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親友のお仕事

 薬師処は巫女さん業務地域の端っこに有ります。ここも魔物駆除殲滅部と比べると遥かに立派な建物でして、木造の部分と後に増築されたのであろう石造りの部分が合わさった建物です。

 普通に考えたら新しい方を玄関にしたいと思うはずなのですが、薬師処の人達はそういった美的センスに疎いのか、すっかり黒ずんだ古い木の方を正門に使い続けています。


 所属する巫女さんは建物の大きさから分かる通り多くて、100人とは言いませんが、数十人はいらっしゃいます。その中で私が交流があるのは、毒物の専門家であり魔物駆除殲滅部の小屋の隣にある畑で毒草を育てているケイトさん、私と同日に巫女見習いになったマリール、そのマリールと大変に仲の良い先輩フランジェスカさんです。


 マリールはシャールに本店を置く大きな商店の娘さんです。彼女の姓のまま、そのお店はゾビアス商店と言うのですが、王国中で手広く商売されていて、遠く離れたデュランにも支店が有るくらいです。私が有名になった時、ゾビアス商店から私に全ての服を無償提供したいと提案されました。

 おしゃれ服は大変に高価ですので、私としては良い契約が出来たと思っていたのですが、お店にはどんな利益があるのか不思議でした。

 でも、デュランで見ましたね。私と同じ服装をしている女性を。なるほどと、私は思ったものです。

 私のように優秀な人間になりたいと、他の女性が思うのも無理は御座いません。そして、私のような優雅な人柄は無理にしろ服装も真似したくなります。そこにゾビアス商店は商機を見出だしたのです。

 流行を作り続けた華麗なセンスを持つ女、メリナ。後世の歴史書にはそんな感じで語り伝えられるかもしれません。うふふ、照れるなぁ。私なんて、ほんと、大した事ないのになぁ。



 フランジェスカさんは不思議な人です。アデリーナ様が王位を奪った時に国民に向けて流した宣伝映像で、彼女はアデリーナ様の友人としてちょっとだけ紹介されていました。

 アデリーナ様が一番信頼していると思われるアシュリンさんが出演していなかったにも関わらずです。

 でも、特にアデリーナ様と仲が良いという訳でないし、むしろ、話しているどころか同じ場に居ることさえ見たことが有りません。また、彼女に特別に優れた能力があるようにも、失礼ながら感じられません。



 さてと、私は薬師処の入り口にある数段の雨避けの石段を越えて、木の扉を開きます。

 広めのロビーになっていまして、そのど真ん中に私の作った蟻の巣の形をした金の造形物が有ります。複雑に分岐した通路や部屋も完全な形で再現されていまして美しいです。何とも言えない複雑なギザギザ感が私の心に感銘を与えます。見ていて飽きないです。大きさも私の背丈の二倍くらい有るんですよ。


 金貨を沢山潰した甲斐があったものです。巣に融かした金を注ぐと、色んな場所から煙が上がったんですよね。蟻さんの巣の入り口はいっぱいあるんです。なお、この巣に住んでいた蟻さんがどうなったかは深く考えないようにしています。



「メリナ! メリナじゃない!?」


 時を忘れて至高のオブジェを眺めていた私に親しく声を掛けてきたのはマリールでした。普段着でも巫女服でもない、ただの白い服に身を包んだ彼女と出会うのは久々でして、私も嬉しくなります。


「お久しぶりです。マリールもお元気そうで良かったです」


 ちょっと笑顔だったマリールですが、少し厳しい顔付きになって私に言います。


「あんたも相変わらず元気そうね。突然居なくなるからビックリしたわよ。前も言ったけど、寮で同室なんだから書き置きとか、連絡を忘れないようにしなさいよ」


「すみません。気を付けます」


「良いわよ。今更よ。で、今日は何をしに来たの? どうせ下らない事なんでしょうけど」


 生意気な物言いですが、マリールは親友です。その言葉の裏には私を尊重している気持ちが見え陰れして――



「あっ、メリナさぁ、その気持ち悪い置物を持って帰って欲しいんだけど」


 見え陰れしてですね――


「服が引っ掛かりそうだし、下手したら尖っているところで怪我するかもしれないし、見ていたら不安になる形だし。何より、こんなギラギラした金ピカの悪趣味なヤツは薬師処に相応しくないわよ」


 ……完全否定じゃないですか……。


「マ、マリール。よく見てください。あの小さな蟻さんが地中にこんな大きな要塞を作るんですよ。生命の神秘ですよね。ケイトさんも薬師処の活動に繋がる部分があるよねって言って――」


「無いわよ。繋がってないわよ。私達は薬を作るために色々やってるんだから。蟻の巣の形を知って、何の役に立つのよ。ケイトさんが言ってるなら、ケイトさんの畑に置いてきなさい」


 うわぁ、えー、マリール、もしかして蟻さんの魅力をご存じないのかもしれません。私は誤解をどう解くべきか悩んでいたのですが、彼女が続けます。


「ほら、他の先輩が融かして実験器具の材料にしようかって言っているくらいなんだから、潰される前に早く持って帰りなさい」


 蟻さんの巣について説明しましょう。そうすれば、少しずつ蟻さんに愛着が湧くかもしれません。


「ここが蟻さんの卵室で、こことかは食料倉庫なんですよ。上下逆さまだけど、この上のところ、本当は奥の方の部屋が女王蟻の部屋で――」


「いや、知ってるから。メリナに教えてもらわなくても、私、知ってるから。私だけでなくて、ここの人、それくらいは知識有るから」


 …………ぶー。賢さアピールで御座いますか。魔物駆除殲滅部なんてバカしかいない部署を下に見ておられるのですか? 私はあいつらとは違いますよ。


「もう。メリナは強情ね。良いわよ。今は留学中なんでしょ。それまでは待ってあげるわよ。感謝なさい」


「ありがとうございます」


「再会して早々の会話じゃなかったわね。私も謝るわ。ごめん」


 うふふ、マリールはやはり私の友達です。ペコリと頭を下げた後、少し笑顔でした。



「何しに来たの?」


「あっ、はい。やっぱり、このオブジェなんですよね。巫女さん相談室から苦情が来ていると聞きましたので事情説明に参りました」


「は? 巫女さん相談室?」


「……知りません?」


「いや、知ってるわよ。フランジェスカ先輩がたまに応援に行ってるからさ。今も」


 えっ。じゃあ、さっきの相談員の方はフランジェスカさんでしたか。何て優しい先輩なのでしょう。鉄拳制裁、言葉よりも拳を好むアシュリンさんとは雲泥の差です。羨ましすぎます。交換してください!



「フランジェスカ先輩も金満主義みたいで好かないって言ってたものなぁ」


 ……それは聞かなかったことに致しましょう。相談員の方はそんなマイナス感情を持ってはいないのです。私の完全な味方なので、決して私を悪く言うはずがないのです。



「メリナ、他に用事がないなら職場に戻りなさいよ。私は忙しいんだ。そのキモいヤツの件は私が伝えておくから」


「ありがとうございます。ところで、今は何の実験をしているんですか?」


「聞いても分かんないでしょ?」


「聞かないとそれも分かんないよ」


「それもそうね。良いわよ。こっちに来なよ。見せてあげる。メリナだけに特別なんだからね」


 そういうマリールは胸を張った気がします。相当に自慢したい何かがあるようですね。でも、マリールの胸は残念ながら児童のようにペタンコです。もしかすると、私の実家の隣の家に住んでいたレオン君10歳の胸よりも平たい可能性さえ有ります。

 言ったらマリールが激怒するので絶対に口に出せません。



 マリールに続いて薬師処の廊下を進むと、入ったことのない部屋に案内されました。

 以前の大部屋とは違いますね。


「うふふ、私とフランジェスカ先輩の二人の実験室なの。巫女見習いなのに自分の部屋を貰えるのは凄いことなんだよ」


「どれくらい凄いんですか?」


「そうだねぇ。丁稚が独立して自分の店を構えるくらいかな」


 分かりにくいなぁ。


「村八分にされた人が、誰もいない森の中を開墾して自分の畑を持つ感じですかね」


「うーん、微妙に違うのに微妙に合っていて、妙に腹立たしいわね」



 中は暗くて、マリールが扉を閉めると何も見えなくなりました。


「照明魔法を使って良い?」


「何それ? ダメよ。私、魔法嫌いだし」


 マリールは壁に掛けてあった魔導式ランプを灯します。それは真っ赤な光を出しました。


「壊れてますよ?」


「これで良いのよ。普通の光だと壊れちゃうから」



 マリールが進んで机の上の布を外します。


 そこには大きな眼球が鉄の器具で固定されていました。目は動いていて、それが魔物であることが分かります。あと、望遠鏡みたいな物と鏡と火を吹き出す道具とかが並んでいます。


「マ、マリール? 魔物と謂えど拷問はちょっと……」


「は? 違うわよ。ちゃんと餌もあげて大切にしているんだから」


「でも、こんな束縛していたら可哀想じゃないですか。一思いに殴り殺しましょう」


「止めてよ。最後まで人の話を聞いて」



 マリールは説明してくれました。

 以前に薬師処に遊びに来た時、彼女は私に虹を作る不思議な三角柱のガラスを貸してくれました。あれを使うと太陽の光が分かれるんですよね。木漏れ日で試したら、虹の途中に薄い部分が見えたので、工夫して拡大して観察したんです。虹の一部が消されたように黒い筋が確認されました。そこまでは私も覚えています。

 マリールはその後に実験を繰返し続け、その消えた色が塩を燃やした時の色と同一であることを見出だしたそうです。そして、更に物質を燃やすと様々に炎の色が変わることはよく知られていて花火とかに使うらしいのですが、色を消す方は大発見でして、それを利用して、物の中に微量に含まれる成分を見分ける方法を発明されたそうです。


 私には、その発明と目玉の魔物との関係は全く分かりません。しかし、本当に興味のない話だったので、聞きません。光によって瞳孔の大きさがどうのこうのと言っていますので、うん、そういうことらしいと流して終わりです。



「こないだ学会で発表したら賞まで頂いたのよ。……メリナ、ありがとう。あなたの発見のお陰よ。学会発表でもあなたに賛辞を入れたんだからね」


「お役に立てたようで嬉しいです。で、何に使うんですか?」


「さっき言ったじゃん。物の成分を判別するのに使うの」


「それが分かったら何か良いことが有るんですか?」


「……薬師処では便利なのよ」


「ふーん」


「納得してないわね。じゃあ、こんなのはどう? ワインを誰かから頂きました。でも、そいつは敵対するヤツで、このワインの中には毒が入っているかもしれない。例えば、鉛糖。そんな時に、これを使えば鉛糖の有無は分かるわよ。もう毒味役も成分解析の魔法使いも要らないの」


「おお! 凄いです」


 全然意味が分からないけど、マリールは魔法使いよりも凄い魔法使いみたいです。魔法が使えない人をも魔法使いにする大賢者ですね。



「でしょ、でしょ! でも、生物から取った毒には反応しないんだ。それは他の方法じゃないとダメみたい」


「これ、売るんですか?」


「この魔物がふっかい洞窟に居るのよ。人馴れする魔物だから危なくはないんだけど、数を用意するのは難しいなぁ。あと、炎の色が邪魔でね。精度が落ちるのよ。目に見えない炎なんてあるともっと良くなると考えているんだけど」


「有りますよ。透明な炎」


 マリールは止まります。それから、私を向いてグイッと近付きました。背の低い彼女のデコが私の顎を撃ちそうでした。


「メリナ! すぐにそれを見せて!」


 殺気さえ感じました。


「マ、マリール、落ち着いて。前々聖女のクリスラさんの魔法がそれでした。でも、もう何処にいるかは知らなくて」


「はん? あんた、前聖女じゃん。意味分かんないけど、前聖女じゃん! 仲間なんだから、連絡つくでしょ!」


「は、はい」


「期限は来週中。そこまでは待ってあげる」


「わ、私、学校があって通学しないと――」


「あんたに学なんか不要よ。もし遅れたら、玄関にあった蟻の巣、破壊するし。あと、神殿中の蟻を殺す為に殺虫剤撒くから。人も死ぬかもしれないけど」


 ……マッドです。

 マリールがおかしいです……。


「分かりました……」


 彼女を大犯罪者にするわけにも行かないので、イルゼさん経由でお願いしましょう。クリスラさんなら渋らずに協力してくれると思いますし。


「約束よ。あと、メリナ。服が汚れてる。うちの店の服なんだから、綺麗にしていてよ。お兄様の恥になるんだから」


 その後、また冷静になられたマリールに休憩室で茶を頂いている最中にルッカさんの魔力を感知しまして、私は薬師処を出ました。


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[気になる点] 久々に再会した「親友」に何の用だとか用が無ければ帰れとか どこかのゲンドウパパみたいな事を言われ(まあ親友?は仕事中ですけど) ゴミが邪魔だからとっとと持ち帰れと言われるメリナさん ま…
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