街の中へ
何だかんだがありまして、私達は別館の一階にある応接室でお茶を頂くことになりました。メイド服姿のショーメ先生が凛としたお顔で、白磁のポットからこれまた白磁のカップに飴色の液体を注ぎます。心地よい音ともに蒸気に乗った芳香が部屋に広がりました。
この部屋には来たことがあります。初めてデュランを訪れた時に案内されたのが、ここです。まだデンジャラスさんがクリスラさんのお名前で聖女だった時ですね。
部屋の隅に飾られている狐の置物を覚えています。これは、デュランの神獣と呼ばれている精霊リンシャルを象ったものです。
歴代の聖女の両眼をコレクションしていた気持ちの悪い害獣でしたが、私の拳と心に打たれて、大人しくなったのです。
そう言えば、子狐の姿になって消え去ったと思っていたのですが、デンジャラスによるとまだ存在していると言っていましたね。
さて、お茶菓子が配られるのを待ちながら、私は窓の外を物憂げに見ます。
色々と崩壊しています。
聖女様の館は立派な塔がある大層な建物なのですが、見事に崩れ落ちています。ミーナちゃんが頑張りすぎたからです。壁と共に柱も斬り倒していたのだから当たり前ですよね。全く子供は悪戯好きで困ったものです。
私がシャール伯爵のお家を魔法で焼き落とした事件なんか可愛らしい物で御座います。
ズズッとお茶を一口飲みました。美味しいです。
「メリナお姉ちゃん、音を立てるの行儀悪いよ」
「すみません。熱いから仕方がないのです」
ミーナちゃんは小うるさいです。それよりもイルゼさんの家を破壊尽くした事に関する反省の色を見せてもらいたいですよ。
「マイアさん、魔法で館を復元してもらえますか?」
「えっ、出来ないですよ、メリナさん。私も破壊する方が得意です」
「私も」って師弟は似るものなのですね。
「デンジャラスさんは?」
「マイア様とメリナさんに不可能な事を私が可能な訳が御座いません」
ふむぅ。ショーメ先生も入れて、この部屋には破壊狂いが四人も揃っています。勿論、私は除いていますよ。
誤魔化す方法は無いと判断するしか有りませんね。イルゼさん、戻ってきたらビックリするだろうなぁ。
「ショーメ先生、これ、暗部の仕業って事でお願いしますね」
「承知致しました。あれだけ犯行を目撃されていましたが、皆様の口止めはどうしますか?」
そうなんですよねぇ。粗方、意識を刈ったりして倒れています。特にミーナちゃんに襲われた人達は剣で叩かれたり斬られたりして重傷者が多くて、回復魔法の有り難さを感じました。この幼さでミーナちゃんが重犯罪者と化していますが、デュランの神様であるマイアさんがこちらにいるのでどうとでもなると信じています。
「喜んで下さい。精神魔法は得意ですよ。先程の全てを忘却させましょう」
一変して、心強いマイアさんのお言葉が頼もしいです。でも、いとも簡単に人間の記憶を操作する選択肢が出てくるマイアさんは邪神の類いですね。やはり聖なる竜スードワット様が一番です。
「さて、暗部の本拠はどこですか?」
お茶を淹れ終えて私達に並んで着席したショーメ先生にマイアさんが尋ねます。
「デュランの郊外にあるのですが、1ヶ所ではないのです」
「その何個か有る内で、ヤナンカのコピーが居そうな所も見当が付きませんか?」
「頭領は普段から姿を見せない方で御座いましたので」
デンジャラスがどこかから持ってきた地図を広げます。ここの敷地を中心にデュラン侯爵領全体が細微な筆で描かれています。村を始め森や山の名前なども細かい字で記されていて、高価な代物であることがはっきりと分かりました。
それにショーメ先生が大胆にバッテンを書いていきました。東西南北に1つずつの4ヶ所ですね。
「場所はここです。入り口は木のウロだったり、民家の床下だったりします」
「……転移魔法陣で互いに繋がっていたり、外部への脱出も可能な感じがしますね」
「その通りです。マイア様、流石の叡知で御座います」
「その程度で誉められると逆に、余り敬意が感じられないのですがね。別に欲しい訳ではないですが」
えぇ、慇懃無礼がショーメ先生の得意技ですからね。先生、驚いた顔を演技しても無駄ですよ。私でさえも、あなたの性根が曲がりくねっている事はお見通しで御座います。
「1つずつ潰して行くしか有りませんね」
面倒ですねぇ。これ、夜までに終わらないんじゃないですかね。ふかふかベッドじゃないと寝られない体になりつつあるのですよ、私は。
「あれ? 外が騒がしく有りませんか?」
私は違和感があり、皆に訊きます。
「えぇ。囲まれましたね」
うん?
「メリナさん、デュランの軍と民が聖女の屋敷が破壊された為に様子を見に来たのです」
様子を見に来たって……。宗教に逆らう敵を倒しに来たんじゃないですか。
でも、勝てますよ。変な小細工が無ければ、絶対に私は負けません。だから、凄く余裕が有ります。
「マイア様、待避致しますか?」
「転移魔法で逃げるのもよくないかもしれませんね。ヤナンカなら、魔力の流れから我が家の場所を読めるかもしれませんし」
そんな魔法技術もあるのかぁ。そして、疑問も湧きますね。
「でも、それだったらイルゼさんの転移でバレてるんじゃないですか?」
「あの転移の腕輪は本当に良い代物なのですよ。作製者を知っていますが、バカなのに天才ってヤツなんでしょうね」
「バカなのに天才ですか……」
おい、ショーメ、私を意味ありげに見るんじゃない。ミーナちゃんが、皆から私がバカと見なされているって勘違いしてしまいます。
「それに逃げたら暗部が攻勢に転じるかもしれません。例えば、クリスラやフェリスの知人を襲い人質にするとか」
「大丈夫です。私、フェリス・ショーメは暗部に入る前より天涯孤独です」
「同じく。デンジャラスとなった時から、家とは縁を切りました。一人、大切な人間が居ますが、デュランからは遠く離れた街におります」
もしかして、デンジャラスにも夫か恋人が居るのかと驚きましたが、それは無いですね。聖女時代ならリンシャルが許さなかったでしょうし。
デンジャラスが孤児院で働いていた時の教え子、コリーさんの事だと思います。
「ミーナの知人を人質に取るのは意味が無さそうですし。メリナさんも大丈夫ですね?」
それが実はデュランには大切な知人がいるんですよねぇ。
「王都で世話になった方々が、こちらでパン屋を営んでいるはずなんです。暗部に襲われる可能性があるなら、助けたいと思っています」
「分かりました。クリスラ、フェリス。案内を頼めますか?」
「裏手から抜けます。今なら群衆の目も避けられるでしょう」
ショーメ先生が答えまして、私達は立ち上がります。勿体無いなので、残りのお茶菓子を口に詰めて頬張りました。
廊下に転がしていた人をデンジャラスが担ぎます。この人は先程、私達に種を打ち込んできた暗部の人です。今はショーメ先生の攻撃により意識を失っていますが、落ち着いたらゆっくりと尋問する予定なのです。
広大な庭を正門とは逆に進み、立派な屋敷だった瓦礫の山を迂回して、最後に周りを囲む塀をミーナちゃんの剣でぶっ壊して脱出致しました。何人かの通りすがりの人に見付かりましたが、私達は全速力で通りを駆け抜けます。
ミーナちゃんが付いてこれるか不安でしたが、杞憂でして、重そうな剣を背負っているのに私達のスピードと然して変わりは有りませんでした。やはり、彼女は稀有な存在です。将来有望ですよ。
さて、ショーメ先生の先導で辿り着いた店舗は出来立ての廃墟でした。立派な店構えだったことが大通りの一角に面した幅の広い敷地であることから想像できます。
「既に襲われていましたか……」
ショーメ先生の呟きが聞こえます。
「あっ! メリナ様!!」
女性の元気な声が廃墟の後ろから発せられました。聞き覚えのある人でして、パン工房で同僚だったハンナさんです。最初に王都の店で出会った時は刺々しい態度を私に取られていたのですが、色々とあって仲良しになりました。今なんて、両腕を私の背中にがっしり回して、顔も私の肩に埋める勢いで抱きつかれました。
しばらく、そのままの状態だったのですが、満足されたのか、少し離れて申されます。
「メリナ様がご無事で良かったです!」
「ハンナさんも元気で良かったです。皆も元気ですか?」
「は、はい! ……でも、朝来たらお店は破壊されていて……。私、嫌な予感がしたんです。メリナ様が何かのトラブルに巻き込まれたんじゃないかと」
「おかしいだろ? 店とメリナさんが何の関係があるっつーんだよ。俺はおかしいってハンナに言ったんだぜ。メリナさんよぉ」
生意気で気怠そうに言ってきたのはフェリクスです。ただ、言葉はそうなのですが、パン工房の中では一番か二番手の技術者です。信頼して良い人物です。
「メリナさん、ここは目立ちますので移動しましょう」
周囲の目を気にしたデンジャラスの助言ですが、このメンバーで最も目立つのはデンジャラスですので、お前がそれを言うのか状態でした。怪我人を肩に担いだままですし。
「お前、スゲーな。気合いが入ってんじゃん」
ほら、早速フェリクスが絡んで行きましたよ。




