フラフラと
トンでもない事実が発覚しました。
何とデンジャラス・クリスラさんがしこたま殴った相手は一般人だったのです。
しかも、一発で吹き飛ばした人は若い女性だったし、本当に容赦がないです。二人とも瀕死で御座いましたが、情報取りも必要だろうと私が魔法で回復させたらこれで御座いますよ。
タフトさんもサルヴァもドン引きです。もちろん、私もです。
「全てはマイア様のお導きの結果です。しかし、謝罪いたします」
デンジャラスさんは、自主的に正座して震える二人に頭を下げました。詫びの文句もどうかと思いますよ。マイアさんもこんな使われ方をしてるなんて思わないでしょう。
被害者2名は目も合わせてくれなくて、彼らに与えた恐怖心は相当な物でしょう。そもそも、デンジャラスさんの見た目は完全に荒くれ者のそれですから、今も怖さに支配されていると思います。
彼らがデュランの街の一般住民だと分かった理由は、前頭部をデンジャラスさんの拳で、更に後頭部を吹き飛んだ先の大木で強打した女性の命が尽きようとしているのを察知して、私が回復魔法を掛けたからです。
状況が分からぬまま意識を失っていた彼女は、回復当初に私へ森に入った目的を素直に教えてくれました。
夫婦で食べる物を探していたそうです。
確かに彼らの体付きは痩せておりました。
デュランは油っこい料理が多い土地で、食に困るほど貧しい街ではなかったとの印象を持っていますが、私の知っているのは街の中でも狭い一部の地区のみですので、貧民街は存在するのかもしれません。
もう一人の男の方はボッコボッコに殴られたせいで顔面は血塗れでして、私が回復魔法を唱えても汚れはそのままでした。それを見て女は短い悲鳴を上げ、二人で正座の状態です。デンジャラスに殴られ続け、凄まじい恐怖を抱かされた男もその横で頭を下げております。
「巫女よ、完全にこちらが悪者ではないか。見た目的にも行為的にも」
まともな発言をするようになりましたね、サルヴァ。成長を感じます。
「とりあえず死んでなくて良かったです」
男の命があることから、デンジャラスさんは手加減して殴っていたのでしょう。だったら、素手で殴打すれば良いのにとも思いました。
「教会に行けば、いつも施物があるでしょう? どうして、ここへ?」
ショーメ先生が尋ねます。しかし、ガタガタ震えたままの彼らは答えるどころでは有りませんでした。
「フェリス、まずは彼らに安心を与えましょう」
恐怖を植え付けたデンジャラスさんが言うのは、とてもおかしいと思いました。自分の落ち度を全く感じさせない態度は聖職者特有の物なのでしょうか。
「こちらの黒髪の女性、メリナさんと言いますが、ご存じ有りませんか?」
その言葉に恐る恐る彼らは目を上げて私を見ました。私もニッコリして敵対していないことを表します。
「……半年前の聖女決定戦で、勝ったお方がメ、メリナ様だったかと……」
本当に小さな声で女の人が答えました。
「その通りです。このメリナさんは先代の聖女本人です」
その更に先代の聖女であるデンジャラスさんが告げました。
「せ、聖女様……?」
「前のですよ。今はイルゼさんですから」
「な、何故、聖女様のお仲間が俺達を……こんな目に」
まるで私のせいみたいになってしまいました。しかし、同じく元聖女のクリスラさんの名前を出さない方が良いのであれば、私はそれに乗って上げましょう。気配り上手のメリナとして名高いはずの私ですからね。
「聖女は慈愛を与えますが、その前に身を清める必要があるのです。過酷な行為でしたが、あなた達の体から悪は去りました」
こんな所ですかね。それっぽいでしょう。
「おお! そうであったのか! ジョアン、カークス、そして俺も巫女に殴られたが、悪を浄化する行為であったのか!? 有り難いことである!」
サルヴァが興奮していました。すっかり忘れていましたが、取り巻きだった二人はどうなっているのでしょうか。氷の檻から出したあの日以来、彼らの姿を見ておりません。お腹を壊したまま亡くなっておられないですよね。
「そうなのですか? ……失礼ながら、メンディス殿下と私の時はむしろ邪悪な何かを挿入された感じでしたが……」
ちょっ、タフトさん、冗談でも言って悪いことがありますよ。ちょっと私の気合いの魔力に触れただけじゃないですか。
「わ、私達も清められた……のですか?」
「死んだら天国なんですか、俺達?」
宗教って怖いですよね。死んだ後の話なんて考えない方が良いですよ。
デンジャラスさんが黙って深く頷きます。さっき地獄絵図を作った人なのに偉そうです。いや、過去は実際に偉かったんですが、それでも自分の今の卑劣な行為を忘れているのでしょうかね。
「あなた!」
「お前! あぁ、俺達は死後に救済されるのが決まったのか……。うぅ、良かった……」
マジかよ。驚愕です。
喜んではいけませんよ……。
今のは私の口から出任せです。すっごい罪悪感が私を襲ってきますから。
しかし、哀れな彼らも、ようやく、ちょっと喋れるようになってきたのは良かったです。
続いて、ショーメ先生が服のポケットから堅パンを出して、お二人に差し上げていました。それで完全に落ち着きを戻します。
私達は二人を追加して前へと進みます。前をショーメ先生とデンジャラスさんに任せ、後ろは私とタフトさん、サルヴァです。真ん中の弱々しい人を挟んで護衛の形です。
「巫女よ、妙ではないか」
「何がですか? デンジャラスさんですか? あいつ、マジヤバになってますね。もう絶対に昔の名前で呼んでやりませんよ」
「いや、そうではない。ショーメ先生が正しければ、彼らは先生の謎の符号を聞いても動きを変えなかったのだぞ。やはり、おかしいではないか」
「聞こえなかったんじゃないですか?」
全くサルヴァも何を言うかと思えば、森の中にいる不安がそういう疑心暗鬼の原因でしょう。
「そうだろうか……。いや、巫女がそう言うのであれば、それが真実であろう」
着々と私達は進みまして、私達は開けた場所に到着しました。ゆったりとした流れの大きな川が広がります。対岸がだいぶ遠くて、泳いで渡るという選択肢は普通は取らないくらいの幅です。陽光が水面で反射してキラキラしています。
あー、たぶん、私はこの風景を見たことがありますね。
「この川の上流の方に、私の神殿が有るんですよ」
懐かしいです。シャールからデュランまで優雅な船旅でした。指を鳴らすだけで、美味しい飲み物や食事を持ってくれるサービス付でした。アデリーナ様もたまに良い仕事をしますね。
この川はその時に使った川だと思います。
「巫女の里もそちらにあるのか? ならば、俺も一度は訪問したい」
「お前がより精進して完全なる真人間になったら許可しましょう。私が案内します」
「っ!? み、巫女が俺を!? つ、遂に俺は贖罪を終え、巫女に認められたのか……」
「そういうキモい発言がなくなってからですよ」
ショーメ先生もデンジャラスさんもここで休憩されるようでして、私達ものんびりします。
暇潰しに私は一匹の蟻さんを追い掛けて、巣穴を探る遊びをしていました。
「あなた方は森で食料を探すよりも川で魚を取った方が確実だったのでは?」
タフトさんがデュランの民二人にそう訊いているのが聞こえました。水面を跳ねる音や波紋も確認できまして、確かにそうだとは思いました。
「んー、そうですよねぇ……」
「それは思い付かなかったのです。今なら、そっちの方が簡単だったと思うんですが……」
彼らも不思議がっていました。自分の事なのに。
「巫女よ、何か有るな」
私と共に蟻を追っていたサルヴァが小声で言ってきました。
「……彼らがおバカな可能性ですか?」
「いや。そうではなくてだ。例えば悪霊に憑かれたら――」
「はぁ!? 目茶苦茶怖いんですけど! 怪談とか絶対に嫌なんですけど!」
「す、すまぬ」
ショーメ先生が立ち上がりました。デンジャラスもです。私の声に呼応した訳ではなく、私も感知したのですが、またフラフラとこちらに何者かが寄ってきていたのです。
「クリ、いえ、デンジャラス様」
「お任せください」
悪霊ならば、絶対に排除しないといけません。私の拳が効かない相手は本当に怖いのです。今なら、誰かに取り憑いているのであれば、物理で殴り殺せるのではないでしょうか。
あー、神殿にお務めする前に、森の奥で戦闘した記憶が蘇ります。大苦戦して、同行した村の人達が何人か犠牲になったのです。
「私も行きます。頭を殴れば出て行くのですね?」
「……そうですね。メリナさん、やり過ぎないように」
うしっ! メリナ、行きます!!




