ショーメ先生との会話
マイアさんの魔法で私達は最後の拠点に転送されました。メンバーは私とショーメ先生です。例の如く、デンジャラスは一心不乱にお殴りされていましたので。
今回は洞窟の中の縦穴に飛び込むと転移魔法陣がある構造でした。毎回、転移魔法陣を経由しているのですが、少し面倒でして、マイアさんが直接に送ってくれたら良いのにと思いました。
そんな事をショーメ先生に愚痴ります。
「あの転移魔法陣、暗部の人間に反応して稼働するのです。つまり私が近くに居ないといけないからだと思います」
「そうなんですか。えー、じゃあ最初にミーナちゃんが飛び込んだ時は危なかったんですね。ショーメ先生はもう暗部じゃないから稼働しなかった可能性も有ったって事ですもん」
「そうなりますね。でも、剣を落としても音がしなかったので大丈夫だと考えました」
ふーん。
相変わらず進むごとに暗部の人が散発的に襲ってきます。最初の拠点からすると、もう20人を越していると思います。デンジャラスがいなくなったので、私も対応しないといけなくて、でも、華麗に一撃で伸していきました。毎回、衝撃で壁に蜘蛛の巣みたいに綺麗なヒビが入る点が華麗だと自負する所以です。
「ビャマラン、弱かったですね」
「クリスラ様の殴打を正面から受け止めていました。十分でしょう」
ショーメ先生はデンジャラスが場に居ないのでちゃんとした名前で呼びました。
「あいつ、魔法を使えなかったですよ。使わなかったのかもしれませんが」
「彼の魔力の大部分は全て住民監視などに使用しているのでしょう」
そこまでして住民の動きを見ておきたいものでしょうか。護身のための魔法も使えないとか、本末転倒な気もしましたが、組織の最適化のためにビャマランは犠牲になったのかもしれません。私には理解し兼ねますね。
「……態と負けた可能性もありますね」
「何のためにですか?」
「……さあ?」
煮え切らない返答ですねぇ。
さて、しかしながら、着実に最深部へと向かっております。敵が出る頻度も落ちてきて順調です。
「強い人いないんですかね。序列で行くと1番と3番には期待しているのですが」
「1番は頭領ですから、この先にいらっしゃるんじゃないでしょうか」
「3番は?」
2番が先程のビャマランで、4番は師匠が現在看病中のはすですね。ショーメ先生が5番だったはずだから、それより下は弱いと思っておきましょう。
「ナーシェルでしょう。私の監視に付いていましたよ。ほら、メリナ様を襲った日、私の戦いを監視している者がいらっしゃったでしょう? あれです」
「その人、強かったんですか? 先生が私と戦うことを選択するくらいに」
「うふふ、わたしがピンチになったら助けてくれるかもと淡い期待をしたんですが、本当に見ているだけでしたね」
なるほど、共闘して私を仕留める選択肢もあったわけですね。
「私の裏切りを許容してくれたので、第三序列、早乙女のルーフォも今の暗部に疑念があったのかもしれません」
「早乙女ですか。何だか良い響きですね。花の名前と言葉は何なんですか?」
「屁糞葛で、誤解を解きたい、人嫌いです。改めて口にすると、ちょっと笑えますね」
……とんでもない花を洗礼で与えられましたね……。辛い人生しか待っていないじゃないですか。人嫌いになる原因がそれでは可哀想です。
「それ、デュランの教会的には有りなんですか? 嫌がらせにしか思えないんですけど」
「街に逆らう程ではなくて、集会への参加が不真面目だと、奇妙な花を親族に与えられるみたいですね。あと、犯罪者の子供とか」
奇妙で片付けて良い名前ではないでしょ。
「ちなみにコリーさんは何の花でしたか?」
「サルビアで、長寿だったと思います。クリスラ様の名付けですね。別名は緋衣草ですので、紅き玲瓏と呼ばれるコリーさんには良い誕生花ですね」
ズルい! 私もそういうのが良いです! 屁糞葛の人も思ったはずです。
「序列ってどうやって決めているんですか? 強さとか関係なさそうです」
「任務に従って人を殺めた数と救った数の総和ですよ。多い人ほど上に行きます」
「……えっ、ショーメ先生、そんなに殺しているんですか?」
「救った数も入るって申したのに、メリナ様は思い込みが激しいですね」
「えー、ショーメ先生は結構、冷酷になりそうですよ」
「クリスラ様に会う前はそうだったかもしれませんね」
「ショーメ先生、怖いなぁ」
「うふふ、私はメリナ様の方が怖いからおあいこですね」
さて、いよいよ最後の扉です。入る前に私は屈伸運動します。うーん、と背伸びもします。
「ショーメ先生、二個目の部屋に入った時、『私の知っている場所とは違う』って言っていましたけど、大丈夫ですかね?」
「あそこの拠点は私の仕事場だったんです。奥の部屋には頭領が控えていて、事務所だったのですが、見事に草がボーボーでしたね。あれ? どうなさいました、メリナ様?」
私がボーボーという言葉にピクリと反応したために、ショーメ先生は確認してきました。こいつ、絶対に私のセンシティブな所を突きたくて言い放ったんだと思います。陰険です。
「そんな怖い顔をしないで下さい。何か気に触ることが有りましたか? さて、頭領の意図は分かりませんが、最初は花園、次が茂み、先程は落葉。春、夏、秋ですよね。となると、最後は冬でしょう」
おぉ、ショーメ先生、やるなぁ。鋭いです。
さてさて、扉の向こうにいる者は2人です。しかも、魔力的に同質。魔力の質が似ている事は稀に有りますが、全く同じなのは凄く珍しいです。シャールで仲良くさせて貰っていた冒険者の双子さん以来ですね。あいつらは顔も名前までもそっくりでして私を悩ましたものです。
「先生、敵は2匹ですね」
「えぇ。こちらも2人ですので分けあえて良かったです。獲物を」
いつも人の良い笑顔をしているショーメ先生はこの時も微笑みを湛えていました。
1匹は譲らないといけないのですか。ちょっと不満ですが、よくよく考えると私は快楽殺人者ではないので、2匹とも差し上げたいところです。
「頭領って複数いたんですか?」
「私が知っている限り1人でしたよ。しかし、現実は時に奇々怪々ですので受け入れます。考えるのは後にしましょうね、メリナ様」
ふむ、了解です。
大体の確認は終えたと判断した私は、扉を豪快に蹴破ります。こちらに向けて開く作りなのですが、それだと開けた瞬間に奇襲されやすいと思ったんです。丈夫そうに見えた蝶番も軽々と破壊され、大きな扉が2つ吹き飛んで、白い雪原の上を飛んでいきました。
「素晴らしいパワーでした、メリナ様」
「残念ながら命中しませんでしたよ」
私の挨拶代わりの攻撃は残念ながら敵に避けられてしまいました。直撃ルートだったのに。
部屋の真ん中に布服の人物が並んでいます。雪に足跡が残っていないところを見るに転移魔法で扉から逃げたのだと思います。
「頭領、お久しぶりです。第四序列、善界のフェリスで御座います」
部屋に足を入れず、雪の手前でショーメ先生は深々と頭を下げます。
「故あって、お命を頂きますね」
彼女が腕を振ると、シャキーンと両手の指の間に鋭い釘が装着されます。
それに応じて、相手も口を開きます。
「第一序列、雅客です」
ヤナンカじゃないのか……。声は何らかの魔法か道具で変えていますね。でも、あの間延びした独特の喋り方じゃない。
「同じく、第一序列、雅客です」
隣の人物も同じ声を出しました。
しかし、何にしろ、魔力的には同じ人物が並んでいる事実は否定できません。諸国連邦にヤナンカのコピーが存在したように、彼らも魔法によって生まれた何かでしょう。
「善界よ、引き戻るのならば間に合います」
「雅客は善界の失態を許す包容を見せます」
同じ声質で口も隠されているから、どっちが喋っているのか分かりませんね。不思議な気持ちになりました。
「残念ながら頭領。善界草の言葉の通り、奉仕の心で聖女に仕えたく存じましたので」
ショーメ先生は毅然と言いました。良い方の花言葉もあったんですね。
「マイアが復活した今となると」「聖女は要りません」
部屋から冷気が漂っていますが、闘いの気配は温まって参りましたね。
「お覚悟をして下さい、頭領! さぁ、行きますよ! ペンペンのメリナ様!」
えー、そこは薺のままが良かったです。
行きましょうと言ったのに、ショーメ先生は何らかの術で姿を消したので、私は膝まで隠れるくらいの雪の中を1人で駆けます。とても走り難いですが、疾走です。ショーメ先生との事前の約束通りに、狙いは片方に絞っておりました。




