第24話 ワタシだって日の当たる場所に出たいわよ
月のない夜の大阪府堺市。
静寂に包まれた海沿いの一角に、護衛に囲まれて停まる三台の高級車があった。
そして離れた倉庫の物陰には、それらの様子を窺う一団がいた。
「……クソ、待ってるのは性に合わねえぜ。さっさと行って全員ぶっ飛ばしゃいいじゃねえか」
「あらやだ、親父殿は短気ねえ。カルシウム食べて落ち着きなさいよ」
黒塗りの車の様子を窺う一団の中で、特に図体の大きくプロレスラーのような体躯の二人が、物陰から僅かに顔を出しながら、一人はイライラしたような、もう一人は温和な表情をそれぞれ浮かべていた。
「……俺はてめえと違って、伊勢海老を殻ごと食ったりしねえからな? それと鋭児、その口調やめやがれ、虫酸が走るぜ」
「もう、その名前で呼ばないでよぉ。『エリザベス』って呼んで?」
酒井鋭児ことエリザベスは、自分の遠い祖先である酒呑童子の言葉に、肩をすぼめておどけてみせた。
その言葉に酒呑が一度エリザベスを見て嫌そうに顔をひきつらせ、すぐさま舌打ちして視線を外すと高級車の方へ視線を戻し、スマートフォンのカメラを起動させ車へと向ける。
その画面には護衛の姿がしっかりと映っており、エリザベスはその護衛が人間または人化術の使える妖怪ではないかと考え、警戒を強める。
しかしそんなエリザベスに気付いた酒呑が、軽く鼻を鳴らし首を横に振った。
「まだ妖力感じられねえのか、ひよっこが。あいつら全員動く死体、アンデッドだろうが」
アンデッドは妖怪や魔物の類ではなく、何者かに操られた元人間の死体だ。
ゾンビ映画のように次々増えていくわけではないが、カメラに映るうえ倒せば死体が残るという、ある意味厄介な相手なのだ。
「いっそテメエもアンデッドの仲間入りするか? そうすりゃ遠慮なく消滅させてやれるんだがな」
「いやぁねぇ、親父殿が救援を頼んだんじゃないの、もう少し優しくしてくれてもいいんじゃないかしらぁ?」
「うるせえオカマ野郎。確かに本部には救援は頼んだけどよ、何だって東京からわざわざテメエが来るんだ」
「東京はマジカル・フォックスちゃんがワタシ達の抜けた穴を埋めてくれるからいいけど、他はどこも余裕なんて無いからよぉ?」
エリザベスは『夜行』の支所である、新宿二丁目のBAR『獣怪』で働く半妖だ。
現在西日本ではヤクザの組がとある妖怪に乗っ取られ、そこへ人間に不満を持つ妖怪が集まったことで、各支所で保有する戦力では対応しきれない事態が多くなっている。
今回はそのヤクザ妖怪による麻薬取引の現場を押さえるため、エリザベスは三人の仲間と共に大阪支所への応援としてこの場に立っているのだ。
そのためしばらくBARを休むことになったことが残念で、仕事が生きがいにもなっていたエリザベスは大きなため息をついた。
「はぁ……ワタシの穴を埋めてくれる、素敵な王子様はいつ現れてくれるのかしら」
「コンクリで埋めちまえクソったれ。んで……そのマジカル・フォックスはいってえナニモンなんだ。どうにも嫌な感じがしやがる」
「本部もフォックスちゃんのことはあまり教えてくれないし、本部からも会いに行くのは止められてるのよぉ。でも素直で可愛らしい、半妖の女の子らしいわよ?」
エリザベスは男の子だったら本部の意向を無視してでも会いに行くつもりだったが、女の子には興味がないので与えられた以上の情報は持っていない。
しかし店でも度々話題になり、客の殆どが好意的な様子であることは嬉しく思っていたし、彼女のおかげでエリザベスにはオカマ妖怪タレントという新たな目標もできたため、悪くは思っていなかった。
「半妖ねえ……。本部から強力な殺生石を見つけたら教えろって、通達が来てやがるだろ。……あの女狐、例の九尾じゃねえだろうな」
「親父殿の言う九尾って、白面金毛の九尾かしら? 確かに殺生石に関わりがある九尾といえばあれだけど、フォックスちゃんの毛色は銀色じゃない? 金毛のあれとは違うんじゃないかしら」
白面金毛九尾の狐とは、平安時代に鳥羽上皇を誑かした妖怪で、安倍晴明の子孫である安倍泰成が、数万もの兵士の命を引き換えに討ち取ったとされている。
そんな極悪妖怪なら本部が放っておくわけは無いと、エリザベスは肩をすくめながら酒呑に視線を向ける。
「……何にせよ、俺は完全に信用しているわけじゃねえぞ。本部の動きも何かおかしいしな」
エリザベスは酒呑の頑固で融通が利かないところは嫌いではないし、一度納得して味方として認識されるとその態度が一変することも知っているため、無理に反論することはしなかった。
それにこういう手合いは他人から何を言われても聞かないし、自分の目で確かめないと意味がないことも、エリザベスはよく知っていた。
「本部からマジカル・フォックスみてえに活動する面子の募集も来てやがるだろ。うちの若えもんも感化されやがってよ……自分もカメラに映りてえって言いやがるもんで、こないだぶん殴ってやったぜ」
「幻術と透明化の妖術を持つことが、フォックスちゃんと同じ活動をする条件なのよねえ。幻術はどうにかできても、問題は透明化よぉ」
条件が出ていることで、エリザベスはカメラに映る手段が幻術であることは把握していた。
しかし幻術を纏い続けるとなると、エリザベスではほんの数分で妖力が尽きてしまうため、目立ちたいという気持ちはあっても素性が明るみに出る危険は冒せなかった。
「少なくとも夜行本部が何の前触れもなく急に計画を進めたことに、俺は納得していねえ」
「そうねえ、だったらあいつらの始末が終わったら、直接会いに行けばいいんじゃない? 親父殿は西日本最強の鬼神『酒呑童子』なんだから、多少のワガママも良いんじゃないかしら?」
「二人とも、そろそろ静かにしてください」
すっかり話し込んでいたエリザベスと酒呑の後ろから、一人の女性が呆れたような顔で声をかけてきた。その後ろにももう二人女性が立っており、一人は関心が無さそうな、もう一人はニコニコと笑顔を浮かべてエリザベスたちを見ていた。
彼女達はエリザベスと一緒に東京から応援に来た三姉妹で、正体は妖怪『鎌鼬』である。
呆れ顔をした長女の市華を三女の深月が笑顔でなだめる中、関心の無さそうな顔をしていた次女の双葉が、空を見上げてすんすんと鼻を鳴らした。
「嫌な風、来た」
「ちょうど良い、護符の効果もそろそろ切れる。ブツを確認したら突撃するぜ」
三姉妹の後ろに立つ大阪支所の五人が頷いたのを見たエリザベスは、三姉妹を顔を見合わせて小さく頷く。
やがて海の方から小さなモーター音と共に、黒い影が岸へと近付いてくるのが見えた。
それは黒塗りのゴムボートで、素早く接舷すると二人がスーツケースを手に岸へ上がり、黒塗りの高級車の方へと近付いていった。
エリザベスはあのスーツケースに麻薬が入っているのだろうと考え、第二目標として気にかけることにした。
「……あの二人、踵がねえな」
「狼……いえ、大陸系の顔つきねえ。それなら虎人かしら? 早いし力も強いし、厄介なのが来たわねえ」
「ゴムボートごと……斬る」
双葉が言い終わるや否や、その姿が掻き消えた。
程なくして黒塗りの高級車から次々と人が降りてくると、虎人の二人を待ち構えるように整列した。
エリザベスはその中で特に目立つ外国人風の二人に対し、久しぶりに武者震いを感じていた。
「あの二人、ワタシや親父殿と良い勝負じゃない……楽しみだわぁ」
「馬鹿野郎、よく見やがれ。一番やべえのは、その二人に守られているあいつだ」
エリザベスが強敵と感じていた二人は、酒呑やエリザベスと似た巨体の二人だった。
酒呑に言われ改めて後ろの男を観察するが、まだ九月初旬だというのに一人だけ真冬のような黒いコートに身を包んでいる、彫りの深い顔の白人男性というだけで、大して強そうには感じられなかった。
「意味がわからねえって顔してんじゃねえ。……奴が吸血鬼『カーデュアル』だ」
「うええっ!? え、ちょっと待ってちょっと待って、カーデュアルって二ヶ月くらい前に死んだって聞いてるわよ!?」
「京都の火車がやったって話なら俺も聞いてるが、現に今目の前にいるじゃねえか。あの野郎が死んだってえのに組に混乱が無かったから、そんなことだろうと思ったぜ……」
エリザベスもカーデュアルの話は噂でしか聞いていないが、日本の妖怪にあたる西洋の『魔物』を数多く従え、多くの人間や妖怪たちを殺してきている非道な存在だということは知っている。
そしてヤクザの組を乗っ取り、組長として動いているのがこのカーデュアルという男だった。
「手下の数が少ねえ今がチャンスだ。今度こそ引導を渡してやるぞ」
「じゃああの大きな二人って……西洋の大鬼、オーガかしら? うふふ……腕が鳴るわぁ」
その直後、ゴムボートの方から高い水しぶきが上がり、左右に真っ二つになったゴムボートと虎人の体が空高く舞い上がった。
両腕に刃を生やした双葉による、開戦の合図である。
「行くぞ野郎ども!」
エリザベスたちは酒呑の号令で一気に駆け出し、カーデュアルたちの方へと間合いを詰める。
真っ先に飛び込んだのは市華で、地面を滑るような滑らかな動きで護衛を避け、一気に車へと駆け寄った。
だが車へと肉薄した市華が拳を振り上げた瞬間、轟音と共にその体が宙を舞った。
「なにいっ!?」
突如車の回りに現れた風の壁が、市華の体を切りつけ、押し上げ、吹き飛ばしたのだ。
「気をつけろ! 車の中に術士がいやがる!!」
酒呑の怒号よりも早くエリザベスは市華の落下地点に走り、かろうじてその体を受け止めると、三女の深月へと預ける。
市華は全身にひどい傷を負っているが命に別状は無く、治癒能力がある深月に任せればすぐにでも戦線に復帰できるだろうと考えながら、エリザベスは自分の方へ駆け寄ってきた二体のオーガを睨みつける。
車を挟んで反対側では、酒呑がカーデュアルと一対一で対峙していた。
「おやおや……ACTの義嵐隊長を釣る予定でしたが、酒呑童子とは随分と大物が釣れたようですねえ。どうです? おとなしく降参してくれるなら、私の配下として歓迎しますよ?」
「やかましいぞクソが。誰がテメエなんぞの下につくかよ!!」
人化を解いた酒呑が大鬼に変化し、たった一度の踏み込みでカーデュアルへと肉薄した。そして轟音を上げて唸る酒呑の拳が、一撃でカーデュアルの腹を突き破った。
「ぐ……ぐあああっ!?」
だが悲鳴を上げたのはカーデュアルではなく、酒呑の方だった。
「そんな攻撃が、私に通用するとでも思っているのですか?」
カーデュアルの腹から引き抜いた酒呑の腕が血まみれになっており、目を凝らしたエリザベスは、その腕に無数の小さな穴が空いていることに気がついた。
更にカーデュアルの穴の空いた腹部には、一滴の血も流れていないどころか、そこに無数のコウモリがひしめき合い蠢いていた。
「さすがは最強の鬼と名高い酒呑童子ですねえ、すばらしい血をお持ちで! くくく、貴方の力を奪えれば、私の力は次のステージへと昇華できるに違いありません!! さあ、降伏するのなら今のうちですよ!!」
「てめえ……ドラキュラかぶれの紛い物のくせに、調子に乗ってんじゃねえぞクソが!」
酒呑の言葉を聞いたカーデュアルの顔から表情が消えた。
そこへ酒呑が口から業火を吐き出し、カーデュアルを炎で包んだ。
しかしその直後、エリザベスの顔面にオーガの拳がめり込んだ。
全身の筋肉で衝撃に耐えながら、余所見をしている場合ではないと思ったエリザベスは、もう一体のオーガから飛んできた拳を避け、カウンターの一撃を叩き込む。
さらに先ほどエリザベスを殴りつけたオーガの懐へ潜り込み、両腕を相手の腰に回して持ち上げると、フロント・スープレックスで頭から地面に叩きつける。
エリザベスは素早く起き上がりオーガの顔面にストンピングを叩き込むと、最初にエリザベスの顔面を殴った方のオーガと向き合う。
周りでは酒呑の配下である鬼達がアンデッド達へと襲い掛かり、岸の近くでは双葉が二体の虎人相手に奮闘している。
エリザベスは車の中にいる術士に動きが無いのが気になっているが、今のうちなるべく早く可能な限り殲滅すべきと判断する。
そして傷の癒えた市華が隣に立つのと同時に、顔面を踏み潰したと思っていたオーガが起き上がった。
「市華ちゃん、片方任せてもいいかしらぁ?」
「問題ありません。先ほどは不甲斐ない所をお見せして申し訳ありませんでした」
「んもう、硬いわねえ。さっさとぶっ飛ばして帰るわよ!」
半妖でオカマな自分だって、日の当たる場所で堂々と自分をさらけ出したい。
エリザベスはその拳に願いを込めて、岩のような拳を固く握る。
「いくわよおっ!!」
オカマ妖怪タレントの先駆者となるため、人との溝を深めることになりそうな妖怪を全て叩き潰す。
エリザベスはそう心に決め、オーガへと殴りかかるのだった。
―――――
妖怪・魔物紹介
酒呑童子
平安時代に京都近郊で悪辣の限りを尽くした鬼の頭領で、数多くの鬼を従えていた。
元は人に仇成す存在だったことで、およそ一千年前に源頼光によって討ち取られている。
鎌鼬
イタチの姿をし鎌のような爪をもった妖怪で、三兄弟や三姉妹で行動する場合が多い。
長子が転ばせ、次子が斬りつけ、三子が薬をつけるというチームプレイによって、人間にいたずらをする妖怪である。
火車
猫又という長く生きた猫が妖怪化したものの一種で、悪行を積み重ねた末に死んだ者の亡骸を奪う妖怪とされている。背中に炎をまとった猫の姿をしており、地獄の獄卒が引くとされている「火の車」と混同されることが多いが、別の妖怪である。
アンデッド
ゾンビ・グール・キョンシーなどの、動く死体の総称。
ゾンビやキョンシーは妖術や呪術によって作られ、グールは吸血鬼に血を吸われて亡くなった被害者がなる。共通点として作った者の命令を聞くだけの存在で、知能はないに等しいが生者を憎む性質を持ち、何の命令もしないと勝手に人を襲ってしまう。
虎人
虎あるいは半人半虎の姿を取れる、獣人の一種。素早い動きと強靭な肉体を持ち、特に満月の夜はその力が倍加し凶暴性も増す、アジア一帯に伝わる魔物である。
狼人やミノタウロスなども同じ獣人の一種で、過去には人と交わって子孫を残し、姿を消していった獣人も存在する。
オーガ
西洋の鬼の一種で、人型の巨体と怪力の特徴を持つ。過去にはオーガが女性を襲い孕ませるという事件も少なくなかったため、現代においてその血を引く者は少なくなく、妖怪の血が目覚めていなくともその巨体を活かし、レスラーや格闘家として活動する者もいる。
吸血鬼
人間や妖怪、魔物の血を吸うことで力を高め、命を永らえさせる魔物。
不死性が高く霧や蝙蝠に姿を変える等様々な能力を持つが、その反面弱点も多い。しかしオーガに勝る怪力を持つため、いくら弱点を知っていようとも普通の人間には対処できるものではない。




