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強い女たち

 アデリーナ様はメンディス殿下に対して、にっこりと笑顔をされました。金色の髪は窓からの日差しに照らされてキラキラと輝くほどに美しいですし、にこやかな表情なのですが、それなのに私の感情としては怖さが先立ちます。

 良くない雰囲気ですよ、これ。


「さて、剣王ゾルザック」


 っ。私に怒りが向かない?

 そうですよね。私、何も悪いことしていないんですもの。

 いやー、ホッとしました。冷や汗が退いていきます。

 そうです、アデリーナ様。その尊大なバカをボッコボコに苛めて差し上げてください。


「何だ? お前、さっきから偉そーだな」


 うふふ、偉いんですよ。


「ええ。貴方が想像する以上に私は偉いので御座います」


 余裕綽々のアデリーナ様が輝いて見えます! 味方だと、こんなにも頼もしい人だったんですね!


「ククク、幾ら偉くても、俺の剣の前に立てば、すぐに死ぬんだぞ?」


 本当に不遜です。でも、油断が有ったとは言え、私を斬り殺せたかもしれない彼の実力は本物でして、それが彼を過信させているのかもしれません。


「おい、控えろ。シュライドの子爵家の分際でブラナン王国の女王に何て言葉を吐く!」


 メンディスさんが堪らずに横から口を挟んできました。それは本心ではないかもしれませんが、メンディスさんにも立場が有りますからね。アデリーナ様の面子を立てた事実は残ります。


「マーズ家と言えば、武で勇名を馳せる家柄。お許し頂けるのであれば、お相手を願いたいところでは御座いますね」


 タフトさんも参戦します。記憶石の映像では剣王の動きを見て「敵わぬ」と心内を露にしていましたが、上司の意に沿うために覚悟をなされたのでしょう。



「はん? お前らが纏めて掛かってきても勝負にもならんぞ」


 でかい口を叩きますね。


「そこのメリナとかいう化け物くらいだろ。俺と良い勝負が出来るのは」


 お前、死ぬ寸前まで殴られて良い勝負とは笑われますよ。記憶喪失にでもなったんですか。


 あっ……。アデリーナ様が笑った……。クスッて軽く唇が上がった……。



「……サブリナ、お兄様をお止めになられた方が良いかと……」


「そうですね。でも、とても失礼な態度ですから」


「えぇ、殺されますよ……」


「えっ」



 瞬間、アデリーナ様のノーアクションでの魔法が炸裂しました。

 光線と見紛う程の速度で白く光る矢が4本も放たれ、剣王の四肢に刺さり貫きます。そして、そのままの勢いで壁をも穿って行きました。


 もちろん、剣王が無事なはずが御座いませんでして、大きな傷跡から血を吹き出しながら仰向けに倒れました。


「メリナさん、回復魔法」


「あっ、はい」


 私は指示通りに剣王を復活させます。



「な、何者だっ!?」


 すぐに起き上がった剣王の服は血塗れです。


「口の聞き方に気を付けなさい。二度目は御座いませんよ。次は頭に当てても良いのですよ」


 アデリーナ様は笑顔です。

 本当に怖いですよね。あの光る矢の魔法は私も食らった事があります。

 一番最初は敵と懸命に戦っていた私を背後から太股を射ってきたんです。酷い話です。戦闘後に、私の戦闘能力の高さから魔族かもと疑ったからとアデリーナ様は弁明していました。


 えぇ、魔族は悪さをする輩の多い連中ですよ。だから、あの時はアデリーナ様の言い訳に納得したのです。

 でも、今となっては周りに魔族がいてもアデリーナ様は退治しようとしていません。フロン、ルッカさん、そこにいるヤナンカ。

 私、射たれ損だったんじゃないかな。


 あの後も、アデリーナ様のお酒を貰うのに少々脅迫してみたら放つし、ガランガドーさんの協力の下、記憶石の映像をちょっととだけ改竄して、王国中にアデリーナ様の脱糞映像を流した時も射たれました。


 その度に思ったものです。目で追えない、と。無詠唱で高速の攻撃魔法なんて反則です。避けようが有りません。しかも貫通力が半端ないし。

 不意を突かれたら、私だって敗北の可能性が有ります。



「あ? 射ってみろよ」


 あっ、死にました。


「ほう? 私が射たないとでも?」


「人を殺したことなんて無さそうな顔のくせに、よく言うぜ」


 それ、顔付きだけです。中身は真っ黒ですよ。むしろ、この中で一番の殺人鬼かもしれません。あっ、いや、マイアさんやヤナンカも相当な気がします。



「アデリーナさん、その子は少し調子に乗っているのよ。圧倒的強者ってのを知らなかっただけ」


 助け船はマイアさんから出ました。


「全く剣王だなんて大げさですよ。うちのミーナの足下にも及ばないくせに」


 ミーナちゃんはマイアさんの住居に居候している元ザリガニの獣人です。まだ6歳くらいかな。目茶苦茶に強いです。

 直接的に戦ったことは有りませんが、既にその歳にして、私の知人の中で最大クラスの魔力を保有されています。もちろん、剣王なんて遥かに格下です。


「あん? ババァ、うるせーよ」


 マイアさんはババァでは御座いません。私達より歳上な感じですが、30手前くらいの外観ですよ。サンドラ副学長とは違います。


「は? お仕置きです」


 エアハンマー。たぶん、そんな感じの魔法です。高速圧縮された空気が剣王の後頭部を撃ちました。これも無詠唱です。

 アデリーナ様のと違って、魔法発動までに少しだけタイムラグと空間に魔力の揺らぎが発生するので避けることは可能だと思うのですが、剣王も油断していたのでしょうね。若しくは、アデリーナ様の魔法を警戒していたか。


 余りの衝撃に両目が顔から飛び出しています。もう文字通りなのですが、目玉だけ発射されたみたいに顔から分離したんです。そんな事ってあるんですね。

 マイアさん、殺す気で魔法を放ったんでしょうか。


 私はまたもや回復魔法です。サブリナの兄でなければ放置でしたが、友情に感謝下さい。



「ば、化け物どもが……」


「ヤナンカもいーかなー。もっと色々遊べるよー」


「…………」


 流石の剣王も大口を叩かなくなりました。ヤナンカは明らかに異質な存在ですから。彼女が魔族だと彼も把握しているでしょう。


「麻痺魔法を掛けるから痛くないよー。寝ている間にー、うーん、バッタの体に変えてあげるー。ちゃんとお肉も食べられるし、喋れるようにするからだいじょうぶー、きっとー」


 ……何ですかね。すっごく明るく言いましたけど、残酷ですし、意味がある行為なのでしょうか。

 ヤギ頭を思い出しましたよ。アデリーナ様の義理の父親にして元皇太子。王都で獣人の長をしていましたが、初代ブラナンに操られたのか、自分の意思なのか分かりませんが、私達に敵対してきたのです。ヤギ頭もヤナンカに術を掛けられた結果なのでしょうか。


「な、何の為だ!?」


「実験だよー。ヤナンカはー、人の進化を手伝ってあげるのー。ぴったしの体が見付かったら嬉しいよねー。今は分からなくてもだいじょうぶー。きっと、未来の人達はヤナンカに感謝してくれるからー」


 狂気ですね。アシュリンさんの恩人とかいう獣人の人も情報局に解剖されて死んだとか聞きました。こんなノリで殺されたのなら、アシュリンさんのあの静かな怒りも理解できます。本物のヤナンカを消滅させて正解でしたね。



「サブリナ、大丈夫ですよ。ジョークだと思います」


「はい。安心下さい。お兄さまは少し調子に乗られていますので、その鼻をぽっきり折って貰いましょう」


 なるほど。半殺しまで許可が下りました。



「ショーメ先生、安心してください。俺があなたを守ります」


「ありがとうございます。私、血は苦手でして」


「そうだと思います!」


 あっちの方では、レジス教官がまたショーメ先生に騙されていました。哀れです。



「くそ! 剣さえあればお前たちなど一瞬で殺してやるからな!」


「そうですか。では、タフト。彼に貴方の剣を貸して差し上げなさい」


「はっ」


 剣士にとって愛剣は家族以上に大切な物だと思うのですが、全くの躊躇いもなく、タフトさんは剣王に鞘ごと投げ渡しました。



「むっ、良い剣だな。恩に着る」


 剣王は抜きながらタフトさんに言いました。大事な自分の剣を他人に貸す感情を、剣王も理解しているのでしょう。


「ふん。剣さえあれば、お前など――」


 喋っている最中にも関わらず、鬼のような女王は光る矢を放ちます。両肩口を正確に射抜きました。容赦ないです。反応もさせないなんて……。


 私は少し待ってから回復魔法です。



「こ、これ程の強者がまだ世に居たのか……」


「私の知り合いには、何人か同レベルがいらっしゃいます。メリナさんに至っては、戦い方次第では私を上回るでしょう」


 え? アデリーナ様、物は言いようですね。明らかに私の方が優れていますよ。白黒決着を付けますか?


「帝国では貴方の腕を磨けないと思うので御座います。私の傍でお仕えになりませんか?」


「…………分かった」


 ありゃりゃ、簡単に落ちましたね。はい、剣王さん、私と同じく激務で心労で精神を擂り潰す毎日が決定しました。


「諸国連邦の方も了解で御座いますね?」


「あぁ、異論ない。シュライドには俺から話しておく」

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] アデリーナ様が素敵すぎる
[良い点] やったースッキリ
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