有能な相談室
本部の一階の一番奥に巫女さん相談室は有ります。扉に「ただ今相談受付中」と書かれた木板が掛けて有りまして、その文字がとても心強いです。
私は入る前にそれを裏返して「ただ今相談中。少し待ってね」に変えました。
部屋の中は狭いです。丸椅子が一つ置いてありまして、そこに座ると、もう目の前は壁です。カウンターみたいに物を置くためのちょっとした出っ張りは有りますが、その上から板が天井まで通してあるのです。
本来であればもっと奥行きがある部屋なのですが、この仕切りの向こう側に頼りになる相談員が控えています。その方の事務室にもなっているのでしょうね。
もちろん、その壁には小さな穴が開いておりまして、向こう側には確かに相談員が居ます。穴の位置が低いので顔は見えませんが、相談員の黒い巫女服が確認できますから。
あと、魔力の質的に前に相談した人とは違うみたいです。
「こんにちは。巫女さん相談室のご利用ありがとうございます」
向こう側の人が喋り掛けてきます。うん、声も違いますね。前はもう少し歳のいった感じでした。今回は若いです。
「はい。今日もよろしくお願いします」
「ご相談内容については守秘義務を負っておりますので、安心してご相談ください。まず、あなたのお名前と部署をお教えください。また、非開示希望の場合は仰って頂けたらと思います」
「魔物駆除殲滅部のメリナ・デルノノニル何とかです」
くそ、アデリーナめ。長い姓を付けやがった為に、いつも自分の名前なのに「何とかです」って付けないといけなくなりました。パワハラです。
「メリナさん、ありがとうございました。それではご相談内容をお願いします」
「私、こんなにお淑やかなのに、影で狂犬とか野人とか呼ばれて苛められています。そんなこと言っている人に謝って欲しいです」
「そうなんですね。それは大変に辛かったですね」
うぅ、巫女さん相談室の人はいつも私の味方です。感動します。
「メリナさんは謝って欲しいとのことですが、誰が言っていたか、分かりますか? もちろん、メリナさんからのご相談であることはその方には秘匿されます」
「分からないです。でも、調査部のエルバ部長が聞いたと言っていましたので、エルバ部長にお尋ねください。言えないって言ったら、殴ってでも口を割ってください」
「分かりました。お任せください」
素晴らしい制度です。私の心が癒されていきます。
「宜しいですか? 他に相談がなければ、ここで終了とさせて頂きますが」
「まだ有ります!」
そうです。本来の相談はまだ終わっていないのです。
「そうなのですね。メリナさんは本当に苦労されていて大変ですね」
「はい。……そうなんです」
涙さえ出てくる温かさを相談員の人から感じます。魔物駆除殲滅部からの異動届けは巫女さん相談室に致したいと強く願うくらいですよ。この人達とともに働いて、他の巫女さんの心を救いたいです。
「それで、どんな辛い相談ですか?」
「総務部の新人係のアデリーナ・ブラナンさんがいつも苛めて来るんです。一番最初は世俗の権力を笠に着て私に無理強いしてきました。あと、毒の入った酒だって知っているのに黙っていて、私は知らずに飲まされたんです。後ろから太股に矢を射られて大出血したことも有ります。更に、私に変な呼び名、竜の靴なんて名付けて、何かあったら宜しくって言ったんです。凄く意味ありげに言っていたのに、何もなくて驚いています! 竜の靴なんて三回も呼ばれたことないんですよ。皆でお酒を飲んだのに、私だけ水だった時もあります。完全に差別ですよね。私があの人より優れているし美しいし聖竜様のご慈愛を向けられているからって、やっかみが酷いと思います。それから、ちょっとした誤解で牢屋に入れられた時も、『そいつは巫女じゃないんで、好きにして下さい』って役人に言い放って見捨てたんです。紐みたいなパンツをくれた時もパンツって言わないから、私は頭に被ってしまいました。嫌がらせです。その後も続きまして、王都のパン屋に紹介状を書くって言うから任せたら、『その娘は獣人です。足の裏が異常に臭いので、そこだけ獣人です』って書かれていました。これは明らかなイジメですよね。あと、私が何か言う度に冷たい眼をすることが多くて、パワハラだと思います。あっ、忘れていました。王国中に私を誹謗する映像を流したりもしていましたよ。鼻水とか垂れている感じに加工されたんです。もう犯罪の域です」
ふぅ。一気に出し切りましたね。
「それは大変に辛かったですね」
「そうなんですよ!」
「でも、メリナさんはその方にどうなって欲しいとお思いですか?」
ん? それは考えていなかったなぁ。
「……もっと優しく、かなぁ」
「メリナさんもアデリーナさんも、この神殿では大変に有名な方です。ですので、私もよく存じ上げているのですが、傍目から眺めますと、とても仲の良い姉妹のようですよ」
は? お前、殺――いやいや、相談員さんは私の味方です。素直に聞きましょう。
「そんな感じに見えましたか? すごく不本意なんですけど……」
「姉妹と言うのは比喩ですからね。メリナさんはそんなに嫌がらせを受けていると思っているのにアデリーナさんから離れませんよね。それは、やはり心のどこかで信頼する部分があるからなのだと思いますよ」
…………そうなのかな?
「今の関係性で良いと私は思いますが、メリナさんはどうでしょうか。本当に辛くなった時、もう一度お越しください」
「えー、でも、アデリーナ様に私への嫌がらせは止めるように伝えてくれませんか? あと、謝罪も欲しいです」
「はい。了解致しました」
「ありがとうございます!」
うふふ、良かったです。アデリーナよ、恥を掻くが良い。他人から見てもお前の所業は酷いのだと証明されるのです。
素晴らしい制度です。
「以上で宜しいですか?」
「はい。また来させて頂きますね」
「分かりました。お待ちしております」
私は立ち上がろうとしました。しかし、相談員の方が私を引き止めます。
「どうしましたか?」
「大変に申し訳ございませんが、メリナさん宛に他の巫女さんより苦情が来ております」
は? 完璧な巫女である私に苦情?
完全にそれは讒言ですね。
「薬師処の方から、グネグネ曲がった管が集まった奇妙なオブジェが放置されています。服に引っ掛かったりして危ないので持って帰らせてください、と相談が有りました」
あっ、金貨を溶かして蟻の巣に流し込んだ奴ですね。ケイトさんが喜んでいたからあげたんですよ。
その旨で返答します。あと、薬師処に寄贈したつもりであることも伝えました。
「メリナさん、ありがとうございます。それでは、そのオブジェに関しては薬師処に所有権があると言うことですね」
「はい! 私は悪くありません!」
強調しておくべきでしょう。私と相談員さんとの厚い信頼関係にヒビが入る要素は消しておくに限ります。
「でも、苦情を言われたのは事実ですので薬師処に一言、メリナさんから事情をお話しするのも大切だと思いますよ。もちろん、メリナさんのご負担になるのは心苦しいのですが、これからの巫女生活を考えると、それも良い手ではないかなぁ、将来の糧になるんじゃないかなぁと思います。どうでしょう?」
「むぅ……」
「神殿の円滑な運営のために、あえて下手に出るメリナさん。きっと聖竜様もご覧になられて、お喜びされることでしょう」
「おぉ。それはそうですね。昔の私なら、謂れのない誹謗をした奴を半殺しにはしていたでしょうが、成長した姿を見てもらうのは大変に有意義です! 行ってきます!」
本部を飛び出た私が次に向かうのは薬師処です。巫女さん業務地域の反対側にある建物ですね。同期のマリールがいたら、序でに挨拶もしておきましょう。




