でも、仲良し
今日は学校はお休みの日です。内戦とか関係なく、最初から休みの曜日なのです。日々の忙しさを忘れて休息を取ることは非常に重要でして、私がベッドの中から出たくないのも怠惰ではなく、体が欲求するのも必然なのです。
指先一つも動かしたくないですし、何だったら屁も我慢したくありません。微睡みたいのです。熟睡でも良いです。
しかし、我慢も欲求に従うこともできない事態となりました。尿意です。
仕方なくお手洗いへと向かい終えた私。一仕事終えた思いです。
ここで、空腹の私の鼻を刺激する匂いが漂ってきました。もうお昼ご飯が用意されているのですね。素晴らしいタイミングですよ、ベセリン爺。私が諸国連邦を去るときが来たら、絶対に褒美を差し上げますからね。
しかし、食堂に入った私は、何故か私の席で食べているアデリーナ様を発見します。まるで自宅のような遠慮の無さに愕然としました。
「おはようございます」
嫌な顔もせずに爽やかな挨拶が出来る私は人類の鑑です。
「遅かったで御座いますね」
「そうですか? 人生オンオフが大切なんです。アデリーナ様みたいに仕事もせずに遊び歩いているだけじゃ御座いませんので」
「メリナさんは殺意のオンオフをよくされていますものね」
「そのままそっくりアデリーナ様にその言葉をお返しします。昨日も剣王を半殺しにしていたじゃないですか?」
「一昨日はメリナさんが半殺しにしていましたよ、その人」
「あれ? そうでしたっけ?」
「そんな気が致します」
軽く会話を交わして、私は長方形の食卓の適当な席に座ります。ベセリン爺がそれを見て、厨房に入っていきました。私の料理を作るようにメイドさんに指示されるんでしょうね。
「アデリーナ様が来ているってことは、イルゼさんもですよね?」
「えぇ。今は剣王を迎えに行っております」
あぁ、傍に置くって言ってましたものね。王国まで運ぶんですね。
「あれ? でも、シャールの竜神殿は男の人は住めないですよ」
そうです。神殿は男子禁制では御座いませんが、働いている方は全員女性です。だって、巫女さんの職場なんですもの。
「カッヘルの下で修行させます」
一瞬、誰だ、その人と思いました。知らない人を当然のように出されると困りますよね。
でも、ちゃんと思い出しましたよ。カッヘルさんは私の実家の村を攻め落とそうとした王都の軍人のおっさんです。お母さんにこっぴどく返り討ちにあったせいで軍に戻っても叱責されるだけだと彼は判断なされて、アデリーナ様の奴隷みたいな立場になった人です。
もう王都とシャールの争いは無くなったので、軍に復帰されたら良いのに。もうそろそろカッヘルさんも親になるはずですし。
なので、アデリーナ様に彼の解放をお願いしました。
「誤解されていますよ。彼はもう軍に戻っておりますし、昇進もされております」
「それは良かったです。いやー、アデリーナ様に怒られて、体を地面に矢で縫い付けられているカッヘルさんの姿は今も目の裏に焼き付いています。衝撃的でしたね」
カッヘルさんがアデリーナ様に取り入りたいと言うものですから、アデリーナ様の凍りついた心を融かす魔法の言葉を私は彼に教えてあげたのです。
結果、死にかけていました。私が教えた言葉がアデリーナ様の逆鱗に触れた様でした。
「あー、あれね。カッヘルはメリナさんを恨んでおりましたよ」
「逆恨みです」
「ふーん、あの時は、やはりメリナさんが余計な事を言った訳でしたか」
チッ。誘導尋問みたいにされましたね。
しかし、半年以上の前の事です。笑って流してください。
いや、違いますね。私がカッヘルさんの立場なら全てはメリナが悪いとアデリーナ様に弁明するでしょう。今の問いはその弁明が真実なのかどうかを探られたのです。私を責めると見せ掛けて、カッヘルさんの裏を取るつもりだったのですね。恐ろしい女です、アデリーナ・ブラナン。
私の返答次第ではカッヘルさんに辛い未来が待っていた可能性があります。
「しかし、カッヘルさんが出世すると、アデリーナ様のコネだと思われて軍の中でやっかみを受けるんじゃないですか?」
「そんな事は御座いませんよ。彼は元々庶民出身ながら、士官学校を次席で卒業されておりますから、実力も御座いますよ。メリナさんも彼を見習って勉学に励みなさい」
「えー、私の方が強いですよ」
「猛獣と軍人では求められる資質が異なるもので御座います」
「私が獣みたいな言いっぷりですよね? 反省してください」
「反省? 私、まだ昨日の下手物料理の謝罪を頂いておりませんのですが」
「美味しければ、それは罪では御座いません。今までのご自身の無知をこそ、恥じるべきです」
実はこのセリフ、昨日から用意していた物です。絶対にチクチクと私を責めるために、出会う度に蟻の卵事件に触れてくると確信していました。こんなにも早く使う日が来るとは思ってはおりませんてしたが、私は準備万端です。
「……ほう……。生意気を言う……」
っ!?
眼が、アデリーナ様の眼が一気に鋭くなりました!
えー、軽いジョークじゃないですか!? 何を熱くなっておられるんです! 今のセリフの何処に引っ掛かったって言うんですか!?
「ど、どうかしましたか?」
「あなた、もしかして私と同格と勘違いされていませんか?」
もちろん、私の方が上ですよ。武力も人間性も。
しかし、正直にお答えしては怖い――もとい、アデリーナ様に失礼です。
「そんなぁ。村人如きが女王様に勝てるわけないじゃないですかぁ」
作り笑いで逃げます。
それを受けてアデリーナ様も微笑みます。
「あなたとはいずれ決着を付けないといけないかもしれませんが、出来れば仲良くしたいものです」
「またまたご冗談を……。いつだったか、私を一方的に友人呼ばわりして、これからも宜しくお願いしますって言っておられましたよ」
「……一方的……?」
ご不満なのですか!?
お前、その性格で友人になってもらえるとでも思っていやがるんですか!?
「いやだなあ、ハハハ。昨日の日報にもアデリーナ様と一緒だったら楽しいなぁと書いたばかりですよ」
嘘です。楽しかったのは本当ですが、書いてません。
「……ふぅ。メリナさん、私も国を率いる重責に悩んでいるのかもしれませんね。少し殺意を出してしまい、申し訳ございませんでした」
「本当ですね。迷惑ですから、二度と止めてください」
あっ、本音が出た。
「あ? 私が退いたのですから、メリナさん、あなたも退くのが道理で御座いましょう?」
私は無視してスープを口に運びます。聞こえなかった振りでして、視線も下です。
「あ?」
喉の奥からの重低音で私を威嚇してきます。女王とは思えない下品さで、汚ない酒場にたむろう安っぽい女みたいな声ですね。
「あ?」
しつこいなぁ。
「…………調子に乗ってすみませんでした!」
「よろしい」
チッ。調子に乗ってるのはお前ですよ。誰かに毒でも仕込まれて悶絶しなさい。
私は気を取り直して、お食事に専念します。今日のメインはお魚を塩水で煮て、どうにかした料理です。骨も取り除かれた半身ですので、フォークでグサッと刺せば、お肉のようにガツガツと食べられます。
「マナーはいつまで経っても身に付かないので御座いますね。恥じるべきです」
ん? さっきの私と同じ言葉じゃないですか。その恥じるは。
言われて悔しかったのですかね。器量が小さいですよ、アデリーナ様。
「何を言ってるんですか、アデリーナ様。竜は器を持たずに首を曲げて食すんですよ。竜の巫女たる私達も、手を使わずにこう口を持っていてガブリと齧ることこそが最上のマナーだと思うんです」
実際に私はやって見せます。
背を倒して、ティーカップに口を近付け、ズズッと啜る――熱っ!!
豪快に吸い過ぎて、口の中が火事になりました…………。
「何をやっているんですか。呆れきってしまいますよ」
アデリーナ様に水を汲んでもらいまして口を冷やします。それから、魔法で癒しました。
「ところでメリナさん、今日はお時間が御座いますか?」
「無いです。多忙です」
「そうですか、残念で御座いました。聖竜様がお呼びでしたので、シャールに――」
「忘れていました。私、極めて暇でした。さぁ、神殿に戻りましょうか。聖竜様をお待たせするのは大罪ですから。今すぐに、イルゼさんを捕まえて来ます!」
私は猛ダッシュで外へ駆け出ました。




