誕生パーティ開始
しばらく控え室で待たされた後、シックな色合いの服に身を包んだ女性が部屋に入ってきて会場へとご案内しますと仰いました。
それまでも飲み物や食べ物を持って来てくれる人達がいて、私もサブリナも退屈せずに済みました。公爵の執事の方が気を回していることがよく分かります。
誕生パーティの式次第や招待者リストも有りました。
まずは開会の挨拶があって、その後にラインカウさんのご挨拶です。自分の誕生日を自ら祝うって私からすると友人いないのかなって感覚になりますね。
挨拶の後は乾杯でして、フリータイムなるお食事タイムが始まります。私の出番です。たくさん食べますよ。
序でに、この時間にマールデルグさん、つまりエナリース先輩の婚約者を見付けましょう。これはサブリナさんの役目です。
楽器に合わせてのダンスも可能です。うら若き男女が手を取り合い、密接して踊るのです。穢らわしいですね。
そして、お腹がほどほどになって来たところで、来賓挨拶です。なんとオリアスさんが挨拶されるみたいです。肩書きはケーナ国第一皇太子ってなっていますね。
オリアスさん、内戦前には「俺の国は弱い」って友人のトッドさんに言っていました。でも、来賓挨拶するくらいには格式高い国なんですね。ビックリしました。
オリアスさんの出番が終わると、ラインカウさんの友人達による余興です。もしかしたら、ここでエナリース先輩は求愛に対する返事をしないといけないのかもしれませんね。
先輩がはっきりとお断りしてくれたら――いえ、違います。サブリナの言う通り、ラインカウさんがエナリース先輩への恋愛感情を諦めてもらうのが重要です。となると、来賓挨拶までにそう仕向けないといけないでしょう。私達の腕の見せ所ですね。
その後、またダンスタイムを挟んで謝辞があり、そこからは帰宅しても失礼に当たらないとサブリナは教えてくれました。満腹になっていれば帰宅しましょうか。
なお、一番最後は閉会の挨拶でして、それが本当の帰る合図となります。
式の流れはこんなところですが、さてさて、行きましょうかね。
迎えの人の声で、サブリナに目配せし、二人して立ち上がります。いよいよです。
この部屋に案内される前に見た会場は立食形式で準備されていました。まずはお肉を確保して、それから、飲み物ですね。今日に限ってはお酒も少しは許して貰えるのではないかと考えます。
扉を両側から開けて貰い、私達が会場に登場します。もう夜だと言うのに、昼間のように煌々と明かりが灯され、その凝った装飾に公爵家の財力を感じました。わたしの照明魔法だと剥き出しの光玉ですので恥ずかしい限りです。
「エナリース先輩、いませんね?」
「そうだね、メリナ。アンリファ先輩も居ないね」
部屋にいたのは30人くらいです。シャール伯爵のお城で参加した夜会と比較すると、かなりこんじまりとした会ですね。だから、入り口から見渡すだけで参加者が確認できました。
しかし、マールデルグさんを探すには都合が良いです。
皆さん、思い思いに集団を作って会話に花を咲かせていました。女性はサブリナみたいにパーティドレス姿ですし、男性は黒系のスラリとした金ボタン付きの上等な上着を身に付けていまして、華やかです。
「メリナ様、こちらへどうぞ」
公爵に私を案内するように命じられていた執事の方が私に呼び掛けてくれました。
豪華なテーブル席が見えまして、椅子は2つでサブリナの分も有るみたいです。
「あっ。後で行きますね。私、お肉を取りに行かないといけませんから」
余計なお世話ってヤツでしたよ。今なら誰も並んでいないので、お肉が食べ放題ななんです!
お皿とフォークを持って、何かの肉を鉄板で焼いている料理人の傍に急ぎます。一番乗りです。執事の人も私に付いてきました。
「お肉10枚下さい」
「まだ開会の挨拶がされていませんので、もうしばらくお待ちください」
料理人さんは鉄板に油を塗りながら、わたしを見ずに冷たく言いました。
悲しいです。
「作りなさい。こちらの方は公爵閣下にとって最重要な人物なのです。お前ごときが逆らうなど、無礼にも程があるぞ」
「はぁ? 何を――ヒューバート執事長様!? えっ!?」
「こちらの方に粗相をしたら、死罪だ。先程の件は見逃してやる。早くしろ」
冷たく言い放ちましたが、私にとっては頼りになって好ましいです。
「は、はい!」
口添えを頂きまして、お肉がジュージューと音を立て始めます。涎が止まりませんね。
お皿に山盛りのお肉が出来たところで、ちょうど音楽が鳴り始めました。ゆったりとしたメロディでして、お肉も美味しくなりそうです。
「皆様、本日はラインカウ・テラス・アバビア様の第17回目の誕生日を祝う、このパーティにお集まり頂き、大変にありがとうございます。そして、長らくお待たせ致しました。いよいよ、ご本人の準備も整い、ご登壇致します。万雷の拍手を頂けると幸いです。それでは、ラインカウ様、宜しくお願い致します!」
皆が前方を見守る中、私は用意されたテーブルへと足早に向かいます。お肉が食べてほしいと、湯気か煙をあげながら待っておられますからね。
なお、このテーブルですが私達にだけ用意されています。他の方は部屋の脇にある、休憩用の長椅子しか有りません。今は、そこに座っている方はおらず、皆、立ってラインカウさんの登場を待っておりました。
「ささ、腹が減っては戦はできぬと言いますからね。サブリナさん、早速頂きましょう」
「メリナ、自由過ぎるよ。今からラインカウ様が喋ろうとしていますから」
「大したこと言わないから、気にしなくて良いですよ」
次いで、私はお肉を口に運びます。ふむふむ、少し脂が多いですが悪くはないですね。残った肉汁をパンに染み込ませるのも良いかもしれません。
照明が一斉に落とされ、拍手とドラムが心地よく響きながら、正面の壇上にラインカウさんが登場しました。祝17歳っていう垂れ幕も下りてきます。
お洒落をしているラインカウさんを見ていると、エナリース先輩も別に婚約者を乗り換えても良いのではないかと、お肉を頬張りながら私は思いました。
「お代わりをお持ちしましょうか?」
まだ私に付いていた執事の人がおっしゃってくれました。私は感謝の言葉と共に頷きます。是非もなしです。
ラインカウさんが何やら喋っている中、なんと執事の方はお肉係の人を調理台ごと、私の近くに移して下さいまして、焼きたての美味しい物をお皿に乗せてくれます。大変に満足です。食べても食べてもお肉が尽きません! 極楽です。
いやー、エナリース先輩はこの家に嫁ぐべきですよ。とても良い生活が出来ます。私、ラインカウさんを応援します!
「メリナ、周りの人が訝っているよ」
「食べたいんですかね? あげませんよ。これは私の肉です」
そうこうしていると、薄明かりの中、グラスが皆に手渡され、泡がシュワシュワしている淡い黄色の液体が注がれます。
……これはあれですかね。きっと、あれですよね。お酒様ですよね。お酒様とは久しく接しておりませんでしたが、ラインカウさんの誕生日を祝うのであれば致し方御座いません。飲ませて頂きましょう!
うふふ、小刻みに手が震えます。不思議です。お酒様は苦いですが喉越しがスゴいんですよね。さぁ、早く私にもグラスを寄越しなさい!
ラインカウさんの挨拶が終わり、再度照明が灯されます。しかし、私とサブリナにはグラスが用意されていないままです。
「少々お待ちください」
執事の方はすぐに近くの給仕にグラスを持ってくるように命じました。
「申し訳御座いません。どうも事前の人数分のみの準備となっていたようでして。お詫びに最上級のものを用意致しますので、ご容赦をお願い致します」
そう言って彼は去っていきました。
「それでは、ラインカウ様の栄えある過去と未来を祝って乾杯!」
司会の音頭の後、皆はグラスを飲み干します。羨ましいです。そして、盛大な音楽が掛かります。
ここで壇にいるラインカウさんと目が合いました。
「おい! あのドレスコードも知らない野蛮人は誰だ! 俺は招待していないぞ! 摘まみ出せ!」
まさか、私の事とは思っていませんでした。何人かの人がやってきて、優しく扉へと案内されたので、執事の人が最上級のお酒様を持ってきてくれたのだとばかり思っておりました。
サブリナが引き留めたのを笑顔で躱したのは痛恨の誤りでしたね。
私は暗い廊下に一人佇むことになったのです。扉の向こうから聞こえる陽気な音楽が余計に寂しいです。
なので、私は会場に入り直しました。そして、疾風のように駆けて、サブリナの待つテーブルに戻ったのです。余裕です。お肉のお代わりを頂きました。




