デンジャラスさん
クリスラさんは物静かだけど、芯の通った人です。また、厳しい言動も有りますが、基本的には心優しいです。
真っ当に選ばれた聖女ですので、デュランの宗教にも忠実でして、敬虔な宗教指導者そのままって感じです。
いつも聖女の正式服装である赤や青などの曲線模様で縁が飾られた白い服をお着になられていました。
簡単に言うと、聖女が住むデュラン侯爵領の侯爵様より偉い人です。戦時でも王様の隣に控えたりもする程度の高位の方でした。
クリスラさんは、いつもデュランの行く末を第一に考えられていて、その観点から先の王都決戦もアデリーナ様側に付かれたのです。もちろん、熱いハートも持ち合わせておられまして、一番最初に私と敵対した時なんて、異空間に転移した上で転移の腕輪を破壊し、私と共にそこで朽ちる選択も取られたくらいです。
お年頃は私のお母さんより若いくらい。肌の張りからすると30後半かなと思います。
ショーメ先生が部屋の扉を開けましたので、私がまず最初に入ります。
「お久しぶ――っ!?」
私、ビックリしましたよ。
イルゼさんから聞いてはいましたが、クリスラさんは聖女を引退された後は冒険者になられたのです。
だからでしょうか。かなりのイメチェンをされておられました。
まず目立つのは側頭部をごっそり剃った髪型。以前は清廉な感じの真っ直ぐな長髪だったのですが、それを頭の真ん中ライン以外は全て刈った上で、残った髪を整髪料でガチガチに纏め固めて逆立てています。まるで鶏冠みたいです。ファンキーです。
切れ長の目が聖女時代は厳粛さと冷静さを引き立てていたのですが、髪型が違う今は、単なる目付きが悪い人みたいに見えて、知らない人なら近くに寄るのは嫌だなって感じになっています。
更には、服も黒革系ですし、無駄にジャラジャラと鎖が何本もアクセサリー的に飾られています。しかも金の鎖ですから余計にガラが悪いです。
クリスラさんは物理的にも精神的にも尖ったイメージになれていました。
汚い路地にたむろっている不良みたいなんですが、哀しいかな、クリスラさんは若くないので、何だか年食ったアバズレを見ている気分になりました。
「お久しぶりです、メリナさん」
良かった。言葉遣いは以前と同じく丁寧です。不幸中の幸いです。
「は、はい。クリスラさんはお元気でしたか? 何か悪い物を食べられたりとか、呪われたりとか御座いませんか?」
「えぇ。見ての通り、元気一杯です。責務から離れて自由を味わっています」
……元気過ぎてヤバくなってますものね。若しくは自由を履き違えておられます。
鎖ジャラジャラおばさんなんて初めて見ましたよ。
「最近、オシャレに目覚めたんですよ。唇とお臍にピアスか、腕にドクロの入れ墨、どっちが良いと思います?」
「いやー、リンシャルが怒るかもしれませんよ」
リンシャルはデュランの聖獣でして、狐の形をした精霊です。半年前までは歴々の聖女の眼球を自分に取り付けたりと気持ち悪いヤツだったんですけど、殴り付けて性根を入れ換えてやったんです。
なので、リンシャルよ、クリスラさんのオシャレセンスについて物申しなさい。
「これだけ好きにやっているのですから、私はあの獣に食い殺されても構いませんよ」
っ!?
確かにリンシャルは害獣でしたが、クリスラさんなら絶対にリンシャルをそんな悪く言わないはずです。何が有ったと言うのですか……。予想外の返答でした。
「レジス先生、私達はあちらのお部屋で二人きりでお話しましょうか?」
「おぉ、そうですね! 僕達も色々と募る話が有りますからね! 二人きりで、邪魔者の居ない感じで話しましょう!」
ショーメ、貴様、分かるぞ。クリスラさんの変貌ぶりにどう対処すべきか困って、私に押し付けただろ?
しかし、私に抗うことは出来ませんでした。何故なら、ショーメは立っていて、私はクリスラさんの前に座っていたからです。
ここで立ち上り、ショーメに付いていくのは大変に不自然でした。レジスの動きが素早くて、扉がバタンと閉められてしまったのです。
「メリナさん、遅ればせながら、公爵就任おめでとうございます」
見た目の雰囲気は激変していますが、この優しい口調は前と同じなので、何とか私は平静を取り戻します。
「そんな大した物では御座いませんので」
「メリナさん程の方なら、いずれと思っておりました。コリーやアントンも元気にしていますか?」
コリーさんは私の友人で、赤毛の髪が特徴的な人です。また、細剣を器用に扱って結構な強さを持つ人でもあります。普段は使用しませんが肉体強化なんて珍しい術も用いて、でっかい猿みたいな体格にもなれます。スピードもパワーも兼備したスーパーファイターになるのです。
でも、涎を口から垂らしたりとか頭が悪くなる副作用があるみたいですので、余り使用されない方が良いと私は思います。折角の端正なお顔が勿体無いです。
今は私の領地となっているらしいラッセンで代官輔佐をしてもらっています。
アントンはそのコリーさんの恋人でして、口の悪いクソ野郎です。何かと私に突っ掛かって来るので、早く死ねって思います。そのアントンは何を思ったか、同じくデュランの代官に名乗りを上げて、私は使ってあげています。
「いやー、全然会ってないんですよ。コリーさんからはたまに手紙が来ていますけど」
アントンからは数字が羅列された報告書が来ていますが、ムカつくし不浄ですので読まずに燃やしています。
「コリーは私の大事な子なので大切にしてくださいね」
「……子?」
本当の子供って意味かどうか迷いました。でも、コリーさんはアレでしたね。孤児です。で、クリスラさんは聖女に任命される前は孤児院の先生だったはずです。
「家族であり、教え子でもありました。私の子は殆どが若くして亡くなりました。コリーは少ない生き残りなのです」
おぉ、鎖ジャラジャラですが、しんみりしましたね。
「私はデュランの街のために身を捧げました。結婚もせずに聖女となり、使命を全うしきった想いも有りました」
うん、うん。そうでしょうね。
「渋る後継者候補が就任を受諾して、安泰だと思った矢先でしょうか。私の転落が始まったのは」
クリスラさんが鋭く私を見ます。その後継者候補が私だからです。
「まさか、就任の挨拶が退任の挨拶になるなんて思ってもおりませんでした」
「あはは、私、学校も入学前に退学になったんですよ。今はまた学校に入れましたけど」
嫌な雰囲気を笑いで変えようとしましたが、部屋は沈黙が支配しました。居たたまれない空気です。
クリスラさんは私を見詰めてくるし。かなりのプレッシャーです。
「ふぅ……。転落と表現するのはおかしいですし、イルゼが頑張っておりますから、これ以上は過去の話をするのは止めましょう。すみませんでした」
許してくれましたか。良かったです。
「クリスラさんはどうして冒険者に? クリスラさんは貴族ですし、元聖女なのですから、お金には困っていないですよね」
「それにお答えする前にお伝えします。私は貴族では無くなりました。アデリーナ陛下にお願いして姓をお返ししました。今はクリスラが姓であり、名前でも有ります」
そんな制度が有るんですか……。初めて聞きましたよ。
「冒険者になりたかった気持ちは昔からでした。人の役に立つのは私の幸せです。もしかしたら、シャールのフローレンス巫女長に憧れがあったのかもしれません。」
巫女長も若い頃は冒険者だったみたいですからね。
「クリスラさんの志はご立派だと思うのですが、見た目の雰囲気がガラリと変わりましたね」
「元聖女という肩書きですと仲間の方が緊張されますので、少し柔らかく見えるように工夫しました」
なるほど! 結果は理解しがたいですが、合理的な理由が存在していたのですね! いえ、合理的かどうかも怪しいですが、何とか私なりに納得できて安心致しました。
「ところで、クリスラさん、お願いが有ります」
「私の生涯の願いを踏み付けるように破棄したメリナさんが私に依頼ですか? ……冗談です。何でしょうか?」
嫌みには聞こえませんでした。クリスラさんは良い人ですから。基本は私を信頼してくれています。
「私の友人がクリスラさんに会いたいと言っておりまして」
「……聖女としての私は死にましたのでお断りさせて頂きます」
毅然と言い放たれてしまいました。しかし、聖女の奇蹟に興味があると勘違いされたのかもしれません。
「いえ、クリスラさんの魔法に興味があるのです。あっ、冒険者ギルド経由で個人指命の依頼をさせて貰えば宜しいですか?」
そんなのがあるってケイトさんから聞いたことがあります。ケイトさんは研究で色んな毒物を欲していますが、そんな物は市場に無くて冒険者ギルドに収集を頼んでいると言っていました。しかも、そんな依頼を好んで受ける冒険者は極少数でして、ケイトさんはご指名で依頼をしておりました。あっちもご商売ですので指名料が上乗せされるらしいんですよね。
「そうですか。ならば受けましょう。このデンジャラス・クリスラが」
「……はい?」
「私の異名ですよ。冒険者仲間が面白がってそう呼ぶものですから名前の一部に致しました」
「えっ……良いんですか? そんな名前で」
「人生、楽しんだもの勝ちですよ」
……いや、振り切り過ぎでしょ。聖女から荒くれ者にランクダウンしていますよ。普通の価値観なら、それ、負けてます。
「仕事として受けるにも関わらず、代わりと言うのは気が引けますが、私からもメリナさんに依頼があります」
「私に出来る程度であれば、仰って下さい」
ずっとですね、私はクリスラさんに聖女を辞退して悪かったなぁと思っていたんです。その貸しを返したいのです。
「異端派に支配されたデュランを解放するため、私と共に来てください」
「3日くらいで終わりそうな仕事ですね。分かりました」
私、ピンと来ましたよ。イルゼさんはボーボーの人に困らされていると言っていました。あいつが異端派のボスでしょう。
楽勝です。
「快諾有り難う御座います。大変に心強いです。早速行きましょうか」
クリスラさんは黒い金属で出来た打撃用武具を両拳に嵌めながらニッコリしました。ナックルダスターって言うんですよね、それ。
デンジャラス・クリスラ、そんな雰囲気にお似合いの武器です。
でも、それをガツンガツンとぶつけ合って音を鳴らすのは怖いので止めてください。




