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第23話 サトゥーのメンチカツ / こんなはずじゃ

 今夜は新月、恐らく自分の姿が男に戻るはず。

 マコトは不安とそれを遥かに上回る期待を抑えつつ、昨日と同様にリビングで勉強をしていた。


「真琴ちゃん、休憩にしいや。タマちゃん、サトゥーのメンチカツ買うて来たで」


「なんですって!? マコト今すぐ勉強道具片付けなさい!! メンチカツ! 夢にまで見たサトゥーのメンチカツよ!!」


「ちょ、おいタマ!」


 ダイニングテーブルに広げていた教科書とノートが、ズザーっと飛び込んできたタマに薙ぎ払われて床へと散らばった。

 叱ろうと思ったマコトだが、目を輝かせて口元からよだれを垂らし始めたタマの姿に、何を言っても無駄だと諦めて、片付けを始める。

 そしてタマの足元にできた涎溜まりを拭きながら鈴鹿を待っていると、三枚の小皿と紙袋を持った鈴鹿がテーブルについた。

 マコトは今にも飛びかかりそうなタマの首を掴んでいると、鈴鹿がその紙袋からコロンとした丸いカツを取り出し、皿に二つずつ乗せて並べた。

 それはタマの頭より一回り小さいサイズのもので、間食としてはちょうど良さそうな大きさだった。


 そうしてメンチカツを観察していると、タマが暴れるのをやめていたので目を向けると、涙をポロポロ流しながらマコトを見上げているタマと目が合った。


「メンチカツぅぅ……」


「……いただきますは?」

「いただきまっ!」


 タマの首から手を離すと同時に、タマはいただきますを言いながらメンチカツに飛びかかり、大きく一口かじりついて幸せそうな顔をした。

 マコトはギリギリまで押さえつけていたことを少しだけ申し訳なく思いつつ、鈴鹿が持ってきてくれた箸を受け取って鈴鹿が座るのを待ち、手を合わせる。


「「いただきます」」


 箸で持っただけでサクサク加減がわかるメンチカツは、一口かじるとやはりサクサクの衣で、噛むと中身からもシャリシャリという食感が現れた。

 それはどうやら玉ねぎの食感らしく、まずは衣と玉ねぎのサクサクシャリシャリ感で驚かされると、次いでじゅわーっと滲み出る肉汁の甘みに驚かされた。さらに噛み続けると、今度はそこへ玉ねぎの甘味も加わり三度目の驚きに包まれると、マコトは行列が出来る理由に納得する。

 そして調和された甘味と旨味を何度も噛み締めて飲み込むと、得も知れぬ余韻を残しながら喉の奥へ消えていった。

 これまでにない肉汁の量に気をつけながら一つ目を食べ終わると、自分の皿を空にしたタマが、マコトの皿の横で涎を垂らしているのを見つける。

 そのメンチカツに箸を伸ばすと、タマが悲しそうな顔をしていたが、マコトは構わず皿の上でメンチカツを二つに割る。そしてこぼれた肉汁が少しばかり勿体無いと思いながらも、メンチカツの半分を箸でつまむと、残りを皿ごとタマの方へと押す。

 ハッとした顔で見上げるタマにうなずきを返すと、タマは満面の笑みでメンチカツへとダイブした。


「きゃー! マコト大好き!!」


「……ほんとその小さな体の、どこに入ってんだか……」


 最終的に鈴鹿も二つ目の半分をタマに貢ぎ、合計三つ分のメンチカツを食べたタマは、至福の表情を浮かべてひっくり返った。

 そのためマコトはテーブルで大の字になるタマが復活するまで、勉強を休憩せざるを得なくなったが、その代り食べすぎてうんうん唸ってるタマの毛皮を堪能し、十分すぎる気分転換が出来たのであった。




 そして夕方。日がだいぶ傾いてきたこの時間まで、マコトの体が変化する様子はなかった。だがマコトの予想通りだったため落胆すること無く、マコトは一度部屋に戻って着替えることにする。

 部屋に入るとマコトは着ている服を全て脱ぎ、全裸になるとクローゼットを開け、奥から一つの包みを取り出し中に手を入れる。


「ねーマコトー、わざわざ着替えなくてもいいんじゃないのー?」


「いくらなんでも下着だけは替えておきたいんだよ。タマはわからないだろうけど……気持ち悪いんだよ」


 ブリーフやボクサーパンツ等とは全く違う収まりの悪さは、マコトとしては口に出して説明したくもないため軽く流しておく。

 そしてマコトは包みから取り出したボクサーパンツに足を通すが、お尻が大きいせいか少々締め付けがきつかった。ジャージのズボンはウエストが緩めで、お尻で止まっているものの気を抜くと脱げてしまいそうだった。

 だがいずれも問題無いとしたマコトは、上はノーブラのままTシャツに袖を通し、男に戻る準備を終えるのだった。


 そしてリビングに戻り、その時を待つ。



「真琴ちゃんが男に戻ったん、先月は19時前くらいやったなぁ?」


「スマホの着信履歴見たら18時45分が一番早かったから、それくらいだと思う」


「やっぱり日没の時間とちゃうかな、せやったら今時期は18時位やからもうすぐやねえ」


 マコトはソファに腰掛け、タマと並んで時計をにらみ続ける。

 そしてその時計が18時を回って少しすると、前回感じた全身が軋むような痛みに襲われるが、今回は来るとわかっていたため、痛みを我慢するのは容易だった。

 間もなくタマがコロンと転がって姿を消し、マコトの中へと戻ってくると、マコトの体も変貌を始めた。

 そして全身の痛みが収まるとマコトは立ち上がり、体のあちこちを触って変化を確かめる。

 無事に男の体に戻ったらしいと感じ、マコトは安堵の息を吐く。


 だが一番大事な部分は鈴鹿の前で確認するわけにもいかず、トイレに行こうと立ち上がる。

 その時マコトは、なぜかうっとりとした表情を向けてくる鈴鹿と目が合った。


「真琴ちゃん……男の子になっても、かいらし顔しとるんやねえ」


「あ、あはは……ちょっとトイレ」


 よく言えば中性的、悪く言えば頼りない、そんな男らしくない顔と低い身長のせいで、中学時代は散々だったことを思い出し、マコトは少しばかり陰鬱な気分になる。

 女の子のほとんどが幼馴染か妹に群がり、自分は見向きもされなかったのだ。

 そして男に戻った後遺症なのかずきずきと頭の奥が痛む中、トイレに駆け込んでズボンを下ろして便座に座る。


「あ……つい癖で座っちまったけど……ある、な……オレの分身」


 マコトの太ももの間からは、約一ヶ月ぶりの男の証が覗いていた。

 これによってマコトは新月の日没後、男の体に戻るということを確信した。

 月に一度だけ、しかも夜だけという短い時間だが、マコトにとっては十分だった。

 なにせ自分自身が男性であることを再認識できる、大事な時間なのだから。



 リビングに戻ったマコトだが、何やら鈴鹿の視線が突き刺ささるため、居心地の悪さから一度部屋へと篭ることにした。

 そして一ヶ月ぶりの、独りきり。

 常にタマがいるため下手なことができなかったマコトは、今夜一晩で何が出来るかに思いを馳せる。

 まずスマートフォンを操作し、ウェブ検索サイトでキーワードを入れ、画面が表示されるのを待つ。

 だが表示された内容は、どれもこれも当たり障りの無いもので、マコトが求めるものではなかった。

 そして何が悪いのだろうと再度検索しようとしたその時、部屋の外に気配を感じた。


「真琴ちゃん? 加奈ちゃんから、真琴ちゃんのスマホがなんやおかしなっとるってメッセ飛んできたんやけど、どないしたん?」


 同時に振動したスマートフォンにも、加奈からのメッセージが着信していた。


【何『巨乳 ヌード』で検索してんだよエロガキ、次やったらタマと鈴鹿にばらすぞ(# ゜Д゜)】

【未成年に有害なサイトは、俺様特製のフィルタリングソフトで遮断中だ(-ω☆)キラリ】

【今日はマジで忙しいんだから手間増やすな(´・ω・`)】

【小ざざの羊羹に免じて、今回だけは見逃してやるぜ(´ε` )chu☆】


 マコトが持つスマートフォンは、マコトが思うよりはるかにタチの悪いものだったようだ。


「……今こっちにも加奈からメッセージきてるけど、何かオレ誤操作したらしい」


「せやったらええけど……そろそろ夕飯支度できるさかい、先に風呂でも入っとき」


「ああ……そうする」


 マコトは抑揚の無い声で鈴鹿に返答し、加奈に一言「ごめんなさい」と送信してスマートフォンを置くと、クローゼットからパンツを取り出し風呂場へ向かう。

 羊羹は無駄ではなかった。できれば全て見逃してほしいと思っていたが、最小限の被害に抑えられたのだ。

 こうしてマコトは、今後二度とスマートフォンでいやらしい画像を検索しないことを心に決める。


 脱衣所で脱いだ服を洗濯籠にいれると風呂場へ向かい、シャワーで汗を流して浴槽に漬かる。

 ここまではいつもどおりの流れだが、マコトが久しぶりに戻ってきた自分の下半身に目を向けたとき、脱衣所に気配を感じた。


「……鈴鹿さん?」


「はいっ! な、なんや、その……ああ、洗濯機回しとこ思てな、う、うふふふ……」


 普段はマコトが入っているときにわざわざ来たりしないのだが、今日の鈴鹿は明らかに挙動不審である。マコトは何か様子がおかしいことに気がつき、警戒を強める。

 つい先日もなし崩しに一緒にシャワー浴び、しかも調子に乗って鈴鹿の背中まで流してしまったが、今のマコトとその分身には刺激が強すぎる。マコトは必死にその時のことを思い出さないように努め、体の一部に集まった熱を散らす。

 そして少しして落ち着いたマコトは、鈴鹿が脱衣所で本当に洗濯機を回し、そのまま居座っていることに気がついた。


「鈴鹿さん、そろそろ出たいんだけど……そこに居られると、ちょっと……」


「……(ちっ)……すぐ出るさかい堪忍な、真琴ちゃん」


 マコトは程なくして鈴鹿が脱衣所を後にしたのを感じると、聞こえた舌打ちはきっと気のせいだろうと思うことにして、浴槽を出てさっと体と頭を洗い風呂を出る。

 そして体を拭き終わったマコトは、さっきまではいていた男物のパンツとズボンが洗濯機の中で回っているのを見て、二つの重大なミスに気がついた。


 一つは、着替えとして部屋からパンツしか持って来なかったこと。

 そしてもう一つはそのパンツが、いつも穿いている女物のローライズだということだった。


 幸いにも男物のパンツもズボンも予備はある。だが全て、部屋のクローゼットの中だ。


 マコトはその場で少し考えると、右手を胸の中心に当てる。


「リリース・べとべとさん」


 するとマコトの姿が、マコト自身の目からも見えなくなっていった。

 新月でも能力が使えることが確認できたことで、マコトは安堵しながら脱衣所のドアを開けて廊下に出る。

 するとリビングのドアが少しだけ開いており、その隙間から鈴鹿の輝く目だけが覗いていることに気がついた。

 そのまま音を立てないように廊下を歩き自室のドアを開けると、鈴鹿がとうとうマコトの透明化に気がついたようで、まるで何かに絶望したような悲しげな目をすると、リビングのドアを力なく閉めた。



 マコトは着替えを終えるとダイニングへ向かい、テーブルに着く。

 鈴鹿が二人きりで食事するのは初めてだと喜んでいたので、マコトは笑顔で相槌を打つが、その直後鈴鹿が顔を赤くして黙り込んでしまった。

 なんとなくマコトも居心地の悪さを感じつつ、ぽつぽつと好きな食べ物について話しながら食事をし、片づけを終えて食後のコーヒーを飲むと、残念そうな鈴鹿の視線に見送られながら自室へ戻る。


「やっぱり……今日の鈴鹿さん、ちょっとおかしいな」


 隙あらばくっついて来ようとしたり、突然顔を赤らめたりという鈴鹿の言動に、なんとなくイブを思い出してしまい、マコトは苦笑する。

 そしてマコトは部屋の明かりは消したまま、外に出るタイミングを計るためイブの様子を確認しておこうと思い、透明化しカーテンへ近付く。

 覗きをするつもりではない。

 万が一にでもイブに見つからないよう、動向を覗う。

 ただそれだけのつもりだった。


 しかしカーテンの隙間から外を覗いたマコトの目は、全裸で室内に座るイブの姿を捉えてしまった。


 数m先のアパートの一室に居るイブが、何かの液体を手にとって足や腕、首筋や胸と、体中に塗っていた。そのたびに揺れるイブの大きな胸に見とれ、マコトはその場で固まってしまう。

 そして下半身に熱を感じて下を向いた瞬間、マコトはズボンをはいた自分の下半身が見えていることに気がつき、慌ててしゃがみこむ。

 マコトはいつ透明化が解けたのかわからず、何があったのか考えようとしていたが、考えがまとまるより早くマコトのスマートフォンが鳴動した。


【あれ、マコっちゃん帰ってきてたの?】


[何の話だ]


【マコっちゃん部屋に居る気がしたんだけど、気のせいかなあ?】


[気のせいだろ]


 イブからのメッセージにすぐさま返事を返したマコトは、再度透明化してカーテンの隙間から外を見る。

 そこには片手で胸を隠し、空いた片手でスマートフォンを操作しながら、マコトの部屋の方を見るイブの上半身が見えた。

 マコトは覗くつもりではなかったんだと心の中でイブに詫び、見続けていたい欲求をこらえながらカーテンから離れてベッドに腰掛ける。


 恐らく透明化が解除されたのは、必要な集中力が切れたせいだろう。


 外には出たいが、覗きはいけない。もっと遅い時間――イブが寝てから決行しよう。

 マコトはそう考えながら、その時を待つ。






 そしてマコトは、夜明けの太陽を浴びて目を覚ます。


 その体は完全に、見慣れた女の子のものだった。

吉祥寺にある「国産黒毛和牛専門店さとう」は、厳選した牛肉を取り扱う名店です。

「元祖丸メンチカツ」は1個240円で、5個以上お買い上げの場合1個220円になりますが、お買い上げはお一人様につき平日は20個まで、土日祝日は10個までの制限があります。

土日祝ともに長蛇の列が作られていますが、並ぶ価値はある美味しさだと思いますよ。

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