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第26話 覗きだめ、ぜったい

 マコトは学校帰りにイブと別れて直接夜行探偵社へ向かうと、既に鈴鹿は到着しており、一足先に依頼者情報に目を通していた。

 マコトも音々が無言で差し出した書類を受け取り、中に目を通す。


 依頼者は野原ちえり、八歳の小学生。

 外では誰かに尾行されている気がし、家の中でも誰かに見られている気がして怖いという。母子家庭で帰りの遅い母親に心配をかけさせたくないからと、身近な大人には相談をしていないらしい。

 友達からお化けの仕業なら夜行にお願いするといいと聞き、インターネット上の掲示板に書き込んだそうだ。

 それを見つけた加奈が本人の素性を割り出して確認した結果、妖怪が絡んでいると判明。

 加奈がコンタクトを取り、依頼料500円で契約締結とのこと。


「相変わらず驚きの価格破壊だな。どうやってここの運営成り立ってんだ?」


「探偵業は基本的にボランティアですよ? 依頼者の多くは子供ですからねえ。子供は感受性が高く、妖怪を見つけやすいんですよ。他にある支所も直接依頼を受けているところは、似たようなものです」


「支所? そういえば鈴鹿さんって京都で草壁さんと同じことしてたんだよな。もしかして京都にも夜行探偵社があるのか?」


「夜行を冠する探偵社はここだけですが、探偵社として活動している支所は少なくないですよ。ここはそもそも日本全国に依頼を振り分けるための拠点で、インターネット上の掲示板書き込みから加奈君が依頼者を見つけ、音々さんが各支所に振り分けているのですよ」


 マコトは夜行探偵社の人員が少ない理由を聞いてようやく、ここにいる人員が少なすぎることに気がついた。

 道理で軽い内容とはいえ、ここに来て間もない自分に依頼が回されるはずだと今更ながらに気がつき、自分の観察力の低さを感じ少し恥ずかしくなる。


「支所は探偵社のほか、会社やBARなどに偽装している場合もありますが、珍しいところでは東北でこけし職人、四国ではみかん農家という支所もあるのですよ」


「こけし職人って……それも妖怪なんだよな?」


「ええ、雪女だけの支所になります。雪女というのは全員が人間の女性とほぼ同じ姿をしている妖怪で、こけしというのもそもそも、独り身の女性が(しとね)の相手がいない寂しさを紛らわ「んっ、んん!」」


 草壁の言葉を遮るように、鈴鹿が大きく咳払いをした。


「あら、堪忍や。乾燥する時期やねえ」


 マコトはそれほど乾燥しているように感じなかったが、草壁を見る鈴鹿の笑顔に薄ら寒いものを感じると同時に、草壁の額に流れた一筋の汗を見て、これ以上この話題を続けるのは危険と判断し資料へと視線を落とす。

 だが何となくいやらしい意味だろうと感じたマコトは、褥やこけしについて後ほど辞書で調べようと考えながら資料を読み進めていると、依頼者情報の欄に知った名前を見つけ、さっきまでの邪な考えが吹き飛んだ。


 それは依頼者の家族構成で、父親の欄に『山崎大介』『刑事』とあったのだ。

 驚いて顔をあげると草壁が珍しく少しばかり困ったような顔をしていて、マコトは草壁も気付いていたのだと気がついた。


「職業も職業ですし、関わりのある相手ですからねえ。離婚し別居しているとはいえ、何があるかわかりません。今回は鈴鹿くんにも出てもらいますので、真琴君は接触を控えるよう気をつけてください」


「ああ……実は偶然だけど、今朝も会ってるしな……」


「それでしたら加奈君から映像を見せてもらいましたので知っています。真琴君がお姫様抱っこで願念君に運ばれるところまで、しっかりと監視カメラに映っていましたよ」


「覗きかよ加奈! しかも何映像見せてんだよ!?」


 どこで見られているのかわからない恐怖がマコトを襲うが、堂々とバラす辺りに悪意はないのだろうと判断し、深い溜め息と共に恐怖心を吐き出す。

 そもそもマコトは私生活の全てをタマに見られているのだから、今更見る者が増えたところでと諦めるしかなかった。


「加奈ちゃん、あとでその映像ウチのスマホに送っといてんか?」


「鈴鹿ーあとでわたしにも見せてよねー。ぷーくすくす!」


 鈴鹿の言葉とともにタマも姿を現し、直後に鳴動した鈴鹿のスマートフォンを見て喜色を浮かべた鈴鹿とタマの表情から、マコトは何が行われたのかを察して顔をひきつらせる。

 だが何を言っても無駄だと判断したマコトは、監視カメラがありそうな辺りでは、極力おかしなことはしないよう心に決めて草壁を見る。


「失礼しました、話の腰を折ってしまいましたねえ。本来なら都内の支所に振り分ける案件なのですが、タイミングの悪いことに出払っておりまして。段取りとしては、明日の土曜日に鈴鹿くんが依頼者と本契約後そのまま護衛に、真琴君はその間に敵性妖怪の説得もしくは排除をお願いする予定です」


「相手の正体はどうなんだ?」


「依頼者からの聞き取り調査によると、一体は『屏風(びょうぶ)のぞき』という妖怪だと思われます」


 そう言って草壁がバインダーを一つ取り出し、マコトへと差し出した。

 マコトはそれを受け取り、鈴鹿と頭上に跳び乗ったタマと一緒に、バインダーに挟まる書類を読み始めた。


「パーテーションやカーテンの上などから覗く、女性の頭部が視界の隅にたびたび映ったそうです。覗きをするだけで害の無い妖怪ですが、一応捕獲しておきましょう」


「いや覗きは十分に害だからな!?」


「屏風のぞきは女性の妖怪ですよ?」


「タマや加奈にいつも見られてるオレと一緒にしてないか? 知らない人に覗かれてるって普通は害でしかないからな!?」


 どこかずれた草壁の言葉に、マコトは脱力感を覚えながら書類を読み進める。

 その書類には妖怪の特徴が書かれており、屏風の上から新婚夫婦の初夜を覗こうとした屏風のぞきは、夫婦にばれて屏風を取り払われてから姿を見せなくなったとあった。

 この妖怪については一切のコメントを控えようと思いながら、マコトはそっとバインダーを草壁に返す。


「ところで屏風って何だ?」


「間仕切りや目隠しとして使われとった、今で言う「ついたて」や「パーテーション」のことやね。今はめっきり見いひんようになったさかい、真琴ちゃんが知らへんのも当然やろな」


「へえ、ありがと鈴鹿さん。じゃあ依頼者の家から目隠しになるものを取っ払えば、撃退できる妖怪ってことか。うん、無理だな」


 目隠しとなると恐らくカーテンや塀なども含まれるだろうと考えたマコトは、即座に現実的な手段を模索する。そしてその結果、見つけ次第ドレインして壺に封印し持ち帰り、説得も含め全て草壁に任せるのが一番だと結論付けると草壁へ向き直る。


「で……他にもいるんだよな? そっちは不明か」


「まだ調査中ですが、こればかりは現場に行ってもらわないとどうにもなりませんねえ。ですが依頼者が通う小学校や居住するマンション近くの監視カメラに、偽造ナンバーをつけた一台の不審車両が、何度も映っていたのを加奈君が見つけています。その運転手と屏風のぞきが接触した様子もあったため、そちらも妖怪のたぐいと思われます」


「不審車両とその運転手の特徴は?」


「不審車両は窓にスモークフィルムが貼られた、白のワゴン車です。運転手は全く特徴が無く印象に残らない顔をしていますが、ひと目で識別できそうな身体的特徴を監視カメラが捉えていましたよ」


 草壁が出してきた別のバインダーに、白いワゴン車のハンドルを握る男性が映る写真が挟まっていた。

 それを見たマコトはすぐにバインダーをひっくり返した。

 マコトの隣では鈴鹿もまたバインダーをひっくり返し、草壁に冷たい目を向けている。


「これ顔の印象が薄い原因って、服装のせいじゃないのか?」


「せやねえ……というかアオ、こないなもん真琴ちゃんに見せるなんて、どういうつもりか説明してくれへんかなあ?」


 写真に写っていた不審車両に乗っていた男性は、トレンチコートを着ていた。

 派手でも地味でもない、普通のトレンチコートだ。

 問題はその男が、それ()()しか身に着けていなかったことだ。


 露出狂。変態。


 このような下半身丸出しのその男を、依頼者である少女に接触させてはいけない。

 そう考えたマコトは、セクハラのつもりはなかったと鈴鹿へ弁明する草壁の声を聞きながら、一刻も早くこの事件を解決させ、依頼者の安全を守らなければと決意していた。




 そして翌日、マコトは鈴鹿と共に付喪神の軽自動車テンの車内にいた。

 依頼者である野原ちえりに会うため、待ち合わせ場所である東京タワーへと向かっていたのだが、都心へ近付く程に増えていく交通量と、首都高速から環状線への乗り入れなど複雑極まりない道路に、マコトはもちろん鈴鹿まで目を回していた。


「何やのこのけったいな道路……さっきからくるくる回っとるさかい、方角わからんようになってしもうた……。テンちゃんおらんかったら、ウチら東京タワーに向かわれへんで……」


「す、鈴鹿さん……怖いからせめて、ハンドルに手だけでも乗せてくれ……」


 マコト達は付喪神のテンによる自動運転で走っており、偽造免許を持っているだけで運転の出来ない鈴鹿は、お手上げと言わんばかりにハンドルを握ることすらしていなかった。


『だらしねえな、テンだけじゃなく俺様のナビもあるんだ、どっしり構えて座ってやがれ』


 その時ダッシュボードに取り付けられたタブレットから、機械的な音声が聞こえてきた。

 同時にその画面には【だらしねえな、テンだけじゃなく俺様のナビもあるんだ、どっしり構えて座ってやがれ(●`ε´●)】というメッセージが表示されている。


「加奈……顔文字は音声に出来ないんだな」


『てめえ、ずいぶんと余裕じゃねえか。だがこういうのはな、文字だから良いんだよ。それがわかんねえとは、マコトもまだまだだな』


 今度はタブレットに表示されたメッセージのあとに【(  ゜,_ゝ゜)フッ】という顔文字が書かれており、マコトは少しだけ苛ついた気持ちを飲み込むことになった。


『……ところでたった今気付いたんだが、緊急事態だ。落ち着いて聞けよ?』


「内容によるだろ」


『それでも落ち着け。この後てめえらと待ち合わせしている依頼者なんだがよ、どうやらさらわれちまってるようだぜ』


「……はあああああああ!?」


 マコトはタブレットから聞こえた緊急事態に驚き、いっそ変身し透明化を使って急ぐべきかという考えが頭をよぎった。

 だがタブレットに表示されたメッセージの最後に【(ゝω・) テヘペロ】という顔文字を見たせいで、マコトの胸にはタブレットを破壊したいという欲求と同時に虚脱感が襲い掛かり、車から飛び出すのをやめて一度深呼吸をした。


「……加奈、状況を教えてくれ」

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