パーティ前
その後、私は自分の館に戻りまして、正装に着替えます。つまり、巫女服です。黒一色で知らない人が見れば地味かもしれませんが、これに勝る一張羅はないのです。
マリールの実家から支給された服の中にはドレスも有ります。しかし、私が着るべきなのは、これです。
時間が来たところで、ベセリン爺に馬車を出して貰い、サブリナを回収して、アバビア公国公館を目指します。なお、サブリナもおしゃれをしておりました。パーティーに適した肩出しのゴチャゴチャした服です。髪色と同じ様な青系のスカートも大きく広がっていて、いつもの慎ましやかな雰囲気から一転していました。
そして、ベセリン爺も私が公爵の息子のバースデーパーティーに参加すると聞いて、「お嬢様が遂に社交界デビューですか……」と大変に感銘しておりました。そんな大したものでは御座いませんのに。
さて、お屋敷の前で降り立ち門の前まで進んでから、サブリナと私は同時に立ち止まり、そして、お互いに顔を合わせます。
招待状が要るって話をしていたのに、すっかり忘れていました。うっかりです。サブリナさん、しっかりしてください。
「メリナ、どうしますか?」
「大丈夫。何とかします。黙って付いてきて下さい」
少し門から離れまして、他の招待客の動きを観察致します。時間が少し早くて、パラパラとしか来ませんが、どうも複数の門番さんが客の顔と招待状の名前を確認していました。普段から貴族同士の交わりがあるのでしょうから、顔パスで通す人達もいました。つまり、やはり招待状は必須ではないのです。ヒヤヒヤさせられましたよ。
システムは理解できたので、私達も再度向かいます。すぐに門番さんが寄ってきます。一度戻った動作が不審に思われたからかもしれません。
「招待状を拝見したく存じます」
「忘れました。すみません」
「そうですか……。そうしますと名簿と照合致しますので、畏れ多いですが、お名前を頂けますか?」
「っ!? まあ! 私を知らないって言うんですか!? ちょっと! えぇ! この私を!! えぇ!! 信じられない! 無能過ぎません!?」
大声で叫びます。門番さんに少し焦りの色が見えました。
「屈辱です!! 死んで詫びます? ちょっと責任者を呼んで頂けますか! 私を誰だと思っているんですか!?」
「も、申し訳御座いません。ご招待されていることが証明されない方をご案内することは堅く禁じられておりまして。ご勘案とご容赦を、お願い申し上げます」
クソ。もう少しだと思うのですが、丁重にお断りされてしまいました!
鮮血のバースデーに変えたいと言うのですか!? 望んでないけど望むところですよ。
それでも最後のチャンスを差し上げようと私が口を開こうとしたところで、目の前の門番さんが姿勢を正します。私の後背に誰かが来て、それを見ての反応です。
「メリナ殿、アバビア公爵にご用ですか?」
タフトさんでした。
「公爵に、ではないのですが、用は有ります。タフトさんもですか?」
「ええ。でも、ちょっとここでは口外できない用件なのです。あっ、サブリナ殿もお久しぶりです。殿下の命を救って頂いたご恩は忘れていませんよ」
長身でスラリとしたタフトさんはサブリナに軽く頭を下げられました。
「お二人も公館に入りたいのですね。お任せください」
タフトさんが門番の方に私達の身元を保証すると伝えると、すんなりと通してくれました。近衛騎士であるタフトさんだと融通が利くんですね。ズルいし、羨ましいです。
広いのに、よく整った庭を歩きつつ、タフトさんが私達の目的を尋ねました。
「そうですか。お友達のために動かれているのですね。私の若き日々にも、その様な甘酸っぱい記憶が有ります。メリナ殿もサブリナ殿も眩しく、また羨ましいですね。学生に戻りたいものです」
その達観した物言いが不愉快では有りますが、公館の中へ入れてくれた恩も御座いまして、私は穏やかです。
「タフトさんは何をしに、ここへ来たんですか?」
私の問いにタフトさんは周辺を見回し、他人が近くに居ないことを確認してから、背を少し曲げ手で口を隠しながら、私の耳許で囁きます。
「……ショーメ殿が招集されたのです。解放戦線の幹部会です」
あぁ、あの組織、ショーメ先生が乗っ取ったんでしたね。トップはタフトさんになったはずです。あー、昨日、デュランの暗部が崩壊しましたから、その辺りの話をされるんですかね。
「あっ、アバビア公爵がお出迎えしていますね。失礼にならないように急ぎましょう」
「いえ、私達はパーティー会場に行きたいんで、ここでお別れで良いですよ」
「これだけ広い館ですから、迷子にならないようにお訊きした方が宜しいですよ。それに、案内の係を私が断った事もありますし。あっ、公爵からいらっしゃってくれましたね」
タフトさんの言う通り、小太りな体を揺らしながら公爵が走りながらやってきました。
普段の運動不足が祟ったのか、そんなに距離は無かったのに、息も上がって顔の汗も凄いです。
「これはこれは、メリナ様までご足労頂き、感謝致します!」
頭がお股付近に近付くくらいに深くお辞儀をされ、そのままの体勢で動かなくなりました。これは、完全に私への尊敬の念がさせるのでしょう。
しかし、遠目に主人を見ているお屋敷の人たちが、その光景からザワザワしておりまして、居心地が悪く、顔を上げるように伝えます。
「えっ、3男のバースデーパーティーで御座いますか……。少しお待ち頂きたく存じます」
公爵は振り向き、屋敷の玄関で待機していた執事を呼び寄せます。
「こちらの方をラインカウのパーティー会場にご案内しろ。一切の粗相を許さん。ナーシェル王に接遇する如く、いや、ブラナン王国の女王だと思って最上級のおもてなしをするんだぞ。何かあれば、明日からお前は土の下で眠ることになる。分かったな?」
強い言葉に怯む執事へ公爵は続けます。
「安心しろ。その時は俺も一緒に土の中かもな。……それくらいの気合いで頼んだぞ。お前なら出来る! 出来るッ! 良いか、絶対にメリナ様のご機嫌を損なうな! 絶対にだ!」
「は、はい。承知致しました」
ベセリン爺と同じ様に黒服に身を包んだ執事は公爵に返事した後、私とサブリナに恭しく頭を下げます。
「公爵のご芳情、幾重にも感謝申し上げます。さて、公爵、私達も会議に向かいましょう。あの方によると、かなりの快報とのことですよ。楽しみですね。メンディス殿下も――」
「タフト様、その件は我らだけの時で……。では、メリナ様、誠に恐縮で御座いますが、あの方のご命令で私どもは失礼致します。良い一時をお過ごし頂ければ幸いで御座います」
「ありがとうございます。公爵のご厚意に大変に感謝します」
「勿体無いお言葉で有ります。もしもメリナ一代公爵様の御心に沿う為であれば、私は全ての財や地位を投げ捨てる覚悟で御座います」
うふふ、公爵様とも気心が知れてきましたね。私、アデリーナ様に誉められますね。そうだ! 今日の日記にもちゃんと書いておかないといけませんね。功績アピールは大切です。
執事の方にパーティー会場まで案内して頂きました。屋敷の中にある大広間なのですが、私とサブリナの2人だけでは迷って辿り着くことは出来なかったでしょう。それくらいに広いお屋敷です。
執事の人が会場の責任者を呼び寄せていました。「狭い。場所を変えろ。誕生パーティ? 無視だ。――無理? チッ。仕方ないか。なら、途中でこっちに司会を寄越せ」なんて指示がうっすら聞こえてきました。執事さん、部下には横柄な態度ですね。
まだ始まりの時間まで有るとのことで、私達は控え室に入れられ、軽食まで出して頂きました。金粉とかが乗っているお菓子もあって、大変に満足しましたが、ここに来た目的も忘れそうになっております。
(童話を書きました。
デュランの誕生花を作った大昔の聖女ラナエが主人公で、メリナさんの時代のデュランで売られている子供向け絵本の内容という設定です。お読み頂けると嬉しいです)
名探偵の女の子とねずみさん
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