獄炎
程なく、一帯は炎の渦に巻き込まれました。草や落ち葉に引火したのか火の粉が舞っていますが、私はそれを意にも介さず、敵の動きを観察しています。
私が魔力的に感知したのは5人。しかし、もっと潜んでいるかもしれません。油断はしませんよ。
突然の発火に戦闘力に乏しい若夫婦二人は身を縮めて震えていました。すみません、すぐに解決致します。
「心配はいらぬ。このサルヴァと師匠がお前たちを守る」
サルヴァが巨体を利用して、彼らと燃え盛る炎の間に立ちます。
「中々の奇襲ですね。ここまでの罠を張られていたとは迂闊でした」
赤く顔を照らされたタフトさんが剣を鞘から出しながら言いました。力みのない構えは優雅に見え、剣技については素人の私もその強さから安心感を覚えました。タフトさんは自力で何とか出来そうだから守らなくて良いと。
炎は更に勢いを増し、一部では竜巻のように先端が空高く登る物も出てきます。
「メリナさん、大丈夫ですか?」
まだ接敵は果たしていない状態ですが、デンジャラスが言葉を発してきました。
「はい」
私が火に近付き過ぎていることを注意してくれたのでしょう。しかし、私は出来るだけ敵の数を把握したいのです。多少の火傷は我慢致します。
うふふ、愚かなる亡霊どもめ。火に焼かれてのたうち回っていますね。私には分かりますよ。ゴロゴロと体に着いた火を消そうと地面を転がっている様子が。
「メリナ様、消火をお願いします。私、また驚いていますよ。まさか、周囲一帯を焼き尽くす選択肢を取られるなんて思いもしませんでした」
やはり気付かれたか。無詠唱での火炎魔法だったのですがね。
「頭を殴れば出てきてしまうんですよね? ならば、出てこない内に焼いたまでです」
私が出した炎は楽しそうに踊っています。お祭りですね。
「まだ生きていますよね? しぶといなぁ」
「先程の二人の様に一般の方の可能性も有るのですが?」
「浄化ですよ。あっ、ほら、マイアさんが以前にお住まいだった所も浄火の間って言いましたよね。デュランの方なら喜んで身を焼かれるのではと思いますよ」
「つい先程、デンジャラス様の殴打にドン引きされていたではないですか。それよりも酷いと私は思いますが」
ショーメ先生らしくないですねぇ。他人の命なんて毛よりも軽いって思っている人なのに。
「さっきとは状況が異なります。悪霊は本当に怖いんですよ。精神は操るし、目には見えないし、どこから出てくるか分からないし。私が攻撃しても一切通じなくて、逃げても逃げても前に回り込んでくるんです!」
あー。また思い出してしまいました。
お互いを食べ合う近所のおじさんとか、悪夢の光景でしかなかったです。齧られて自分の腕の骨が丸見えになっているのに、負けじと相手を噛もうとするんですよ。
「メリナさん、もう良いでしょう」
「本当ですか? 追い焼きは要りませんか?」
「不要です。お疲れ様でした。後は私にお任せください」
「デンジャラス様、死亡していた場合の処理は私にご用命を」
「……そうする必要がなければ良いのですが、この獄炎ですから、期待は出来ませんか。メリナさん、炎をお止めください」
デンジャラスさんのお願いを私は聞きまして、氷の槍を何本も炎の中に突き刺していきます。
あれだけの火勢も徐々に収まっていきます。
私、実は氷の魔法の方が得意なんですよね。本気で出した氷だと何日も溶けないんです。炎の方は一刻くらいですかね。でも、氷って刺すくらいしか攻撃手段にならなくて、それなら殴った方が早いと考えてしまいます。
「……信じられない思いです。デンジャラスさんもそうでしたが、ブラナン王国の方々は容赦という物を知らないのでしょうか……。諸国連邦の常識では勝てないですよ……」
タフトさん、私は常識人です。非常識な存在を滅殺するための最良手を選んだだけです。
「メリナ様、立派な焼け野原が出来ましたね」
「えぇ、焼き畑的にも最良でしょう」
「メリナ様にも呆れましたが、あれを受けてもまだ生きているとは、本当に悪霊なのかもしれませんよ」
「はぁ!? 動いているんですか!?」
くっ! デンジャラスは、まだ熱が残る中、敵の方へ進んでしまいました。ここは一緒に焼くしか有りませんか。しかし、デンジャラスさんを倒してしまうとイルゼさんが悲しむのでは。
くぅぅ、メリナ、難問ですよ!
「そちらの2名と同じでしょう。妙な気配と言いますか、魔力が抜けました」
「悪霊はどこに行ったんですか!?」
「どこですか……。んー、どこなんでしょうね。私は存じ上げません。あっ、周囲にはいませんよ。だから、メリナ様、再度の魔法はお止めください」
「信じますよ! 私、ショーメ先生の安心安全宣言を信じますからね!」
「えぇ。どうか私を信じてください。しかし、メリナ様が取り乱す物がアデリーナ陛下と聖竜様以外にあったとは勉強になりました」
ショーメ先生が含み笑いをしていましたが、私は咎めずに移動しました。だって、ここは悪霊に近いですからね。少しでも安全地帯に行かないとなりません。つまり、敵から遠い若夫婦の傍です。
「巫女よ、もう終わったのか?」
「終わってなければ最悪ですよ! もう帰りたいです! ベセリンの料理が食べたいです!」
「ふっ。落ち着くが良い。今の巫女は巫女らしくなく見える。敵が現れても悠然泰山としているのが巫女であろう」
むっ、そうですかね。
ふむ、では、そうですね。深呼吸をして気持ちを沈めましょう。
「サルヴァ殿下。流石で御座います。メンディス殿下にも弟君の成長っぷりをお伝え致します」
「そうか! うむ、タフトよ。二人で兄者を盛り上げていこうぞ!」
サルヴァは嬉しそうです。
いやー、副学長と付き合うだけでこんなにも人は変わるのか。アデリーナ様も副学長サンドラさんと結婚すれば良いんですよ。
私が燃やした人々は、ショーメ先生が仰った通り、生きておりました。信じられないです。デンジャラスさんが説明するには、防御魔法的な何かが彼らを守ったのだと言います。
悪霊め、中々にしぶといです。焼き消すにはもっと威力が必要なのだと私は学習しました。
さて、もう何も憑いていないとデンジャラスさんとショーメ先生が言うのを信じて、私は彼らを回復させました。
先程の若夫婦と同様に、彼らは一般のデュランの下層民の家族でした。壮年の親と、もう成人した息子3人。一家で冒険者として日々の糧を稼いでいるそうです。
私はちゃんと「マイア様の思し召しです。あなた方は浄化されました」と答えました。どんな理不尽な事でも、ここでは誰もが納得する理由みたいですので。とても便利です。竜神殿にも導入したいですね。「スードワット様の思し召しです」ってセリフ、完全に世界の理みたいで格好良いです。否定した奴は私がぶっ殺すみたいな。
「また食料を探していたのですか?」
「彼らはそう言いました」
不思議です。先の二人の様に森をさ迷っている方がまだ食べ物にありつけると思いますし、仮にもベテランでそれを生業にしている冒険者の方々が無駄な捜索をするはずがないと思いました。
「うぉぉ……まだ体が熱いぜ……」
「前聖女の除霊魔法を浴びれるなんて有り難いことだぜ?」
「いやぁ、死んだと思ったんだがな」
ショーメ先生くらいのお歳の三兄弟達は仲良しそうです。一応、私が前聖女であることは明かしております。
「あれ? お前も冒険者なのか?」
デンジャラスさんが太股のポケットからカードを取り出して親御さんに見せていました。
「デンジャラス? 変わった名前だな」
「っ!? あんた! デンジャラスって言ったら、今一番名を上げているヤツだよ! どんな魔物でも拳だけで殴り倒す、危ないヤツだよ!」
どこまで野蛮人なのでしょうね、デンジャラスは。同じ殴るにしても華麗で優雅な戦いをする私の様な人間には、到底、想像も付かないですよ。
彼ら家族が近くの冒険者用の休憩小屋に案内すると言うので、私達はそれに従いました。非力な若夫婦二人をそこに避難させたい思いも御座いましたので。




