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女傑たち

☆視点変更

 標的を聖竜スードワットからアデリーナへと変えたメリナは罵倒の様な雄叫びを上げた後、その動きを突然に止める。


 しかしながら、それは物理的な、言い換えると表面的な静止であり、その場にいた者達は異常なまでの魔力の奔流を感じていた。



 女王の地位に就きながらも死の可能性を恐れずに、この戦闘に臨んだアデリーナ・ブラナンは、愛猫を懐から下ろして、何もない空中から剣を取り出す。


 彼女が王家に生まれなければ、その類い稀な美貌もあって伝説の剣士として名を上げたかもしれない。また、その才気に初代ブラナンが興味を持たなければ、密かに母親イネスによって用意された猫型魔族フロンによって他国へ逃れ、今とは違う形で世界の一部を支配していたのかもしれない。



 咆哮を終えたメリナに、この場にいる誰よりも速く斬りかかっていたことで彼女の才能は証明される。



 無言で振るった剣は、溢れる魔力で光跡を残す。横薙ぎの狙いはメリナの胴。


 十分に踏み込んで力の乗った一撃であったにも関わらず、やはり友と親しく呼び、その実力を高く評価した者を分断することは出来なかった。

 それは情に起因する躊躇いのためではなく、目の前の少女が予想を遥かに凌駕する強さを持っていたため。



「かったいで御座いますわね!」


 不満を大声で叫びながら、アデリーナは剣に込めた力の反動を避けるため、武器を宙に消す。

 そして、大きくバックステップを取って間合いを戻す。



「やるじゃん、アデリーナさん。意外にパワフルね」


「……私を見下す様な言い方ですね、ルッカ。正直、不愉快で御座います」


「あはは。ソーリーね。ほら、私、アデリーナさんのグランマだから。そんな目で見ちゃうかな」


「こんな時に何を言うかと思えば、夜会後の触れられたくない過去を思い出します」


「そんなハプニング、有ったね。ところで、今のは巫女さんを殺す気だったよね?」


「あれくらいで死ぬと思える娘なら、苦労は致しませんよ」


「邪神が出てくる前に終わらせようとしたんでしょ? アデリーナさんはスマート過ぎるわ」



 メリナはやがて宙に浮かぶ。そして、その皮膚に細かくヒビが入り、ガラスが割れるが如くに砕け落ちた。中から現れたのは黒と白の怪物。



「っ……巫女さん……」


「……趣味が悪い原因は宿主由来なのか、寄生虫由来なのか、どちらなのでしょうね」


『メリナよ……』


「んー、完全体かなー」



 体は竜、大きさは象程度であった。白と黒の糸で網目模様の体表を持つのだが、その場の者を震撼させたのは、その頭部がメリナの顔であった為である。

 艶のある長い黒髪が揺れる中、あどけなさを残す娘は無表情で虚を見詰める。

 


 そして、美しきメリナの顔が歪み、溜めてからの2度目の咆哮。


 この世の全てを呪う魔力は、ここ500年に渡って聖竜が籠った聖域を侵食する。全ての魔力を自分の物と入れ換えるかの様に。


 大気に宿る魔力がまず干渉を受け、凄まじき爆風を呼ぶ。化け物を中心として砂埃が円く広がって行く。


 敵を見据えることを最も重視するはずの魔族ヤナンカでさえ、腕を上げて防護壁を作り頭部を守った。それほどの危険性を孕んだ現象であった。



 諸国連邦の地でのそれとは比較にならないほどに、常人であれば、その暴力的な魔力を乗せた死の風によって一瞬で還らぬ者となっていたであろう。

 しかし、この場に立つ者は、アデリーナを始め、各々の時代での英傑であった。故に地に伏せる者は居なかった。



 ルッカことロヴルッカヤーナは1000年以上を生きる吸血鬼である。自らも知らぬことではあるが、500年毎に秘めた魔力が増大する宿命を持つ彼女はアデリーナやメリナが表舞台に立たなければ、この時代の、この地域の支配さえ実現した魔族である。

 彼女もまた、緊張した面持ちでアデリーナと同じく虚空より取り出した剣を構える。


 また、ここにいる魔族ヤナンカは本体ではなく魔力で構成されたレプリカである。そのために、化け物が発した暴力的な魔力を前にして、最も影響を受ける存在である。

 しかし、2000年を生き抜いた彼女には豊富な戦闘経験と技術が有った。放射された魔力が体内に蓄積されぬように新たな外殻を張る。


 外殻。優れた魔族は内臓や体液を捨て、自分を魔力だけの存在とする。それらの役割を魔力に負わせるのである。そうすることにより再生能力を高めて物理攻撃による影響を極限まで下げる。

 しかし、その体内に構築した魔力の自然放散を防ぎ、一定の位置に固定するための物が外殻である。それは一般的な生物で呼ぶところの皮膚であり、甲殻に該当する。体を保つ、外物の侵入を防ぐなど、機能も似たようなものである。


 ヤナンカレプリカの外殻は2重であり、一つは白い肌、そして、今回構築したのは全身を包む茶色のローブである。踝も見えず、また顔も大部分を隠して顎しか見せない。自然な感じの色落ちや汚れ、(ほつ)れさえも再現している。つまり、重度の獣化した人間が人目を避けるために装う姿である。

 彼女の本体が情報局長であった時は常にその姿であり、その流離い人姿で道すがら何人もの人間を殺している。無論、その記憶はこのレプリカにも残っていた。



「行くねー」


 感情を込めずに放った後、ヤナンカは消える。彼女が誇った種々の苛烈な攻撃魔法は、大昔、始祖とも呼ばれる初代ブラナンに精霊を宿らせる代償に失った。

 それ以来、彼女は転移魔法と鋭利なダガーを駆使して戦うことになった。もちろん、彼女はレプリカで、彼女が持つダガーも本物と違って血を吸った事はない。



 ヤナンカは化け物の頭上に出現し、敵の延髄に手にした武器を正確に突き刺す。ちょうど、そこはメリナの頭部と化け物の首の境目である。


「殺ったよー」


 いつも通りの処理を終えたと思った彼女は次の瞬間に床へ叩き付けられていた。数回のバウンドをして、ようやく止まる。長い尾の高速の一撃が炸裂したのである。


 しかし、誰もヤナンカの無事を確認する者は居なかった。余裕がなかった。



「スードワット様、行くよ!」


『う、うん!』


 聖竜が人化した姿はロヴルッカヤーナの雰囲気と似ている。それは偶然であるが、優れた術者であるロヴルッカヤーナは完全に同一のフォルムや肌色を取ることも出来る。しかし、それは聖竜への敬意から避けている。


 500年前、聖竜の下へと辿り着いたロヴルッカヤーナは地中深くで孤独を感じずに1000年以上も住まう存在に心を震わせた。

 魔族となった彼女は死ねない体であり、生の意味を失っていたのだ。聖竜が『死ぬのは怖いよね。痛そうだし』と軽く放った言葉は、彼女の悩みを笑いに変えた。


 後日、巫女長となった彼女がまず行った事は巫女服を人化時の聖竜を真似て、黒一色にすることである。時代と共に巫女長の服のみ、金刺繍などが入り、本来の意味合いから外れたことは、豪奢を好む人間への皮肉に成り得よう。無論、ロヴルッカヤーナが巫女服の意味を他者に伝えていないのが悪いのだが。

 


 優しき古竜スードワットが動く。


『メリナちゃん、ごめんね』


 妖艶な黒い肌の人型となった聖竜は呟きながら、両手を前に出す。そこから無詠唱での重力操作。

 古竜である彼女は、全身の物質化が進んでいるものの本質は精霊である。直接的に魔力の根元である魔素を操ることが出来る。


 スードワットの能力によって、化け物はバランスを崩して落下をする。剣士の手の届く場所へ来たのである。



「グレートよ!」


 ルッカは飛び出し、手にした剣で腹を深々と刺す。

 次撃として、詰めたアデリーナも前肢を斬り上げる。まだ化け物が顕現する前のメリナを斬った時と違い、今回は切断に成功する。


 そのまま、剣を返し上から下へと、アデリーナは首の根本を狙う。


「危な――っ、ぐふっ!!」


 アデリーナへのルッカの喚起は途中で呻きに変わる。化け物の尖った尾が身を投げ出した彼女の腹を貫いたから。

 魔族である彼女は体液を持たない。そのために、血が吹き出すことはなかった。誰よりも再生能力に優れているという自負もあるが、彼女は戦闘能力を隠すため、今回は動く盾として役割を果たすつもりであった。


 しかし、ルッカの挺身もむなしく、それでも、アデリーナを襲う尾は止まらなかった。アデリーナに届く寸前、慌てた聖竜が激しい雷撃によって行路を強制的に変えさせる。



「助かりました。私は、あなたを見くびっておりました。謝罪致します」


『えっ、う、うん。えっ? 私、聖竜なんだけど……? 伝説の……』


「心底見くびっておりました」


『う、うん。じゃあ、もう良いよ……』



 尾を大きく跳ねて、化け物は刺されたまま動かないルッカを放り投げた。それが生物であれば亡骸を棄てるだけの行為であったのだが、ほぼ永遠の命を持つロヴルッカヤーナは空中で傷を癒し、見事に足から着地する。



「ふぅ。巫女さんの本気の一撃よりは軽いかな。ノープロブレムよ」


 乱れた青い髪を払いながら、彼女は少し笑みを湛える。



 化け物は体を動かし、聖竜を正面にした。最大の強敵と見なした為であろう。

 虚ろなメリナの目が聖竜と合う。その間にアデリーナに斬られた前肢が再生した。

 攻撃者たちは連携攻撃が徒労に終わった現実を確認する。



「ったく、本人みたいな気持ち悪さですね」


「タフさが憎いわね」


『怖いなぁ』



 それでもなお、アデリーナは果敢に突進する。タイミングを合わせて払われた前肢を、寸前で体をずらして躱し、避けた動きのまま体を回転させて剣を横から叩き込む。

 そして、今度は待避せずに互いの間合いに留まり、化け物と対等以上に撃ち合うのである。華麗なステップと豪快な振りは、再び彼女の才能を周りに知らしめる。


 ヤナンカも加勢する。尾による攻撃が最も脅威的と判断した彼女は、それがアデリーナに向かないように化け物の後方に転移し、尋常でない速さで四方八方から襲ってくる尾をダガーによる受けと転移で避けていた。

 アデリーナを助けようとしたのは、初代ブラナンの記憶を宿している彼女を守りたいという想いが無意識的に働いたのかもしれない。


 ルッカも尾を相手にする。ヤナンカの動きで尾を翻弄する事は出来ても、小さな刃でしかないダガーでは切り落とせず、化け物が魔族を無視してアデリーナを襲う選択肢を取らせないためである。


「あなたと共に戦う日が来るとは思わなかったわ」


「ロヴルッカヤーナだよねー。久々ー」


「500年前は助かったわ。サンキュー」


 不老不死の体を欲しがったブラナンはロヴルッカヤーナに狙いを定めていた。その頃には、多数の人命のために少数を犠牲にする王の方針に疑義を持ち始めていた彼女は悪夢を永続化する手助けをせず、シャールの監獄の奥底にロヴルッカヤーナを封印した。もちろん、王には自分の策だとは伝えずに。


「デュランを代わりにくれたからー」


 ヤナンカの言葉は初代ブラナンの牽制のためにリンシャルと聖女を利用したことを意味する。



 人間の魔法とは格段に威力の違う聖竜の魔法攻撃や重力魔法による行動阻害が大きく味方して、アデリーナ達は勝敗の行方を支配していく。



 激しい戦闘の中で化け物の爪先が片頬を掠め、アデリーナは二筋の血を流していた。それを気にも止めていなかった彼女が剣を戻した時には、大きな肉塊が出来上がっていた。



「やるじゃん。さすがマイリトル。私のノヴロクの娘だけあるよ」

 

「あんなに目立った首を落とせなかった嫌みで御座いますか?」


『ブラナンの太刀筋に似てたなぁ』


 聖竜の感想は当然である。ブラナンの意識体が彼女に入り込んだ際の記憶の埋め込みが影響している為である。剣術を習っていないアデリーナは、初代ブラナンの剣技を参考に、自分に最適な動きへと昇華させている。



 安堵の時間は束の間で、化け物は再生する。



「ホントしぶといわね、巫女さん」


「ほら、殺しても死なないでしょ?」


 メリナと親しく交流している2人はお互いに軽く笑う。



 そして、メリナの顔も嗤う。



「来るよー」



 ヤナンカの言葉とほぼ同時に、化け物による魔力吸収が始まった。まず、近くの床石が崩壊する。物質は元素と魔素を組み合わせて出来ている。その一方が無くなることで形を保持できなくなり、砂へと変化したのである。

 元素が物質の基本構成の概念であるのと同じ様に、魔素は魔力の基本構成の概念である。文字通りに魔力の素であり、元素に水素や硼素、沃素などの原子が有るように、魔素には熱素、重素、硬素、空素など、それが司る事象に合わせた魔子が、叡知に辿り着いた数少ない者によって名付けられている。

 原子や分子内外の電子分布、共鳴、結合伸縮、回転、各種引斥力などあらゆる物理現象に魔素は関与する。



 魔力吸収の範囲は広がっていく。その危険性を過去に経験していた聖竜とヤナンカは先に距離を置き、遅れてアデリーナとルッカが続く。



「メリナ、凄いなー」


『ダマラカナより吸収が早いかも……』


 聖竜が言ったダマラカナとは2000年前に現れた大魔王の事である。極めて広大な土地に壊滅的な被害を及ぼした存在。聖竜はそれよりもメリナが化した化け物は上回るというのである。


 その上で不安を抱いていないのはマイアの存在があるためである。


 突如、化け物を覆う半透明の膜が出来た。

 魔力が奪われる現象はそこで止まる。その膜自体も魔力で構成されているが、吸収されないのは叡智を掴む寸前まで行った稀代の魔法使いマイアの実力であった。



「終わったー?」


「どうでしょう? 化け物は前回よりも固く、強くなっておりました」


「でも、準備が出来ていたから、今回はイージーだったわね」


「えぇ、あの化け物より本人の方が手強いということが分かりました。私の刃が通りましたし」


『……本当に怖いんだけど、それ』


「はいはい。ワットちゃん、無駄話はダメよ。その精霊と話できる?」


『ちょっと待ってて』


 聖竜は恐る恐る近付いて、メリナの顔をした化け物の傍に寄る。




『ダメだった。まだ遠い』


「珍しいわね。精霊が人間の住む時空に拘るなんて。メリナさんに何かあるのかしら」


 マイアの疑問にアデリーナが答える。


「……地の魔力の支配権では?」


 それはアデリーナが最も欲したものであり、聖竜が長年管理していたものである。地中から自然に湧く魔力量を調整する手段であり、例えば、獣人や魔法使いの発生確率を操作できるもの。王都の平穏を願っていた初代ブラナンも聖竜に譲り受けたいと願った物。



「メリナさんを戻しましょう」


「巫女さん、怒る度にこの化け物を出すのかしら」


「さぁ。でも、まだ体を維持するには魔力が足りないみたいね。ほら、もう崩壊を始めている箇所がある」


 マイアが指した尾は半透明となっていた。魔力が放散している証である。


「精霊もこれを認識して、もう少しメリナさんの魔力が育つまで待つと思いますよ。それまでは無害でしょう」


「分かりました。マイアに従います」


「ヤナンカも待つよー」



メリナの日報

 聖竜様が悍ましい姿に見えてしまって、すみませんでした。目眩で気絶するくらいに過労が溜まっていたと思うのです。だから、私が失礼な事を言ったとすれば、アデリーナ様をお責め下さい。

 目を覚ました時に聖竜様がちゃんと聖竜様だったので嬉しかったです。


 あと、また裸で寝ていたので犯人を見付け次第にぶち殺します。

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