ヤナンカの呪い
一撃粉砕。
雅客とか言う変な名前をした暗部の2人の頭領は、私が雪を巻き上げて突進するのを見て、お互いに距離を開けました。
移動方法は転移魔法でしたが、魔力感知が使える私には出現場所が事前に分かりますので都合は悪くありませんでした。
強者同士での戦いで、工夫無しに転移魔法っていうのは悪手なのです。何故なら、転移する先の空間に魔力の片寄りが発生した後に術者が出現するので、そのタイムラグの間に容易に距離を詰めることが出来るからです。
実際に転移の腕輪を身に付けていた当時の私もデンジャラス、コリーさん、アシュリンさんとかに逆襲を喰らった覚えが御座います。
出現するであろう場所に私は氷の槍を一本ずつ放ちます。読んだ通りに、敵達は再転移。
この部屋から逃げないのは感心しましたが、ご自分の運命を甘く見てしまっておりますね。私は数回、同じように氷の槍を射って、暗部の頭領を追い込んでいきます。
ショーメ先生の気配が無いのは気掛りと言うか、巻き添えにしてしまう虞が頭を過りますが、何とかなるでしょう。それに、当たっても先生なら笑って許してくれると思います。
片方が私の近くに転移することにしたみたいです。私が術にかまけて防御が疎かになっていると勘違いされたか、反転攻勢に出ないと私からの一方的な蹂躙を待つのみだと判断されたのかは分かりません。
しかし、どうであれ、愚策です。私の望んだ展開なのですから。
「ウルァァァア!!」
気合いと共にザシンと柔らかい雪面に踏み込み、弾け飛んだ雪煙の中、転移直後の雅客の頭を布の上から思いっきり殴ります。慈悲は無し。
多少の固さは有りますが、渾身の力でフルスイングした私の拳を止める程では御座いませんでした。
頭は原形を留めず、遅れて倒れた体も白い雪の中へと埋もれました。人間であるなら、夥しい血痕が満開の花の様に広がったかもしれませんが、雅客はヤナンカと同様に魔族でして、皮と濃厚な魔力で出来た中身だけが散乱します。
もう1匹の動向から確認しながら、私は倒れた方の魔力を吸い取り、魔族の驚異的な再生能力を断ちます。
呆気ないものです。もっと肌がヒリヒリするくらいの剛の者が欲しいですね。
……いや、私は戦闘狂ではない。私は淑女、私は淑女、窓辺から物憂げに外を見たりする素敵な淑女。
ショーメ先生はまだ出現して来ていません。どんな原理なのか想像も付きませんが、私の魔力感知では先生の居場所が分からないのです。
なので、残された私はもう1匹の雅客と対峙する事になります。
氷の槍の発射は止めました。
警戒して遠方に出現した雅客でしたが、私が構えもしていないことに気付いてくれたでしょうか。
私は語り掛けます。
「すみません。ショーメ先生と獲物は分け合う約束をしましたので、私はここまでです」
「…………」
反応は御座いません。布で隠されているので表情も見えませんでした。
雪が音を吸収するためか、お互いに黙ると大変に静かになりました。
「私、実は暗部に恨みはないんですよ。あっ、聖女のイルゼさんには元気になってもらいたいので、聖女を無くすとかは止めて欲しいですね」
ったく、ショーメ先生は何をしているんですかね。サッサッと仕掛けて勝負を決めて欲しいです。じゃないと、沈黙に耐えきれず、私は無駄に発言を続けないといけません。
「聞いてます? マイアさんが復活したから聖女は不要って言ってましたけど、マイアさんとお話ししますか? マイアさんなら、聖女は居ても良いんじゃないかなって言いますよ」
「……ペンペンのメリナ……」
「それ、カッコ悪いから余り好きじゃないんで。竜の巫女メリナでお願いします、ヤナンカさん」
ヤナンカのコピーかどうか怪しくなってきていますが、試しに呼んでみました。
「既に私の正体にお気付きでしたか。そうですね、マイアが居るのですから。雅客は納得します」
大きく頷いてから、敵はそう言いました。
それにしても、ショーメ先生、遅いなぁ。
「善界は潜んだままですね。少し話をしませんか?」
「もしショーメ先生を倒しても、私が相手するかもしれませんよ。逃げないのですか?」
「逃げる必要は有りませんから。最近、私は自分の生まれに絶望しました」
「……絶望ですか?」
「えぇ。ヤナンカの呪い、と私が言うのもおかしな話ですが」
彼女は私に告白します。
半年前、情報局のヤナンカ本体が滅ぶまで、彼女はデュランの暗部の頭領としての記憶しか持っていませんでした。
大昔、まだ王都タブラナルの影響を受ける前、デュランはマイアさんの叡知を復古して理想郷を作るのを国是とする都市国家でした。優れた魔法で幸せになろう、って言うのが始まりです。
500年程前までは王都や今の諸国連邦の国々とも戦争したりしていたみたいです。
若かりしルッカさんが聖女になってから、デュランは変質しました。淫らな格好をしたルッカさんがデュランの街の風紀を乱した訳では御座いません。
ルッカさんの後の聖女達はタブラナルの王の秘密を知るようになってしまったのです。亡くなれば当然に息子などに代替わりしていたはずの歴々の王様が、実は古代の英雄の1人に憑依されて、完全にずっと乗っ取られていた件です。
これはルッカさんが精霊リンシャルを降臨させたからです。後続の聖女達は転移の腕輪を使ってリンシャルと異空間で話をする訳ですので、そこでリンシャルから伝えられていたのでしょう。
王国を動かしていた王ブラナンとその側近ヤナンカは焦ります。不気味な存在と王が見なされて人心が離れ、大切な王都が荒廃してしまうと考えた為です。
ヤナンカは王を脅す聖女を殺します。しかし、新たに任命された聖女も、デュランの立場を高くするために王を脅します。殉教を恐れない聖女達には、死の恐怖は抑止力にならなかったのです。
そこで、王とヤナンカは手を変えます。聖女の口を封じるのではなく、行動をコントロールする策を取りました。
その道具として組織されたのが暗部です。デュランの街や聖女に協力しているように見せて、実際には王都に都合の悪過ぎる行動は抑える。それが暗部の真の目的でした。
目の前にいる雅客は暗部のトップとして、ヤナンカに作られたコピーです。しかし、ヤナンカは賢い魔族でした。
コピーには自分の記憶を入れませんでした。そうすることで、暗部を率いる者が実は王都側であるとデュランの人々に勘付かれないようにしたのです。
では、どうやって王都を有利にするのか。意識の一方的な共有化です。コピーの思考を全て本体が受け取っていたのです。王都の情報局とどこまで殺り合うのか、妥協点はどこか。全部、筒抜けの状態だったんですね。勝てる訳が御座いません。
しかし、ヤナンカ本体が滅んだ際、雅客が「ヤナンカの呪い」と呼んだ術が発動します。本体の記憶が逆流して雅客の中に入り込んだのです。
全てが仕組まれた事だった。情報局との影での熾烈な争いも、スパイ活動で得た情報を基にした聖女への助言も、本体の手の平の上で踊らされていただけの事でした。
「苦悩しました。しかし、本体の願いは分かります」
「その苦悩もヤナンカ本体に乗っ取られて、操られているんじゃないですか?」
「それは……。私は、いえ、ヤナンカは――予備を作ってたんだよー」
一挙に雰囲気が変わります。
「乗っ取るんじゃなくて、最初からそーするつもりだったのー。ブラナンが危なかったからさー」
ショーメ先生、行かないなら私がもう退治しますよ。こいつ、危ない感じです。
「マイアが生きてるなら、そっちで良いかもーって」
「聖女から転移の腕輪を奪えば早いじゃないですか?」
「あれさー。フォビの作ったヤツなんだよね。危険な匂いがしたんだー」
またフォビか……。昔話の時代に聖竜様の背中に乗せて貰っていた騎士。大変にけしからんので存命だったら私が直々に処刑に致します。
「マイアの様子は知りたいしー、でも、腕輪は触りたくないしー。分かるかなー? 私の迷いー」
「全然」
「メリナちゃんは強いよねー。私の想像を越えてるんだけどー、実験が成功し過ぎるのは失敗と一緒だよねー」
何の話だ? あっ、私の幼い頃に何かをした話か……。
あんまり興味ないって言うか、私を物みたいに扱う考えが裏に見えて、ムカつきますね。
「コピーは全部で4匹居たんですね。乗っ取り用に複数用意したにしても慎重ですね」
「だねー。普段は1人しか出してなかったのに、マイアに引っ張り出されちゃったー」
うん?
「姿と魔力が一緒でも本体と一緒にならないんだよねー。ふしぎー。春の娘は優し過ぎるし、夏の娘は攻撃的だしー。この冬の娘が一番、私に近かったかなー」
「……私が倒したのは秋の娘ですか?」
「そうかもー」
落ち葉がいっぱいの部屋には第二序列のビャマランしか居なくて、暗部の頭領は居なかったのです。こっちに逃げていた?
いや、おかしい。もし、そうだったらマイアさんが教えてくれたはず。雅客にしても逃げるなら他の場所を選ぶでしょう。飛距離の問題は残りますが、転移魔法は使えるみたいですから、それこそ、私に殴られる前に部屋の外へ逃げれば良かったです。
「嘘ですね」
「鋭いー。意外ー」
「メリナ様、聴取まで、大変にありがとうございました」
ショーメ先生の声が上方から聞こえて、釘がシュシュと雪に刺さっていきました。ヤナンカを狙ったものでしたが、転移で避けられたようです。
「遅いですよ」
「事情も有りましたので」
私の横に降りた先生はそう短く発してから、すぐにヤナンカの転移先へと跳び向かいました。




