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総じると平和

 一件落着したようで、マイアさんとヤナンカは去っていきました。「興味深いものを見せて頂き、ありがとうございました」と最後、私とアデリーナ様に仰っていましたが、何か有ったでしょうか。強いて言えば、あの白黒のドラゴンもどきくらいが珍しい物だと思いますが。


 はっ!?

 アデリーナ様による剣王への仕打ちを言っているのでしょうか。公開鞭打ちや石投げみたいな、刺激のない平和な村ではそう言った残酷な刑罰が娯楽みたいになっていると聞いたことがあります。

 マイアさんやヤナンカは普通の人間では経験できない時間を一人で生きてきました。つまり、暇な生活をしていました。

 今回の一方的な加虐を楽しい催しと考えて、参加されていた可能性がありますね。怖いです。大魔王討伐の伝説の方々も、この時代には腐りきっておられますよ。


 なんて、どうでも良いことを考えていると、もう用事は終わったので解散の流れとなりました。メンディスさんとタフトさんも早々に退席されます。



「アデリーナ様は帰らないんですか?」


 廊下を歩きながら話し掛けます。アデリーナ様は怖いので、その横には誰も来なくて、仕方なく私が相手をしてあげています。


「イルゼが別の用件で忙しいんですよ。夕刻には迎えに来るでしょう。メリナさんの館で待ちます」


「私も忙しいですよ?」


「相変わらず冗談がお上手で御座いますね」


「ほら、ショーメ先生がナーシェルの街を案内したいと言っていますよ。我が家に寄ることなく、そちらへお向かい下さい」


「言ってませんよー。私も仕事がありますから」


 ショーメ、お前、それはそれでアデリーナ様に失礼だと思わないんですか。相手は女王ですよ。それを接待する以上に大切な仕事なんて有りませんのに。


「メリナさん、言われなくても、いつもお世話になっている人にランチくらい用意する心持ちが当然に必要で御座いますよ。あなたも公爵なのですから。今は若いから許されますが、50歳くらいになっても今の態度だと部下の方から『気遣いも出来ないクソババァ、死ね! 遊んでばかりだし、死んだ方が皆は幸せになるってんだよ』って陰で言われますよ」


 ……それは嫌ですね。


「分かりました。渋々ですが、アデリーナ様を歓待致します。食べたら、すぐに帰っても良いですよ」


「メリナさん、そういう態度で御座いますよ」


「誉められました?」


「……メリナ、逆です、逆」



「レジス教官、折角ですから、私達もメリナさんのお屋敷に招かれますか?」


 ショーメ先生はそんな事を言いましたが、招いてもいないのに招かれるって哲学的です。いえ、図々しいです。


「えぇ、勿論です。大切な可愛い生徒の生活指導ですね。ショーメ先生、頑張りましょう! メリナは手強い性格ですが、きっと、俺たち二人であれば期待に応えてくれますよ」


 レジス教官も相変わらずです。


「……サルヴァ、お前はどうしますか?」


「巫女よ。誘いは有り難い。しかし、俺はサンドラと先約があるのでな。今日は遠慮させて頂く」


 デートでしょうか。街で見たら親子に見えるに違い有りません。しかし、私、サルヴァを見直している最中です。心の中であっても悪態は吐きませんよ。


 剣王はずっと無言でした。行きはショーメ先生の卑猥なお尻とかを見ていたのに、今は真っ直ぐに前を向いています。

 アデリーナ様に完膚なきまでに負けたことに思うところがあったのだと思います。



 知らない廊下を歩き続けて階段を下りると、校門から見える校舎の一階でして、出入り口も近いです。

 目を横に遣ると職員室も見えまして、私の教員試験はどうなったのかなと軽く思いました。授業が全くない今日この頃、教師になる必要はないんですよね。


 保健室なんてのも目に入りました。

 うふふ、サルヴァとサンドラ副学長の馴れ初めは、この部屋でした。私は愛の天使ですね。次は誰と誰をくっ付けようかなぁ。あっ、アデリーナ様とベセリン爺が結婚したら面白そうです。アデリーナ様もマイルドになるかもしれませんね。



 その保健室から誰かが出てきました。


「あら、ベラ先生。今日は出勤されていたのですね」


 ショーメ先生が話し掛けます。


「ショーメ先生こそ。あれ、今日は生徒さんをいっぱい連れているんですね」


 このベラという教師には見覚えがあります。それまでの悪行を反省し、更正を始めたばかりのサルヴァが「すまなかった。もう胸を見せろとは言わない。お詫びに俺の胸を見せよう。揉んでも良い」と明らかに狂った発言を私にしまして、教室の窓から殴り落としたのです。その時に死にかけていたサルヴァを魔法で治そうとしていた女性です。


 水色の長い髪の毛はサブリナさんと同種でして、サブリナさんが大人になったらこんな雰囲気なのかなと感じます。体型もスラッとしていますし。



 そんなベラ先生が目を大きく見開かれました。


「ゾル君! ゾル君じゃないの!?」


 彼女の視線は剣王に向かっていました。剣王の名前はゾルザック。略して、愛称はゾルなのでしょう。


「あ、あぁ、久しぶりだな」


「もう。来ているなら、早く教えなさいよ」


「偶々だ。すぐに帰る」


 剣王はぶっきらぼうに答えます。



「あら、二人は知り合いなのですか?」


 ショーメ先生が尋ねます。


「母方の従弟なのよ。サブリナちゃんもそうだけど、皆、私の家族みたいなものよ」


「嘘をつけ。昔でも年に二回程度しか会っていないぞ」


「もうゾル君はいつも尖っているわね。子供の頃なんてお姉ちゃん、お姉ちゃんって纏わり付いて来たって言うのに」


「いつまでもガキ扱いは止めろ。俺は成人している」


 ふむ、このまま無駄な会話が続き、我が家におけるアデリーナ様の滞在時間が減っていくのは好ましいです。


「サブリナちゃんも、もっとお姉ちゃんの所に遊びに来て良いんだよ」


 あっ、そうですね。親戚がいるなら、内戦の時もあんな貧しい生活をしなくても良かったと思います。少なくとも同郷のトッドさんの家に匿ってもらう必要は無かったでしょう。


「いえ、ベラ姉様は軍人ですから。ご迷惑になるかと思いまして」


「そんな事ないって。ここの教師も兼任しているのだから、もっと頼りなさいよ。サブリナちゃんは見た目と違って堅いわね」


 ん? サブリナは大人しそうですが、極めて真面目な外観ですよ。ベラ先生の言い様に少し違和感がありました。



「ベラ先生、こいつのお知り合いでしたか?」


 私が疑問を浮かべている中、レジス教官が質問します。こいつとは剣王の事でしょう。


「そうなんですよ。会うのはいつぶりでしょうか」


「それは良かった! いやー、実はね、こいつ、ショーメ先生に会うや否や『その女は俺の物になる』って言うんですよ。信じられないですよね。…………是非、親御さんにお伝えください」


 ショーメ先生への愛が、その端から見たらどうでも良いチクリを産み出したのですね。極めてセコいです。


「き、貴様っ!?」


「む、ゾル君? 君、本当に盛りのついた犬猫みたいな言葉を吐いたの? どこかの軽蔑された王子みたいよ」


 ベラ先生は冷たい目で剣王を見ます。彼がそれにたじろぐのが見えました。

 あと、軽蔑された王子って言うのはサルヴァの事でしょう。似たような発言をしていましたからね。本人を前にしての発言で、ベラ先生も強い性格をされていますね。


「い、いや……あのだな……」


「そうなんです! お兄さまがあの性悪な女性に誘惑されて、そんな変な言い方をしたんです……」


 おっと、ややこしくなってきました。サブリナが参戦してきまして、もう誰の発言が正しいやらってなりますよ。

 ベラ先生も困惑気味です。


 場は更に混沌に包まれます。サルヴァが動いたのです。


「ベラよ、済まなかった。今までの非礼を詫びようぞ。俺はここにいる巫女メリナと副学長サンドラにより真人間として生きていく喜びを知った。お前の気が済むのなら、俺はお前の靴でさえ舐める。さぁ、足を出せ」


 いやー、お前まで入ってくると訳が分からなくなってきますね。前言を翻して、早く退散したいです。



「メリナさん、ここは関係者の方々に任せて行きましょうか」


「はい、アデリーナ様」


 私達は仲良く外へと出ました。ショーメ先生が少しだけ恨めしげな視線を送って来ましたが無視で御座います。ご自力で何とか出来るでしょう。



 館へ帰った私はベセリンの用意していたランチをアデリーナ様と食します。

 アデリーナ様、蟻の卵だとも知らずに、柔らかくソテーしたものをパンに塗って食べておられましたね。

 感心した顔で食材について尋ねてくるアデリーナ様を見ていると自然に笑顔になりました。今日食べた物がアデリーナ様の血となり肉となってからお伝えしたく、その日が来るのが大変に楽しみです。



メリナの日報

 何か忘れていると、一日中、うっすらと思っておりました。しかし、寝る前とは言え、それを思い出せた私は優秀です。


 今日の上映会、オリアスさんも呼ばれていたはずです。もしかして、一日中、どこかの教室でお待ちだったのではないでしょうか。

 皆、冷たいなぁと思いました。


 あと、アデリーナ様が蟻の卵を美味しそうに食べている姿を神殿の皆にお伝えしたいので記憶石を下さい。一つ余っていますよね?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 日報がとうとう名実ともに日記になっちゃった! …そういえば最近日報なかったですね… [一言] アリ(のたまご)だー!
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