第44話 タマの昔話
早朝に目を覚ましたマコトは、寝ずに付いていてくれた鈴鹿といつ寝ているのかわからない加奈から、何が起こったのかをすべて聞いていた。
夜行の拠点の一つである新宿のBARが襲撃され、死者が出ていること。
加奈はそちらの対応に追われていたため、マコトが追っていたヒザマが、新宿の夜行襲撃犯と合流したことに気が付かなかったこと。
警視庁のNシステムと監視カメラへのハッキングでその事実に気づくも、既にマコトと連絡が取れなくなっていたこと。
新宿の夜行襲撃犯「酒井鋭児」が、元は夜行のメンバーであったこと。
そして山崎に同行させた桃恵の力でマコトを探し、無理やりにでも連れ帰らせるつもりだったという。
その山崎だが、今時珍しいビデオテープで保存するアナログの監視カメラと、ネットワークに接続されていないドライブレコーダーの記録を調べることで、化け狸事件の直後マジカル・フォックスの正体に辿り着いていたのだった。
そして山崎は相棒の青木とともに、マジカル・フォックスに関する全ての証拠映像を消去したのち、夜行探偵社を訪れて草壁と出会い、警察内部の協力者として動いてくれることになったという。
「ああ、ガチの『刑事』ってそういうこと。凄いね、刑事って……」
【全くだぜ。しかも『報酬は受け取るわけにいかねえ、刑事だからな。これはただの仁義ってやつだ』だとよ! 今時珍しすぎて、天然記念物に指定したくなるぜ ( ゜д゜)、ペッ】
「いや、そこは素直に褒めておこうよ」
【ああ、でも青木って奴は別だぜ? 『僕はフォックスさんのファンなので、今度サインください!』って言ってたぜ! (゜∀゜)】
マコトは空笑いとともに、肩の力が抜ける気がした。
そしてサインの練習をするべきか、全力で逃げ回るかを考え、青木からは逃げることを選択するのであった。
【もう警察が動いていたからな、鈴鹿を向かわせて鉢合わせになったらどうしようもねえ。山崎がいて助かったぜ ( ´Д`)】
「それで、真琴ちゃんの方は何があったん?」
マコトはヒザマに追いついてからの経緯を説明する。
そして酒呑童子の力を持つエイジとの出会いと戦闘について話し始めると、鈴鹿は微妙な面持ちで聞き入っていた。
しかし戦闘に勝利したところまで話すと、鈴鹿が驚愕の表情をマコトへ向けた。
「エイジはんって関東地区で上位の実力者て聞いとったんやけど、マコトちゃんが勝ったん!? あれ? せやったら……」
【そうだ。エイジに勝ったんならお前、いったい誰にやられたんだ? (@_@;)】
「ああ、エイジが運転していた車には、もう一人乗ってたんだ。知ってるかな……芦屋道満っていう――」
その瞬間マコトは、空気が変わったのを感じた。
ほんの一瞬ではあったが、それはまるで隠れ里全体が震えるような感覚だった。
怪訝に思い辺りを見渡すマコトの手の中で、スマートフォンがメッセージの着信を告げる。
【アホかあああああ!! 知ってるも何も、超有名人じゃねえかあああ!! ああクソ、ビックリしすぎて変な声出たわ!! (# ゜Д゜)】
「へ? もしかして今、一瞬空気変わったのって加奈が驚いたから?」
そこへ鈴鹿がマコトへ、無言で抱き着いた。
マコトは加奈からの返信が見えないからと鈴鹿を引きはがそうとするが、鈴鹿の体が小さく震えていることに気付き、抵抗をやめる。
そこへ部屋のドアが勢いよく開き、草壁が現れた。
「道満と遭遇したそうですね。真琴君、そしてタマ様。詳しく話していただけますか?」
マコトは初めて見る草壁の焦りを感じる表情に、ただ事ならぬ雰囲気を感じていた。
そして有無を言わせぬ様子に草壁に、マコトは震える鈴鹿に抱き着かれたまま、道満が現れてからの経緯を説明した。
マコトの隣にはいつの間にか姿を現したタマも座り、時々マコトを補足するように説明を行う。
だがここで一つ、問題が発覚した。
「竜巻に呑まれて吹き飛ばされ、私は意識を失った。何で道満が見逃してくれたのかわからないけど――」
「待ってください、真琴君。火柱と竜巻のあと巨大な水柱が確認され、現場が水浸しだったと聞いているのですが……それは真琴君がやったのではないのですか?」
「じゃあわたしたちを助けてくれた、誰かがいたのかしら? わたしはマコトがやられたあと、シリュウとサイガと一緒に戦ったんだけど……一瞬でやられちゃったのよね……」
シリュウとサイガも姿を現し発言するが、どちらも人化した体が破壊された衝撃で本体との繋がりが切れ、マコトとタマが気を失っている間のことは見ていないという。
【道満が水系の妖術を使ったのは見たことがねえし、エイジに至っては肉体強化一辺倒の筋肉馬鹿で、水系どころかまともに妖術を使えねえ。マコトじゃねえとすると、マジで第三者か? ……まあなんにせよ、無茶しすぎだ。命があるだけ儲けもんだぜ。 (#^ω^)】
「加奈さんの言う通りです。真琴君、タマ様。芦屋道満は、夜行と敵対する組織の顧問に当たる存在です。はっきり言って、正面から戦って勝てる存在ではありません。絶対にかかわってはいけません。いいですね?」
鬼気迫る様子の草壁の言葉に、真琴はただ頷くことしかできなかった。
その時マコトに抱き着く鈴鹿の震えが止まり、真剣な表情をしたタマと目配せをしていたことに、マコトは気づくことができなかった。
草壁から新しいスマートフォンを受け取り、鈴鹿とともにマンションへと戻ったマコトは、泣きはらした様子のイブから待ち伏せを受ける。
イブはユズとセリからマコトの無事を聞いていたが、同時に怪我をしていることも聞いていたため、心配で待っていたのだという。
そのユズとセリだが、シリュウとサイガの本体から報告を受けていた康臣から話を聞き、マコトがゆっくり休めるようにとメールだけ飛ばしていたのだという。
マコトはイブからそんな話を聞いてスマートフォンを確認すると、ユズとセリからは『月曜に学校で元気な姿を見せて』といった内容のメールが各一通、確かに届いていた。さらに昨夜から数時間おきに三通と、今朝マコトが起きたあたりの時間から現時刻までで十数通ものメールが、イブから届いてたいことに気が付くと、マコトはイブに心配かけていたことを知り、素直に謝罪した。
そして安心した様子のイブと別れ部屋に戻ったマコトは、鎌鼬の姿が無いことにも気付かぬまま、泥のように深い眠りへと落ちていった。
「――そう、そんなことがあったのね」
週が明け放課後の部室、マコトの右手に巻かれた包帯を見ながら、ユズが小さく声を溢した。
ユズとセリは康臣からの又聞き、さらにイブに至っては結果しか聞いていなかったため、マコトとタマから直接話を聞いて、ようやく納得した様子と同時に、安堵の表情を見せた。
「殺生石の奪還に失敗したこと、康臣さんに謝りに行きたいんだけど」
「お爺様なら『あれはもう朱坂さんに差し上げたものなので、気に病むことはない』と言っていたのですぞ」
「そっか、でも近いうち挨拶には行くよ。無事な姿も見せておきたいし」
「それならまず、傷を完全に治すことですわね」
マコトはユズの視線を受け、苦笑を浮かべる。
外から見える範囲の傷を優先的に治療したため、右手にしか包帯を巻いていないよう思われるが、制服に包まれて見えない場所は包帯だらけなのであった。
「タマのおかげで二~三日もすれば、包帯は全部取れるよ。でも右手だけちょっと、傷が深くて……こっちは完治するまで、しばらくかかるかな?」
「それでもちょっと、傷が残っちゃうかも……ごめんね、マコト……」
マコトは机の上でしょんぼりと佇むタマに右手を伸ばし、その柔らかい毛並みを包帯越しに感じる。
その手を見て悲しそうな顔をするタマに、マコトは優しく微笑んだ。
「今ほとんど痛くないのもタマのおかげだし、気にしなくていいよ。それに――ほら、今だって、撫でるのには何の問題もないからね」
マコトは『傷は男の勲章』と言いかけて、やめた。
今は女なのだから。
「それはそうとタマ殿があの『九尾の狐』だったとは、驚きなのですぞ。それにどうも、お爺様も気が付いていたようなのですぞ」
「それってチョー有名な妖怪だよね、あたしでも知ってるもん。でも……タマちゃん、悪い妖怪じゃないよ?」
「そりゃまあ、ね。……タマ、話して良い?」
「ありがとうマコト。でも……自分で話すわ」
そしてタマは、自らの出自を語る。
現代でいうところのインドで生まれた妖狐であるタマは、生まれつき美しい金色の毛皮を持っていた。
当時まだ弱々しい幼獣でしかなかったタマだったが、毛皮を狙う人や妖怪を撃退するうちに妖力が高まり、大人になった頃には尾が九本に増えていた。
また、当時顔だけが銀色の毛皮に覆われていたことから、『白面』と呼ばれるようになったのもこの頃である。
そしてタマが並外れた力を持ったことに気付いた人や妖怪は、タマを恐れて遠ざけるようになってしまう。
戦いも殺しも嫌いなタマはしばらくの間平和を堪能したが、誰からも構って貰えない生活を悲しみ、インドから中国へと移り住む。
そこでは神々しい姿のおかげか、最初から瑞兆を示す霊獣として崇められることになり、人や他の妖怪とも程よい距離感で生活することができた。
そのうちタマは人間に興味を持ち、人に化けて人里で生活することが多くなる。
だが程なくして、タマの関心を引くためにあらゆることをする男達と、嫉妬に狂いタマに攻撃的な目を向ける女達が繰り広げる、醜い争いばかりが起こるようになる。
呆れて移り住んだ町や都でも同様に争いが起こり戦争にまで発展すると、タマは人と中国に絶望し東の小国――日本へ渡った。
そしてタマは、運命を変える出会いを果たすこととなる。
美しい笛の音に惹かれて忍び込んだ屋敷にて、タマはその奏者と対峙した。
その後タマは美しい笛の音を聞くため、そして奏者はタマの他愛もない話を聞くため、逢瀬を重ねていくこととなる。
やがてその奏者はタマを側に置きたいと言い、タマに『玉藻前』という名と自らに仕える女官としての立場を与え、屋敷への自由な出入りを許したのだ。
そのおかげでタマは初めて、自身を求める人々の争いから解放され、人の平和な営みに参加することができた。
その美しい笛の音を奏でる者こそが、タマが初めて愛した男性であった。
しかしその平和も、長くは続かなかった。
タマの愛する男性が、病に伏せるようになったのだ。
そして同時に流された噂は二つ。
一つは、タマが妖怪であるというもの。
もう一つは、男性の病は妖気にあてられたものというものだった。
これはタマが後で知ったことなのだが、権力を求めたとある人間が、タマが妖怪であることを見抜いた陰陽師と結託し、陰で男性に毒を盛っていたのだ。
そうとは知らないタマは、自身の妖気から男性を守るため身を引き、屋敷を離れるのだった。
そこへ追手として現れたのが、芦屋道満と陰陽師だった。
タマは道満との会話の中で真実を知ると、陰陽師と道満を打ち破り屋敷へと取って返し、男性の体から毒を吸い取ることに成功する。
しかし再度現れた陰陽師と道満が、男性を巻き込みかねない攻撃を仕掛けてきたため、タマはやむを得ず九尾狐の姿を現して男性を守り、屋敷から飛び去った。
それがタマと男性の、今生の別れとなった。
その後男性から吸い取った毒と、道満らの攻撃で受けた毒に苦しみながら、陰陽師が差し向けた数万もの兵士を退けるも、タマが逃げ切ることは叶わなかった。
今でいう栃木県の那須高原で追い詰められたタマは、殺されるくらいならと自らの体を石と化し、陰陽師に封印されたと装うことで難を逃れた。
こののち、いつか復活する日に備え体内に受けた毒を自衛がてら排出していたことから、近付いた者が次々に亡くなり、石化したタマの体は『殺生石』と呼ばれるようになる。
「でもねー、だいぶ毒が薄くなった頃にさー……変な坊主にわたしの体、砕かれちゃったんだよねー……。意識とか力とかバラバラになっちゃって、復活もできなくなったんだけど、その意識の部分が偶然マコトの近くにあってね。そんでいろいろあって、今こーしてるってワケ」
タマは出自と今に至る経緯を話し終わると、肩をすくめて『やれやれ』と言わんばかりのジェスチャーをする。
だが子狐にしか見えない外見のため、そのしぐさすら微笑ましい姿であった。
「……タマ殿は、年上が趣味ですかな?」
「ちょ、最初にそこ突っ込む!?」
「愛に年齢も性別も関係ないわ!」
「タマちゃん答えるの!? てかストライクゾーン広すぎ!?」
確かに、マコトがタマの記憶の断片から読み取った男性は、出会った時から既に初老の域に達していた。
「そもそも最初から、あの人はわたしが妖怪だってこと気付いてたからね。種族の違いに比べたら、年齢なんて大した問題じゃないわ!」
「恋愛に関しても大先輩ですわね! タマさん、その話もっと聞きたいですわ!」
興味津々なユズが加わり、得意顔のタマは当時の逢瀬について詳しく話し始めた。
それを耳まで赤くしながら聞くイブ、感情より時代背景について質問するセリの姿を司会に捉えながら、マコトは図らずも見てしまったタマの記憶に思いを馳せた。
タマを追い詰めた陰陽師、安倍泰成。
マコトですら名前を聞いたことのある陰陽師、安倍晴明の子孫である。
そして芦屋道満。安倍晴明に使役され、以来阿部家の陰陽師に仕えている烏天狗。
芦屋道満が出てきたということは、もしかしたら阿部家の陰陽師が出てくるのだろうか。
などと考えるマコトであったが、知っている情報があまりにも少なかったこともあり、考えるだけ無意味と気付き思考の片隅へと追いやった。
ちょうどその時、イブが若干目を泳がせながら、タマに顔を近づける。
「でさでさ、タマちゃんって今、人間になれないんだよね? その……人間に化けられるようになったら、どうするの?」
「みんなと美味しいもの食べに行きたい! 原宿も行きたい! かわいい服とか一緒に選びたい!」
「あら、恋愛ではないのですわね」
「そうよ! 昔はともかく、この時代って美人がたくさんいるじゃない! テレビやインターネットでいくらでも見れるし、現代ならわたしの美貌もそんなに目立たないわ! わたしは、普通の人間と暮らすことに憧れてるの!」
鼻息荒く語るタマの姿に、ユズとセリは意外そうな表情を浮かべ、イブはかすかに安堵を感じさせる表情を見せた。
類い稀な美貌ゆえ、古来より九尾狐は目立つ存在であり、常に孤独だった。
それを思い出したマコトは、少しだけタマに優しくしてやろうと思いながら、その毛皮を撫でるため手を伸ばす。
その時だ。
タマの耳がぴくんと動き、次の瞬間マコトの胸へと体当たりするように飛び込んできた。
マコトの胸の中へと吸い込まれ、タマの姿が消えるのと同時に、マコトの耳に足音が聞こえてきた。
その足音はマコトたちがいるオカルト研究会の部室前で立ち止まると、程なくして入り口のドアが開かれた。
そこから姿を見せたのは、くせ毛を無造作に散らしたウルフヘアの男性だった。身長は高く185センチほど、まくり上げた袖から見える腕は程よく筋肉がついているが、目つきの悪さと纏う雰囲気の刺々しさから、チンピラのような印象をマコトに与えていた。
「おい北条、聞きてえことがあるんだが――」
「レン、ノックぐらいしてくださるかしら?」
男の言葉を遮ったセリが、目を細めながら言い放った。
その表情は冷たく、それでいて寂しさを感じさせるような様子でもあった。
レンと呼ばれた男はセリの視線を平然とした様子で受け流すと、室内を見渡し怪訝そうな顔をした。
その視線がイブ、そしてマコトへと移るが、レンは表情を変えることなく口を開く。
「……見慣れねえのがいるな」
「新入部員よ。こいつはわたくしと同じ学年の池尻恋。レン、こちらはーー」
「ああ、二人とも知ってる。有名人だからな」
そう言ってレンは視線をセリに戻し、室内へと足を踏み入れた。
そしてセリの側に立つとレンはしばし逡巡し、意を決したように息を吸い込んだ。
「……幽霊をブッ飛ばす方法を教えてくれ」




