選抜
「何っ!? 巫女の一番弟子である俺が置いてけぼりだとっ!?」
最近のサルヴァにしては珍しく怒りを見せました。マイアさんがデュランに乗り込むに当たって、メンバーを選抜しまして、そこから彼が漏れたからです。
「はい。残念ながら、貴方は足手まといです」
「……そ、そうであったとしても! 俺は巫女と共に死地に向かわねばならぬ!」
「いえ、それではメリナさんが貴方を庇うが為に戦力ダウンします」
「えっ、マイアさん、それは見当違いです。私、サルヴァが死に掛けても放置ですよ。そういうスタイルです」
当然です。まぁ、余裕があれば回復魔法くらいタダみたいな物ですから唱えてあげますけども。
「私もダメですか……?」
タフトさんが呟く様にマイアさんに尋ねます。
「残念ながら、そうなります」
マイアさんに選ばれたのは、私、デンジャラス、ショーメ先生、そしてミーナちゃんです。当然ながらマイアさん本人もデュランに向かいます。
強さ的にヤナンカが来ないのは意外でしたが、マイアさんの予想では相手が自分ですからね。殺り難さを感じるかもしれないので、マイアさんの配慮でしょう。
「気を落とさないでー。ヤナンカが鍛練してあげるー」
「しかし……」
「魔物召喚してあげるからー。特訓だよー」
「サルヴァ殿下、従いましょう。残念ながら、そこの女性が仰る通り、私達は未熟なのです」
「そっそー。ノエミもいるしー、シャマルもいるよー」
話は付いたみたいですね。
師匠がヤナンカの数に入っていないのが気になりましたが、今はデンジャラスに殴られまくった暗部の方を介抱していますからね。だからだと信じていますよ。決して師匠は差別されていないのです。
「そう言えば、シャマル君はどこですか?」
「シャマルは地下室に居ます。この部屋の奥の床に隠し扉があって、そこを地下室と呼んでいます」
確かこのマイアさんの住居自体も地下に有るので、地下室という表現はおかしな気がします。マイアさんもそう感じているから、わざわざ説明してくれたのでしょう。
「今日は会えませんでしたね。残念です」
「えぇ。ちょうど、ルッカの息子さんが粗相をしたっぽいのでシャマルに処理してもらっているのです」
ルッカさんの息子かぁ。恐らく人間としては世界で最長老の人物です。何せ推定500歳ですからね。前王に強制的に生かされていて骨と皮の存在でした。
私が知っているのは生命維持の魔法陣の上で寝ている姿だけなのですが、意識を戻してもボケまくっているのかもしれません。
シャマル君もお疲れ様ですね。
「そうそう、アデリーナさんの義理の父という方もお住いなのですよ」
ヤギ頭かっ!? 王都解放後に姿を眩ませていたと思っていたのですが、こんな所にいたのか!
「それはアデリーナ様はご存じなのですか?」
「えぇ。ルッカが連れてきて、事後ですがアデリーナさんの許可も得ているそうです」
えー、私は訊かれていませんよ。ルッカさん、水臭いなぁ。頼りになる私に相談すべきだと憤慨してしまいます。
「マイア様、私もここに残るのですか?」
イルゼさんの言葉は質問に似せた不満の表現でした。
「はい。最初の移動は任せます。その後はここに戻ってください。もしも私達が何日も帰ってこない事があれば、皆を連れてアデリーナさんを頼って頂きたく存じます。その役目を貴女に託します」
「私と言うよりも転移の腕輪の役目ですよね……」
「聖女イルゼ。過去にも何人もの聖女がその重責に悩んでおりました。そこから解放されるには、他人の言葉に縋るのではなく、自分の気持ちを切り替えるしかないのです」
「……はい」
「アドバイスとしては、吹っ切れなさい。アデリーナさんやメリナさん、クリスラをバカにして、己が一番だ、そうじゃないのなら死んでも良いくらいの気持ちでぶつかりなさい。骨は拾います」
無茶な要求ですね。しかし、出会った頃のイルゼさんにはそんな勢いも感じました。あのギラギラした欲望を見せて欲しいというのは私も同感です。
「ですよね、メリナさん?」
「はい。その通りです」
突然の振りにも慌てずに、私は即答しました。ウジウジ悩んでも仕方がないのです。もっと気持ち良く生きて欲しいところです。
「ヨゼフ、貴方も残りなさい」
「マイア様の御意のままに」
「宜しい。ヤナンカ、彼に何かあったら頼むわよ」
「無いと思うけど、分かったー」
話は付きまして、イルゼさんの転移魔法により移動します。
場所はたぶん私が滞在した時と同じデュランで一番立派で豪華な館の一室だと思います。
「聖女専用の居室です。数ヵ月前まではクリス――デンジャラス様の部屋でしたので、勝手はお分かりだと思います」
そう言い終えてから、イルゼさんは軽く別れの挨拶をして消えました。
「デンジャラス様? 奇妙な言い様ね」
「私の事です。聖女を辞め、今はデンジャラス・クリスラとして冒険者をしております」
マイアさん、目をぱちくりしていました。
「……格好も合わせて、そういうセンスなのね。そうね。うん、似合っている……かな」
ちょっと視線をずらしたのは、いつも冷静なマイアさんには珍しい仕種でした。間違いなく動揺していますね。
しかし、すぐに持ち直します。
そうです。デンジャラスの趣味など気にする必要はないからです。ちょっと見た目とおつむが可哀想なおばさんだと思えば良いのです。
「デュランで魔力感知を使える方は何人?」
竜神殿のあるシャールなら、私が知っているのは、アデリーナ様、エルバ部長、ルッカさん、フロン。使えるかどうかは分からないけど、野生の勘が鋭そうなオロ部長、アシュリンさん。あっ、アシュリンさんの旦那さんは間違いないですね。あとは、あー、犬の獣人のニラさんなんかも嗅覚とか言っていましたが、きっと使えます。だって、「メリナ様の匂いがしましたから」って、よく出会いますもの。私、体臭なんてしないのに。きっと、しないのに。今は脇も剃ってるし。でも、無性にクンクン嗅いで確かめたい気分になりました。指折り数えると8人か。
「表で10人ほど――」
「暗部に30人です」
デンジャラスとショーメ先生がそれぞれ答えます。うーん、多いですね。そうなると、シャールにも、もっと魔力感知が使える人がいるのでしょう。
「あなたは、その暗部の方ね?」
マイアさんが初めてショーメ先生に語り掛けました。
「はい。今の名前はフェリス・ショーメです。学校で教師をしておりまして、最近、転入してきた、出来が良いのか悪いのか分からない生徒に舐められないようにここにおります」
多分に余計な情報を含んだ自己紹介をされました。転入生って私の事だし。
「それだけの人数がいるのであれば、もう私達が転移してきた事は暗部にバレていますね」
「恐らく。拳が鳴ります」
デンジャラスが実際にポキポキと片手で拳を包んで指を鳴らします。元部下だった人達を殺る気満々で、ちょっと怖いです。
そして、私は気付きました。このデンジャラス・クリスラを私の親友マリールに紹介しないといけないのです。絶対にマリールの罵声が、「ちょっと! 危ない人を連れて来ないでよ!」っていうお叱りが私へ飛ぶはずです。その際は、デンジャラスにはカツラでも被ってもらうことにしましょう。
「マイア様ぁ、ミーナ、お空を見たの久々。眩しいね。お母さんとも来たいな」
窓から外を見ていたミーナちゃんが嬉しそうに言います。
「そうですね。もうそろそろ、お母さんと二人で過ごす生活をされても良いかもしれません」
「えっ。うん。嬉しい!」
つまりは、マイアさん達と別れて地上で生活すると言うことなのですが、ミーナちゃんは幼いのでそこまで頭が回っていないかもしれません。無邪気な笑顔を見せていました。
でも、背には大剣を担いでいまして、ものスッゴい違和感です。そこだけ完全なる武人です。剣王以上に剣王しています。
「では、時間が有りませんので、皆さんの戦闘スタイルを教えてください。メリナさんは結構です。よく存じていますから。まずは得意な物理攻撃をお伝えください。はい、クリスラさん」
マイアさんがドンドン仕切っていきます。
「私は拳です。メリナさんのような爆発力は有りませんが、何回も殴るスタイルです」
「ヒットアンドアウェイですね」
違いますよ、マイアさん。一撃で倒して、その倒れた相手を執拗に殴り付けるスタイルですよ。
「フェリスさんは?」
「迷いますが、ナイフです」
「接近戦が得意なのですね」
「こんな感じのナイフです」
ショーメ先生が胸の前に手を持っていくと、各指の間にシャキーンとお食事用ナイフが挟まれていました。
「もっと良い武器があるでしょと疑問は有りますが、そんな感じなのですね。勘違いしていました」
次にマイアさんはミーナちゃんを見ます。
「ミーナは先程見た通り、あの大剣です」
しかし、マイアさん、トンでもない大きさの武器を教えていたんですね。子供に扱えるサイズだなんて思わないですよ。巨体のサルヴァでも厳しいです。
「もっと小さい方が良いんじゃないですか? あれじゃ隙が多くなりますよ」
「私もそう言ったのですが、ミーナはあれが良いそうです。ほら、アデリーナさんから譲って頂いたのを覚えていませんか?」
ん? そんな事有りましたかね。
記憶を遡りますが、全く覚えていません。アデリーナ様とミーナちゃんの接触は、ミーナちゃんの腕がカニになった時くらいですよね。
その後に会った事なんてないはずです。
でも、マイアさんがそう言うなら、私の勘違いの可能性が万分の一くらいの確率で有り得ます。
ガランガドーさんに尋ねようかなと思ったところで、窓際に立ったままのミーナちゃんが咄嗟に倒れました。何かを避けたようです。
遅れて窓のガラスが弾け砕かれ、私達は臨戦態勢に入るのです。腕と拳が鳴ります。




