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第20話 何でここにいる

 高校へ転入した翌日の夕方、マコトは変身せずにジャージ姿で夜行の地下にいた。

 そこで自分自身の能力を使いこなすべく、草壁が作り出した黒鬼を相手に訓練を重ねていたのだった。


 その能力とは、ドレインで吸収した妖力を能力として発揮できる力、リリース。

 タマとべとべとさんと姑獲鳥から吸収した能力の、再確認と検証である。


 タマから得ている力は、身体強化・狐火・治癒の三つ。

 再確認の結果、身体強化は強化段階を調節できず、妖怪相手では心許ない効果であることがわかった。


 べとべとさんから得ている力は、透明化。

 これは他のことに意識を向けると、勝手に解除されてしまうことがわかった。


 姑獲鳥から得ている力は、軽量化と毒。

 自分の体重を十分の一以下にする力はともかく、体液を毒化させる能力については用途を思いつかないということがわかった。


 そして一息ついたところで、今度は自分ではなく相手にリリースした場合の効果についてと、右手以外でのリリースと左手以外でのドレインについても検証する。

 効果が低かったり持続時間が短かったりと、おおよそは想定内の結果を得たことで、場合によっては切り札になると考え検証を終えることにした。




「協力ありがとうございました、草壁さん。黒鬼からドレインしちゃったけど、消えてないから大丈夫ですよね。……草壁さん?」


 タオルで汗を拭いながら草壁へと近付いたマコトは、草壁の目が驚愕で見開き口を開けたまま固まっていたことを、ここに来てようやく気がついた。


「……はっ!? ま、真琴君……何ですか、今のは……リリース??」


「あれ、この力って草壁さんに見せるの初めてだったっけ?」


「え、ええ……僕は真琴君の能力について、ドレインとタマ様の力を借りていることしか知りませんでしたよ……」


 そこで加奈からもメッセージが飛んできたことにより、リリースで使用していた透明化などの能力について、草壁も加奈も『妖術』だと勘違いしていたことをマコトは知らされた。

 マコトは言い忘れていたことを謝罪しながら、草壁にリリースについての説明を行った。

 そして相手の能力を再現するだけでなく、妖力のみならず生命力までも相手に譲渡できるという説明に至ると、草壁は眉をひそめて頭を振った。


「吸収能力を持った下級鬼の末裔かと思っていましたが、譲渡する能力を持つ鬼は聞いたことがありませんねえ。真琴君の先祖は、僕の知らない種族かも知れません。……ともあれ妖力や生命力の譲渡については、今後控えた方が良いと思います。真琴君は半妖ですから妖力を使い切っても死ぬことはありませんが、生命力は別です。真琴君の命に関わりますからね?」


「あ、ああ……気をつけるよ」


 姑獲鳥に拐われた児童に生命力を譲渡した際、マコトは自分の命の危険までは考えていなかった。そのため今草壁に指摘されて初めて生命の危機であったことを知り、マコトの額に一筋の汗が流れていた。


「ところで真琴君は、どうやって相手の能力を再現しているのですか?」


「どうやって、って言われてもなあ。ドレインしたあと、何となく自分の中にその相手の能力があるのがわかるから使ってるだけで、オレ自身細かい仕組みなんてわからないよ」


 実際に確認したわけではないが、マコトは感覚からそれを理解していた。

 それこそがマコトに流れる妖怪の血による、妖力を把握する能力によるものだったが、マコトはそれを無意識下で使用していることに気がついていなかった。


「そうですか……不思議な能力ですねえ。そうそう明後日は新月でしたね? 依頼もないことですし万が一もありますから、前後も含め明日から三日間はゆっくり休んでください」


「タマの力が無いとほぼ役立たずだしな……そうさせてもらうよ」


 約四週間ぶりに、男の体に戻れる『かもしれない』日。

 確定ではない。

 しかし恐らく男に戻れるだろうと、マコトは思っていた。

 だからこそマコトは男性用下着のみならず、外にも出られる服や靴などを一式、密かに用意してあった。

 不用意に男の姿で出歩くのはマズイとわかっていても、今は認識阻害の護符がある。

 外に出たくなったら出られるという事実だけで、マコトは十分気が楽になっていた。


「そうだ、加奈に渡したいものがあるんだけど……一昨日の朝に並んで、買っておいたんだ」


 マコトはそう言って部屋の端に置いてあるリュックへ向かい、一つの包みを取り出して草壁に見せる。


「おやおや、それは小ざざの羊羹ではありませんか。加奈君も喜ぶでしょうねえ」


 朝早くから並ばなければ買えない、老舗和菓子屋『小ざざ』の羊羹。

 マコトはこの幻とも言われる羊羹を、高校転入の前日に買っておいたのだ。

 するとその直後、マコトのスマートフォンが鳴動した。


【やっとか、待ちくたびれたぜ。音々に渡しておきな(*´﹃`*)】


「まだ加奈に会った事無いし、直接渡せたらと思ったんだが……」


【命知らずな奴だぜ、やめときな(^_^;)】


 どういうことかと首をかしげたマコトに、草壁が苦笑交じりで口を開いた。


「加奈君は『カンナカムイ』という、雷を司る龍なのですよ」


「龍!? って……それも、妖怪って言って良いのか?」


「厳密に言えば、北海道アイヌ民族に伝わる土地神の類ですねえ。ちなみに音々君も加奈君と同じアイヌ民族に伝わる土地神で、狩った熊の怒りを静めるため話し相手になる『ネウサラカムイ』という土地神ですよ」


 神様の類もこのビルにいると知り驚くマコトに、草壁が少しだけ意地の悪い笑みを浮かべながら、人差し指を立てた。


「龍はどれも強大な存在です。見ただけで恐怖に心を押し潰される者までいるくらいですからねえ。まあ加奈君の場合は、忙しすぎるのと近付いたら感電するというのが、最大の理由なんですけどねえ」


【お前が電気を無効化できるほど妖力を高めたら、会ってやってもいいぜ(*´ω`*)】


 近付いたら感電すると聞き、マコトの頭には多くの疑問が浮かんだ。

 恐らく近づけるだけで壊れるであろう、パソコンやスマートフォンの操作など、どうやっているのだろうか。

 だがそんな妖怪としての能力もあるのだろうと思い、深く追求するのはやめておく。


「おや、そういえば真琴君が住んでいた土地にも、確か龍の伝承が――」


 加奈からのメッセージを読みながら考え事をしていたマコトは、草壁の言葉に驚いて顔を上げる。

 だが真っ暗闇で何も見えず、ふわふわでもこもこの感触が顔に広がっていた。


「ちょ、ちょっとマコト! いきなり顔上げるのやめてよねー、落っこちるかと思ったじゃない!」


 いつの間にか頭の上にいたタマが滑り落ち、マコトの顔にしがみついて難を逃れたようだった。


「なら頭じゃなくて肩とか別のとこに出ればいいだろ」


「むきー! もっとわたしを敬いなさいよね!! それよりマコト、お腹が空いたわ!!」


「切り替え早いな! ったく……」


 マコトは加奈に会い、羊羹を餌にして交渉できればいいと思っていたのだが、こうなった以上はマコトの意図に加奈が気付いてくれるのを信じて、気持ちを切り替える。


 そして一つ、マコトにとって死活問題ともいえる大事な相談を口にする。


「そうだ、草壁さん。人避けの護符の効果時間や範囲を狭めたもの、作れないかな? 具体的に言うと、3分くらい女子トイレに誰も入ってこなくなるようなやつ」


「作れますけど作りませんよ? 護符の乱用は褒められたものではありませんし、そもそもトイレを独り占めなんかしたら他の人に迷惑がかかりますからねえ」


「そうよマコトー。だいたい今のマコトは女の子なんだから、変に意識する方がかえっていやらしいわよ!」


 マコトは絶望の表情で肩を落とすと、これまでの高校生活で既に使用してしまった分の護符を草壁から補充し、深く溜息を吐いておとなしく帰ることにした。




「え、えへへ、マコっちゃんおかえり!」


「真琴ちゃんお帰りやす。晩御飯の支度すぐ終わるさかい、はよお風呂いっといで」


「……何でまだイブがここに居るんだよ」


 マンションの扉を開けたマコトを出迎えたのは、エプロンをつけたイブと鈴鹿だった。

 マコトは今日もイブにマンションまで押しかけられていたのだが、鈴鹿と話し込むイブをそのままにし、夜行探偵社へ一人訓練をしに行っていたのだ。


「だってイブちゃん、夜の仕事しとるおかんと二人暮らしで、いつも晩ごはん一人やって言うさかいな……」


「あ、あはは……マコっちゃん、嫌……だったかな?」


 イブが申し訳なさそうにもじもじしながらマコトを見ているが、当のマコトはそれどころではなかった。

 エプロンをつけた二人の姿に、目のやり場に困っていたのだ。

 鈴鹿は見たところいつものノースリーブニットのシャツを着ているようだが、ジーンズの丈が短いのか、エプロンの裾からは素足が見えている。

 イブは一度着替えて戻ってきたようで制服姿ではなく、とても涼しそうな格好をしている。それも正面から見ると、エプロンしかつけていないように見えるほどに。

 イブのエプロンの下は初めて会ったときのような格好なのだろうが、それでもマコトには刺激が強すぎる。

 そんな時妙に突き刺さるような視線を感じて横を向くと、肩の上からジト目で睨むタマと目が合った。


「マコトったら……目つきがいやらしいわよ……」


「なっ、タ、タマ!? 人聞きの悪いこと言うなよ!!」


 マコトも健全な『男子』なのだから、見るなと言う方が無理がある。

 制服ですら露出が多いイブは当然として、女性というより恩人や保護者といった意味合いが強い鈴鹿に対してすら、興味を向けないよう意識しているだけで、それなりに欲求はあるのだ。


「ああもう……好きにすればいいだろ。オレは風呂行ってくる」


 鈴鹿とイブがきゃいきゃいと喜ぶ声を背中で聞きながら、マコトは自分の部屋へ戻って着替えを持つと、風呂場へ直行する。


「マコトー、早く出なさいよね! わたしもイブとお話したいんだから!」


「話って……昨日もずっと話してたじゃないか」


 昨日は夕飯時にイブが帰るまでイブとタマと鈴鹿の会話を聞かされ続け、学校ではイブと萌花のお喋りを聞かされ続け、マコトの精神力はかなり削られていた。

 しかも会話の内容は大半が中身の無いもので、しかもあっちこっちに話題が跳ぶものだから、マコトにはついていける気がしなかった。


「マコトも加わっちゃえば? 女として生きるんだから、女の会話に入れないのは致命的よ!」


「……絶対男に戻ってやる……」


 ジャージと下着を脱ぎ洗濯かごに入れ、さっとシャワーを浴びて洗面器にお湯を張ると、マコトは浴槽に、タマは洗面器に浸かる。

 洗面器の縁に後頭部を乗せ、四本脚の獣にはあるまじき格好でリラックスしているタマを尻目に、マコトは浴槽内にある自分の体を見る。

 細い手足にくびれたウエストと大きな胸は、見れば見るほどに自分好みの体型であることを思い知らされる。

 ただしそれが自分の体でなければ、の話だが。


「あれー、マコトったらまーた自分の体見てニヤニヤしてー! やーらしー!!」


 いつの間にか洗面器の中で体勢を変えていたタマが、こちらを見てニヤニヤしていた。

 その顔を見てマコトは自分の体を見すぎていたことに気がつくが、完全に手遅れだった。


「に、ニヤニヤしてねえし! ……ちょっと考え事してただけだ!」


「また自分の体触り始めるんじゃないかと思って、ドキドキしちゃったわよ。ぷーくすくす!」


「だ、だから違うって!」


 洗面器から出てきたタマがニヤニヤしながら、ぴょんと浴槽の縁に飛び乗ると、そのまま浴槽へとダイブした。

 そして一度風呂に潜ると、マコトの足の間でタマの姿が変化する。

 サバァ、という風呂の湯が溢れる音の中、マコトの目は突然人化したタマのおっぱいに釘付けになっていた。


「すきなくせにー、ほれほれー」


「な、な、何してんだよタマ!?」


 一般的な浴槽より広めで二人くらい余裕で入れるため、浴槽内でマコトの手がタマのいろんな箇所に触れてしまうことはなかった。

 だがタマがマコトに覆いかぶさるように四つん這いになりお尻を高く上げたため、マコトには尻尾の向こう側に大きなお尻が見え、そして視界いっぱいにタマの大きなおっぱいが映り、マコトの鼓動は一気に早くなる。

 目を逸らすことが出来ないマコトの心臓は強く脈打ち、あと少しでその先端が顔に当たるという、その時だった。


「じかんぎれー、きゅぅぅぅ……」


「な、またかよ! リリース、ストレンジ・パワー!」


 ぽんっと音を立てて若干透けた子狐の姿に戻り、そのまま浴槽へ沈むタマの首根っこを右手でむんずと掴んだマコトは、そのまま妖力を譲渡した。


「くっはーっ! キク―!!」


「こうなるのわかってて何してんだよ!?」


「いやー、そんなに見たいなら見せてあげようと思ってさー。……わたしが力を取り戻したら、マコトから妖力を貰わなくてももっと長い間人化していられるわよ? そしたら……」


 マコトはその言葉に一瞬心を動かされるが、タマが続きを口にする前に右手ごと浴槽へ沈める。

 水中でガボゴボ音を立ててもがくタマを見ながら、マコトは先程見たタマの体を意識の外へ追いやるべく頭を軽く振る。

 しかし至近距離で見てしまった美女姿のタマの胸は、マコトの脳内から簡単には消えてくれなかった。

吉祥寺にある和菓子屋「小ざさ(おざさ)」ですが、最中(もなか)と羊羹だけの小さなお店です。

しかしその羊羹は先着五十人、一人三本までしか買えないという、幻と言われる逸品です。

羊羹は通販をしておらず朝から並ばないと買えませんが、小豆あんと白あんの最中は通販しています。

ただしこの最中はとても美味しいため、この味を知ると羊羹も食べたくなるでしょう。

詳しくは店名でお調べくださいませ。

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