第30話 カチカチ山 / 真相は……
「真琴ちゃん……ウチの服全部燃えてしもうたさかい、人化したら全裸になってまうんやけど……運転どないしよ」
マコトの腕の中で赤毛の猫となった鈴鹿が衝撃の告白をした直後、マコトは解決策を必死で考えていた。
「えっと……あ、タマ! 変身した時のオレの服って、タマが幻術で作ってるんだよな? 同じこと出来ないか?」
「えー。できるけどー……もー、何してんのよバカ鈴鹿ー」
タマが鈴鹿の真上に顕現すると、柔らかい肉球で鈴鹿の頭をポコポコと叩き始めた。
「せやかて火車に戻らへんかったら、真琴ちゃん丸焦げやないの。もう、堪忍してえな」
そう言って背中に乗ったタマを前足で叩き落とした鈴鹿が、マコトの腕の中でタマと絡み合い、組んず解れつのやり取りを始めた。
マコトは猫と子狐がじゃれ合うその様子を何時間でも見ていられそうだと思ったが、その欲求を抑えてタマの首根っこをつまんで持ち上げる。
「とりあえず頼むタマ、さっさと帰ろう」
「もー、仕方ないわねー。マコト、帰るまでずっと鈴鹿の腕でも掴んでなさい。どこか触れてないと、効果が切れちゃうからね!」
「ありがとうタマ、頼んだ」
「タマちゃん、ほんまおおきに」
マコトは鈴鹿を運転席に置くと、その左前足を掴んで目を閉じた。
すると鈴鹿が人化し全裸のまま運転席に収まり、一瞬遅れてグレーのノースリーブニットのワンピースが現れ、鈴鹿の全身を覆った。
「もう目を開けてもええよ、真琴ちゃん」
その言葉を聞いて目を開けたマコトの視線の先には、体にフィットしすぎてともすればボディペイントに見えかねないほど、体のラインをはっきりと浮かび上がらせた鈴鹿の姿があった。
じっくりと見れば乳首の形すらはっきりとわかる鈴鹿の胸から、マコトは慌てて視線を外すとタマを探した。
「あれ、タマは? ……ああそっか、オレの体に戻らないと力が使えないのか」
「んー……服だけだからね、これくらいならできるわ」
マコトは自分の胸元から聞こえた声に反応し下を向くと、マコトの胸の谷間から顔だけを出したタマを見つける。しかしその顔が微妙にニヤついた顔なのが気になっていた。
「それとわたしが着たことのない服なんだから、作りは適当よ? だからちょっと透けたりするかもしれないから、むっつりスケベのマコトはチラチラ見たりしないでよね!」
「見ねえよ! てかむっつり言うんじゃねえ!」
「あら、ウチは真琴ちゃんにやったら、いくら見られてもかまへんよ?」
「鈴鹿さん、話がややこしくなるからやめて? ああもう、テン! 行ってくれ!!」
マコトたちを乗せた軽自動車が走り出すと、鈴鹿の腕を掴んでいたマコトの手は逆に鈴鹿の手によって握られ、手をつなぐ形のまま自動運転で帰路につくのだった。
そしてその道すがら、マコトはタマと鈴鹿から衝撃の事実を知らされる。
封魔の壺に封印されている間は意識があり、傷なども時間をかけて治癒していくのだという。だが火がついたまま封印された場合、延々と治癒と火傷を繰り返し続けることになるため、封印が解けるまで永遠にも似た責め苦を味わうことになるという。
「タマ……知ってただろ? 陰火が出なかったのって、そのためか?」
「ぷーくすくす! かちかち山の狸より酷い火傷よね!!」
マコトは背中の火傷に辛子を塗り込まれるのと、延々と金玉袋に火傷を負わせられ続けるのと、どっちがマシなのかは判断のしようが無かった。
だがマコトは、むしろどちらも生ぬるいとすら思っていた。
「やりすぎ……でもないか、変態だし。滅ぼさなかっただけマシだろ」
その言葉に、タマも鈴鹿も深く肯いていた。
―――――
「甲府と八王子で発生した連続強盗殺人事件の犯人が、娘の携帯電話から私に電話をしてきたことが、事の始まりでした」
警察庁庁舎内の一室で、特殊公安課の捜査官である鷹人は部下の小咲を従えて、警視庁捜査一課の刑事である山崎警部補から事情聴取を行っていた。
「二件の強殺現場周辺で同一のワゴン車が目撃されていたことに目をつけた私は、そのワゴン車が東へ移動してきていることに気付き追っていました。しかし犯人は自分が追っていることに気づいていたらしく、娘を人質にして捜査資料の破棄を迫ってきたのです」
「捜査本部では二件の現場で目撃された車両について、同車種とはいえ色もナンバーも運転手も違うことを理由に捜査線上から外したと聞いている。なぜそれに目をつけた?」
「いくら顔や服装が違っていようが、下半身裸の変態なんてそうそういませんぜ」
山崎がそう言いながら視線を落とした先には、警視庁から提出された捜査資料が広げられている。そこには角度によっては上着だけを羽織っているようにも見える男が、ワゴン車に乗っている写真が印刷された資料が添付されていた。
「あとは勘、ですが……逆につけられていた挙句、家族まで特定されていたなんて、随分と当てにならない勘だったと痛感していますよ」
そう言って自嘲気味に笑う山崎の視線は、机の上に並べられた犯人が写った捜査資料とは別の、画像が印刷された二枚の用紙へと向けられていた。
それは倉庫内に残っていた犯人の荷物の中から回収されたもので、そこには山崎が娘と会っている姿と、その娘をマンションまで送っていく様子が印刷されていた。
「その後は娘に持たせていたスマートフォンのGPS信号を追い、晴海埠頭にある倉庫の一つで盗品と娘の所持品を発見しました。付近を捜索した結果犯人を発見するも、娘を人質に取られ打つ手が無くなったところで、マジカル・フォックスが乱入してきて犯人を殴打し、その……一撃で頭部を木っ端微塵に破壊しました」
「……その時の、マジカル・フォックスの様子は?」
「はあ。それがなんとも軽く……まいっか、と……」
「ぷっ」
鷹人は吹き出した小咲を鋭い眼光で黙らせて軽く溜め息を吐き出すと、マジカル・フォックスの軽い態度について想像を巡らせた。
そして相手が人間ではないと知った上での行動だろうことに考えが至ると、もう一つの疑問を解消するため山崎へと視線を戻す。
「念の為確認するが、山崎警部補はマジカル・フォックスと面識があったな?」
「はい、吉祥寺の事故現場で一度会っています。しかしそれだけですし、向こうも自分がその場にいたことに驚いていたようでした」
「ではフォックスさんは強殺犯を妖怪と知って退治しに来たところに、偶然山崎警部補と娘さんがいたということでしょうか?」
「さあ……なぜあの場にマジカル・フォックスが現れたのか、本人から理由を聞いたわけではありませんので……」
小咲の考えが正しければ、『人に悪さをする妖怪もいれば、その妖怪を懲らしめている妖怪もいる』というマジカル・フォックスの言葉の、信憑性が増すことになる。
鷹人は妖怪のすべてが敵ではない可能性に対し若干の安堵を覚えるが、同時にその胸の奥には微かなざわめきが湧き上がるのを感じていた。
「偶然にしては出来すぎな気もするが……そう考えるのが妥当か。話の腰を折って悪かったな、続けてくれ」
その後は山崎から、娘だと思っていたものが突然肉の塊に変化したこと、そして犯人のワゴン車が大きな顔のついた木製の車両に変化し炎を吐き出したこと、その後炎に飲まれ気絶したことを聞く。
そして山崎が気絶から目覚めると山崎が犯人から暴行を受けた傷が消えており、マジカル・フォックスが単身大型犬ほどもある狸のような動物に姿を変えた犯人と、オンボロ車と呼ばれた火を噴く車両を撃退していたという。
ここで山崎が一呼吸置き視線をわずかに揺るがせたことを、鷹人は見逃さなかった。
恐らくマジカル・フォックスに仲間でもいたのだろう。
だがこの嘘は、山崎がわざと気付かせるようにしたのだということも、鷹人は同時に見抜いていた。
何らかの理由で疑いの目を自身に向けさせようとしているのか、それとも山崎がマジカル・フォックスの味方であるというアピールなのか、現段階で鷹人に判断は出来ない。
だが公安としては、マジカル・フォックスが悪事を働いた場合は別だが、そうでない限りは既に敵対できなくなってしまっている。
無駄に藪を突く必要はないと考えながら、別のもう一つ気になった点を指摘するため、続きを話そうとした山崎を静止させた。
「オンボロ車ではなく、恐らくそれは『朧車』だ。平安時代に発生した妖怪だが、まさかワゴン車に化けているとはな……続けろ」
「はっ。その後自分はマジカル・フォックスの支援を受け、ええと……朧車? の中に囚われていた、本物の娘を救出。マジカル・フォックスは朧車が発生させた火災を鎮火したのち、大狸及び朧車と共に姿を消しました。以上が今回の顛末になります」
妖怪は殺せば塵に戻るが、鷹人はマジカル・フォックスが姑獲鳥を小さな壺へ封印した現場を目撃している。
おそらく今回も二体とも封印し回収したのだろうと想像し、鷹人はマジカル・フォックスの甘さに眉をひそめた。
人に仇成す妖怪は滅ぼすべき、鷹人はその考えを変えるつもりは無い。
とはいえ少し前までは、妖怪は全て滅ぼすべきと考えていたことを思い出した鷹人は、自嘲気味に口元を吊り上げると小さく息を吐く。
「だいたいわかった。だが妖怪の存在自体、今はまだ機密情報に準ずる扱いだ。そっちの刑事部長にはこちらの土御門課長から話が行っていると思うが、山崎警部補も決して口外しないように。それと甲府・八王子連続強盗殺人事件については、特殊公安課の預かりとする」
「……はっ」
「そう不満そうな顔をするな、貴様が処分を受けないようにするための処置でもあるんだ。あと特殊公安課は、マジカル・フォックスと敵対しないことが正式に決まった。マジカル・フォックスに伝えておけ」
「はあ。もし会えたら、伝えておきます」
少し揺さぶりをかけたつもりの鷹人だったが、山崎には何一つ不自然な様子が見られず、困惑するような表情を浮かべるだけだった。
「……疑惑の目を自分に向けさせるよう、わざとバレるような嘘を織り交ぜたつもりだろうが、意味がなかったな、と言っているんだ。我々はマジカル・フォックスだけでなく関係者も含め、追わないし調査もしない」
「……は、はあ」
ここでようやく山崎の瞳に動揺が見られたことで、鷹人は満足して事情聴取を終えることにした。
山崎とマジカル・フォックスにどんなつながりがあるのか、鷹人は個人的に興味はある。
妖怪による犯罪は増加の一途をたどっているため、マジカル・フォックスと敵対しないという方針は渡りに船だ。
それがたとえ政治家からの圧力が理由であったとしても、だ。
そして鷹人には、一つだけ気がかりなことがある。
姑獲鳥の件でもわかっていたことだが、マジカル・フォックスは相当なお人好しだ。
しかしだからといってその背後にいる者まで、無条件に信用する気は無い。
マジカル・フォックスが吉祥寺で助けた父娘のように、マジカル・フォックスを支持する理由がわかっている連中であれば何の問題は無い。
鷹人はマジカル・フォックスを矢面に立たせている者の、意図や動機が見えてこないことを危惧していたのだった。
関わるなとの指示を受けているが、鷹人は組織としてではなく個人として、密かに調べる必要性について内心で検討を始めたその時、部屋を退出しようとした山崎を小咲が呼び止めた。
「フォックスさんに『お礼がしたいのでデートしてください』と小咲が言っていたと伝えてください!」
「は……はあ!?」
鷹人は、自分が投げかけた言葉以上に動揺した山崎を目にし、小咲に対して言いようのない苛立ちを覚えた。




