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休憩小屋にて

 冒険者一家に案内された休憩小屋という、廃屋みたいな建物は中もボロボロでした。木板の床には小さな穴が開いていて地面が見える所も有りますし、壁の隙間からお外が見えます。室内は基本的に暗いのですが、丸太を渡しているだけのお粗末な屋根ですので、その間を日光が通って木漏れ日のように部屋を照らしています。

 ベッドは勿論、一切の家具が御座いません。野宿よりはマシってレベルですね。


 ただ広さだけはあって、私達は12人居るのですが、余裕で入れました。あと倍は収容できそうです。

 今は思い思いに座って、雑談に勤しむやら体を休めるやら、正しく休憩中です。


 デンジャラスさんは親御さん二人とお話し中でして、立ったままショーメ先生もそこに控えています。

 タフトさんとサルヴァは若夫婦の近くで何をするわけでもなく、一言二言程度の会話をしていますね。未だ癒えきっていない彼らの心の傷を塞ごうと努力しているのかもしれません。



「デンジャラスがデンジャラスである由縁を知っているか?」


 私は聞き耳を立てて、冒険者三兄弟の会話を楽しんでいます。この人達、愉快です。


「あ? 見た目だろ?」


「あと、あの武器だろ? ほぼ素手で熊を殴り殺したらしいぜ」


「ハッハッハ。お前ら、ダメだな。この長兄が教えてやろう。いいか、あいつはデンジャラスの後にも名前が続くんだ。デンジャラス・クリスラだ」


「は? クリスラ様? あの聖女だった?」


「そうだ。あいつはクリスラ様の名前まで借りて名を売ろうとしているんだ。デンジャラスだろ?」


「やべーな。めちょくちゃ不敬じゃんか」


「だろ? 教会上等、天下無敵って感じだろ? ワハハ」


「誇張も入っているだろうが、顔付きも似てるもんなぁ」


「似てるか? クリスラ様はお目にした時があったけど、あんな下品な顔じゃなかったぞ」


 本人ですけどね。でも、私も魔力感知を使えずにアレを見ていたら、間違いなく別人だと思うでしょう。



 一通り笑った後、彼らは私についての話題に変えました。


「見ろよ。前聖女のメリナ様だってよ」


「ヤベーよな。あいつ、突然デュランに現れて聖女候補を叩きのめして去っていたんだぜ」


「聞こえてるんじゃねーか。止めておけよ。殺されるぞ」


 一字一句、ちゃんと記憶に入れておりますよ。


「大丈夫だって。あいつ、後ろを向いてるし、瞑想してるぜ。さっき、しょんべんに行くときに見たからな」


 目を閉じて聴覚に集中しているんですよ。さぁ、続けなさい。無礼講です。


「祈りみたいなもんか? まぁ、なら、安心だな」


「あぁ。で、あいつ、先王も殴り殺したんだろ?」


「あぁ。さっきの炎も凄かったからな。それくらいの実力はあるだろさ」


「デンジャラス・クリスラと、それよりもアンタッチャブルな存在と同行しているって状況、どうだよ? 俺らの命、ヤベーよ」


「なぁ、間違いねーな。そういやさぁ、お前ら、あれ見た?」


「何?」


「あれだよ、あれ。新しい王さんが即位したときに流れたあれ」


 ……ほう。君達、そこから先の言葉はよくよく選ばないと、やはり今日が命日になっちゃいますよ。


「あれか!? あー、面白かったよな!」


「思い出した! あれな! 傑作だったよね」


「必殺デスビ~~ム!」


「それそれ。結構、流行ったよな。魔物を前にしてそれ叫ぶの」


 さて、ではお仕置きですかね。

 しかし、私が立ち上がろうとした時に、最初にあの動画に触れたヤツが口を開きます。


「違うって。俺が言ったのは、その後に流れたヤツ」


「ぶりゅりゅか?」


「そうそう」


「……お前、それはシャレにならんだろ。あれはヤバすぎる。ヤバ過ぎて笑い話に出来なかっただろ……」


 ぶりゅりゅ動画はアデリーナ・ぶりゅりゅりゅなん様が色々とブリュブリュしてしまう、私とガランガドーさんによる共同作品です。快作です。


「サイコーだったろ?」


「いや、笑えんって。新王の就任を完全に呪ったみたいなヤツだろ。ヤベーって」


「……あれさ、後ろにいるヤツの仕業って話だぞ?」


「……確かに、あからさまにメリナが、いや、メリナ様が美化されていたもんな」


「実物もかわいーじゃん」


「だろ? 俺もそう思ったんだって」


「告白して来いよ。骨は俺が拾ってやる」


「貴族様だぞ。俺達なんか失礼過ぎるわ」


 ……おほ? おほほ?

 お前達、命、若しくは、股間が救われましたよ。もっと私を称えなさい。


「さっきも元聖女の慈悲を感じたもんな」


「あぁ。『貴殿方の罪悪は浄化されました。お体は大丈夫ですか?』ってな。俺、震えたぜ」


「中々言える文句じゃねーもんな。なんちゅーか、メリナ様の雰囲気が良いんだよな。うちのババァが言ったら爆笑してしまうぜ」


「チゲーねな、ワハハハ」


 私は聖竜様の神殿でお務めしていますから、他人よりも特別に徳を積んでいるのですよ。そのお陰ですね。



「メリナ様は清純だし、静かだし、聖女って感じだよな」


「正直、俺は崇拝できるぜ」


「なぁ!」


「しかし、俺はあっちの方が好みだな」


「はあ? そんな話はしてねーだろ。お前はいつもそうだよな。趣味がチゲーんだよな」


「そうそう」


「聞いてくれよ。あの尻の絞まり具合が最高じゃん」


 全く……男って生物はどうしようもないですね。女性陣がいる傍で、愚かな話を始めましたよ。聞こえていないとでも思っているのでしょうか。

 しかし、ショーメ先生は相変わらず男を誑かしますね。そういう魔法でしょうか。アデリーナ様とは方向性が異なりますが、悪徳の極みみたいな人です。


「見てみろよ。良い尻だぜ」


「お前、そういうのは止めろよ」


 えぇ、ショーメ先生は地獄耳ですよ。絶対に聞こえていますし。

 ……あれ? 先生の今日の服装はメイド服です。学校の時みたいな男性の劣情を盛りたてるようなエロチックな物ではないです。お尻だってスカートでラインが隠されていて分からないはずですね。えっ、透視ですか?

 えー、やだなぁ。あいつだけ、殺して良いかなぁ。


「あの引き締まった尻はグッと来るな」


「来ねーよ。来ても俺たちに言うなよ」


 チラリと発言者の視線を確認します。ショーメ先生の方向ではありませんでした。若夫婦へと向いていました。


 むむ、あの奥さんを狙うと言うのですか。やはり冒険者は野蛮です。他人の妻をも掠め取ろうと言うのであれば、この倫理観の守護者メリナがその前に立ちはだかりましょう。


「結婚してなさそーだよな」


「知らねーよ。聞いてこいよ」


「てめーの趣味はてめーの話だから自由にやっていいけどな、俺達は興味ねーから黙れつーてんだよ」


 ……若夫婦はどう見ても結婚してるって言うか合流した際の自己紹介で彼らにも伝え済みだったはず。となると……ハッ!? ターゲットは私ですか!?



 男は立ち上がりました。こちらに来るのであれば、振り向きながら裏拳で肩口か頭部を破壊しましょう。



「良い剣だよな?」


「はい。大切にしている物なのですよ」


 っ!? 狙いはタフトさんだとっ!?


「へー。うわ、凄い。あんた、細く見えるのに筋肉が盛り上がっているぜ」


「毎日、鍛練していますから。あなたも暇な時間に――すみません、体に触られるとくすぐったいので止めてもらえますか?」


「いいじゃねーか。触って欲しくて見せつけてんだろ?」


「冒険者よ、俺も女にそういった放言を繰り返した時期があったが、後々になって自分を許せなくなるものだ。その辺りで止めておくが良い」


「あん? あっ、お前、妬いてるのか?」


 一気に興味を無くした私は目を開きました。これ以上は耳が腐りかねないので、聴力に集中する必要はなくなったのです。



 ここで扉がノックされます。新手の敵か、と一瞬だけ警戒しましたが、知っている人でした。ショーメ先生が先に動いて出迎えます。



「大火事が発生していると見張りから聞いてやって来たのですが、メリナ様達の気配を感じまして」


 部屋に入るなり嬉しそうに言ってくる人は、イルゼさんでした。


「おい! あの腕輪、聖女様じゃねーか!?」


「前の聖女様がいるんだぞ。来ても不思議じゃねーだろ!」


 男達が騒ぐのを片手で静かにするように示した後に、イルゼさんは私に仲良さげに寄って来ました。



「えっ、メリナ様、空腹なのですか? それはよくありません。ナーシェルのお屋敷に戻りましょうか。えぇ、明日の朝にお迎えに行きますので、はい」

 

 イルゼさんはとても親切でして、皆で一旦ナーシェルに戻ることが出来ました。

 ただ、デンジャラスさんと目を合わす事がなかったのが気になりました。


メリナの日報


 懐かしのデュランに行きました。街には入りませんでしたが、パン工房の方々と再会するのが楽しみです。共同開発した魚のパン、デュランでも売れているかなぁ。

 あと、クリスラさんが名実ともにデンジャラス化してました。

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