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第27話 全力で撲滅すべき

 変身し透明化したマコトは心の中で野原ちえりに謝罪しつつ、母娘が住むマンションのベランダから室内に侵入した。

 そして母親が不在であることを確認し、周囲を警戒しつつ透明化を解く。


「……そこかっ!」


 マコトは姿を現したとたんに向けられた視線に反応し、その視線の主へと一瞬で間合いを詰めると、カーテンレールの上から覗きこんでいる女の顔面を鷲掴みにする。


「ドレイン!」


「おほおおおおっ! な、なにこれ、やめてやめてしぬしぬしんじゃうううううっ!!」


「お前の仲間はどこ……んん!?」


 マコトは左手からの妖力吸収をやめ、カーテンの裏にいた妖怪『屏風(びょうぶ)のぞき』を引きずり出す。

 しかしその姿に、マコトは目を見開いた。


 顔だけは、人間の女性そのものだ。しかしその体は人形くらいの大きさしかなく、着物を着る際に下着として着用する襦袢のみという姿だった。しかもマコトの手から逃れようとじたばた暴れているせいで、白い襦袢がはだけて中身が丸見えになっていた。

 マコトは屏風のぞきを床に降ろして手を離すと、ひとまず目線を少しだけ外しながら襦袢の前を合わせて、人形サイズではあるが程よいバランスの裸体を隠す。


「あ、ありがと……って、あんただれ!?」


「この部屋の娘がお前の仲間に誘拐された。どこにいるか話せ」


 マコトは屏風のぞきからの問いかけを無視し、再度屏風のぞきの顔面を鷲掴みにする。


「なっ、なにそれ! わたししらないわよ!!」


「偽造ナンバーの不審車両がこの辺りをうろうろしていただろ。仲間じゃないのか?」


「あれはただのきゃくよ!」


 客とはどういうことかとマコトは首をかしげながら、鷲掴みにする手の力を徐々に強くする。

 いたいいたいと騒ぐ屏風のぞきに対し、どう質問するか考えていたマコトだったが、その手に感じる抵抗が一瞬で失われたことで、驚愕に目を見開いた。

 そこには体と同サイズまで頭の小さくなった、妖怪屏風のぞきの姿があった。

 屏風のぞきはマコトが驚いた隙を突き逃げようとしたようだったが、走り出してわずか数歩で、顔面からぺたんと床に倒れこんだ。


「ふええ……ちからがはいらないよぅ……」


「誘拐犯の仲間じゃないのなら、知ってること全部話してくれ。不審車両に乗っている妖怪の種類、目的、それと潜伏場所だ」


 倒れた屏風のぞきの胴体を掴んで持ち上げてよく見ると、屏風のぞきの細くて長い手足とそれなりに均整の取れたプロポーションが、まるで有名な女児向け人形のようであった。

 その屏風のぞきは先ほどのドレインが効いたのか、顔を真っ青に染めて涙目になっていた。


「はなす、はなすわ! だからちゅーってすうのやめてええ! えっとね、そのくるまにのってるのは『化け狸』よ! なんでゆうかいしたのかは……しらないわよ。でもうめたてちのこうじげんばにかくれてるっていってたわ!!」


「……どこの埋立地かわかるか?」


「なんか、あたらしい「いちば」ができるあたりっていってた!」


「そうか……それで、客って言うのはどういうことだ?」


 マコトは屏風のぞきから必要な情報を得られたため、話を切り上げて依頼者を探しに向かおうとするが、一つ気になっていることがあったため聞いておくことにした。

 すると屏風のぞきは、自信満々のドヤ顔をマコトに向けた。


「ここのむすめの、とうさつえいぞうをかってくれたの!」

「よしわかった滅べ。ドレインっ!」

「ぎっひゃああああっ!!」


 屏風のぞきを封魔の壺へと吸い込ませて蓋をしたそのとき、小さなペン状の物が足元に転がった。

 それはよく見ると小さなレンズ穴とUSBポートがあり、マコトはそれを小型の盗撮カメラと判断すると、封魔の壺とともにベルトポーチへとしまいこんだ。


 盗撮魔などという下衆な存在を、野放しにしてはいけない。

 そしてマコトは盗撮映像などという不届きなものを購入した誘拐犯の目的に考えが至ると、一刻も早く救い出すことを決意する。


 そこへスマートフォンの振動が、メッセージの着信を知らせた。


【でかしたマコト、潜伏場所は絞れたぜ( ´∀`)bグッ!】


「一刻を争う。地図を送ってくれ、このまま向かう」


【そう焦るんじゃねえよ。いったん車に戻って、鈴鹿とテンに合流しな(´・ω・`)】


「……わかった、匂いを覚えたらすぐに戻る」


 そう言ってマコトは通話状態のままにしてあったスマートフォンを、そのままベルトポーチに戻す。

 そして野原ちえりの部屋を見つけるとベッドに近付き、鼻に意識を集中させながら大きく息を吸い込み、その若木のような香りを記憶する。

 ウブメのときと同様、匂いで追跡するつもりだったのだ。

 しかしそれはマコト自身が自覚をしていないだけで、第三者から見れば十分に変態的な行為であった。




 一度車に戻ったマコトは築地周辺の有料駐車場で車を降り、鈴鹿を背負って透明化させると、隅田川にかかる勝鬨橋を走る観光バスの屋根へと飛び乗った。

 まだ日も高く、バスの屋根から昇る照り返しの熱がマコト達を襲うが、それは極わずかな時間だけだった。埋立地の島をつなぐ橋を二つ超えたところでバスから飛び降りると、晴海埠頭方面へと向かう。

 加奈が絞り込んだ誘拐犯の隠れ家はこの辺りで、程なくしてマコトは若木のような香りを補足する。

 しかしその香りは左手にある工事の資材を置くような小屋からと、右奥に見える倉庫のような建物の二箇所から漂ってきていた。

 周りには人影も見えるが、小屋や倉庫の周りには誰もいないことから、マコトは人避けの術や御札が使用されている可能性を感じつつ、物陰へと一旦身を潜める。


(匂いが分かれてるな)


(ほんのりと妖気も匂っとるなあ。ほな二手に分かれよか? ウチが小屋向かうよって、フォックスちゃんは奥の倉庫たのむで)


(フォックスちゃんって何!?)


(誰が聞いとるかわからんさかい、名前呼ぶわけにはいかんやないの。せやからフォックスちゃんもうちのこと……せやなあ、お姉ちゃん、って呼んで?)


 マコトの背から降りて透明化が解除された鈴鹿の顔には、赤い狐のお面が装着されていたため、その表情をマコトは読むことが出来なかった。

 しかしマコトは一刻も早く誘拐された少女を救うため、「その仮面をどこから出したのか」という疑問や「戸籍上は母じゃないか」という心の声をすべて飲み込み、鈴鹿の提案を呑むことにした。


(わかった、お……お姉ちゃん……。とにかく無理だけはしないでくれ)


(う、うふふ……なんか、それもええなぁ……ほないくで!)


 マコトは鈴鹿が仮面の下でどんな表情を浮かべているのか、想像しかけたがすぐにやめた。

 今から変態を懲らしめるのに、身近に変態がいたとは思いたくなかったからである。

 そしてパンプスを脱ぎ無音で小屋に向かった鈴鹿を見送ったマコトは、透明のまま倉庫へ一気に跳ぶ。

 そして二階の窓からこっそりと中を覗くと、そこは学校の体育館ほどもある空間に、うず高く積まれた建築資材が所狭しと並べられており、その一角にトラックや乗用車が数台停められていた。

 その薄暗い倉庫の奥、トラックの陰から何らかの明かりが漏れているのを見つけたマコトは、倉庫の中へ進入した。




「しかし娘にじーぴーえす? 持たせてるとはねえ。ガキの荷物捨てておくんだったぜ、けひゃひゃっ!」


 何者かの声が聞こえたが、それはマコトに対しての声ではなかった。その声がする方向へと、マコトは慎重に足を進める。

 そしてトラックの陰でワゴン車のヘッドライトに照らされた三人の姿を見つけると、マコトの顔から表情が抜け落ちた。

 許容範囲を超えた怒りが、マコトの顔から表情を奪い去ったのだ。


「しかしだからって、わざわざ取り返しに来るとか、頭おかしいんじゃねーの? しかも一人で? ……おらあっ!」


「ぐはあっ! げほ、げほっ! ……はあ、はあ……親が子を守るのは、当然だろうが……」


 そこでマコトが目にしたのは、トレンチコートからふくらはぎが丸見えになっている変態の後姿と、その変態が目の前にいた中年男性の腹を蹴り飛ばした瞬間であった。

 そしてその変態の後ろには、薄いカーディガンだけを羽織った裸の少女がうつぶせに倒れていた。


「俺の娘を……返、せ……」


 蹴り飛ばされた中年男性は、顔の半分を腫らし人相が大きく変わっているものの、誘拐されたちえりの父親である山崎だった。

 その山崎は腹を押さえながらよろよろと立ち上がると、生気に溢れた鋭い眼光を変態へと叩きつけている。


 諦めを微塵も感じさせず、ただ子供を取り返そうとする山崎の言動、そしてそれをあざ笑う変態の態度に、マコトの胸には怒りの炎が灯った。


 そしてマコトは冷静に周囲を見渡すと、その場をヘッドライトで照らしているワゴン車こそが不審車両に間違いなことに気がついた。

 そのワゴン車の運転席に人影はなく、周囲に他の人影もない。

 頭上の耳を澄ましても、ここには山崎と変態以外に動く者はいない。

 つまり変態に仲間はいない、そう判断したマコトはちえりと山崎を助けに入るべく、脚に力を入れる。


「てめえ、俺の娘を……返せ……」


「やることやったら返してやるって言ってんだろ? だから……な?」


 トレンチコートの男がそう言いながら、足元に倒れる少女に手を伸ばそうとしたその瞬間、反射的にマコトの脚はコンクリートの床を蹴り飛び出していた。


「「やめろ!」」


 山崎とマコトの声が重なり倉庫内に響きわたり、それによって虚を突かれたのかトレンチコートの男の動きが一瞬止まり、その顔面へとマコトの拳が吸い込まれていった。


『ぱきょんっ』


 汚い破裂音の直後、首から上を失ったトレンチコートの男が、膝から崩れるように音もなく倒れていった。


「……あ」


 マコトはこの男のことを、滅ぼすべき変態だとは思っていた。

 だが実際に殺す気までは無かったのだが、つい力が入りすぎてしまっていたため、変態の頭部を木っ端微塵に吹き飛ばしてしまったのだ。

 マコトは自らが作り出した惨状に言葉を失い、山崎もそれをただ呆然と見つめるだけだった。


 間もなくして我に返ったマコトは、大きく深呼吸をすると肩の力を抜いた。


「……まいっか、変態だし。ところで山崎さん、なんでここにいるんだ?」

「いいわけあるかあああ! 何事もなかったように会話始めてんじゃねえよてめえ!!」


 首なしの変態が突然起き上がると、倉庫の外まで響きそうなほどの大声を上げた。

 マコトは相手を殺さずに済んだという安堵を感じたが、それ以上に舌打ちをしたくなるほど残念な想いが胸の大半を占めていた。


「ちっ」


 想いが少し漏れたようだ。

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