のあるダンスを教えて欲しい」
「しっしっ。腹に大穴を開けたいのなら――」
「メリナ、私も王国流のダンスを見たいです」
サブリナよ、何の意味があると言うのですか。そんな私の疑問を察してか、サブリナは微笑みの後に私へ小さく告げます。
「さすがメリナ。ラインカウ様が変わった感じがする」
そうですか? そんな事ないと思うのですが……。
しかし、サブリナが言うのであれば間違いではないのでしょう。
「分かりました。王国と言うか、私の出身地のダンスですが、ご教授しましょう。渋々ですよ。あと、私のレッスンはハードですからね」
「マスターした暁にはエスコートさせて頂きます、閣下」
ラインカウは私に手を伸ばしてきましたが、無視します。私に手を出して良い男は聖竜様のみです。あっ、もうそろそろ聖竜様は雄化魔法を完成させたでしょうか。次にお会いした時に確かめないといけませんね。
「まずは、そこに火をくべなさい」
「火?」
「二言目は有りませんよ。薪でも小枝でも良いので、積んで火を付けるのです」
「わ、分かった」
ラインカウは給仕に命じて用意させました。
今は床が燃えないように鉄板の上で、轟々と燃え盛っております。そんな状態なので、周囲のダンスも中断しております。
「この火を真ん中にして円陣を組みます。しかし、まずはあなたが皆に例を見せることにしましょう。音楽に合わせてダンスするのですよ」
「ラインダンスの類いだな。手はいつ握るのか?」
「はぁ? 握りませんよ。両手は上に上げて、リズムに合わせて手のひらをくるくる回します。まぁ、自由なので横にしてヒラヒラ腕を波のように激しく動かしても良いです」
「こうか……?」
「足は広げる!!」
私はラインカウの内股を蹴り飛ばして、無理矢理に広げました。勢いが良すぎて、倒れたラインカウの脚は関節では無いところで折れ曲がっていました。お股も壊れた人形みたいに有り得ない方向を向いています。なので、慌てて回復魔法を唱えました。
大きな転倒音の後に周りからの悲鳴が響きますが、それには私は動じません。これは鞭です。愛は有りませんが、教鞭の様な物なのです。
でも、うるさいので招待客を見回して、視線で黙らせます。
「な、何を?」
「立ちなさい。まだ終わっていませんよ」
その後もレクチャーは続きます。一旦は静まり返った会場でしたが、ラインカウさんの一声で、今はパーティ会場にいる皆さんで踊りを楽しんでおられます。
中腰になりながら横にジャンプして、たまに頭上で拍手。音楽も打楽器中心になりまして、ズンダカダン、ズンダカダンと男女問わず、燃え盛る炎を中心にして跳び跳ねています。正装なのに。ちょっと滑稽ですね。でも、熱気だけは凄くて、どこかの珍しいお祭りみたいです。
私はテーブルに戻ってきて一息付いています。そして、再びダンスをする貴族達を眺めます。
火を強調するために照明を落としたんですが、その結果、火を崇拝する原始的で邪悪な集団みたいになっています。まぁ、気のせいでしょう。
スタイリッシュなニュースタイルだと思っておきましょう。
「サブリナは参加しないのですか?」
「えぇ。火が用意された時点でおかしいと思いました」
「剣王も言っていましたが、そういう所ですよ、サブリナ。おかしいとか、自分で勝手に判断してはいけないです。たまにはプライドを捨てて楽しんだらどうです?」
「あれ、楽しいのかな? あっ、ごめんね。メリナの出身地の踊りだったね」
「正確には私の出身地の森に出現する魔物がやっていた踊りです」
「……そっかぁ。それは言わない方が良いね」
「私もそう思っています。人間がすると蛮族みたいですね」
「ラインカウ様、雄叫びを上げさせられていたよね」
さて、後ろの扉が開きまして、執事の方が戻ってきたのかと期待したのですが、オリアスさんでした。
あー、来賓挨拶のお務めだけのために来たのかな。
皆が一心不乱に踊る姿を見て、立ち竦んでおられました。もしかしたら、ハートにビートを打ち込むようなダンスに感動されたのかもしれませんが、間違いなく違いますね。
戸惑いから戻った彼はひっそりと部屋の外へ戻られました。




