作戦会議っぽく
すっかりしょげてしまったエナリース先輩を連れて、美術部の教室に戻りました。アンリファ先輩は懸命に親友を励ましていましたが、何を血迷ったのか「ほ、ほら、両手に花って聞くよね! ラインカウ様ともマールデルグ様とも両方と結婚すれば良いじゃないかな。どうかなぁ。いや、ダメかなぁ」って、酒池肉林っぽい話もされていました。
いや、可能なのかもしれない。竜の巫女の同僚であるシェラの父親は元伯爵ですが、母親は第三后だとか聞いたことがあります。その逆に、一妻多夫も有りですね。
その辺りをサブリナにこそっと聞いてみました。
「エナリース様のお国は重婚が認められていませんから」
そんな答えが返ってきました。ならばと、私は更に皆に尋ねます。
「親に困っていると伝えれば、親同士で何とかしてくれたりしませんかね?」
「……メリナ……ダメだよ……。お母さんが……心配しちゃう……。それに……マールデルグ様に知られちゃう……」
ふむぅ。それがどうしたとも思いましたが、エナリース先輩が更に悲しむのはよろしくありません。
「分かりました。では、この不肖メリナが先輩のために一肌脱ぎます」
「えっ…………」
「ダメだよ、メリナ! 脱いだら乳毛が!」
お前、いや、アンリファ先輩、それ、ダメ。本当にダメです。
どれだけ、その無駄毛の件を引っ張るのですか。私の次の句が完全に止まったではないですか。
「先輩、何の話なのですか?」
ほら! サブリナが興味を持ってしまったではないですか。ここは強制的に話を戻すしか有りませんね。
「ごほんごほん! さてと、ラインカウさんの誕生パーティーに私も参加して、説得してみせます。だから、元気になって下さい」
「で、でも……メリナ……危ないよ……」
良し! エナリース先輩は優しいので雑音を無視してくれると思っていましたよ。
「そうだよ、メリナ。ラインカウ様のお父様は諸国連邦の宰相をされているの。だから……目を付けられたら……大変なことになっちゃうよ……」
「なのに、アンリファ。私を庇ってくれてありがとう。ずっと親友だよ」
「ううん。エナリース、私がもっと早くラインカウ様からあなたを守っていれば良かったのよ! ごめんね、エナリース。私がバカでごめんね」
「違うよ、私が一番悪いの……。巻き込んでごめんね。バカは私だよ……」
……先輩2人は互いに肩を抱き合って慰め合いました。何でしょうか、話が中々に進展しません。アデリーナ様だったら、邪悪な笑みをしながら「生きる価値も御座いませんね」って2人に呟く雰囲気です。
「先輩方、悲しまないで下さい。皆で考えればきっと良い解決法が見つかります」
サブリナが前向きな優等生発言をします。肩を寄せ合う2人も後輩である彼女を縋るように見ました。
「サブリナの言う通りですよ。エナリース先輩、とりあえず、その封筒を開けて見ますね」
言いながら、私はビリッと封を切ります。中の紙も少し千切れました。今日は少しだけの破損で良かったです。
長々とした挨拶文が続いていまして、紙の半分以上が大した内容では御座いませんでした。ラインカウなる者の半生なども記載されていましたが、一切興味ないです。
私が知りたいのは場所と時間です。あっ、襲撃する訳では御座いませんよ。普通に参加して普通にお話し合いで解決するのです。そうでなくては、エナリース先輩にご迷惑をお掛けしますからね。
あれ?
「ラインカウさんってアバビア公爵の息子なんですか? ラインカウ・テラス・アバビアって有りますね」
この場で最も頼りになりそうなサブリナに訊きます。
「そうみたいですね」
あー、アバビアですか……。あそこの公館は解放戦線の隠し拠点になっていた所で、その公爵は私によって教育済みです。脂汗を掻きながら震えていた姿が目に浮かびます。
うふふ、これは本当に簡単ですね。
「メリナ、恋愛って当人同士の感情だから親を抑えても意味ないかな」
ぬぅ、サブリナは読心術が出来るのですかね。私の考えを先読みされました。
「そういうものなんですか?」
「うん。愛は炎みたいな感情なの。邪魔をされたら、それさえも燃料にして余計に燃え上がると思います」
「水をぶっかけたら良いんですか?」
「私が最良だと思うのはラインカウ様がご自分で静かに火を消すことです。メリナ、あなたなら、きっと、そういう形に持っていけると信じています。だって、サルヴァ殿下を立派に更正させた人なんですから」
照れますね。うふふ、友達からの信頼とは、かくも喜ばしいものなのですね。知りませんでした。
そうであれば、やはり、私はラインカウさんに照準を絞って対応しないといけません。
さて、次の項目に目を遣ります。
開場時間は今日の夕刻です。今は昼御飯を食べ終えたばかりですので、準備をする時間は有ります。でも、当日に招待状を渡すって頭が悪いです。レディーにはそれなりの用意が必要なのですよ。それこそ、丹念な無駄毛処理とか。
「どうする、メリナ? 名前入りの招待状が必要みたいです」
ん?
よく読むと、招待された方の名前が入っておりまして、同伴者一名までと有りました。
もちろん、この目の前の招待状の宛先はエナリース先輩の名前でして、私の名前は入っておりません。
「では、エナリース先輩の代わりに私が持っていけば良いですかね?」
「そんな嘘はすぐにバレると思うよ」
「魔法で仮装していることにしたら行ける気がします」
「強引だと思うのだけど……。でも、メリナが言うなら正解な気もする」
迷ったサブリナに決断を促すために「大丈夫ですよ。何だったらアバビア公爵にお願いすれば良いですし。嬉し泣きをしながら許可してくれますよ」と最後の一押しをしようとしたところで、件の招待状をエナリース先輩が自分の手元に引き寄せました。
「ありがとうね、2人とも。……でも、これは私が受け取った物だから……。私が行かないといけないから……」
…………そういう態度がですね、あの男を惑わすのですよ。そんな私の気持ちをサブリナは察したのかもしれません。
「メリナ、貴族に社交は絶対なの。誘われたのに断るなんて、相応の理由がないと敵対心を見せていると思われても仕方ありません。エナリース先輩は立派なのですよ」
そうなのかなぁ。嫌だったらぶん殴ってやれば良いと思うのですが、サブリナが言ったのが諸国連邦の風習であるのなら私が口出す権利はないですね。
2人の先輩は励まし合いながら、パーティーに参加するための準備をしに帰ると行って出ていきました。
今は自習の時間なのに自由です。私も帰って良いのでしょうか。大変に気になるところです。
「ふぅ……ごめんなさい、メリナ。エナリース先輩は良い人なのだけど、皆の期待に応えようとしてしまうから、こんな騒ぎになったみたいです」
「サブリナが謝らなくて良いよ。何にしろ、ラインカウさんは気に食いません。エナリース先輩には相応しくないと思っています」
「どうして?」
「私、お茶を飲みたかったのに飲み損ねました」
私の返答にサブリナは気持ち良く笑ってくれました。そして、こんな素敵な笑顔をする方が、私の背後にある人々が苦しんでいる不気味な絵を描いてしまう現実に、改めて戦慄しました。心の闇って奥深いです。
「サブリナさん、何か策は有りますか?」
「私ですか? はい」
流石です、サブリナ。冷静沈着な貴女のアイデアならば成功率も高いと期待できます。
「言って頂けますか?」
「エナリース先輩には婚約者が居ます。それをご存知のはずのラインカウ様が求愛されているところからして、その方を軽んじておられます。逆に、ラインカウ様がその婚約者に対して敬意の念を持って頂ければ、全てが丸く収まると思います」
なるほど。素晴らしい考えでした。視野が狭い私は、ラインカウさんの股間を何回踏み潰せば良いのかとばかり考えていました。下流とは言え、サブリナは貴族らしく優雅です。野蛮な剣王の身内だとは思えませんね。
「ところで、婚約者のマール何とかさんはどんな人なんですか?」
「マールデルグ様ですよ。残念ながら私も拝見したことはないかな。小国の伯爵家と聞いています」
小国。私の出身であるブラナン王国の感覚では、町や村くらいの規模でも一国としている諸国連邦ですので、本当に小さいのでしょう。しかも、その伯爵となると王国の雇われ代官か村長レベルの家格だと思われます。
「エナリース先輩は、その方の何が良いんでしょう? でも、そこをラインカウさんに知って貰えれば全てが解決する気がします。サブリナ、光明が見えてきましたね」
「はい。メリナ、頑張りましょう!」
私達は善は急げと下校しまして、それぞれの家に帰りました。
自習って素晴らしいです。こんなにも好き勝手できるなんて、魔物駆除殲滅部にも導入すべきだと思いました。




