強すぎて泰然
一番奥の部屋はお花畑になっていました。枯れ井戸から転移魔法陣で移動したとはいえ、ここは地下です。その証拠にガランガドーさんが私の体を使って出した火炎魔法が穿った穴が高い天井に空いているのですが、そこからは土がパラパラと落ちていますから。
だから、とても不思議でした。わざわざ、こんなものを作ったのですから。
しかし、この花園、似たものを知っています。貴族学院の教室から逃げたバーダを追った山中の洞窟の先にヤナンカのコピーがいた空間が有りましたが、それと同類です。
ここにもヤナンカのコピーがいるかもとのことですから、おかしくはないか。
「ヤナンカは花が好きだったんですか?」
「そうだったかもしれませんね」
マイアさんが答えます。それから、ポッカリと草木のない地点へと歩みを進めました。そこは、火炎魔法のために焼かれた場所なのだと思います。ヤナンカが最期に立っていた所なのかもしれません。
「これで終わりですよね」
「お疲れ様です、メリナ様。明日からは学校ですね。テストに向けて頑張り――」
ショーメ先生の労いと嫌がらせは、しかし、マイアさんに遮られます。
「まだです。魔力を読み取るに、ヤナンカは他に三体居ます」
はぁ? コピーを複数用意してやがるんですか。なんて慎重なヤツなんでしょう。
「皆さんが良ければ、このまま別の暗部の拠点へと転送します」
マイアさんは転送という言葉を遣いました。
「マイア様はどうされるのですか?」
デンジャラスがすぐに訊きます。私と同様に気になったのでしょう。転送は自分以外のものを移動させるニュアンスを持った表現ですから。
「ここから、皆さんに指示を出します。ほら、4つの拠点はそれぞれが転移魔法陣で繋がっているという話です。私達が去った後に暗部がここをまた占拠し返す可能性も有りますよね。だから、私がここで見張りをかって出たと思って下さい。それに、私ならここから魔力感知でデュランのどこで異変が起こっても把握出来ます」
「分かりました。楽したいってことですね。では、マイアさん、宜しくお願いします」
「楽って……。私には深い考えがあるんですよ」
「ミーナは行くよ。もっと戦いたいのー」
2個目の拠点は東のものでした。昨日、冒険者の粗末な休憩小屋を訪れましたが、それよりもオンボロな廃屋みたいな小屋が森の中にありまして、その床下に拠点へと繋がる転移魔法陣が有りました。
作りは先程の枯れ井戸の拠点と同じ様な感じです。多少の分岐は有りますが、基本的には螺旋状に巻いた通路を下方向に進むのです。暗部よりも蟻さんの方が複雑な巣を作るのですね。蟻さん、えらいです。
さて、何故に進む方向が分かるのか。それはマイアさんが遠方から教えてくれるからです。ガランガドーさんの様に、頭の中にマイアさんの言葉が聞こえて来ます。
きっと精神魔法の一つです。この魔法を悪用すれば、神様のお告げにも悪魔の囁きにも使える、大変に気持ち悪いものとなるでしょう。良くない魔法です。
しかしながら、今もこの拠点の地図やらが脳裏に浮かんできまして便利さは認めざるを得ません。
さて、私達は最初の広間へと入りました。
「頭領より聞いたぞ。善界のフェリス、我らを裏切っ――」
半裸の大男が立ちはだかっていましたが、先程の結末は頭領から聞いていなかったのでしょうか。
ショーメ先生がナイフを正面に投げます。それを大男は片手で掴み、ニヤリと笑いました。ふりふりのメイド服に身を包んだ先生も微笑んでいます。
先生の攻撃は囮でして、既にミーナちゃんが大男の左に入っていました。大剣を横薙ぎに降ります。風を切る轟音に続いて、大男が壁へと激突しました。
ミーナちゃん、大剣で斬らないんですよね。悪い癖です。どうしても叩きたがります。
理由を訊きますと、「中からぶちゃーって液が出るのが楽しいんだよ」って怖い答えが返ってきました。マイアさん、ノエミさん、子供の育て方を誤っておられますよ。
ミーナちゃんはそんな悪質な趣味をお持ちですが、暗部の方々もそれなりに鍛えておられるみたいで、体液ぶちゃーは叶わずで良かったです。
壁からずり落ちる大男を見ていると、傍にいたデンジャラスが宙を殴ります。
殺気に満ち溢れた人はイカれてますねと眺めていたのですが、そこに細身の女性が浮かびました。姿を消す何かをしていたみたいで、デンジャラスがいなければ、私は無防備に攻撃されていたでしょう。それでも勝っていたと思えるので、冷静でいられました。
デンジャラスは腕を止めず、数回の殴打を女に入れます。速度も威力も抜群でして、背後に回ったショーメ先生により女が吹き飛んで逃れることもなく、そのまま床に倒れました。
「お二人とも凄いですね。半年前はお仲間だった暗部の方々に容赦ないんですもん」
「命までは奪っておりませんよ。それが最大限の慈愛です」
「メリナ様は、慈悲もなく頭領を消し去りましたよね」
そんな会話をしながら、通路を進みます。ここにいる頭領なる者も、一匹目と同じくガランガドーさんの魔法で塵も残さずに焼いても良かったのですが、それはマイアさんに止められました。何でも、魔力が大きく乱れて、マイアさんの魔力感知の豪華版という術の妨げになるそうです。
ちょっと面倒ですが、消費した魔力を戻す休憩時間だと思えば良いのかもしれません。
「私の活躍の場はないですねぇ」
「早い者勝ちだよ、メリナお姉ちゃん」
「そうだったんですか?」
「うん。シャマルがいつも言っていたよ」
うーん、子供らしい丸顔のシャマル君、あー見えて武闘派でしたか。あと、ミーナちゃんの中では勝負だったのかと知れましたので、私も少し相手をしてあげましょう。
ミーナちゃんが増長することのないようにという配慮です。つまり教育です。
と言うことで、次に遭遇した敵は私の渾身の蹴りを喰らって動かなくなりました。
「相変わらず、体の切れが良いですね。もう一度聖女にとは言いませんがデュランに来ればイルゼも喜ぶでしょうに」
「それでは聖竜様が悲しみますからね」
「メリナ様の謎の自信が不思議です」
「謎? ショーメ先生は聖竜様をご存じないのにおかしな事を言います。私と聖竜様は愛の絆でしっかりとくくりつけられているのです」
「呪いの類いでしょうか」
「私、はっきりと愛って言いましたよ?」
先生の冗談には付き合っていられませんね。たまに不愉快です。
大きな木製の扉で区分けされた最深部に進むと、中は蒸し暑く、また背丈の高い草が生い茂っていました。
むぅ、さっきの拠点とは違いますね。花畑だと思ったのに。
「ここを進むんですか?」
「……メリナ様、ご注意を。私の知っている場所とは異なります」
先生が静かに言います。
「敵はどこに――」
「ミーナ、行くよ?」
私が問い掛けていたというのに、ミーナちゃんは嬉々として大剣を取って一歩二歩と進みます。
足元は今までの石床でなく土ですね。
「ぐるぐるぐるー!」
ミーナちゃんは剣を胸の前に水平に持ち、体をコマのように回し始めました。
「あれ? 私、似たような物を見たことが有りますね。でも、何だったかな。凄く邪悪な感じなのですが……。あっ、今のミーナちゃんからはそういうのは感じないですよ」
必死に記憶を辿りますが思い出せません。
「アデリーナ様がいらっしゃれば、よくない顔をされたでしょうね」
ショーメ先生の言葉です。何か知っているのでしょうか。
「すみません。ヒントを貰ったのでしょうが、分かりません。でも、アデリーナ様に関係するのですか? 邪悪しか合っていませんが」
「フェリスは覚えているのですか。私はあの日の舞台を夢だと思って苦笑したのですが」
ぬぅ……。デンジャラスも何か朧気に記憶が有るのですね。これは完全に何かを仕掛けられていますね。ビーチャへの言動から察するにマイアさんの仕業だと思われます。
ミーナちゃんは草を刈りながら、不規則な動きで部屋を進んでいきます。くるくる回転しているので足下が不安定なのでしょう。
中央くらいに来たところで、人の気配を感じます。
チラッと見えたのは着古した茶色い布に全身を隠した人間。きっと人間。
ミーナちゃんが構わず、迷わず、それを斬ろうとしたのは残酷な子供らしいなと思いましたが、私は危険を察知しました。
ミーナちゃんの刃がそれに触れる前に相手は消え、ミーナちゃんの頭上に再出現しました。手元には鋭利なダガー。
私もデンジャラスも既に走り出していますが、間に合うかどうか。いえ、私が油断していた要因が大きいです。間に合わせないといけません!
その思いで私は一段と加速し、未だ回転を止めない無邪気なミーナちゃんを救いに行きます。
ショーメ先生の投げナイフがダガーの進路に入り、一瞬だけ相手の行動を妨げました。
行けるっ!
私は足に力を込めて跳ね、空中にいる敵を捕まえるつもりでした。ついでに、氷の槍を3本飛ばします。2本はそいつに、1本はショーメ先生がやったようにダガーの攻撃を封じる為。
悪くて再転移で、ミーナちゃんの命はとりあえず助かるでしょう。
高速で向かってくる氷の槍の軌道を確かめるために、敵はチラリとこちらを見ました。
私は転移するだろうと予測し、魔力感知の範囲を広げます。どこに出ても瞬間でぶっ殺します!
しかし、ミーナちゃんの技量は私の推察を上回っていました。
回っていたはずの大剣を振り下ろして敵を地に叩き付けていました。この私が虚を突かれたとはいえ、目視で追えないスピードで。
アデリーナ様の光の矢に劣らぬ剣の速さでした。
とはいえ、驚きは後にすることにし、私は倒れたままの相手の首らしき部分を踏み抜いて、骨と皮を断ちます。
血を吐かない……。魔族ですね。
奴らは、ルッカさんにしろ、フロンにしろ、本当にしぶといです。死という概念がない存在なのかもしれません。
しかし、私は彼らに対抗する術を考えていました。それを試す絶好の機会でしょう。
片膝を付いて、首の取れた体内に指を入れます。そして、魔力操作でグイグイと自分の体の中へと移動させていくのです。
「メリナさん……何を……?」
私に追い付いたデンジャラスが質問してきました。
「魔族の体内って体液とか内臓がなくて魔力だけなんですよ。たぶん、それだけを使って生きているんです。だから、それを奪って殺します」
「魔法も使わずに魔力を直接動かすって、メリナ様はおかしいですね」
「そうでもないですよ。私としては色気を振り撒き続ける魔性の女教師の方がおかしいと思いますし」
大体、吸い終わったかな。
「こっちも貰っておきますね」
私は取れた頭の方にも指を突っ込んで、中の魔力を頂きました。
「もうメリナ様が魔族みたいに思える能力ですよ、それ」
「あんな連中と一緒にされるのは心外です。前の聖女ですよ、私」
良し! からっからになりましたよ。




