お外へ
ショーメ先生は無茶をしますね。完全に腸がはみ出ていますよ。なのに、いつもの作った様な微笑みなのが凄いですし、元上司を殺したのに平然としている異常さにも、私は身震いします。こーはなりたくないです。
「ショーメ先生、回復魔法行きますよ」
「ありがとうございます。もう死ぬんじゃないかってくらい、痛いんですよ」
はいはい。余裕の表情で言われてもねぇ。
まぁ、それじゃ、回復させましょうかね。
「あっ、メリナ様。これ、見た目は古傷になる感じで修復できます?」
「へ? 完全回復させなければ可能だと思いますけど、何のために?」
「……恩人を忘れない為ですよ。着替えをする度に思い出せます」
なるほど。頭領に勝ったこと記念ですね。そして、歳を食ってから弟子に言うのです。「良いか、この古傷を見るが良い。若き日、魔族を見事に討ち滅ぼした際に負ったものだ。くくく、私をこれを見て毎晩ほくそ笑むのだ」と。
見た目と違って、完全なる武人か狂人ですね。
気持ち悪い注文通りにショーメ先生へ魔法を掛け終えたところで、マイアさんの言葉が頭の中に響きました。
『お疲れ様でした。皆さん、聞こえますか? ヤナンカのコピーは全て倒しました。その内、魔法陣が部屋に広がりますので潰してください』
まだ有るのか。もうお腹がペコペコですよ……。
雪が融けるのとほぼ同時に足下に魔法陣が出現し、私とショーメ先生はその上に立つ感じになります。竜特化捕縛魔法で体の自由を奪われた屈辱が思い返されまして、大変に不愉快ですし、警戒してしまいます。
「ショーメ先生、どうやって破壊するんですか?」
「メリナ様なら殴れば、魔法陣は止まるんじゃないでしょうか」
「了解です」
クルクル魔法陣が回る床を無言で叩きます。私はレディーなので、気合いの叫びは発さずに無言なんですよ。とても大切なところです。
床石が砕け散って大きな穴が地面に作られました。こんな簡単なことで、もう魔法陣は消失します。
「何の魔法陣だったんでしょうね?」
「部屋の真ん中に魔力が集まって固まりを作ろうとしていましたが、私に分かるのはそこまでですね」
ふむ。マイアさんに聞いた方が良いですね。
ただ、質問をする前に私達は転送魔法で地上へと出されました。今まで雪が積もる程の寒い部屋に居たので、日射しに体が暖められるのが心地よいです。
草原の上ですが、遠くに大きな街が見えますので、デュランの近郊だと思いました。本来であれば、目立つ高い塔があったはずですが、ミーナちゃんが暴れたので倒壊していますね。
別の部屋にいた皆さんも魔法陣を止めて、用は済んだのでしょう。ミーナちゃん、デンジャラス、マイアさんも順に私達の前に現れます。
「終わりですか?」
「はい。ご苦労様でした」
わたしの確認に、マイアさんは笑顔で答えてくれました。それから説明をしてくれます。
魔力感知の豪華版という魔法でマイアさんは全てを把握しました。ヤナンカのコピーが分散して複数いることと、それらが居なくなると自動的に再生成される仕掛けが有ることに。
ヤナンカのコピーが扮する頭領を倒した後、各季節の部屋に一名ずつ残したのは、その仕掛けを止めるためです。コピー魔法が発動したら、またヤナンカのコピーと戦闘をしないといけません。それを防いだんですね。
でも、その仕掛けが一回しか発動しないとは限らないと私は疑念を抱きました。それに対するマイアさんの回答は「大丈夫です」でした。何でも、魔法陣を起動する魔力を使いきっていて、もう一度集めるまでは動かないそうです。そして、頭領が死んだ今、それを貯める人はいないのです。なお、あの雪だとか落ち葉だとかお花だとかがストックされた魔力だったそうです。
それではと、各部屋が季節ごとの部屋になっている理由を尋ねました。マイアさんは何でも答えをくれる優れた人です。今日も絶好調です。
「ヤナンカ、それぞれの趣味でしょうね。あそこにいた彼女らは異空間に閉じ込められていたみたいですから、自分を慰めるためにそうしたか。或いは本体がどのコピーなのか見分けるためにそうしたか。そんなところでしょう」
ふむぅ、素晴らしい。マイアさんがいれば、私は学校のテストなど恐れる必要はなくなります。
今の状態のままであれば、テスト問題を黙読したらマイアさんに繋がり、答えを頭の中に直接届けてもらって、私は満点を手にするでしょう。
興奮してグッと手に力が篭ります。
「では、皆さんと繋がっている状態を解除します。メリナさん、勉学は自力でしましょうね」
あぁ、なんと無慈悲な……。しかも、やっぱり私の思考を読んでやがった。
「マイア様、私とメリナ様が訪れた最後の部屋には頭領が2人おりました。これは何故だったのでしょう? 1人は秋の部屋から移動していたのでしょうか?」
ショーメ先生がお尋ねになりました。マイアさんと少し距離を置いている感じがした先生にしては珍しいです。今の質問はどうしてもしたかったのかな。
「あの時点でヤナンカは残り1人になっていました。慌てて新しいコピーを作ったんでしょうね。でも、その新しいコピーもコピー元と同じく、逃げずに死ぬことを選んだ。そんなところでしょう」
「……本来の頭領はどれでしたか?」
それに答えたのはデンジャラスでした。
「ビャマランが本人の依頼に従って殺したそうです。詳しくは直接にお聞きなさい」
私は興味ないので聞きません。出会った夏と冬の頭領は逃げませんでした。最初は自分を過信しているのかと思っていましたが、あれは生きることを望んでいなかった為でしょう。ヤナンカ本体の意識を貰って異空間から初めて出たと言うのに。
恐らく、ヤナンカ本体には頭領としての活動していた秋のヤナンカの記憶もあって、本体が死んだ際にそれも含めて、コピーに移植。結果、本体の意のままであった事実に失望して、全てのコピーが戦った上での死を選んだ。
秋のヤナンカは、何らかの理由で私達ではなくビャマランをその相手に選択。そんな所でしょう。
「ミーナ、お腹空いたなぁ」
「ですよねぇ。パン屋に向かいましょう」
私も同意します。
「うん。メリナパン、出来てるかなぁ」
それ、私の顔を象っているんですよね。それを本人が食べるのは気が引けます。
街へと歩く中、私は気付いた事をデンジャラスに聞きます。角度的に頭に反射した太陽の光が眩しいです。
「これで聖女、いえ、イルゼさんはデュランで敬われ続けるんですかね?」
「……本人の努力次第です。ただ、もうヨゼフが邪魔をすることは無いでしょう」
「友達が居ないって言ってましたよね。私、デュランに良い人の心当たりが有りますよ」
「メリナ様、私ですね」
ショーメ、お前ではない。
「分かりました。余り期待せずにお聞きします、メリナさん」
「いや、期待してくださいよ。デンジャラスさんはたまに冷たいですよね」
「そうだよ。メリナお姉ちゃんは強いんだから、メリナお姉ちゃんの言うことが絶対だよ」
そのミーナちゃんのセリフで私達は足を止めてマイアさんを見詰めました。
……どんな教育方針で育てているんですか、と。
「なるほど。それがマイア様の叡知の1つですね」
先程の私は間違っていましたね。皆の思いは一緒だと思っていました。
デンジャラスは独り強く頷きながら続けます。
「率先してマイア様の教えを広めます」
どうするんですか、これ……。
私とショーメ先生のマイア様を見る眼差しがきつくなりました。
「待ちなさい、クリスラ。ちょっと思い違いをしていますよ」
平静を装いながらも焦りは隠せていませんよ、マイア様。声が上擦りましたもの。
加えて、即座にパン屋に転移したのが証拠です。場を変えて、一気に話題を逸らせるつもりだと私には分かりました。ズルいです。




