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激情

 まだまだマイアさんの詠唱は続きます。何を言っているのかは聞こえませんが、よくもまぁ、そんなに長い文句をスラスラと言えるものです。

 そう言えば、昔話でもマイアさんは半日か一日掛かる様な魔法を唱えて大魔王を封印されたんですよね。その後に、その代償に本人は石になったとか伝わっております。


 あっ、もしかして、その魔法ですか?

 私、この聖竜様のお部屋で石像にされてしまうんですか? こ、光栄です!


 ……いや、違いました。石になるのは術者なのでマイアさんがこの部屋で永遠に聖竜様の視界に入り続けるのです。何たる傲慢でしょうか。


 アデリーナ様が確実に私が怒ることをすると言っていましたが、この羨まし過ぎるマイアさんの石像化について明らかにするのでしょうか。


 うふふ、でも、私はそんなことでも怒りませんよ。だって、マイアさんの石像、殴り砕けば良いだけですから。



「メリナさん、王都での決戦の際、シェラから貴女に関する情報局の資料をお渡しされませんでしたか?」


 えぇ、覚えています。情報局の一番奥の書庫に入ったら、シェラがいてノノン村や私に関する記録を読ませてくれたのです。

 今思えば、あのおっとりのんびりしたシェラがあんな所にまで侵入できていたのが不思議ですね。

 武器にトゲトゲの生えた鞭をご使用でしたが、あれで敵を蹴散らしたりしていたのでしょうか。あー、記憶の奥底で蓋をしていましたが、あの鞭で若い騎士グレッグさんを打ちたいと穢れた欲望を素敵な笑顔で告白されたのです。


「情報局の実験サンプルが街中で暴れ、それを制圧した近衛兵が居ました」


 私が恐ろしい体験を思い返して身震いしているというのに、アデリーナ様は配慮無く続けます。


「それがメリナさん、あなたの母君で御座います」


 おっと。聞き逃しそうになりましたが、お母さんはアシュリンさんの先輩に当たるわけですね。となると、大先輩の娘である私も尊重してもらわなければ困ります。大事な情報を頂きました。


「ありがとうございます」


「うん? どうして、このタイミングでお礼で御座いますか?」


「巫女さん、いつでもホントにゆとりがあるわよね。タフだわ」


「まぁ、良いです。続けますよ。情報局長であるヤナンカはその実験が公になることを恐れ、その近衛兵を排除することを考えます。しかし、軍部はそれを許否します」


 近衛兵はお母さんの事ですよね。あの人を強制的に排除できる武力のある人なんて、絶対にいませんよ。


「何回かの交渉が有りましたが、最終的には軍からの除隊と王都からの追放の代わりに、情報局の持っていた都市の権益を軍部に渡すことで妥結しました」


 うーん、お母さんも近衛兵を辞めたかったのかもしれません。そうじゃなければ、自分以外の人が決めた決定に従わないと思うんです。あの人、優しいけど頑固でもあるもん。


「さて、情報局は除隊後、策を弄します。まず、その近衛兵の配偶者に多額の借金を負わせました。巧妙に不動産取引で罠に嵌めたそうです」


 お父さんなら、杜撰な仕掛けでも引っ掛かりそうです。


「そうしておいて、金に困った二人を誘い――」


「アデリーナ様、話が長いです。その昔話と私に何の関係があるのですか?」


「全く……。王である私の言葉を途中で遮るなんて不忠も良いところで御座いますよ。分かりました。色々あって、当時2歳のメリナさんは、ヤナンカの実験に使用されました。その結果、宿されたのが、あの化け物で御座います」


 その話の大部分は、記憶石騒動が終わった後に聖竜様からお聞きしましたよ。繰り返し私に伝える意味は有るのでしょうか。


「えー、ヤナンカがー? ごめんねー、メリナー」


 私が反応しないでいると、代わりにヤナンカが発言します。彼女は謝ってくれたものの、喋り方が軽いです。内心ではちゃんと謝罪の気持ちがあるのかなぁ。

 アデリーナ様も気になったのか、チラリとヤナンカを見ます。


「ヤナンカは精霊を移植する技術に執着していたようです。何故でしょう?」


「えー、ヤナンカ、分かんないよー」


 嘘は言っていないか……。あくまでフィーリングですが。


「ヤナンカは始祖ブラナンに悪感情を抱いておりました。そこから察しられませんか?」


「分かんないなー」


 ルッカさんは暇そうに立っておられます。私もです。だから、聖竜様を眺めさせて頂きましょう。


「恐らくはヤナンカはブラナンを討とうとしていました。方法は分かりません。しかし、メリナさんの他にも犠牲者はいたのだろうと考えます」


「そっかー。そうかもー」


「出来るだけ強い(しもべ)を作ろうとした」


 これ、あれですね。私の中の謎の精霊を討伐するのが目的だと思わせて、アデリーナ様はヤナンカから聞き出したいことがあるみたいですね。


「諸国連邦に伝わる闇の邪神。そういう名の精霊を宿せる器をお探しだったのでしょう?」


「んー、どーなんだろー。ヤナンカは闇の邪神の力を封印するための魔法陣を守っていたんだよー」


 ヤナンカは無邪気に笑います。

 しかし、アデリーナ様の目は真剣でした。


「……実験記録は押さえております」


 アデリーナ様は王都を手中に入れた後も執拗に情報局の人間を検挙していましたものね。そんな事をするから、諸国連邦に逃れて解放戦線に協力する輩も出たんですよ。


「じゃー、そーだったんだねー」


「アデリーナさん、もう良いかな? スードワット様も準備出来たみたいよ」


 おっ、そうなんですか。全く気付かなかったです。失礼致しました、聖竜様。



『メリナよ。最初にここを訪れた幼きお前を見て、我は哀れに思ったのだ。精霊毒に侵され、命が尽きようとしていたメリナを助けたのは気紛れ。いや、もしかしたら、我は邪神の気配を感じていたのかもしれない』


「その節はありがとうございました」


『ふむ……。メリナよ、或いは、あの時点で死んでいた方がお前にも世界にも良かったのかもしれない。だが、我はガランガドーを与え、メリナを救った。今回も同様である』


 私、(むせ)び泣いても良いくらいに感動しました。今から聖竜様が私のために行動してくれるのです。幸せいっぱいです。


『……だからね、終わった後は怒っちゃダメだからね』


「勿論です! 当たり前じゃないですか」



「宜しいか? では、始めます」


 マイアさんの魔法はまだ発動していないのにアデリーナ様は開始の合図をしました。


「巫女さん、スードワット様を見ていて」


「はい」



『人間になります』


 はぁ? 聖竜様が愚劣で貧弱な種族になるのですか!?

 何の意味もないし、私を愚弄するんですか!?


 しかし、私の気持ちは無駄な物でして、聖竜様はみるみる内に小さくなり、それから、色も濁っていき、閃光が迸った後には、肌が黒くて胸の大きな女性が立っていました。ルッカさん系の売春婦みたいな装いです。



「久しぶりだねー、ワットちゃん」


 ヤナンカの呑気な感想を耳にしつつ、私は激情に身を投げしました。怒りの感情なのかは分かりませんでした。ただ、世界が崩壊したかの如くで、悲しくてどうしようもなかったのです。



「お前、誰だっ!? 聖竜様を返せっ!!」


 突進します。突如出現した不逞な女に向かってです。そいつの怯えた目が心地好く、既に懐に到達していた私は、真っ直ぐに心臓を拳で殴りに行きます。


 が、アデリーナが出した光の矢が邪魔をする。私の腕を抉って行ったのです。


「クソがっ!! 殺すっ!!」


 私の記憶はそこで薄れました。


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[気になる点] メリナが唯一倒せなかった相手がワッタとして ここの全員倒せるのか? [一言] Black Lives Matter 黒肌聖龍の命も大切だ 差別はいけないですよ
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