登校再開
今日は久々の登校です。
デュランから戻って2日目になります。当初は押し黙ってばかりだったデンジャラスさんも一晩寝たら普通になっていました。
昨日なんてナーシェルの街の探索をされまして、こちらの冒険者ギルドに登録もされたそうです。
しかしながら、何故か我が家にお泊まりです。二連泊です。不思議に思って我が家の優秀な家令ベセリン爺に確認しますと、ショーメ先生からベセリン爺にご依頼があったそうです。
この家の主である私には連絡なかったよねと、より一層に不思議になりました。
今も登校中なのですが、馬車の中には私とベセリン爺の他にデンジャラスが普通に居ます。なので、毎朝の恒例だった貴族ゴッコが恥ずかしくて出来ません。
ベセリン爺も気を遣っているのか、喋り掛けて来ませんし。
「行って参ります」
「お嬢様、本日もご活躍をお祈りしております」
くぅぅ! 「まぁ、爺ったら冗談がお上手ね。活躍も何も学校に行くだけなのに。でも、気持ちは嬉しいですわ。うふふ」と答えたいところなのに、出来ないとは!!
「ありがとうございます。えっ、デンジャラスさんも降りるんですか?」
校門に向かおうとした私は背後に気配を感じまして、そこにデンジャラスさんがいたのです。
彼女は私の歩みに付いて来ながら答えます。
「すみません、暇でして」
はぁ? 暇だから学校に来るなんて有り得ないんですけど。心底、他にすることが有ると思います。あー、何だったら代わってあげたいですよ、生徒役を。
「フェリスにも頼まれまして。臨時講師にならないかと」
はぁ!? 何ですか、それ!?
お前、その暴れん坊の格好で生徒に何を教える気ですか!? ここは貴族様の学校ですよ! 絶対にクレームが来ます!
お前は路地裏で汚い連中とダベっているか、馬車で爆走しながら「ヒャッハー!」って叫んでるのがお似合いです。って、最後のはアデリーナ様そのものでしたね。デンジャラスさん、あんな人と一緒にしてごめんなさい。
「デンジャラスさん、それ、良くないと思いませんか?」
「どうされましたか?」
「私も教師採用に応募しているんです。正直、デンジャラスさんと私ではどちらが相応しいか明らかですので、思い直されては如何ですか? 恥を掻くことになりますよ。絶望の余り死んでしまうかもしれません。あっ、竜神殿の調査部の部長が弟子募集中でしたよ。そっちに応募してください」
やんわりと採用試験を受けるのを止めるように提案しました。えぇ、やんわり、それとなくです。
「メリナさんは何の教科を担当されたいのですか?」
「教科を担当……?」
まさか私の忠告を無視した上で質問が飛んでくるとは予想外でした。そのために動揺を隠せません。
「この学校は教科制ではないのですか?」
……ヤバイなぁ。何かを答えないといけません。いえ、メリナ、あなたは数々の苦闘を乗り切った女。これくらい賢い頭をフル回転させれば余裕なはずです!
……レジス教官は地理を教えていると言っていました。恐らく、教える学問毎に先生が変わるパターンの学校ですね。しかし、学問の種類が分からぬぅ……。
「い、いえ、勿論、決めていましたよ……。他人に尋ねる前にご自分は何の先生になるのか教えてくださいよ」
「私は宗教論です。護身術も教育できます。前々職は教師みたいなものでしたから、他も初歩的なものなら経験御座います。で、メリナさんは?」
……忘れていました。デンジャラスは孤児院の先生をやっていたんでした。貴族と孤児では教える内容が違うとは言え、強力なライバルが出てきましたね。
ショーメめ、私が教職志望の事を知っていたクセに、よくもこんな真似をしてくれましたね!
「わ、私は……生き様を、お、教えようかなと……」
必死に捻り出した私の答えでしたが、デンジャラスは無言でした。私も表情を伺うことをせず、真っ直ぐに前を見ています。ハンカチで額の汗を拭いたい気持ちもグッと我慢です。そのまま前進していきます。
学校の正門前で今日も先生たちが何人か立っています。その中にレジス教官とショーメ先生も見えました。
デンジャラスは目立つ髪型と服装ですので、魔力感知しなくても、ショーメは私達が近付いて来ていることを認識しているでしょう。学生に柔らかく挨拶をしている姿、その笑みに隠された邪悪さが腹立たしいです。
「フェリスは順応しているようですね。生地が薄めの服であるのは貧しい生活をしている為でしょうか」
デンジャラスもショーメ先生の存在に気付いたようですね。しかし、薄い生地と表現されましたが、あれは色気を醸し出して男性の劣情を引き出す為のもので、諜報活動をしていた暗部所属時代の名残です。
「マジ淫乱ですよね。あれ、ショーメ先生の趣味ですよ。聖職にあるまじきゴミですね」
言ってやりました。デンジャラスを教師に誘った恨みを十分に乗せております。
「大昔の聖女ロゥルカ様の伝承で『淫らと思う者が、却って淫らなのである』と仰ったと残されております。煽情する側でなく、された側に罪があるのですよ。赤子の裸を見ても淫らとは思わないのが傍証とされます」
黙りなさい! そのロゥルカはルッカさんの事じゃないですか!? 誰が見てもイヤらしい格好をしているクセに何を理論武装しているんですか!? 屁理屈そのものじゃないですか。
しかし、まずい。一歩一歩、学校の敷地に近付いております。ライバルを蹴落とす時間が減っていっているのです。
しかも、デンジャラスの異様な姿に恐れをなして、他の生徒さんが距離を空けている様子でして、私達の周りだけ混雑していません。それもあって進みが速いのです。
クソ! 私の「教師になればテストを受けなくてすむじゃん大作戦」が、こんな横槍を喰らうなんて、大誤算です!!
うん? 蹴落とす?
はっ! そうです! 暴力です!
「デンジャラスさん、ちょっと背中が痒くてですね、掻いて貰えませんか?」
「分かりました。どの辺りですか?」
くくく、デンジャラスよ、その素直さが命取りなのですよ。こんな下らない願いなんて、アデリーナ様、アシュリンなら矢か拳が飛んできたでしょう。
「肩甲骨の間の背骨のとこです。手が届かなくて……」
控え目な声で私は指示します。
「ここですか、メリナさん?」
デンジャラスの指が服の上から私の体を触りました。
今です!!
「グアアァァァアア!!」
大声を上げ、それから両足で思っきり跳ねます。そして、腰を捻り猛スピードで体を横回転させながら吹っ飛びます。
登校中の皆様の頭上を越えてから着地し、ゴロゴロと地面を転がった後、レジス教官の眼前で止まりました。全身が砂まみれです。
女生徒の悲鳴が轟く中、我が担任のレジス教官が私を心配してくれます。
「どうした、メリナ!? 今日は何の騒ぎだ!?」
あ? 大切な生徒が傷付いているのですよ。もっと適切な言い方ってものがあるでしょうに。
しかし、私はミッションを完遂しないといけません。レジスへの指導は後回しです。
「ひ、ひー、お助けを! あそこに見える乱暴者に、いきなり殴られたんです!! 教師志望の私は暴力反対なのに!」
「何!? 分かった!」
レジス教官は、やる時はやる男です。
生徒に避難指示をして、周りに警備の者を呼ぶように伝え、彼自身は身を挺してデンジャラスの行く手を遮ります。
くくく。デンジャラスよ、か弱い私に暴力を振るったと皆に思われてしまうが宜しい。暴れん坊の姿をしたお前と、お上品なシャツを着た私。どちらが信用に足るか明らかで御座います。
お前は不相応に教師など目指さず、大人しく冒険者として日々、獣を喰らって酒を浴びる生活でもしていれば良いのですよ。
すぐに立ち上がると不自然な為、私は四肢を緩めて伏しております。人影を感じまして、うう~んと言いながら顔を上げました。
そこにはショーメ先生が立っていました。
「メリナさん、見事な軽業でしたね。私、感心致しました」
「うふふ。何の事かよく分かりませんね。ほら、見てください。口の中から血も出ているんですよ」
これは、私が自ら舌を噛んで流したものです。
「見ていて飽きませんね。楽しいですよ」
ふふふ、その余裕、いつまで持つのでしょうね。私は貴女の裏切りを忘れていませんよ。
レジス教官が何故か戻ってきました。一般人に手を出すのは忍びないと思ったデンジャラスが撤退したのか。いや、魔力感知的にはヤツは、未だこの場にいるッ!
「レジスさん、どうされましたか?」
ショーメ先生が甘さ2倍くらいの声で尋ねます。
「いや、メリナが殴られたって言うんで相手を見に行ったんですよ。そしたら、先日お会いしたショーメ先生のお知り合いでしたので、僕は『ああ、またメリナの暴走か』と瞬時に察しまして、この方をショーメ先生の所まで案内した次第です」
何っ!?
「レジス教官……本当に有り難う御座います」
ペコリと頭を下げたショーメ、嬉しそうに笑うレジス。そして、冷たい目で私を見下ろすデンジャラス。もしかしたら憐れみの眼差しさえ混ざっていたかもしれません!
「レジス、何の騒ぎだった!?」
他の先生がやってきました。そうです! まだ私の戦いは終わっていません!
こいつらを味方にすれば良いのです。幸い、見た目の歳的にレジスより偉そうですし。
「何でもなかったです」
「女生徒が宙に跳ねられて地面を抉る勢いで叩き付けられていたぞ! 何もないはずがないだろ!!」
「解放戦線の仕業じゃないのか!?」
「あー、あれです。こいつが拳王ですよ、拳王。拳王がまたやったんです」
「あぁー。そうか。分かった。お前も大変だな」
「ご苦労さん」
分かるの早過ぎません!?
拳王って言葉だけで、万事解決した雰囲気になってしまいましたよ!
周りの生徒さん達の囁き声も聞こえてきます。
「あれが拳王だって」
「なんで、死んだ真似してんの?」
「おかしな人だから近付かない方がいいわよ」
「こぇーよな」
「ヤバイって、見ちゃダメ」
「同じクラスじゃなくて良かった……」
「指差すな、襲われるぞ……」
色んな人が通り過ぎた後に好き勝手に言い放っています。
私は倒れたまま、強く拳を握り、デンジャラスとショーメへの復讐と雪辱を誓いました。




