メリナの強さと優しさ
「えぇ。ミーナちゃん、宜しく」
私は足を止めずにどころか、挨拶を終えた途端に加速をしてミーナちゃんの懐を目指します。
サルヴァとタフトさんによる前哨戦で私はミーナちゃんの実力を正確に把握しました。やっぱり、この幼さで戦闘力は桁外れです。
本気になったアシュリンさんよりも魔力量は上だと判断しました。子供を殴るのは抵抗が有りますが、多少の無茶でもきっと受け止めてもらえます。
ミーナちゃんは私の動きに反応していて、鉄板の様な大剣の刃をこちらに向けて、真上から振り落とそうとしていました。つまり、胸ががら空きです。無用心ですね。
私の速さを見誤ったのでしょう。
明らかな隙を私が見逃す訳が御座いません。走る勢いを更に加速して、胸へと膝を叩き込みます。
背の小さなミーナちゃんですからジャンプは必要なく、急所である鳩尾へと私の体重とスピードを乗せた膝が炸裂しました。
勢い余って足が浮き、私達は密着した状態のまま宙を走ります。しかし、追撃が必要です。
片手でミーナちゃんの首を握り、そのままへし折るのです。
見込み通り、中々に硬い。
この間合いでは彼女の大剣は効果がありません。
ミーナちゃんは剣を放そうとしましたが、最早、時遅しでして、私の頭突きが彼女の鼻っ柱を強打します。
ミーナちゃんの背中が床を削りながら止まった時には、もう彼女が動くことは有りませんでした。
「……メリナさん? 子供相手に本気って、ちょっとビックリしました。勝てない相手を求めましたが、ここまで一方的だと罪悪感が残ります」
「いやだなぁ、マイアさん。本気な訳ないじゃないですか」
「メリナは強いねー。あんなに力強くて速い動きだと誰も止められないよー」
ミーナちゃんの治療の傍ら、私達は会話をして待ちます。魔法でちょちょいと治せば良いはずなのですが、マイアさんは時間を掛けて修復しています。
もしかしたら、魔力が切れてから回復すると、その後に体内の魔力総量が若干増える現象がありますので、それと似た事をしているのかもしれません。
「メリナ様、お久しぶりです。ノエミです。その節は大変にお世話になりました」
ミーナちゃんのお母さんも近寄ってきまして、深々と頭を下げて下さいました。
こんな殺風景な何もない場所に居ますが、彼女は白い布で頭を覆っていまして、家事をするお母さんの格好でした。
でも、腰には帯剣です。冒険者を将来の職にしようとしているのは本当だったんですね。
「お久しぶりです。マイアさんの願いとは言え、ミーナちゃんを傷付けてすみませんでした」
「正直、複雑な思いは御座います。でも、私達親子の恩人であるメリナ様ですから、今回もミーナに教育頂き、感謝しております」
とは言え、私も攻め過ぎたと思ったのでペコリと頭を下げます。
ミーナちゃんがしばらく動きそうにないので、私はデュランの方々の所へと戻ります。
「お疲れ様でした、メリナ様」
最初に声を掛けてくれたのはイルゼさんです。
「ありがとうございます」
「素晴らしい突進でした。やはりメリナ様が聖女としてデュランに君臨すべきでしたな」
ヨゼフの称賛は現聖女のイルゼさんの手前、余り喜べるものではありませんでした。
イルゼさんの顔が少し曇りましたし。
「仲良くしてくださいね。じゃないと、私、リンシャルみたいに貴方を殺しますよ」
デンジャラスとショーメ先生も私に何か言いたげでしたが、横からサルヴァ達がやって来ていました。
「流石は我が師匠である。ああも簡単にあの童女を伸すとは、武の頂きは本当に高く遠いものであるのだな」
「改めてメリナ殿には逆らってはならないと思いましたよ……。武術に魔術、どちらも天下無双じゃないですか……」
「タフトさん、頭脳もですよ」
「へ、あ、はい。貴族学院に転校してきたのもアデリーナ陛下のご推挙でしたね。もちろん、賢いのだと思っています」
うふふ、宜しい。
あっ、ミーナちゃんが起きたようです。謝っておきましょうかね。
「メリナお姉ちゃん、強い」
近付くなり、ちょっと泣きそうな顔で言われました。
「ごめんね。出来るだけ痛みを感じないように強く打ったんだよ。それで許して」
「メリナは優しいねー」
「それを優しさと感じるヤナンカも怖いわよ」
言い終えてから、マイアさんは続けてミーナちゃんに向かいます。
「ミーナ、前の二人に楽勝して油断したでしょ。ダメよ。慢心は誰でもするものだけど、抑えなさい。未知の敵には最初から本気で行きなさい」
「うん。でも、メリナお姉ちゃんの出方も見たくて……」
「それが慢心です」
マイアさんは厳しいです。お母さんのノエミさんも横から口を挟むことはしません。
「メリナさんを見習いなさい。貴女みたいな幼い子供に思いっきり頭突きですよ。その前にも首をネジ切ろうともしていました。ここを出たら、そういった人間の心を持ち合わせない方々とも対峙するのですから、よく心に刻みなさい」
「いや、マイアさん。ネジ切ろうじゃなくて、へし折ろうですから。私、ちゃんと自制しました」
「何の違いがあるのー?」
殺意の強さです。しかし、私はその回答を控えました。マイアさんが呆れた顔をしまして、それで察したのです。ミーナちゃんがその辺りの機微を理解するには、まだ年齢的に無理と思われたのですね。私もうっかりしていました。
「さて、デュランのゴタゴタを解決するんですよね。パッパッとやっちゃいましょう」
そう言うと、マイアさんはデンジャラス達、デュランの方々の側へと行きます。再度跪こうとした彼女らをマイアさんは手で制してから口を開きます。
「はい、ヨゼフ。正直に申しなさい。本件の絵を描いているのは誰? 貴方を説得しても事態は解消されないのでしょ?」
「……暗部の頭領です」
それを受けてデンジャラスとイルゼさんに問い掛けます。
「ご存じですか?」
「頭領を、という意味ならば、私、イルゼは姿も顔も見たことがありません」
「私は姿だけであれば。暗部が関与していることは薄く感じておりました。そこのフェリスがデュランの街を逐われました故」
偉ぶる感じで「ふむ」と頷いてから、マイアさんはヤナンカを見ました。
「うーん、ヤナンカだったらー、デュランを支配しておきたいよねー。そこを押さえれば、ナーシェル方面の敵を王都のかなり手前で迎撃できるからー」
「ヨゼフ、私は統治者は人間に限ると歴代の聖女に伝えて参りました。貴方の提案はそれに反する。教義に忠実であると思われる貴方の提案が。となると、誰かに入れ知恵か操作されていると私は判断しました」
「畏れ多くもマイア様、そのような事実は御座いません。計画を立案して実行しているのは暗部の頭領ですが、彼の者と邂逅した際に夢を語り、実現に向けて協力を求めたのは私です」
「相手はそう思わせるのです。ねぇ、ヤナンカ?」
「そうかもー」
マイアさんは説明します。
目の前にいるヤナンカを作った様に、本物のヤナンカはデュランにも分身を作っていたのではないか、と。
理由は、ヨゼフの語った「国を治めるべき優れた王が死に、徐々に乱れていくでしょう。新しい王も100年も経てば、その者も滅んでおりましょうし、国も存続の危機に立たされているかもしれません」という言葉です。
それ自体は、よくある考え方で珍しい物では有りません。しかし、暗部の人間がそれに同意して実行しているとしたら、タイミングがおかしいと言うのです。デュランにとっては今である必要はなく、王都側に立つ人間でないとそう思わないと。
付け加えるように、ここにいるヤナンカも「本物のヤナンカならそうするよねー」って言いました。




